2022年04月29日(金)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ broken knitting 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ broken knitting

 

 

修造が各ブースを練り歩いていた時

職人選抜選考会2日目は高校生パンコンテストが開催中だった。

その会場の中には前日修造達選手が作った作品がディスプレイされていた。

江川はそれをひとつひとつ丹念に見ていって、そして最後に修造のディスプレイを見てしみじみと言った「うん、どれも凄いけど僕たちのが1番凄いな」

その後ろでは高校生達が各ブースに分かれてパン作りをしていた。

江川はとてもレベルの高い高校生達のパン作りに驚いて大きな目を皿の様にして見ていた。

「あの子達凄ーい」

すると「江川君」とお洒落な女性が声をかけてきた。

「ほんと田所さんも佐々木さんも技術が高いわね。江川君もお疲れ様だったわね」

「あっBBベーグルの田中さん、その節はありがとうございました」

「いえ、良いのよ。あの時は優勝して良かったわね」

「はい、おかげさまで」

「今日はうちのパン教室の生徒さんが出てるから応援に来たの」

 

 

 

店に料理番組にパン教室か、田中さんも手広いな。と思ったその時、父兄の団体が到着したのかその一帯が人でいっぱいになり田中とは距離が空いた。

「またね」と手を振って田中が消えたので江川もその場から立ち去って、朝は一緒に来たのにそれ以降全然会わない修造を探した。

通路を四つ辻ごとにキョロキョロ探していると鷲羽と園部が見えた。そしてその手前にひとりの青年が立っている。

年の頃なら自分ぐらいだろうか。

知り合いかな?話しかけないのかな?

「ねぇ鷲羽君、園部君、修造さん見なかった?」

「ごめんね、見なかったよ」

「自分で探せよ!」

うわ!園部君に比べて鷲羽君の言い方腹立つな。

そう思ってそれ以上近寄らず角を曲がって立ち去った。

江川も色々見て回ったが、コンテストの会場は人でいっぱいだし、どこにも修造はいないし。。

寂しくなって会場の外のベンチに座り、パンフレットで場内の地図や参加店を見出した。

へぇ、去年来たのと同じ感じだけど、懐かしいな。

ここに来て修造さんは世界大会に出る決心をしたんだ。

僕始め世界大会って空手の事だと思ってた。

江川は思い出して照れ笑いした。

 

 

「おい、何を笑ってるんだ」

「あ、大木シェフ。休憩ですか?3日間大変ですね審査とか進行とか」

「そうだな、若い力を育ててパン業界を盛り上げるのが使命みたいなもんだよ。おい、お前もそのうち手伝うんだぞ」

「はい、僕今日何もすることが無くて困ったので手伝った方が良いです」

「今日の夕方は前日準備だな!鷲羽は手強いぞ、それに他の3人もな」

「残りの3人ってどんな人ですか?さっき鷲羽君をじっと見てた人がいたけどその人かな?」

「1人は福岡のSS料理学校のパンコースの沢田茉莉花、1人は関西のT調理師養成学校のパンコース龜井戸孝志、そしてブーランジェリー檜山で働いている木綿彩葉だ」

「きっと技術が高いんでしょうね」

「そうだな、成績の良い若者ばかりだよ。江川、帰ってちょっと休め、夕方の準備をイメトレしとけよ」

「はい」

江川は言われた通りにホテルに戻りまた夕方駐車場に行き、車から自分の資材を運んだ。

ブースの前の空間で

4人が輪になって立っていて江川を見ている。

「遅かったな」

「あ、ごめん鷲羽君」

大木がやって来た。

「では各自挨拶してから前日準備を始める様に」

皆に挨拶してから江川は思った。

 

 

あ、昼間鷲羽君を見てたのはこの人たちじゃ無いんだ。

「鷲羽君、今日知り合いの人が来てたみたいだけど会えた?」

「知らなかったな」

「そうなの?わかった」

 

修造はすでに江川のブースで忘れ物がないか確認に来ていた。

「さ、始めて江川」

「はい。僕緊張して手が震えてきました」

「大丈夫だよ、リラックスして。計量は間違えない様に」

「はい」

選手の与えられたブースは4メートルに区切られていて、その中にミキサー、パイローラー、オーブン、ドゥコンなどが設置されている。

先に始める生地の材料や必要なのものからブースの中に入れて、その他の後でやるものは次々出していく計算だ。

明日は修造があれこれ手前から注意してくれたり必要なものは後ろから用意してくれるからその点は安心だ。

種を作った後、ホッとして「修造さん、明日はよろしくお願いします」と言った。

 

次の日

若手コンテストも早朝から始まった。

皆、緊張の面持ちでスタートした。

鷲羽と江川は隣同士ではなく、間に沢田茉莉花がいたのでお互いの気配は全くわからない。

緊張してなにかの工程を飛ばさない様に気をつけてスケジュール通りに慎重に。

修造は江川の体調が心配だったが、もうこの場においては頑張って貰うしかない。

 

 

江川!お前は個性的な奴だ。その個性とセンスを最大限に生かしてはじけるんだ。

祈るような気持ちで江川の進行を見守りながら修造は横にいた大木に話しかけた。

「大木シェフ、ここまでの期間色々面倒見て下さってありがとうございました。結果はどうあれ俺も江川もいい経験になりました」

「江川がお前の助手も自分のコンテストも両方やると聞いて、正直どちらも疎かになると思っていたが、どうにか乗り越えられそうだな」

「はい、江川は頑張り屋さんだな」

 

