2024年02月27日(火)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン職人NO,1決定戦 Shapen your five senses

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン職人NO,1決定戦 Shapen your five senses  

 

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北風が吹いてリーベンアンドブロートの駐車場の落ち葉がクルクルと舞っている。

 

パンを買いに来たお客さん達はいつもならテラスでパンを食べるのだが最近は店内の暖かい喫茶コーナーが満員だ。

開店当初は不慣れだったスタッフも今では無駄の無い動きをしている。

パン粉(瀬戸川愛莉)はパンの品出しをしながら工房の江川と目が合うとお互いに手を振り合う。

それを見るたび大坂は俺も立花さんともう少し仲良くなりたいものだと羨ましい。大坂は何度か夜中華屋で食事を出来る様になったものの、仕事中目があってもそのまま目を逸らされる。まるでパン箱や製パンの機械でも見ている様に。  

さて

2階の事務所ではパソコンの前に座って事務員兼パン職人の塚田が修造に話しかけた。

 

 

「この調子で繰り上げ返済していくと1年以内に借入金が払い終わりますね」

「だな、でもそろそろ通常の返済に戻すよ」

「え?戻す?何故ですか?やはり借入金があった方がいいとか?」

「そんなんじゃないよ」修造はこの店の自分が動く期間が意外と短いもんだと思った。

2年はすぐやってきそうだ

約束だ

約束とは

律子と約束した2年

自分に課した2年

江川を一人前にする2年

その前に江川にはやって貰う事がある。  

「江川」

「はいなんですか」

「これからお前にはちょっとした試練を乗り越えて貰う事になる」

「えっ?!な、何ですか試練って」 江川は突然修造が試練と言ったのが怖くなり身を竦めながら聞いた「どうなるんですか僕」

「今はまだ言えない」

「ちょっとぐらい教えて下さいよう」

「何があっても俺を信じろ!そして自分を信じるんだ」

「えー」

「俺とお前の、男と男の約束だ」

「男と男の?」なんだか不思議な言葉を聞いた様な江川の表情を見て、場違いな事を言ったと気が付いた修造はバツが悪そうにした「ごめん」  

その日の夕方

江川とパン粉は家でおでんをする為に買い物をして江川の住んでる笹目マンションに帰って来た。

 

 

2人で仲良くおでんを作って煮込みながら江川はパン粉に質問した「ねえ愛莉ちゃん、男と男の約束ってどういう意味なんだろう。女と女の約束も女と男の約束もあるでしょう?」

勿論この言葉の持つ昭和のニュアンスはわかってはいるが実感はない。

「死語じゃない?未だに使ってる人とかいるのね。でもなんか女と女の約束ってよっぽどな時じゃないと使ったらいけない気がするな」

「修造さんがね、僕に試練を乗り越えて貰う事になるって言ったんだ」

「試練?」

「何だろう、なんか怖いな」

パン粉にも男と男の約束事はピンとこなかった様だ。

「でも修造さんを信じろというのは正解だ」  

次の日

事務所にいた修造の元にNNテレビの四角志蔵がやって来た。

「どうも」

「シェフ、何かいい企画があるそうで」

修造は四角を呼び出して2人何時間か話をした。

「成程ね、シェフ、これ企画会議に早速提案してみますが対戦相手はどうやって見つけますか?」

「それは考えてなかったな。パン選手権の時はどうやって見つけたんですか」?

「ある人物に頼んだんですよ、シェフ」

「ある人物」誰だろう、上層部の人物とかか?

