2021年04月07日(水)

小説 パン職人の修造 第4部 山の上のパン屋編

パン職人の修造 第4部 山の上のパン屋

緑と大地に囲まれたパン屋

1 家族と共に生きる

山々に囲まれた修造の実家はもう誰も住んでいない。

お世話になった近所のおばさん達にお礼をして、母親のお墓に手を合わせ不義理をわびた。

「これからここで暮らすんだよ。」

「キャンプみたい!」

子供たちは生まれて初めての大自然に驚いた。

修造の実家は山の1番上にあり、家の前からは広大な大地が一望できた。夕方は空が真っ赤になり全てが赤く染まった。

夜になると辺りは暗く、星が降らんばかりに煌めいている。天の川を律子と子供達は珍しがった。そう言えば子供の頃はあって当たり前だったので、何も考えず星の名前も気にもして無くて、北斗七星ぐらいしか知らなかったな。。律子と2人で笑い合ってテラスの椅子に座り「あれはオリオン座、あれが夏の大三角」とスマホを見ながら調べた。

「私達昔ここでパン屋をやるって言ってたの覚えてる?」

「覚えてたよ」

実際には覚えてるどころか、ドイツにいた時はその思いに駆られて、いつか律子と2人でパン屋を作り、静かに暮らす事を夢に見ていた。

ここでずっとパンを焼いて、律子と子供達と暮らそう。

まず家の補修から始まり、店は入り口の土間に小さなショーケース、奥に2段窯を置き、動きやすいパン工房を作った。工房の外には屋根付きのベランダを設け、石と煉瓦で薪窯を手作りした。

店の名前はGrüne Erdeグーネエアデ(緑の大地)と名付けた。

山の上の辺鄙な立地にも関わらず、開店当初はニュースになり車の大行列ができた。修造は持ち前の頑丈な身体でパンを作りづけたが、14時頃にはすっからかんになり、また次の日の1時に起き出してなるべく沢山のパンを揃えた。

山を降りた所の小麦農家と知り合いになり粉を卸して貰ってるうちに、麦ふみや収穫を手伝う様になり、地元の小麦や農産物について色々教えて貰った。

さわさわと音をたてて風にしなる小麦の穂。緑の小麦畑はやがて黄褐色になり、穂には沢山の実が付き収穫の時期を迎える。

湧水を使い、塩は海側のソルトファーム、野菜は近所の農家のおばさんから買う。農場で作ったチーズやバターもある。修造の作るパンは地元の味そのものだった。

「地産地消」

修造はまたパンの世界の扉を開けた。

石臼で小麦の粒を挽きたっぷりと加水して、低温で長時間発酵を取る。発酵はじっくりと進み小麦の旨みを余すことなく引き出す。薪を焚いてしっかりと石窯の温度を上げパンを焼く。焼けたパンの裏側を指で叩いて高い音がすると焼けている合図だ。窯から出す瞬間に小麦の香りに包まれると、いつもエーベルトの顔が浮かんだ。

裏庭の栗を甘く煮て、秋ごろから漬けこんだフルーツをたっぷり使ったシュトレンは評判になり、また更に遠くから車に乗ってお客さんが来てくれた。

2 素晴らしい日々

休みの日は緑と大地を師範のところに連れて行き、道場の子供達に空手を教えた。

師範は修造に「大地はお前の子供の頃そっくりだ。動きが似てるよ。瞬発力がある。」大地はメキメキ空手が上達していった。「楽しみだなあ。」

夜は2人でソファに横になり、律子と音楽を聴いた。

「修造」

律子は用もないのに修造の瞳を覗き込み音痴な修造にドイツ語の歌を歌わせてからかうように笑った。

修造の生活はまさに人生の収穫の時期そのものだった。

「修造さんお久しぶりです。」パン好きのカリスマ小井沼がやって来た。

「久しぶりですね小井沼さん。」

修造は聞けばなんでも答えてくれる博識な小井沼に心を開いていた。

取材に来た小井沼にドイツ時代の心の師匠エーベルトが与えた今のパン作りへの影響について説明した。

「これからもこの生活を維持していきたい。」

小井沼はこれが充実した男の生きざまだと思った。「Grüne Erdeは本当に素晴らしいパン屋さんだと思いますよ。」

3 修造と猪

律子が「猪を見た人がいるそうよ。」とおびえて言った。噂は聞いた事はあるけど1度も見たことは無い。さすがに猪と戦っても勝てないだろうな。「念の為に気を付けてね。何かあったら家から出ないで。」

修造は大地を連れて薪用の枝を落としていた。大地は地面に落ちた木の実を拾っていた。枝を集めてふと後ろを振り返ると、大地の20メートルほど後ろに巨大な猪がいた。

「うわ」

「走って来る」

「やばい」

大地に駆け寄り左手で大地の襟首を掴んで持ち上げ、右手で鉈を真っ直ぐ走ってくる猪の眉間目掛けて当てた。鉈は急所にヒットして猪はドオオーーン! と音を立てて倒れた。

修造は生まれてから1番恐怖を感じた。

「大地大丈夫? 怖かったね。」震える手で大地を抱きしめた。

猪をどうにかしないといけない。修造は地元の猟友会に電話した。引き取りに来てもらい、猪はトラックで運ばれて行った。

修造はしばらく腕の痛みに悩まされた。「俺も若くないな。」

「見て! パン屋の修造が猪を鉈で一撃にしたって地元の新聞に載ってるわ!」「恥ずかしいよ。こんな事で新聞に載るなんて。。」

程なくして猪の片足が修造の所に運ばれて来た。ジビエ料理はやった事がないが、修造はシュバイネハクセに挑戦することにした。

猪の足を塩水に漬けこんで血抜きをした後、ハーブや香辛料、香味野菜と煮込み、冷ましたら玉ねぎをひいた天板にのせ薪窯で焼いた。

当たりは猪の油の甘いような、香ばしい香りが立ち込めた。それをカットしてジャガイモやハーブを添えて近所のおばさん達に振る舞った。

「子供のころは挨拶しても返事もしなかった修造ちゃんが最近は明るくなってきたね。きっと奥さんがしっかりしてるんだよ。いい奥さんをもらったね。」

4 別れ

充実した生活が何年か続いたが、律子はよく腰を摩るようになった。

脊柱管狭窄症と診断された。徐々に足のしびれもひどくなってきた。

以前から足の裏に綿を踏んだような感覚があったらしいが気にもしていなかった。家の周りは坂だらけなのでそれが良くなかったのかも知れない。手術は成功したものの、その後腸腰筋膿瘍を併発して具合が悪くなる一方になり塞ぎがちになった。

お客さんの出入りも落ち着いてきたので修造は律子を看病しながらパンを焼いてお店に並べた。近所の人達がパンに困らないように作ったパンの無人販売所というわけだ。お金の代わりに野菜が沢山置かれている時もある。

律子が移動する時は修造が真綿を運ぶようにそっとお姫様抱っこをするので緑に冷やかされた。

店の前の眺めが良い所に柔らかなクッションの椅子を置き座らせた。「痛いのかい?」徐々に食欲がなくなる律子を心配して色々なものを勧めた。

痛みと衰弱で何度か入院した律子を心配しながらも、

「俺は行きたい学校があるんだ。」と言って大地は空手の強い中学の寮にはいった。

「お母さん」

「なあに緑。」

「大地が遠くに行ってしまったから言いにくいんだけど、私江川さんの所でパンの修行がしたいの。お父さんがLeben und Brotで作ってたパンを私も見てたわ。だから、、」