その時四角は何か言いかけてやめた。

「おっと時間だ、決まり次第ご連絡します」

修造の考えた企画は取り上げられ何だか大袈裟な程大きく扱われる事になった。

大型の会場に仕切りが設けられてセットが作られた。そしてモニターがあちこちに付けられた。  

収録当日

スタッフルームに修造、那須田、佐々木、大木、鳥井が集まった。

「うわ、おれ選手の方じゃなくて良かった」台本を見ながら那須田と佐々木が言った。

『ある人物』とやらが集めた20人の選手には先日招待状が送られていた。

それを受け取った者達は当日控室でスタッフから受け取ったコックコートに着替えて、荷物は全部ロッカーに仕舞う様に言われる。

その中に江川の姿があった。

江川も招待状を受け取り、修造に行くように言われていた。コックコートの左胸の所には『18』と書いてある。

総勢20人がきょろきょろしながら言われるがままに移動し、ひしめき合って暗い部屋に入った。

「なにここ」

「怖い」

「暗い」

「これから何があるんだよ」

と皆口々に言った後

全員が「あっ」と反対側の扉の上を見ながら言った。

 

 

暗い中電光掲示板が光る。  

『混捏(こんねつ)しろ 250gのバゲット10本分』  

皆が読み終わってざわつき出したタイミングで扉が開いた。

全員その向こうの部屋に移動する。

「あっ」

20台の作業台とミキサーの横に材料が置いてある。

江川は18番のテーブルの前に行った。

準強力小麦粉、今測られたかの温度の水、塩、インスタントドライイースト、モルトシロップが置いてある。

そして全員が「あっ」と驚いた。

「秤がない」  

 

 

「秤無しでやるのかよ」20人全員が口々に言いながらそれぞれ材料を目分量で計り、ミキサーで生地を捏ね出した。

皆自分の作業に取り掛かっている。

江川は普段の自分の作業を思い出した。たまに良い感じにメモリぴったりに量れる時があるじゃないか。その時の感じを脳内に甦らせる。 全てが手探りのままミキサーに材料を入れる。 後は感覚で水を足しながら固さを調節した

その後生地をケースに入れてフロアタイムを取ろうとした「タイマーも無いのか」目分量も不安だし、分割までの時間も自分で計らないといけない。

待ってる間隣の者と話したり、自分一人で考える者もいた。

「よう」ポンと江川の肩を叩いた方を振り向いて驚く「あっ鷲羽君。フランスから帰ってたの?」

「休暇で帰ってたんだよ」

「僕パン学校の話聞きたいな」

「後でな江川」今はそれどころでは無い。

皆体内時計をフル活動させている最中だ。半透明のケースに入ってる生地の発酵具合で分割のタイミングを見ている。

その内江川はある事に気が付いた

「あ」

生地と書いてあるから生地を仕上げる所まででいいんだろうか

「でもホイロもオーブンも無いし」

江川は迷ったが、生地にパンチを入れてまたフロアタイムを取った。

かなり時間が経過していて不安だったが、生地の発酵具合を見て決めるしか無い。

焦って早めに分割をしだすものが出てきた。

「まだだ多分」江川は他に聞こえないように口に出した。

「もう少し緩んで来るのを待とう」

ケースの中で生地はゆっくりと発酵し始めどんどん膨らんで大きさが変わっていく。

辛抱辛抱

修造はカメラに映ったその様子を別室で見ながら

以前に送り主のわからないバゲットの本に挟んであったメモに

必ず一番良いポイントがやってくる その時をじっと待つ事だ

そう書いてあった

その事を思い出していた。

「まさにこれだな」

 

 

分割を済ませた者は出口から出て行った。

皆ざわざわして分割を始める者が出てきた。

そんな中、じっと生地が3倍の大きさになるのを待っていた。

「よし」やっと分割だ。

もはや半数が部屋から出ていた。

江川はケースから生地を出しフラットにした、そしてなるべく一発分割を心がける

その時250gで10本分と頭の中で復唱するが

「それは違うんだ」と思う

この分割した生地をこのまま置いて行っていいのかどうかもわからないけどでも250gって書いてあるけど250gじゃないんだ。

「修造さんを信じて」出口から出た。

「また真っ暗だ」早くに出た者はみんなこの暗い所で立って待っていたのか、そう思いながら狭い所で立っていると残りの者が1人2人と出て来て、20人揃ったところで後ろのドアが閉まった。

最後に入って来た男の声で「もう審査が始まってるよ、何人かの審査員が一人分ずつ計量していってる」と言っている。そうだ!やはり重さが重要なんだ、そう思った矢先に新たな電光掲示板が光った。

「番号だ」

「合格者の番号だ」

「俺何番だったっけ」など口々に聞こえる。

「18番だ」江川は自分の番号があったのでピリッと緊張した。

電光掲示板の下のドアが開いた。ここは合格者だけが入る感じなのか。

さっきと同じぐらいの大きさの部屋には台が10台並べられている。

「あっ」台の上にはもう出来上がった生地が並べられている。

「これは?」またしても部屋の奥にある電光掲示板を一斉に見た。  

『生地を同じ重さで100gに分割、できた者から出る』  

「生地を100gに?」きょろきょろした「また秤が無い!」

台の上には生地と手ごなとスケッパー、そして丸めた生地を入れるパン箱。

江川は分割しながら100gを手で計った。

できた者から先にと言う事は、他の者が分割し終えるより先にここから出なくちゃ

毎日やっていても中々出来るもんじゃ無い

それにこれって100gに分割して大きかったり小さかったりしたら最後には他の人と数が合わなくなるんじゃないかしら

製パンアンドロイドなら見ただけで全体の大きさ、持っただけで重さが分かるのに。

でたらめやって早く出ても意味がない

とにかく100gの目安を自分で決めてその通りにしなくちゃ

江川は生地を同じ大きさに横にカットしてそれを等分に分けた

隣の台にいる鷲羽は凄い速さで分割している

だが他の選手を気にしている余裕はない「慎重に速く」と自分に言い聞かせる。

最後の列の分割中  

 

 

あ、これ全部で100個になるのかな、目算では98個だ、2つ足らないや

でも100個って引っかけかも知れない。

江川は迷った。

でも自分で100gと決めて分割した結果98個だったんだからこれでいいのかも

そう思って江川は記事を丸めて箱に入れ、蓋をして急いで出た。

「また真っ暗だ」その声を聞いて鷲羽が声をかけて来た。

「江川お前何個?」

「98だったんだ、100こだったのかも」

「そうか、迷うな」

ってことは鷲羽君も98だったのかな

だとしたらホッとするな

後ろからぞろぞろと残りの者が出てきた

「俺は100個」

「俺は110個」などとバラバラの数を皆口々に言っている。

さっきと同じぐらい待った。

きっと今頃集計してるんだろうな

僕どうなるのかな、修造さんは今何してるんだろう

その時「あっ」また5つ番号がでた

「18がある!」そして次の扉が開く

江川は急いで次の場所に行った、鷲羽が走って行ったからだ。

早く行って次のお題を確認したい。  

 

 

5人が次の場所にたどり着いた、そこに置かれていた物は。

「あっ」

台が5つある、その横には各々大きなミキサーボールに生地が大量に入っているものが置かれている。

電光掲示板が光った  

『体力を使って3分以内にここを出よ』  

えっ僕こんなの3分以内に持てないよ

その瞬間江川の脳裏に※3分間のダンボール面接の事が浮かんだ

あの時も3分だったんだ、あの時修造さんは僕の事を現場処理能力のある優秀な奴って言ってくれたんだ。

江川は生地に食らいついた、だが重くて1回では無理だ。

少しづつカットして移していけばいけるがそれだと時間がかかる.

そうだ

江川は生地の下に手を入れてグッと持ち上げた

そうすると生地がパッとミキサーボールから離れて持ち上がる

ブザーが鳴りだした

それを生地が下がる前に勢いよくドオンと入れた。  

 

 

「これをあと4回!」

あと1分!

江川は最後の生地を勢いよく入れてその時足首を捻ったがそのままの勢いで部屋からまろび出た。

「いたたた」江川の声を聞いて早くにそこに立っていた鷲羽が「転んだのか」と聞いてきた。

鷲羽は絶対に修造の出題に食らいついてくる江川に「お前は相変わらずだな」と言ってきたが以前の様に悪意はない、つい言ってしまうのだ、そしてまた負ける気がするがその気持ちを払拭する。鷲羽は背筋を伸ばして深呼吸をした。