「緑、私の事は気にしないであなたはやりたい事をやりなさい。」

「お母さんはお父さんを独り占めするわね。」

「お母さん、、私頑張るね。」

緑は江川の店Leben und Brotに行くことになった。

緑からのラインによると、江川は実力派イケメンシェフとして名を馳せていてLeben und Brotは繁盛していた様だ。

修造も子供達にラインでお母さんの様子を毎日知らせた。

律子はお医者さんから内臓の機能不全と言われていたが入院を嫌がった。

修造はある時お医者さんから「奥さんの最後を迎えるなら病院にするか家にするか。」と聞かれた。

何かあったら救急車は中々来れない山の中で、人工呼吸しながら車を運転して病院に行くのは無理だ。帰りの車で入院の支度をしなくてはと思っていた。

「修造、もういいの、修造と山の上で一緒にいる。」

律子はお店の前の椅子に座らせてもらい「空手の形を見せて」と言った。

修造は道着に着替え律子の好きな形をしてみせた。

夕焼けに赤く染まり、ゆっくりと両手を広げて形を始めた修造。律子の瞳に修造が真っ赤に写っている。律子ははいつのまにか目をつぶって動かなくなった。

「律子」

修造は律子を膝に乗せて抱き、「ごめんね」と言った。今まで苦労しかかけてこなかった。修造は空手着のまま律子を抱いて離さなかった。徐々に冷たくなった律子がこのまま夜の暗闇に消えてしまいそうだったからだ。

当たりは暗くなり時々揺れる風の音以外は何も無くなった。

「律子」

翌朝訪ねてきた近所のおばさんが、空手着のまま座って律子を抱いてる修造を見てすぐ師範に連絡した。「修造!しっかりしろ、お前が律子さんを弔ってやらなきゃ誰がやるんだ!」師範は無理に修造を動かした。

修造は何もする気が起きない日が何ヶ月も続いた。

パンも焼かず店の前に黙ったまま座っている日が多く、緑と大地が心配してちょくちょく訪れ「街へ戻ってまた前のようにパンを焼きなよ」と言ったが「律子のお墓を守らなきゃ」としか言わなかった。

実際自然の中のお墓はほっておくと蜘蛛の巣がはり、そこに木の葉が引っかかってたちまち自然と同化した感じになってしまうからだった。

緑はLeben und Brotに戻り江川に相談した。

江川は世界大会の時の燃えるような動きの修造を思い出し、そんな修造は「信じられない」と鞄を持って新幹線に飛び乗った。レンタカーで何時間もかかってやっと辿り着くと、話に聞いた様に本当に店の前の椅子に座っていた。

江川が知っている修造とは変わり果てた姿だった。

修造さん、僕の人生は修造さんに貰ったようなものなんですよ。僕がなんとか元の修造さんに戻さないと!

修造さん! この度は、、

江川はお仏壇に手を合わせた。(律子さん、お世話になったのにもう会えないなんて残念です。)

「修造さん、、お気持ちはわかりますが元気出して下さいよ。。

僕と2人で世界大会を目指してた時の修造さんを思い出して下さい。メラメラに燃えてたじゃないですか。まだ若くて体力もあるんですがら、店に戻ってきて若いものにパン作りを教えて下さい。何のためにドイツに行ってパンの修行してきたんですか? 宝の持ち腐れじゃないですか。」

江川は修造を必死で励ました。

Leben und Brotにもう一度戻る?考えた事も無かった。

江川は「また迎えに来ますからね」と言って自分の店に戻っていった。

それでも全然動こうとしない修造。自分の心から全てのものが抜け落ちた気持ちだった。

5 再開

修造はある時ドイツ時代に流行っていた曲を思い出し音痴ながら口ずさんでみた。するとそれにハモって一緒に歌を歌う人影が現れた。ドイツ語で? 修造が振り向くと、知らない女の人が立っていた。なんだか仕事が出来そうなパリッとしたオレンジ色のスーツを着ている。

「どちらさんですか?」

すると女の人は「え〜?」信じられない! と言う風に修造の肩をバシッと叩いた。「無理もないわね! もう何年も経ったから。私! 麻弥よ!」「麻弥?」「そうよ! ドイツで一緒のお店で修行してたじゃない?」

修造は突然の事すぎてしばらく麻弥が思い出せなかったが、ドイツのクリスマスマーケットで振ってしまった女の子だと思い出した。「あの、、その節は」「何言ってるの!もう全然気にしてないわよ」麻弥はハキハキと話しかけてきた。

麻弥はドイツのお菓子マイスターの資格を取り、何年か働いた後日本に帰ってきて、テレビで修造を見た時はとても驚いたのだと言う。その後SNSで修造の事を調べたり、新しいお店の情報もパン好きの人達の発信を見てずっと追っていたらしい。

「私ドイツ菓子のお店を開いたの。今から一緒に行かない? Leben und Brotからすぐ近くよ。」

今から一緒にと言うのは辞退したが、江川や緑の事が気になり、一度Leben und Brotに寄る事にした。その時にお店に行く約束をして、割としつこい麻弥を帰らせた。

第4部 おわり

あとがき

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

修造が作った山の上のパン屋さんはある意味理想の生き方ではないでしょうか。雄大な景色を眺めながら薪窯でパンを焼き、地元の人たちと触れ合い、地産地消を心がける。憧れのテーマであります。

修造は最愛の妻律子を亡くし、失意の中にいます。これから修造はどうなるのでしょうか。

今回のテーマの中に「父ちゃん母ちゃんの店」という事が隠れているのですが、これは夫婦2人で営むお店の事で、若い時は勢いがあり2人で商売を続けていられるのですが、やがてどちらかが病気になったり、お亡くなりになると残された方は失意のうちにお店を畳んだりする事もあります。人手不足、後継者不足も要因の一つです。

もし近所に父ちゃん母ちゃんの店があったら応援してあげて下さい。


2021年04月06日(火)

小説 パン職人の修造 第3部 世界大会編

パン職人の修造 第3部 世界大会編

1 再会

日本に帰って来た修造は、空港からアパートに直行したが律子達は留守で、その足でパン屋に走って行った。親方と奥さんはとても喜んで、「保育園にお迎えに行ってるから早く行きなさい!」と駆け出した修造に大声で言った。

修造は保育園まで走って2人を探した。

律子と緑は手を繋いで流行りのCMの歌を歌いながら歩いて来た。前から修造がやってきたのを見て、律子は驚いた。

「ごめん」

息を切らした修造は大きくなった緑を見て涙が溢れてきた。

「馬鹿じゃないの?」

「どんな顔をして修造に会ったらいいかわからないじゃない!」

修造

長い間私の前から姿を消していた修造が目の前にいる。

「そんなに泣かないでよ。」

相変わらず白目の青く透き通った修造

嘘のない姿

律子は自分の気持ちを確かめる為に修造の手を握った。

「律子ごめん」修造は律子を抱きしめた。

「会いたかった。」

律子は修造の前よりもっと分厚くなった胸板におそるおそる顔を埋めた。

6歳になる緑は。走ってきた大男をみて「助けて~」と大声を出すか迷ったが、どうやら違うようだ、、それどころか大男が緑に手をつないで来てもお母さんは何も言わない。

2 修造と緑

アパートに帰って緑はお土産の民族衣装を着たテディベアを渡された。

「あ!」この子の兄弟をくれたのはもしかして! 緑の玩具箱の上に似たようなテディベアが5つ並んでいる。それは毎年サンタさんがくれたものだったのだけど?