「勝つのは俺だ」しかしよく持ち上げられたな、基礎体力と体幹が大事なんだ、細い奴でも体幹が強ければ持ち上げられる。そういえば北国で育ったって言ってたな「やっぱ北国の人って足腰が強いのか」

ところで残ったのは5人の中の誰なのか?それは5人共が思ってる事だ。

はあはあ言って横に立っている人物なのか?相当急いだのか息切れがひどい「重かった」と汗を拭きながら言っている感じがする。

「あっ」電光掲示板が光った「18番だ」信じられない。「俺の方が早かったのに」と声がしたがさっきみたいに急いで現状を把握する為に次に行きたい「ごめんね」と振り向いて行った後、江川は痛む足を庇い片足飛びで飛んで行った。

「いたたた」足がズキズキする「捻挫かな」

次の現場には3人が選ばれた、鷲羽と江川、そしてもう一人は多分息を切らしてた男だ、日に焼けた肌に黒髪の青年だった。スラリと足が長くて歯が白い。

青年は江川に知り合いに挨拶する様にニコッと笑った。「あっ」見たことある。

この人、パンロンドのお客さんだ。

しかしそんな事を考えている暇は無い、次に江川が驚いたのは大阪が立っていた事だ。

「江川さん」

「大阪君どうして」

「訳は後ですよ江川さん」

見ると鷲羽には園部が、もう一人の青年には同じ年ぐらいの女の子が組んでいた。

電光掲示板が光った  

『2人で50人分のタルテイーヌを仕上げて次へ』  

見ると台の上にあらゆる食材が並べられている『2人で』と書いてあるので一緒に作ると言う意味だ。

見るとさっきより少し広い室内の奥には食材を置くスペースをとってあり、2台の冷蔵ストッカーに肉やハム、魚介類と4台のテーブルの上に野菜、各調味料、洋酒などあらゆる食材が並べられている『2人で』と書いてあるので一緒に作ると言う意味だ。

「お題には2人でって書いてあるから自分で勝手にやるなって事かな」しかし話し合っていると時間が足りなくなってくる。できた者から出口に行かなければならない。2人はとりあえず食材の前に立つ。

「いたた」

「足をくじいたんですか」

「うんそうなんだ」

「そこから指示して下さい」

「うん、大阪君あれとこれと、、」

江川が食材の調達を頼んでる間、鷲羽と園部は息がピッタリで話もせずアイコンタクトだけで食材を決めて運び終わっていた。もう一組は寄り添って食材を選んで運び出した。

 

 

  江川と大坂は時間の無い中細か具何をどう使うかを話し合い、ソースに関しては材料を運びながら大阪が提案したものを採用してする事にする。

食材を大慌てで集めた後、必死になってソースの量を計算した。

慣れて無い場所でのソースを50人分作って最後足りなくなるのは本当に困る、おまけに勝てる物を作らなければいけない。

ソースの次は具材の切り出しを2人で始める。

「大坂君ソースを塗って、僕がトッピングするからどんどん手前と入れ替えて」

「はい」江川は大急ぎで食材を切りながらどんどん大坂とトッピングしていった。

「早く綺麗に!」

後の2組が終盤に差し掛かった時女の子が指を怪我した「いたーい」「咲希大丈夫?はよ手当せな」そう言うと青年はタオルを指に巻いた。そして咲希を端に避けて驚く速さで盛り付け出した。

江川は手を動かしながら青年の会話を聞いて思い出した事があった「咲希ちゃん?そうだ、あの子高校生の時パンロンドでバイトしていたんだ、あの男の子はその時お客さんとして通っていたんだった」

鷲羽たちが終盤に差し掛かって来た時、大坂も作業に慣れてきて2人してどんどん追い上げていった。「できた!」急いで片付けて大坂の背中に飛び乗った「走ってー!」と出口を指さしたのと同時に大坂が「うおーーーっ」と走り出した。  

 