緑はニコニコして座っているヒゲモジャの大きな男の人を見て「おじさんは誰なの? サンタさん?」と聞いた。修造は緑を膝に乗せて「お父さんだよ。」そう言って優しく微笑んだ。

お父さんとはなんだろう。保育園にはお母さんがお迎えに来る子と、お父さんがお迎えに来る子と。お父さんとお母さんがお迎えに来る子がいる。緑はお母さんしか知らない。ずっとお母さんと2人で暮らしていてこんなに大きな男の人が家にいた事はなかった。

生意気盛りの緑は修造に「邪魔なヒゲモジャオジサン」と言い、からかうように笑った。

修造は緑に好かれる様に髭を綺麗に剃った。

リンゴをカットしてレモンを入れて甘く煮込んだ。クラプフェンの生地に、リンゴのコンフィチュールを包み、揚げて粉糖を振ってお皿にのせた。

「食べてごらん、美味しいよ。」

「ホントだー!」緑は食べたことのない味の柔らかなあつあつの揚げ菓子に驚いた。ほんのり甘いクラプフェンにりんごの素朴なあじわい。「美味しい!」そしてお父さんからお菓子の作り方を聞きたがった。

「お母さんにクッキーを作ってあげよう。」修造は赤ちゃんの時の緑しか知らず、慣れない手つきでクッキーの型抜きをしている姿を見て、生きてるって凄いなと思う。

「律子ありがとう。本当にごめんね。」律子を抱きしめて言った修造の匂いは以前のままだった。

「修造」

修造は多くを語らない。だからいつも修造の表情から全てを読み取っていたわ。依然と変わらない修造。愛してる気持ちを思い出すかも。

修造は親方のところで働き、ドイツのパンの中で店の購買層にあったパンを提案して売り出すと同時に、パン学校の生徒を面接して入社させて生地作りを教え始めた。

お店の奥さんは律子にお店を持った時にやる事や、焼き菓子の包装、会計の仕方も教えだした。皆が次の動きに向かって動いてる感じがした。

3 修造と江川

修造と律子は以前より結びつきを強く感じていた。ドイツに行ってた間のブランクを埋める為に事更に優しくした。

修造は神社であった空手の田中師範に会いに行き、緑に道着を着せて一緒に走ったり、蹴りと突きを一緒に練習してなるべく触れ合いを持つ様にした。

お世話になった鳥山シェフに会いに行き、親方に恩返しした後、国へ帰ってパン屋を開業すると告げると、シェフは「そうなんだ!」と言ってパン業界の色々な事を教えた。

そして修造を業界最大のパンやお菓子の展示会に連れていった。

大きな会場に様々なパン屋やケーキ屋にまつわる資材、機械がブース毎に並べられていて、会場の奥ではパンのコンテストが行われていた。

鳥山シェフが大木シェフというコンテストの重鎮を紹介してくれた。「今は25歳以上のシェフと21歳以下の若手が組んで世界大会に出る為の選考会が行われているんだよ。」

修造は選手の技術の高さに衝撃を受け、釘付けになった。

パンの世界は奥が深い、追っても追ってもキリがないんだ。目をキラキラさせて見ている修造を見ていた大木シェフが大きな手で修造の肩を掴んで言った。

「1年後の選考会にお前も出ろよ! 俺が練習見てやるよ!」

1次審査、選考会に勝ち抜くと世界大会へのチケットが手に入る。

修造は店に戻り19歳になったばかりの新人江川拓也に

「世界大会に出よう!」と声をかけた。

江川は修造が日本に戻ってから色々な技術を教えていた若者だ。

「せ、世界大会ですか?」

「2年後に。」

「俺とお前は別々に選考会に出るんだ。それでどちらかが落ちたら2人では出られない。選ばれたらの話だけどな。」

修造は江川を若手のコンクールに勝たせて、世界大会に助手(コミ)として一緒に出ないかと持ち掛けた。2人で今から練習を重ねれば行けるかもしれないと思ったからだ。勿論修造が世界大会の代表選手に選ばれなければ無い話だ。

次の日もう一度2人で展示会に行き、高い技術の職人が作ったパンを感心して眺めていると大木シェフが声をかけに来てくれたので、江川を紹介して、いつシェフのところに特訓に行くか決めた。

それから2人は過去の作品や動画を調べたり、参加店を廻ったりした。

修造と江川は別々に1次審査の課題を大木シェフの店の研修室で指定のパンを作り、冷凍で送った。程なくして審査通過の知らせが届いた。

選考会の課題は世界のパン部門、サンドイッチ部門、ヴィエノワズリー部門、芸術作品部門があり、江川と特訓を重ねた。

芸術作品の飾りパンに関しては選考会と世界大会の時の2種類が必要だが、大会の時は1年前にテーマが知らされる。

ドイツでエーベルトに習った飾りパンを懐かしく思い出しながら色々選考会用の日本画風のデザインを描いてみた。どうやったら伝わりやすいのかイメージを固めるのに時間がかかった。街に出ても何をしてもどんなものが良いのか考え続けた。

修造は律子とソファに横になりながら何か良いイメージはないか聞いてみた。「修造が育った山の花々はどう?紫の可愛い花が咲いてたわ。」「紫の花か、、」修造は緑の周りの飾りを色々考えてみた。地元の山々は高山で、夏になると道端には無数に紫の葱坊主の様な形の「ヒゴタイ」や淡い紫色の「ヒゴシオン」が咲いている。

「無数に夕顔も咲いてたな。。それをパンで表現できないだろうか。」

修造は試行錯誤を重ねてみた。「花のたおやかな感じをだすぞ。」

他のテーマと技術面に関してもシェフに相談して、対策を教えてもらい、2人で時間内の成形と焼成、重さ、大きさの正確さなどできるように何度も練習した。

緑は小学生になって、空手は頑張って8級になった。道場で習って来た形を修造にやって見せ、ヌンチャクも練習しているところなので、自分も一緒に家で練習して律子に危ないと叱られたりした。

緑はもうすぐお姉ちゃんになる。

病院に一緒に行って先生に「どうやら男の子の様ですよ。」と言われて3人で大喜びした。

4 選考会

世界大会へのチケットが貰える、日本代表選考会そして江川の出る若手コンクールの選考会が近づいてきた。

修造と江川は2人で前日に荷物を運び、近くのホテルに泊まっていた。

「とうとう当日になったね。悔いのないように今までの練習の成果を、全力を尽くして出そう。」試合の度、師範に言われていた言葉だった。

世界大会の出場権を手にする為に皆練習に練習を重ねてここに来ている。

持ち時間は8時間、粛々と細かい計画をこなしていかなくては時間が足らない。

修造が素早くパーツを組み、花を施した。江川はサポートし続け、様々なパンを成形していき2人で仕上げ並べていった。

速さと丁寧さは上手くいっていたが、それは他の選手も同じ事だ。出来上がりを審査するシェフが各選手の作品をチェックし続けた。片付けも審査対象になる。2人はやり残しがないかチェックしながら終了時間を迎えた。

疲れた江川の肩に手をやり「頑張ったな」と声をかけ合った。「精一杯やりました。」今頃江川は手が震えて来た。

選考会3日目、今度は江川の若手コンクールの日だ。江川は正確で丁寧に仕上げていった。プレゼンも修造と違いはきはきと爽やかにこなした。

修造と江川は並べられたパンの前に立ち、審査結果を待った。2人の点数は思ったより高く世界大会の出場権を手にする。沢山の拍手を貰い急にスター選手のように写真を撮ってくれと言う人に囲まれた。大木シェフにお礼を言い、今度はもっと練習が待ってるぞ!と喝を入れられ2人は緊張感が込み上げできた。

5 新しい命の誕生

パン職人の修造はパンを作り始めて10年経った。自分が誰かと結婚したり、父親になったりするなんて、何年か前は想像もできなかったのに、また新しい家族が誕生する。修造はワクワクが止まらなかった。

出産が近づいてきた。「律子、ありがとう。」今の自分があるのは全部律子のおかげだよ。

律子は修造の目を見て、笑った。「昔も今も修造は変わらないわ。いつも私を愛してくれるもの。」

「修造がドイツに行った時、私は素直じゃなくなって心を閉ざしたわ。でも今になってみたら修造は私達の為に日本に帰ってくる費用も節約して仕送りしてくれてた。私達がドイツに追いかけて行くべきだったのよ。。」

律子はずっと後悔していた事を言った。

2人目の男の子は無事生まれ、名前は大地(だいち)と名付た。緑と大地。まさに故郷の山々を連想させる広大な名前だ。「みっちゃん、大地だよ。」産院のガラス窓から生まれたての大地をみっちゃんに見せた。「大ちゃん〜! 可愛い〜!」

世界大会の芸術作品部門の課題は「文化」だった。

和装の女性はどうだろう、後ろ向きにして帯から美しく模様を表現できないだろうか。修造は江川に色々デザイン画を描いてみせた。

「和装の柄を色々調べてみましょう。」2人で考えて試作を重ねた。

修造は着物の柄を熱心に研究し出して、彫り師のようにステンシル作りに没頭した。

そんな修造の背中を見て律子は

「修造はいつも何かに熱く燃えてる。修造、あなたは私の道標だわ。次に修造がどこかに行ってしまうなら地の果てまでもついていく。」

6 世界大会

フランスでの世界大会が近づいて来た。

フランスに行く前に修造と江川は飾りパンの土台を慎重に、割れないように工夫を重ねて梱包して送った。心配だったが、無事に届けと祈るしかなかった。2人でギリギリまで帯の模様を手品のように手早く作る練習をしながら、修造は必死について来てくれる江川に心から感謝していた。