  その時俊敏そうなあの青年が咲希を抱えて先に滑り込んだ。

「あっ」

大坂は江川を背負ったまま滑り込んだが間一髪間に合わなかった。

「3位になっちゃいましたね、江川さん」

「うん、頑張ってくれてありがとうね大坂君」

6人はその場でしばらく待たされた。

「咲希ちゃん久しぶり。元気だった?」

「あ!江川さんだあ。早太郎、パンロンドの江川さんだよ」

「佐久間早太郎です、お久しぶりです」

挨拶しあう4人を見て鷲羽が「江川、この人佐久間シェフの息子さんだよ」と言った。

「えっそうだったの」佐久間シェフと言えばパン王者選手権の時に修造が戦った超有名ブーランジェリーサクマのオーナーだ。

「なあ咲希ちゃんさっきの怪我大丈夫やった?」

「うん早太郎の心配症さん、ちょっと指の先を切っただけだから大丈夫」

「だって咲希に何かあったら俺どうしたらいいねん」

「何言ってるのうふふ」

急に2人の世界に入り込んだのをみて鷲羽が「何しに来たんだよ」と呆れた様に言った。

その時電光掲示板が光る  

『全員で移動』  

突然扉が開いた「今度はなんだ」鷲羽と園部は確認しようといち早く扉の向こうに行った。「行こう咲希ちゃん」と早太郎達も続く。

「俺達もこのドアから出ていいんですかね?」大坂は江川をおんぶしたまま「ひえ~」と怖がっていた。 「何がおこるの?」江川もキョロキョロした。

広いスタジオに観客席があり、そこに50人程の老若男女が座って拍手して6人を出迎えた。その前には審査委員席があり、知り合いのシェフ達が座っていた。

そのまた前には広いスペースがあり、テーブルが置かれている。

その反対側に修造が立っていて6人に手招きした。

6人は緊張の面持ちで横一列に並んで立った。

江川は痛い方の足を少しあげたまま大坂の腕に掴まり立っていた。

突然四方に設けられた大きなモニターに文字が現れた。

「五感を研ぎ澄ませ!パン職人頂上決定戦!」それを見ながら売れっ子司会の安藤良昌が大きな声を張り上げた。

 

 

「観客の皆さん、テレビをご覧の皆さんこんばんはNNテレビが総力を挙げてお送りするパン職人頂上決定戦のお時間が始まりました!パン職人の皆さんには何時間も前から戦いを繰り広げて頂いておりましたが、その中から選ばれた3人のシェフと助手の3人に並んで頂いています」

画面にはそれぞれの経歴と名前が流れた。  

 

 

江川はそれを見ながら「これって誰が勝ち上がってくるかわからないのに20人と助手の20人分が用意されていたの?」と口をポカンと開けたまま見ていたが自分の顔が映し出されて慌てて口を閉じた。

「それではこれまでの試合の様子を順にご覧頂きましょう」

まず1番目の試合では、各選手が生地を作って分割している所が映し出された、その後江川達が出て行ったその後、那須田と佐々木が生地を計量している所が映し出された。

画面にその時の3人の点数が出た。

鷲羽が10点、江川が10点、佐久間が9点

あ、これってまだ勝敗が決まった訳じゃないんだ、これから点数が出るんだ。

もう負けたと思っていた江川はほっとした。

安藤が内訳を説明した「この時の10人の合格者は全員※焼減率を計算していました、私もよくわかっておりませんが、バゲットの焼減率が約22%として計算して焼き上がりが250gになるように計算した者だけが合格だそうです。皆さんの作ったパンは北麦パンの佐々木シェフが成形、焼成してくれましたーっ!」そういって手で指した方から佐々木が200本程のバゲットを台に乗せて運んできた。

今佐々木が運んで来たそれが目の前にある、焼き立てのバゲットだ。  

 

 

江川は自分の読みが合っていてまたほっとした。

自分の読みが合っていてまたほっとした。

「次に2番目の試合の説明を行いまーす。秤無しで100g分割は五感を研ぎ澄まして手を動かす、正確さとスピードを競い合うのです!正解は98個!中には100個ちょうどじゃないかと100個にするために分割したものから少しずつ足した選手もいましたが、あー残念!惜しかったですねえ」