行こうか江川

はい

大会には大木シェフがコーチ、修造と江川、通訳の人、応援の人達で行く事になった、材料を調達したり送った荷物を確認したりして準備は整い、大会が始まった。応援の声を聞きながら全力を尽くした。

各国のブースが並ぶ中、開始の音がなると会場の選手が一斉に製造をはじめた。細かく決めたタイムテーブルの順にミスなく進めて行かないと時間が足らなくなる。

ヴェノワズリーも1列ずつ色を変化させ和装の帯の紋様を順に変えて飾り、カンパーニュに半分ラズベリーを混ぜて陰陽のマークにしたあと着物の柄のステンシルを施した。手際良く仕上げる修造を江川は絶えずサポートし続けた。

修造と江川は立ち姿の女性の着物の帯に美しく色を変化させながら柄を貼り付けていき、帯の中央にはアゲハ蝶の羽を取り付けていった。そして着物姿の上に高さをだす為に飾りを2本クロスしてつけた。

「修造さんカッコイイ。」江川はその背中に見惚れた。

「俺、修造さんに出会えて良かったです。」

制限時間までに片付けを済ませ、やり残しが無いか確認してからキッチンブースとパンの作品の間の赤いカーテンを引いた。これが「我々はできました。」という合図なのだ。他の国もそれぞれ完成のカーテンを引き、タイムアップになった。

沢山の審査員が修造の作品に高く点数を入れ優勝を果たした。

修造を助け続けた江川はベストアシスタントとして評価を頂いた。

シェフも江川も大喜びしてくれた。

修造は世界大会で優勝した。

「頑張ってきて良かったですね!」

「そうだな」

江川は(さっきまで燃えてたのにこの人明らかにテンション下がったな)と思い驚いた。

(修造さんってコンテスト、ドイツ、世界大会と、ひとつ山を超えると次に行きたくなる男なのかも。)

7 Leben und Brot(生活とパン)

日本に帰った後は、2人ともマスコミの取材を受けたり、修造の苦手なテレビに出たりと忙しく過ごした。お店はお客さんで大行列で、親方と江川、中堅の職人や新しい新人達と製造を続け、クリスマス時期にはドイツ時代エーベルトに教わったシュトレンを販売すると、本場の味が話題になり、お客さんが絶えない日が続いた。

親方は新しい店をもう一軒作り、職人を分けて修造のパンをもっと沢山の人が食べられるようにした。そこからは更に忙しくなり、江川と2人で回していった。

親方が、皆を指導して見てまわっている修造に話しかけた。

「修造が来た頃は、体力があって物覚えが早くて良い職人になると思ってたけど、突然ドイツに行くって言い出した時は内心どうなるかと思ったよ。」

「本当に長い間2人を面倒見て頂いてありがとうございました。親方には感謝しきれません。」

「修造、お前はここにずっといてる器じゃないんだよ。そろそろ自分の店を作って、もっと沢山の人にお前のパンを食べてもらえよ。」

修造は深々と頭を下げた。

修造は親方の為にしっかりと人を育ててから独立した。

郊外に土地を探し、律子や江川と一緒に理想のベッカライLeben und Brot(生活とパン)を作った。

駐車場と庭は広く花が咲き、子供達が遊び、カフェが併設されていて綺麗な広い工場でパンを作り続けた。

ある時、律子が花の手入れをしていて、修造が子供達を芝生で遊ばせていると、パン好きのカリスマ小井沼という男が取材に来た。

「初めましてシェフ、僕は今パン好きの聖地って言う雑誌の編集をしてまして、是非Leben und Brotも取材させて頂きたいんですが。」

修造は江川を呼んで「イケメンだろ? 表紙にして下さいよ。」と笑っていった。

修造は小井沼の質問に丁寧に答え、ドイツに行った経緯を伝えた。「じゃあ奥様は5年間日本で修造シェフがお帰りになるのを待ってらしたんですね。凄いことです。」

「全部僕の我儘なんですよ。妻には迷惑をかけました。」

小井沼はこの事を気をつけて書かないと修造が悪い印象を受ける恐れがあると思った。江川と修造が写真撮りをしている間に律子に話しかけた。

「先程のお話なんですが、奥様はどんなお気持ちだったんですか?」

「確かに私ははじめ驚いてドイツ行きを受け入れませんでした。でも修造はずっと誠意を見せてくれていました。置いていったんじゃないんです。私はドイツに追いかけて行く事もできたのに行かなかった。修造は何も悪くないんです。」

「愛してらっしゃるんですね、修造シェフを。」

小井沼は修造と律子と子供達の家族写真を撮った。

しばらくして出た雑誌には江川が表紙に。中程のLeben und Brotの特集には家族4人の写真と、「時を超えた夫婦の絆」というタイトルの記事が丁寧に書かれていた。

(小井沼さんありがとう。)律子は感謝した。

Leben und Brotは世界大会の覇者として沢山の雑誌に載り、遠方からも沢山の人が訪れた。

2年ほど経っても土日になると行列が絶えることなく、経験を積んだ江川は立派なパン職人として成長していた。

「江川」

「はい!」

「このままいけば順調に行くよ、この店はお前にやる」

「えっ!」

「俺は律子と子供達と田舎に帰ってパン屋をやるよ。」

「えー!」

修造は以前から考えていた、律子と子供達の為に生き。自分なりのパン屋を作ると。

何も考えずに仕事を決め、高速バスに乗ってやってきた時は何一つ知らなかったけれど、今の自分はパン職人として色々な経験と知識を得つつある。その全てを自然に溶け込ませて、素直なパン作りがしたいんだ。

「江川、元気でな。」

第3部 おわり

あとがき

やっと律子と再会した修造。

修造はドイツから帰ってなんと世界大会に挑戦しました。マイスターになったらドイツに残ってそのまま職人に仕事を教えるか、その後帰って店を持つかです。修造の様に世界大会を目指すのは珍しいですが、そこはパンの楽しいお話なので、、

パンの世界にも色々あります。若いうちにフランスに渡って修行して、フランスパンのコンテストに出る人もいます。世界各国のパンを勉強したがる人もいます。そんなシェフのお店のパンはきっと美味しいでしょうね。

そして本文では割愛しましたが、世界大会にも色々あります。モンデュアル・デュ・パン、クープデュモンド・デュ・ラ・ブーランジュリー、iba カップなどそれはそれはレベルの高い勝ち抜き戦で、何度も審査を通過したシェフだけが世界大会に出る事ができます。そしてそれに優勝するのは並大抵の事ではありません。どうやったらこんなに美しいパンができるのかしらと見惚れてしまいます。

世界大会に出る為に何年も前から準備をしていく方が殆どです。

パンの世界は奥が深いですね。

小説 パン職人の修造 第2部 ドイツ編

小説 パン職人の修造 第4部 山の上のパン屋編


2021年03月27日(土)

小説 パン職人の修造 第2部 ドイツ編

パン職人修造 第2部 ドイツ編

知るだけでなく。応用しなければならない。やろうとするだけでなく、実行しなければならない。(ゲーテ)

1 ドイツとの出会い

ナッツのコンテストで優勝してから、セミナーや講習会で他店のシェフと交流する事が多くなった。

修造の顔写真が優勝者の欄に貼られて業界に広く配られた。色んなシェフに声をかけてもらう事も多くなり、何か資格を取ったらどうかと言われ、色々説明して貰い、そこで初めてマイスターの事を聞いた。

「マイスター?」

「そんな制度のある国もあるんだよ。もっと詳しいシェフもいるから紹介しようか?」

取得にはとても年月がかかるそうで、語学学校に行きながら2年半修行して、ゲセレの資格を取り、その後頑張ったらマイスターの試験に合格するとかで。

マイスター制度のことに興味を持った修造は、紹介して貰った鳥山シェフの店を訪れ、そこで生まれて初めてドイツパンと出会う。

店には沢山のドイツパンが並び、ワリサーブロートやロッゲンブロートの美味さに衝撃を受けた。プンパニッケルにクリームチーズを塗って試食した。

「美味い」

修造は鳥山シェフにドイツの事を詳しく聞いた。ドイツはパンの国であり、1,500種類以上もパンがある事、英語ならまだ耳に慣れているが、ドイツ語は難しい事など。しかし若い時に身につけた技術は一生の宝になるとも。

修造はまだ見ないドイツに思いを馳せ、ついにはドイツ行きを決心した。

まだまだパンの世界には知らない事がいっぱいある。それを確かめてみたい。そんな強い気持ちに駆られた。

だけど律子に何て言う? 緑は生まれたばかりだ。そんな事はできない。

修造は親方に相談した。親方と奥さんは「そんなに勉強したいのなら、私たちが2人の面倒を見るから行っておいで。」と言ってくれたが、、とにかく期間が長い。。

行くなら早い方が良い。

どんどん時間が経っていく。

修造は鳥山シェフのところを訪れ悩みを打ち明けた。

「決めるのはお前だろ? もし行くなら全力で後押ししてやるよ。職場と学校を紹介するから渡航の準備をしておけよ。」

修造が賞を取り、店は有名になって益々忙しくなっている。自分が抜けたら大変だろう。

人生はこの後も長く続くだろう。自分ははっきりとした証が欲しい。そしてその後の人生も律子と緑と一緒に生きたい。

「あの、、」

緑を抱いている律子に修造は話しかけた。律子は修造の表情を見た。「何か言いたいことがあるんでしょう?」と言って、緑を寝かしつけてソファに座った。

修造のドイツに行きたいという話を聞いて、

「そんなの納得できるわけないでしょう! 私たちが離れ離れになるなんて、そんな事出来るわけないじゃない!」

その後は2人とも何日か葛藤の日々が続いた。

ドイツ行きの資金は今まで開業のためにしてきた貯金で何とかなるでしょう。

でも私達はどうなるの? 修造がいないなんてそんな事考えられない。どこにも行っちゃダメ。

律子は泣きすぎて胸が苦しくなった。

「俺は行ってくるよ。絶対最短で帰ってくるから待ってて欲しい。」

無口な修造が心から絞り出して言った。

嫌だそんな辛い事。

でもそれでは修造の為にならないの? ここで修行したら良いじゃない。

そう言いながらドイツ行きの日は迫ってきた。

どうしてこんな辛い事が起こるの。

律子の妹のその子は慰めた。

「行かせてあげるの? ひょっとして5.6年なんてあっという間かもよ。5年前を振り返ったら今日まであっという間だったじゃない? みんなで緑を育てようよ。」

律子は泣くのをやめた。

絶対私と緑のところに帰ってきてね。

修造は鳥山シェフに頼んでドイツでの職業訓練校や職場を斡旋して貰った。週に3日学校、4日はパン屋さんで働き、何年かしたらゲセレ(パン職人の資格)の試験を受けて合格したらゲセレになれる。修造が目指しているマイスターの資格試験はまだまだその先の事だ。

緑を抱きしめてると心が揺らいだ。こんなに小さな子を置いていくなんて自分は鬼の様な心を持ってるんだな。

パン屋で働き始めた頃はなんの目標もなかったのに、今は夢中になってもっと上を目指したい。その気持ちに勝てないんだ。

緑ごめんね。

ドイツで資格を取るまでは会えないかもしれない。

働きながら学校へ行き資格を取るのは中々生活が苦しそうだ。貯めたお金をいかにケチケチ使うかと言うことも考えなければならない。

律子ごめんね。

修造は行ってしまった。

2 修造とドイツ

しばらく律子は毎日泣いて暮らしていた。そのうちこんなに苦しいならいっそ憎んだ方が楽になれるかもしれない。

私は緑を守っていかなきゃいけないんだもの。

そう思うようになっていった。

律子の心に冷たい何かが生まれ、修造の事を忘れなければ辛すぎると考える様になっていった。私は緑だけを守らなきゃ。

パン屋の奥さんの勧めもあって、律子はパン屋の工場で働き始めた。以前はここで修造が働き、修造が使っていたものを使っている。寂しい、、会いたい気持ちが強くなってきたら辛いだけだわ。

一方、修造はドイツの職業訓練校に通いながら、パン工場での実習が始まった。全く言葉が分からない。帰ってからはドイツ語の勉強。そしてまたパン工場と目まぐるしく毎日が過ぎていく。

狭い寮の食器棚の上に律子と緑の写真と、持ってきた黒帯を飾った。疲れて横になると毎晩思い出すのは律子と緑のことばかりだった。自分は何をしてるんだ、このまま毎日を過ごしていれば目標に辿り着けるのか。

修造の店は大きな街の外れにあるHeflinger(ヘフリンガー)という店で、見たことのない様な大型のミキサーが3台、6段の窯が2台、延々と生地が流れてきて成形を続けた。深夜の仕事の方がお給金がよく、真面目で体力のある修造は重宝がられた。

3 ノアとの出会い

先輩のNoah(ノア)が修造の事を馬鹿にしてキツ目の態度で当たっていたが、近くで仕事してるので避けられない。修造は全く気にしてないフリをしていた。

何千個とモルダーに生地を入れ続け、プレッツェルを成形して並べて焼き続けた。そのあと機械の清掃。そんな毎日だった。

ある日店に強盗が入ってきたと騒ぎになった。見にいくと、店員さんをナイフで脅しているところが見えた。

「またナイフ男か」と修造は思った。

今度は怪我しないようにパンをオーブンに入れる木のスコップ(ピール)を持ってきて、男の前に立った。

男はドイツ語で何か叫びながらナイフをまっすぐ修造目掛けて突き刺してきたので、左から棒で腕を掬い上げてからそのままもう片方の腕に突き刺した。ナイフが落ち、そのまま男を倒して正拳突きを胸に放った。男を裏返してピールをを背中側の右袖から左袖まで服にカカシの様に通して、店にあったビニールテープで両腕とも棒に縛り付けて、足も縛った。

その一部始終を見ていたノアは、修造を忍者と呼ぶ様になる。ノアは「なあ忍者、俺にその棒を振り回すのを教えてくれよ。」と言ってきた。

修造はノアに棒の「一の形」を毎日練習させ、引き換えに種起こしのやり方や生地作り、ドイツ語について詳しく聞いた。製パンに纏わる言葉を残らず書き出して貰い必死で覚えた。ノアは仕事終わりに修造の部屋でビールを飲みながら、ドイツの職業訓練の仕組みや、発酵の事などを教えてくれた。

なかなか自分のことを話さない修造に「なあ忍者、お前は何をそんなにガツガツしてるんだ。なぜそんなに早く日本に帰りたい? ドイツじゃゆとりある仕事しかしないぜ。せっかく来たんだ、ゆっくりやろうぜ。」と聞いてきた。

修造は日本に妻子がいて、1人でドイツに来た。出来るだけ製法について沢山勉強し、一刻も早く戻りたいとたどたどしく伝えた。

律子は緑を保育園に通わせ、自分はパン屋で働いた。修造の穴埋めはとてもできないんだと、修造の実力について改めて知った。毎日疲れてソファに横になる修造を思い出し、「あれだけの仕事量をこなしてたんだから無理もない」と思った。

お店から見ていた修造の素早い動き。もっと見ておけば良かった。だが、会いたい気持ちを抑えるにはそのことさえ封印した。

毎日緑を保育園にお迎えに行き、手を繋いで歌を歌って帰り、パン屋さんで貰ったパンとおかずを一緒に食べ、夜は抱きしめて子守唄を歌った。

「緑は私が育てる。」

ノアの協力もあって、修造は片言ながらまあまあ話せる様になってきた。自分の与えられた仕事を凄い速さで済ませ、ノアの仕事を随分手伝わせて貰った。お礼に空手の「一の形」と「二の形」を教えて毎日みてやった。ノアは形の時の気合の入れ方が随分上手くなってきた。