点数がでた。

鷲羽10点、江川10点、佐久間10点

「こちら文句無く勝ち上がってきた皆さんという事で満点です!流石です」

その時の生地は那須田が成形して凄い量の焼き立てを運んで来た。

圧巻のバゲットとブールを見てワーッと満場の拍手が沸き起こった。

「こちら皆さんへのお土産になっておりますのでお帰りには忘れずにお持ち下さい!」と、安藤がパンを指してから説明を続けた「さて、1回目は経験値、2回目は正確さとすると3回目は体力勝負です」

モニターに各選手が生地をケースに移している所が次々に映されていく。

「いやいや凄い迫力ですね、こちらの判定は時間内での生地の移し方もそうですが、ボールに生地が残っていなかった方が合格だったそうです。

江川はそれを聞いて「そうか、普段はナイフでカットしながら生地を移すけど今回は時間がないから手に巻きつけるように全体を持ち上げたんだ、その後カードでひと回し生地を取って行ったのが良かったんだ」そう思っていると、点数が出た。

鷲羽10点、江川6点、佐久間8点

今度はベッカライボーゲルネストの鳥井が食パンを焼きあげて来た。

会場にそれぞれのパンのいい香りがする。自分たちが持って帰るので拍手にも熱が篭る。

スタッフが手分けしてお土産のパンを袋に入れだした。  

 

 

  ーーーー  

ところで

大坂は何日か前に修造から試合会場で江川の手助けをする様に言われていて、なんだか凄く気持ちが高揚していた。

一大事だ

人生の大勝負だ

実際自分が失敗して江川の足を引っ張るわけにはいかない。

そこで江川に黙って色々と練習を重ねていたが中々上手くいかない。

その日立花は仕事終わりにいつもの町中華屋に来ていた。

食べ終えた頃、大坂が入って来た。「大坂君」「あ、立花さん」

「どうしたの?なんだか疲れてない?」

「それが、、内緒だけど修造さんから『パン職人NO.1決定戦』って番組で江川さんが勝ち進んだら俺が助手をする事になって」

「何の助手をするの?」

「タルテイーヌらしいんです。だから俺野菜の切り出しとか練習してるんですが、一体どんな物を作るのか検討もつかなくて」

「まだ何を作るのかは分からないのね」

「はい、現場で作ると思います。江川さんも何も知らされないで出場するんです」

「じゃあタルテイーヌの作業を一から練習しましょうよ。まずは切り出しやソース作りからね」  

 

 

「えっ?しましょうよって事は立花さんが一緒にって事?」

「良いわよ、以前レストランで働いてたから江川さんの役に立てるかも」

江川さん?と思ったが喜んで手伝ってもらう事に。

急に食欲が湧いてきて運ばれてきたチャーハンをモリモリ食べている大坂を立花は微笑ましい目で見ていた。

次の日から就業後に2人でいろんな調理の練習を開始する。

「ソースってどんなのがありますかね」とパプリカを同じ太さにカットする練習をしながら聞いた。

「クリームチーズにナッツを使ったソースとか、アボガドやリコッタチーズベースの物はどうかしら。フルーツベースもいいわね」と何種類かのソースを2人で練習する。

「タルテイーヌってね塗ったものって言う意味があってね、そもそもこれに使うのは粘性っていうか塗りやすい物を使うの。だからソースもパンに水分が染み込みすぎたり乗りにくかったりしない物を選ぶのよ」

「はい」

「今日は煮詰める練習をしましょう。水分を飛ばして濃厚な風味を出すの」

そう言いながら立花の脳裏にかって同じ職場で藤岡に同じように仕事を教えていた時の事が蘇り、慌てて蓋をする。一瞬目を瞑った後、手鍋を木杓子でかき混ぜる手を早めた。

次の日も切り出しやソース作りの練習する。

「今日はフルーツソースを練習してみましょう」

「甘いんですか」

「香りが良くて肉料理にも合うのよ。オレンジやキウイ、りんご、レモンとかの色んなものがあるわ」

「江川さんはどんなものを作るんですかね。勝ち進んだらの話ですけど」

「先にパターンを考えておくのも良いわね、食材に合わせてソースを提案したら良いかも」

「それは良いですね、俺パターンを考えてみます」  

ーーーー  

そして試合当日

大坂はタルテイーヌの食材を前にして園部、大坂、森岡や他の助手は自分のペアを組む選手が来るまで20人で待っていたがどんどん脱落した選手の助手達ががっかりして帰っていく中心細かった。

園部はじっと黙ったままだったが食材の方をじっと見ているので「あ、何処に何があるのか覚えてるのかな?」と思い自分も順番に食材を見ていった。

とうとう選手の鷲羽と佐久間が入ってきた!そして3番目に足を引きずって入って来た江川を見て心強かった「江川さん」「大坂君どうして」

とにかく選手が来たら早くタルテイーヌを仕上げる様にと修造に言われていたので「話は後ですよ江川さん」と江川を促した。

具材を選んでソースを作って捻挫した足を痛がる江川と作ったものがこれだ

江川らしい華やかな色合いのタルテイーヌだ。

 

 

  材料選びの時に江川がローストポークを選んだので、大坂はここぞとばかりにフルーツソースを推した。

江川がポークとソースの組み合わせを元にトッピングを考えたので急いで掻き集めて準備を始めた。

まずソースはフォンドボーにオレンジの果汁を入れて少し焦がす。ハチミツとと洋酒を入れて煮詰めた後バターを最後に入れる。

カンパーニュに薄くクリームチーズを薄く塗りローストポークの薄切りと、後はカラフルさを出す為に四角くカットした紫キャベツ、黄色いミニトマト、赤いビーツ、を配しソースを振る。トッピングにデイルとカットしたオレンジで華やかさを添える。

そして鷲羽は

濃厚なオランデーズソース(卵・バター・レモン汁)に海老のポシェ(ボイル)を使ったもので、カンパーニュに海老を並べ、両側にバターで炒めたエシャロット、茹でたうずらの輪切り、栗のみじん切り、そしてその上にハーブとカッテージチーズを散らした。フランスのカフェで食べたものを組み合わせた。

 

 

最後に佐久間は薄切りのラムショートロインハムを使った

ソースはハリッサソース

チュニジア発祥のソースでトマト、香味野菜、オリーブオイル、塩、スパイス。それにマヨネーズを少し加えてまろやかにしてレモン果汁を少し加えてパンに塗った後、ラムショートロインハム、紫玉ねぎ、ズッキーニ、パプリカ、キャロットラペの上にヨーグルトソースを振りかけてパクチーを乗せた。個性を出したものになった。  

 

 

  作ったパンは素早く選手別に並べられて50人の観客の審査が始まった。タルテイーヌを3個とも味見して3、2、1と点数をつけていく。

勿論美味しかった物が3だ。

審査の間3組は立ってその様子をじっと見ていた。

自分達の勝負がかかっている。

人々が自分の考えて作ったパンをどんな顔をして食べてるのかを。

「どの人も美味しそうな顔してるな」

「俺のが1番美味しいって」

「私達が作ったものよね、早太郎」

江川は不安だったが司会の横にいる修造を見ていた。

修造さんが俺を信じろって言ったんだ。

僕今日は修造さんが教えてくれた事を思い出しながらここまで進んできたんだからこれでいいよね。

審査員達に紛れて御馴染み大木と鳥井も試食をしていたがそこに佐々木、那須田も集まって来た、そしてその後ろにいた背の高い男に皆話しかけていた。那須田と佐々木はその男を「先生」と呼んでいた。前回の「パン王者選手権」同様デイレクターの四角に頼まれてこの男が全選手をアテンドしていたのだ。大木は後に立っていたその男の方を向いて「隠れてんじゃねえよ」と言っていた。  

 

 

「ふふふ良いじゃない、ライトのおかげでこっちからはよく見えるんだから」そう言ってニヤリと笑った。

そう、ライトに照らされて6人はとうとう結果発表を見る。

今までの合計は

鷲羽 30点

江川 26点

佐久間 27点

そこに投票者の点数が1人1点で加算される。

突然大きな音楽が鳴って安藤が雄叫びをあげた

「さあーっいよいよ集計結果が出ましたーーっ!結果発表ーーっ」

デレデレデレデレデレドーーーン!!!