部屋に置いてあった黒いボロボロのロープを見て、

「なあ忍者、これはなんだ?」

「それは空手の黒帯だよ。黒帯は頂いた瞬間から大切にずっと使い続け、そのうち帯の端が擦れていくんだ。責任を持って黒帯を締め、鍛錬をするんだ。」

4 エーベルトおじさん

仕事帰り、街を歩いていると向かいから背が高いヒゲモジャのおじさんが歩いて来た。腕が太くお腹が出ていて、リュックを肩にかけていたおじさん。突然後ろから黒い服の男が走ってきておじさんのリュックをひったくってこちらに走ってきた。

おじさんはドイツ語で待て〜と言いながら追いかけて来た。修造はすれ違い様に黒い服の男の内股を足で引っ掛け、掬い上げてから街路灯のポールにぶつけ、男が跳ね返ってきた所をリュックを奪い取って胸を突いた。男はもう一度街路灯に打ち付けられ背中を強打した。

修造はその手でおじさんにリュックを返して、黒い服の男にもう片方の拳を見せた。言葉にすると長いが一瞬の事で、おじさんも男も今一体何が起こったんだと思った。

男が逃げ去るのを見届けてから、修造はおじさんに何も言わずに立ち去ろうとした。慌てておじさんが太い腕で修造の腕を掴み聞いた。

「お前は一体何者なんだ⁉︎」

カフェでおじさんと話しながら自分はパン職人で、早くマイスターになって日本に帰りたい事、その為に学校へ行く資金をプールし、帰国準備をしなければならない事をおじさんに言うと、急におじさんは大声で笑い出して言った。

「ボウズ! パンのことなら色々教えてやるからお前は俺のところに来い!」

おじさんはエーベルトベッカーと言うマイスターで、パン屋のオーナーだった。エーベルトにすっかり気に入られた修造は休みの日に直接パン作りを教えてもらえる事になった。

大きな公園の見える山小屋風のエーベルトベッカーは、代々続くパン屋で、手作りのものばかりで、都会の機械に囲まれた工場よりも素朴だった。店の棚には大型の田舎パンが並び、石臼でその日の分の小麦やライ麦を挽き、1日おきの種を見せて貰い種を作らせて貰ったり、生地を手ごねしたり薪でパンを焼かせて貰った。

エーベルトは修造に薪窯の温度管理を細かく教えた。オキを掻き出し水のついたモップで拭いて水蒸気を発生させ、パンをピールにのせて滑らせ窯へ入れる。窯で焼けたばかりのパンにチーズをのせたらこの世のものとは思えないほど旨かった。

修造は休みの日にエーベルトの店に入り浸った。

いつか自分もエーベルトの様なパン屋ができたら。修造は自分の目指すものが見つかった気がした。

「修造よ。マイスターとは若手に製パン技術を教え、知識を教える立場なんだよ。伝統的な技術や決められた製法を守るんだ。いつかお前もマイスターになったらお前が教わった様に下のものに継承して行くんだ。」

修造はこれまでの人生で常に年上に可愛がられてきた。これは自分に与えられた徳なんだと薄々感じてもいた。田舎で空手を教えてくれた師範、パンを教えてくれた親方。鳥山シェフ、神社の師範。みんな元気だろうか。そして律子と緑は。

修造は何度となく律子にメールや手紙を出したが、律子からは段々そっけなく返事も間隔が開いてきたとずっと感じてはいた。

緑の写真を送って欲しいとメールを送ったが、律子からの返事は無かった。自分のした事を考えるとそれも仕方のないことかもしれない。

5 修造と麻弥

そんな時パン屋に同時期に入ってきて、お菓子の勉強をしている日本人の女の子の麻弥が色々話しかけてくる様になった。麻弥はナイフ男をカカシの様に縛った時見ていたらしく、色々興味を持って修造に話しかけ、何かと行動を共にしだした。

「修造、次の休みにみんなでクリスマスマーケットに行ってみない? 珍しいレープクーヘンが沢山売ってるから勉強に行きましょうよ。」

麻弥達何人かと修造はクリスマスマーケットに出かけた。生まれて初めてこんなに煌びやかで飾りの凝ったマーケットを見た。広い会場に屋台というよりも、しっかりとした作りの小屋が並んでいて、それぞれの店にびっしりとクリスマスのものが並んでいる。

「凄いなあ」

甘くて酸っぱいシナモン味のホットビールを飲んだ。ほろ酔いになり、会場の店を見て廻った。麻弥は何かと修造にボディタッチしてきたが修造はずっと気がつないふりをしていた。

綺麗な観覧車を見ながら「修造、私修造のことが好きなの。私と付き合って」麻弥も寂しかったのかもしれない。

「自分は結婚していて、奥さんと子供がいるんだ。もし麻弥と付き合ったら、自分の性格では麻弥のことも自分の奥さんのこともどちらも裏切れないと思う。自分は日本に戻って律子とパン屋をする為にここにいるんだ。だからごめん。」と言った。無口な修造にすれば頑張った方だった。

麻弥とはそれ以来疎遠になり、店であっても何も言わなくなった。お互い遠くからやってきた者同士、頑張れよと思うことしかできない。

6 試験

なんとか試験に出そうなドイツ語や教科の内容を勉強し、修造はゲセレの試験を受ける時期に来た。

実技では、テーブルいっぱいに自分の技術を凝らしたパンを並べる。修造はエーベルトが丁寧に教えてくれた飾りパンを思い出しながら作った。赤や黄色の生地で薔薇とRosengarten(薔薇の庭)の文字を綺麗に飾った。シンプルで大型のパンにステンシルを施して並べ、大型のカゴにプレッツェルやブロッチェンを盛りつけ。デニッシュは2色の葡萄を、マンデルクーヘンにチェリーを並べた。

修造の成績は中々のものだった。

やっとゲセレの資格を取得できた。次の目標に向かってお金を貯めつつ勉強しなければならない。

修造はなんとか捻出して仕送りをしていた。これは絶対断らせるわけにいかなかった。今のところ示せる唯一の誠意だったからだ。

2年後、修造は親友となったノアに別れを告げ、とうとうマイスターの試験の為に本格的にFachschulen(ファッハシュレ)と呼ばれる高等職業学校で勉強をしだした。後は試験に合格しなくては。マイスターの試験はそう何度も受けられない。

日本に帰ったらドイツで学んだパンを作り、地元の人達に食べてもらいたい。そんな風に考えていた。その前に律子と緑がお世話になっている親方のところで、自分の覚えた技術で下の子を育てよう。そのあと田舎に帰って自分の店を作ろう。

修造は色々なワクワクが止まらなかったが、試験のことともう一つ、律子がとても冷たい感じがしているのが気がかりだった。

メールは返事が無かったが、今はこんな感じだとまめにメールを送って自分の気持ちを伝え続けた。

試験後、修造はやっとマイスターになる事ができた。エーベルトがお祝いをしてくれ、お別れを寂しがった。お世話になった皆んなに別れを告げ、今度は3人で来るからと約束した。

律子からメールが届いた。

「私、修造がくれたメールや仕送りに入ってた手紙をいつも読んでいたわ。早く帰ってきて欲しかった。会えないのが辛かった。どうして私達をこんなにほっておいたの。いいえ、何故かはわかってる。あなたはきっと以前とは比べ物にならないぐらいパンの技術を習得したんでしょう? 私達はただ離れ離れになってたわけじゃない。修造は早く私のところに帰ってきて、沢山の人のためにパンを作らなきゃいけないわ。そして私がそれを見届ける。でなければ長い間離れてた甲斐が無いわ。」

それは律子からの愛のメッセージで、パン職人の妻としての葛藤のメッセージでもあった。

律子、今すぐ走って会いにいきたい。

第2部 おわり

あとがき

第2部も最後まで読んで頂きありがとうございます。このお話はフィクションで、実在する団体とは無関係です。

若いうちに修行して、腕を身につけて店を出すパン屋さんは多いです。しかし一生のうちに店を出すのは一度きりと決まっていませんので、何度勉強に出かけてもいいし、いつ勉強したりどこかの店で修行したりしても良いのです。