鷲羽 46点

江川 45点

佐久間 42点  

 

 

  「やった!俺の!俺様の勝ちだ!初めてお前にかったぞ江川!これが俺の実力だ!凄いな俺!やっぱフランスで修行して来たおかげだな。この調子で約束通り大木シェフの所に帰って園部と世界大会を目指すぞ」

ハハハハと笑う鷲羽の声を聞いて大坂が「よくしゃべりますね」と江川に囁いた。

江川は苦笑いしたが鷲羽と園部に向かって言った「2人とも頑張ってね、ねえフランスの学校はどうだったの」

「それは」と言いかけて鷲羽は急に言うのを止めた「いずれまたお前と戦うんだ、お前には教えてやらん!」と首に手を当ててから大きなジェスチャーでシッシッと追い払う仕草をしてきた。

「なんだよぅ鷲羽君のケチ」悔しそうな江川に「フン!またな、江川」そう言って鷲羽は園部と2人で去って行った。

 

 

収録も終わり、パンのお土産がいっぱい入ったバッグをぶら下げて帰る観客の真ん中を歩きながら「鷲羽はきっと世界を目指せるな」と言いながら大木は背の高い男に聞いた「おいお前は誰に投票した?」

 

「うん、ハチミツと洋酒の量が正解だったよね」

 

ーーーー

 

江川は修造に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

首を項垂れて次の日出社した。

「江川さんテレビ見ましたよ、あれ作って下さいよ」

「美味しそうだった」

「お疲れ様でした」など工房のみんなが囲んで声を掛けてくれたが心は晴れない。

大坂だけが立花に「フルーツソースが上手くいって良かったわね」と言われて有頂天になった。

 

 

江川は修造に会うために事務所のある2階への階段を足取り重く登った。

「修造さん」

「江川、昨日はお疲れさん」

「僕負けちゃいました」

「江川、秤なしでちゃんと生地ができた。ちゃんと98分割にできた。生地を取り出せた。美味いタルテイーヌが作れた。お前のタルテイーヌが1位だった。なんか文句あるか」

 

 

それを聞いて江川のモヤモヤは吹き飛んだ。

「1位は鷲羽にプレゼントしてやれ」

 

 

おわり

 

 

タルテイーヌはフランス式オープンサンドイッチ、焼き込みやスモーブロー風など様々なトッピングやパンを楽しめます。今回は3組の個性に合わせてトッピングを考えてみました。イラストは高さを陰影で出すのに乗算とハイライトを使いました。

パン屋さんはパンを作る時に沢山の事を考えています、水の量、温度、湿度、発酵具合、他の生地との時間の兼ね合い、人の配置、休憩時間の采配、お客さんの出入りとパンの製造量の増減、仕入れと消耗品の管理、支払い、シフトの事、事務の事、店のSNS、そして常に人間関係が付きまといます。毎日取り組んでいくうちに徐々に慣れてきて出来る事が分かってきたり他の人にやって貰ったりして日々を乗り切っていくのです。修造は江川という唯一無二の存在に助けられていくうちにある決心をします。そのお話はもう少し後になります。

焼減率とは(分割重量ー焼いた後のパンの重さ)÷分割重量×100

※焼減率=焼成時に(パンを焼くと時に)水分が蒸発するなどしてパンの重量が減る率の事。バゲットの焼減率は22%、計算の方法は(焼く前の生地の重さ−焼いた後のパンの重量)÷焼く前の生地の重さ×100

このお話では焼き上がった時が250gでというお題だったので、焼減率を計算した者の中からより正確だった者が勝ちだった。

250×1.22=305

一般にバゲットの重さは300〜400g フランスでは350gと決まっている。 計算上は287gに焼き上がるのが理想。 ここでは分かりやすいように250gに。

※北海道の北麦パンの佐々木は修造がパン職人の選考会で戦った相手 新潟のフーランジェリータカユキの那須田は修造の憧れのシェフだ 修造は知らなかったがある人物によって皆裏で繋がっている。

 


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