修造の中で1番胸を揺さぶられたのがドイツのマイスター制度だったのでしょう。

マイスターのブログなどを読んでいると、何年もかかったと書いてる方が多い様です。ここでは早く律子の元に戻さなくではいけないので、5.6年と言ったところです。

今はゲセレになる為に企業が面倒見てくれる所もありますので、どんな形で行きたいのかよく調べて決めるといいと思います。今はドイツでもマイスターを目指さなくてもお店を持てるそうです。外国から来た方もパン屋さんを営業してる人が多いそうですよ。

何をするのも覚えるまでは大変なものですが、一度身につけた技術は一生ものです。

自分の店を持つなら開店前にできるだけいろんな世界を見てみたいですね。

ドイツのクリスマスマーケットですが、各主要都市に毎年大きなマーケットが開かれます。ちゃんとした木の家みたいなお店が並び、服や置物、お土産など様々なクリスマス関連のものが販売されています。

ドイツのお菓子といえば日本ではシュトレンが知られていますが、Lebkuchenレープクーヘン(ジンジャーブレッド)も可愛くて楽しいお菓子です。ハチミツ、アーモンド、ナッツ、香辛料、スパイスなどが入っていて、クリスマス時期にはハート型の生地に色とりどりのアイシングやチョコレート飾りや文字を施したものが沢山作られ、マーケットではリボンをつけて壁にぶら下げて販売されています。

小説 パン職人の修造 第3部 世界大会編

小説 パン職人の修造 第4部 山の上のパン屋編


2021年03月20日(土)

小説 パン職人の修造 第1部 青春編

パン職人修造 第1部 青春編

1 はじまり

修造は無口な子供だった。

幼い頃から空手道場に通い、師範について空手の修行をしていた修造。頭の中は空手のことしか無かった。空手には形と組手があり、どちらも師範の教えに沿ってコツコツと自分のものにしていく。鍛錬をして納得のいく形の習得が出来たとき修造は生きがいを感じた。修造は黒帯になり、師範代として子供たちの指導をすることもあった。

高3にもなると、卒業後のことを考えた。学校の壁に貼ってあった求人募集の適当な所を指差し、パン屋の面接試験を受け、「就職先が決まった」と師範に告げた時、師範はとても寂しそうな顔をした。実家を出て、1人高速バスに乗ってやってきたパン屋。初めてのことばかりだったが、空手時代は様々な空手の型を学び、礼儀正しく、絶えず師範の教えを守った修造。その甲斐もあって、仕事場でも礼儀正しく、親方の仕事を学んで実践した。真面目で吸収率の高い修造を親方も身内の様に大事にした。

2 修造と律子

店舗併設のパン工場で働き始めて2年が経った。

親方の大浜さんと職人3人。人も入れ替わり工場もお店も自分が入ってきた頃とは違う配置になった。親方に色々な仕事を教わって、やり甲斐を感じてきた所だ。

ある時、お店のレジ係に律子が入ってきた。

修造は今まで全くなかったほどドキッとした。

なんて立ち姿の美しい人なんだろう。

工場で仕事しながら気もそぞろで、親方にばれそうだった。

修造が工場で仕込みをしていると、お店から律子の悲鳴が聞こえた。

見るとナイフを持った痩せた男が入ってきて律子を突き飛ばした。それを見た修造はなぜ入ってきたかもわからない男に素早く掴みかかった。

普段、空手で人を傷つけるなどと言うことは考えられないが、ナイフを振りかざして工場に入り、親方に何か怒鳴り出した男の腕を抑えようとした。男は抵抗し、修造目掛けてナイフを振り降ろしたので、彼は咄嗟にナイフを掴んでしまった。ギリギリ親指と人差し指の間でグッと力を入れたが親指の付け根が切れ、血が滴り落ちた。ナイフを掴んだまま、男の左脇腹に中段膝蹴りを入れた。

「グハッ」と言って倒れた男は、息ができないのか苦しそうに呻いている。修造は男の背中に膝を乗せて動けなくした。警察が来るまでなんとかしなくては。押さえつけながら両腕と両足を紐で縛ったので、あたりは血だらけになりどちらが流血したかも分からなくなった程だった。

犯人は以前遅刻と無欠勤を繰り返して退職に至った男だった。親方をずっと恨んでいたそうだが、我が身を振り返って反省したらいいのにと修造は思った。

律子は修造の荷物を持ち病院に付き添った。

「大丈夫ですか?」普段は温厚で無口な修造が、律子を庇う為に頭に血が昇った所を見た。

きっと私の為なんだわ。と律子は修造を見て思った。

利き手を怪我して包帯が替えにくいだろうと、律子は毎日手当てをしに修造のアパートに行った。

自分の為に毎日包帯を替えてくれる律子を見て、修造は心から愛しいと思った。

でも

いつまで経っても何も言わない修造。

律子は修造を見つめながら言った。

「きっと自分からは何も言ってくれないのね」

「え、、」

「正直に言って下さい」

「あの」

「あの?」

「俺と、、」

「付き合って下さい」

「はい」

3 修造の毎日

修造は毎日が幸せだった。

律子が気になって仕事が手につかない修造を見て、彼女はお店の奥さんに事情を話して転職することを決めた。その後、修造と一緒に住み出した。アパートと言っても、小綺麗で清潔で明るい部屋だった。

アパートの窓からはお日様が燦々と差し込んでいた。

「今日どこ行く?」

律子はいつもパン職人の修造の休日に合わせてスーパーの仕事を休んだ。

街に出てパン屋巡りをして楽しむことが多かった。修造は色々な店の外観やパンの質、流行りの傾向、従業員の人数などを見て廻った。

街のパン屋のカフェで。買ったパンとコーヒーで休憩していた時、律子に「ねぇ、田舎のお母さんにバレンタインにチョコを送ってもらったでしょう? お返し何する? 一度も田舎に帰ってないし、たまには連絡したら?」と言われたが母親に何も連絡しなかった。

修造は無口で何も言わないので、律子はいつも修造の表情や雰囲気で全て察するしかなかった。

打ち込む性格の修造は仕事で全力を出した。夜は疲れて眠る修造を横に、彼が読みかけたままのパンの本を見たり、1人ゲームをしたりして過ごすことも多かった。

パン屋の仕事は4時からのため、律子を起こさない様に寝顔を眺めてからそっと出かける。まだ外は暗く星が煌めいている。田舎に住んでいた頃は星が降りそうな程見えたが、都会ではそうはいかない。それでも朝の空気は澄んでいた。一歩パン工場に入ると、まだ人々が寝静まってるとは信じられないほど皆忙しく働いている。

シャッターの閉まった表の通りからはとても想像できないが、開店前のパン屋の忙しさは凄まじい。仕込みをする人、成型をする人、焼成をする人、品出しをする人、サンドイッチをする人、袋詰めなどをする人。皆、開店時間に向けて動いている。修造は仕込みを任されていた。

4 修造の心配

生地を練っているミキサーの様子を見ていると、親方が「修造はいつ結婚するんだい?」と聞いた。

「考えてはいるんですが。」

「のんびりしてたら律子さんに逃げられちゃうぞ」

それはちょっと心配なところだった。

このまま何も言わないで律子と離れてしまうなんて考えられない。でもこの後もすれ違いの生活は続くだろう。

「律子いつもごめんね。時間も合わないし悪いと思ってる。でも今の仕事が好きなんだ。パン屋に勤めてて良かったと思ってる。」

「修造。私パンを作ってる時の修造を素敵だと思ってたわ。だから今のままでいて欲しい。」

近くに住んでいる律子の妹その子はたまに訪ねてくる。

「ねぇお姉ちゃん。修造さんと仲良くいってる?」

「自分から何も話さないけど、優しさの塊りみたいな人よ。大切にしてくれる」

「優しさの!(笑)凄い、、」

「今度プチっとバースデーパーティーしてくれるのよ。その子も来てね。」

「お姉ちゃん誕生日おめでとう! これみんな修造さんが用意してくれたの? 羨ましー!」

この日修造は結構頑張って律子の為にパーティー料理を準備した。フルーツを盛ったケーキとお洒落に野菜を飾り付けたローストビーフ、薔薇の花の形のサーモンを施したタルティーヌが置かれている。

「修造ありがとう」

律子は修造の優しいまなざしと、長いまつ毛の奥の白目が青白く透き通って美しいところが好きだった。律子は修造にとても愛されていると感じてはいたが、、(きっと自分からは言ってくれないんだわ。)と悟ってもいた。

結婚したら生活が変わるのかしら、毎日修造を愛して。それ以外に何かいるものがあるのかしら。

5 修造とコンテスト

ある時、親方にナッツを使ったコンテストにでる様に勧められた。パンフレットを見ると、結構しっかりした大会の様だった。修造は帰ってから律子に相談した。どのような生地で、素朴なアイテムと食感で、どのような形のものを作ると良いかを、2人で話し合った。

「クルミとフルーツを合わせ、アーモンドも使いたい。」

「イチジクを洋酒につけてナッツと合わせよう」

「生地にキャラメル風味のクリームチーズを塗ったら美味しいかもしれない」

2人が持っているパンの知識を引き出し、修造はそれを元に何枚かデザイン画を描いてみた。

仕事中も修造は頭の中で色々想像を巡らせ、何度も試作をしてみた。親方はブリオッシュの温度など細かく見てやり、材料の組み合わせをアドバイスした。段々と形になってきて、焼成までは、いい感じになってきていた。修造は焼き上がったパンを持ち帰り、律子と試食をして意見を聞いた。

「うん! 美味しい! ねえ、このパンの上はキラキラさせられないの? もう少し甘みが欲しいわ」

「キラキラ」と言われて苦笑したが、無骨な自分と違い、律子の素直な感性を大事にしたいと、修造は色々考えてみた。

キラキラ、、、それは修造が苦手な世界観だった。

修造はクルミとアーモンドをグラッセし、トッピングしてから焼成することにした。その上にナパージュを塗ると、表面はキラキラと光沢を放ち、カリカリとした食感がリズムを生み、とても美味しく感じた。

書類とレシピを丁寧に書き、写真を添えて、コンテストに申請した。

親方と2人で結果を待っていると、一次審査を通過したとの知らせが店に届いた。

2人はよくソファーに横になり寄り添って話をするのが好きだった。律子、パン職人としての考えや生き方を理解してくれてありがとう。

仕事帰りに1人で街に出て、ジュエリーショップに入り、指輪を選んだ。シャンデリアの輝く店に1人で入るのは恥ずかしく、とても勇気が必要だった。

ある日、母親から修造に電話が入った。

「一度帰ってこんね」

母親とはもう何年も会っていない。いつも一方的にものを送ってもらうのだが、返事もしていなかった。

いつか律子を連れて田舎に帰ろう。

6 意外な贈り物

修造は空手の技を忘れないようにたまに公園で練習した。形と言うのは、決められた順に技を繰り出す動きの連続で、練習を重ねると組手も上達する。形の全てに技が込められている。

突然おじさんが声をかけて来た。

「君、どこの道場の人? ここら辺の道場の形ではないよね?」

おじさんは近所の神社や小学校で子供達に空手を教えている田中師範だった。故郷から遠く離れて今は1人で練習している事を伝えると、師範は修造を神社に連れて行き、今度から一緒に練習する様に言った。

アパートに戻ってからシャワーを浴び、夕食の用意をしていたが、律子はまだ帰ってこない。電話にも出ないし、LINEも未読のままだった。スーパーにも電話をかけたが、何時間も前に帰ったという。彼は過去にあったナイフ男の事件を思い出し、心配になって探しに出かけた。人を探す時は中々わからないものだ、ひと筋違うだけでもすれ違ってしまう。

修造は駅の周りをみて座り込んだ。

ふと不安が過った。

親方に「逃げられちゃうぞ」と言われたことを思い出した。

自分が煮え切らないので、とうとう愛想を尽かされたのか、、それとも危険な目に遭ってないのか。警察に捜索願を出すべきか、、

駅前のベンチに座って考えを巡らせていると、「修造」と律子が声をかけてきた。

「私、赤ちゃんができたの。でも修造がどんな顔をするかわからないから、今まで喫茶店にいたの。」

そう言いながら律子は彼の表情をつぶさに見ていた。彼女はいつまでも何も言わない修造の事が不安だった。

(自分が父親に?)

突然のことだったので、とても驚いた。まだ若かった修造には自信もなく、不安がどっと押し寄せてきた。しかし、それと同時に自分が父親に! 不思議なほど嬉しくて大きな感動があった。彼女はそんな移り変わる修造の表情を見て笑ってしまった。

彼は照れながら律子の自転車を押し、2人で帰った。

今日はコンテストに出すパンを会場に持っていく日だ。修造は何個か焼いたパンの中から、できの良いものを3個選び、箱に入れた。上手くいってくれ! 修造は祈った。

そして帰ってから律子に指輪を渡した。

「結婚しよう。今まで言わなくてごめんね。」

修造のパンは素材の組み合わせの良さと、食感の良さ、見栄えの良さでコンテストの最優勝賞に輝いた。親方はとても喜んで、律子と3人で授賞式に出かけた。

トロフィーと額縁に入った賞状を貰い、「律子、この賞状を持って出かけたいところがあるんだ。」と言った。

新幹線に乗って、レンタカーで何時間も走って山奥の修造の実家にたどり着いた。久しぶりに会った母親にバレンタインのお返しの沢山のプレゼントを持って。お嫁さんと孫ができる知らせと、コンテストで優勝した賞状が入った額縁を持って。

母親は修造がどこでどうしてるのか何も聞かされていなくて心配する毎日だったが、修造が額縁を壁に取り付けるのを見ながら、「こげんキレかお嫁さんば連れてくるとは修造もやるったい!」と、とても喜んだ。

お母さんは律子に「あの子はなんも言わんけんね。。大変やろう?母親ならよかばってんお嫁さんにはちゃんとせにゃ。」「お母さん、私修造さんの表情を読み取るの結構得意なんです。私達きっと上手くやっていけます。」

修造は足元の悪い道を、細心の注意を払いながら律子を歩かせ、家の前に広がる広大な眺めを見せた。そして「いつかここに帰って来て2人でパン屋をやろう。」と言った。律子も修造と2人ならどこにいても大丈夫と思った。

そして夜は律子をそっと抱きかかえて、空に輝く満天の星を見せた。

 

結婚式はせず、入籍だけした。その方が修造らしいと律子は言った。2人は寄り添ってソファに座り、お腹の子供が大きくなるのを楽しみに毎日を過ごした。

やがて無事元気に産まれた女の子に2人は緑(みどり)と名付けた。修造の実家の前に広がる木々の緑をイメージしたのだ。律子は緑をいつも抱き、歌を歌って育てた。修造も2人との生活を守る為に働いた。賞を取った事で店はとても忙しくなり、人も増やした。

第1部 おわり

あとがき

読んで頂いてありがとうございました。

このお話はフィクションです。筆者が見聞きしたパンの世界の様々な事を盛り込もうと考えて作りました。これから修造は勝手に動き出します。これを読んでパンの世界について楽しんで頂けたらと思います。

修造の体験しているパン屋さんの毎日。朝早く起きてパン作りをして、恋をして。不器用でいつも出遅れるけど、修造の毎日は充実しています。

迷いの多い青春ですが、パン職人として立派になって欲しいと思います。

修造は賞を取った事で運命がどんどん変わっていきます。さて、どうなるのでしょうか?

それは次号に続く。

文中に出てきたコンテストは、カリフォルニアレーズンコンテストを参考に書きました。

このコンテストの様に様々なパンのコンテストがあります。皆さんもパン作りをして、コンテストに参加してみてはいかがですか?

小説 パン職人の修造 第2部 ドイツ編

小説 パン職人の修造 第3部 世界大会編


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