鷲羽は元々よくできる奴だったが江川のおかげで益々技術が上がったな」

「はい、ライバルって良いですね」

鷲羽はパンの専門学校に行ってた時、他を押し退けてまで技術の習得に熱心だったので、敵も多かったらしいが、今日は1人で集中して結果を出そうと必死だった。

コンテストに出た全員が粛々とパン作りを進行させていた。

江川の持ち物の中には修造に貰ったカミソリとホルダーがあった。

江川はそれをまるでお守りの様に思い、握りしめて手の震えを抑えるのに役に立った。

そのうち建物が開場になり、チラホラと人が増えて来た。

昼間になると結果発表迄に会場を回って資料集めをする人達で一杯になって来る。

今日の夕方はとうとう審査の結果がわかる。

「流石に気になるな」修造も緊張してきた。

修造は、江川のブースの後ろに周りそろそろパンデコレのものを運び込もうとした。園部も今日は鷲羽の為に色々手伝ってやっていた。

「江川これ置いとくよ」「はい」

鷲羽のパンも揃ってきた。

 

 

いい出来だ。

鷲羽は勝利を意識しだした。

その時、テーブルがバターンと倒れた様な音がした。

「なんだ」

自分のブースの後で大きな音がしたので胸騒ぎがした鷲羽はすぐに覗きに行った時、園部が急に走り出した。

「あっ!園部どこ行くの!」

走り去る園部の背中を目で追ったがそれどころでは無い!鷲羽のパンデコレの部品が乗ったテーブルが倒れている。

「うわーっ」鷲羽の叫び声が聞こえたので修造が駆けつけた。

鷲羽は膝をついて箱の中を見ながら「園部が」と修造に言った。

中を覗くとマクラメ編みが割れている。

修造は「諦めるな!まだ時間はある!修復するんだ」と言って走り出した。

 

 

園部に追いつかなければ。

修造は角を曲がって真っ直ぐ館内を走った。

「園部!待て!」

 

修造が追いかけて走っている頃、鷲羽は割れたマクラメ編みを震える手で繋げて愕然としていた。

 

園部

 

お前も俺を本当は嫌っていたのか。

あまり周りからよく思われてない俺に普通に接してくれてたのに。

俺は勝手に親友と思ってたのに。

ホルツの入社式で横にいた時からずっと一緒に行動していて、それが当たり前と思っていたんだ。

「俺が人でなしだからか」

鷲羽の瞳から涙が滲んでいたが、修造が修復するんだと言っていた言葉を頼りに動こうとはする。

鷲羽の心は割れたパンのかけらの様に砕けそうだった。

 


 

修造は長いリーチで走る園部の背中に距離を詰めて行った。

しかし何かおかしい。

園部が見えてきた、その前に誰か走っている。

角を曲がって真っ直ぐ行くと出口だ!

 

「おや」

興善フーズにいた背の高い男は、走っている3人の男に随分先から気がついた。

 

 

ブースの中から見ていると先頭を走る男が近づいてきたので、それ目掛けて2段構えの台車の下を「ポン」と蹴った。

「うわ!」

先頭の男が台車に片足をぶつけて勢いよく転けた。

「あ、ごめんね」と言って素早く隠れて見ていると、園部と修造が追いついた。

「修造さんこいつがテーブルを倒したのを見ました」

「なぜだ!何故やった?」

騒ぎを避け、修造と園部は一般の客から見えないパネルの後ろに男を連れて行った。

よく見ると園部と同じ年頃だ。その青年は修造の掴んだ腕を勢いよく振りほどいた。

「あいつが悪いんだ。専門学校にいた時、ずっと俺を見下していた。昨日見かけた時目があったのにあいつ全然俺に気がつかないで無視した。忘れてるんだと思ってすごく腹が立ったんだよ。俺があいつに前向きな人でなしってあだ名をつけてやったんだ」

「確かにあいつは無神経なところがある。だがそれと努力して作り上げたものを一緒にするな」

 

 

修造はその男の代わりに後ろのパネルを思い切り正拳突きをして「努力の結晶に敬意を払わない者はこの俺が許さない!」と一喝した。

そのあと2人は男を警備員のおじさんに引き渡した。

 

鷲羽の所に戻る道すがら園部は珍しく口を開いた「みんなは英明の事を悪く言うし、英明は口が悪いけど根性は腐っていない。あいつはいつも熱い奴です。それは俺が保証します」

「だな、園部。あいつは良い友達を持ったよ」

 

2人が立ち去ったあと、背の高い男は修造が穴を開けたパネルを「あ〜あ」と言って見ていると、興善フーズの営業が通りかかった。

「ねえ、ごめんねこれ、割っちゃったんだ」

「え、これシェフが壊しちゃったんですか?どうやったらこんな風になるんです?」と逆に聞かれて困ったが、笑ってごまかして上にポスターを貼って隠して貰った。

「これで大丈夫です。その代わりと言っちゃなんですが~、ねえ、シェフ。今度うちの講習会に出て下さいよ」

「これが終わったらブラジルに行くから無理かなあ。だからまた今度ね」

背の高い男はそう言いながら「え~」と追いかける興善フーズの営業と戻って行った。

 

その頃鷲羽は震える手で他の選手に随分遅れてパンデコレの仕上げをしていた。

一部修復は無理だったがなんとかつなぎ合わせ、大木が色々アドバイスしながら仕上げることが出来たが、完成予想とは格段に劣る。

 

 

力なく他のパンの真ん中に置いてあと片付けをしていると、園部と修造が戻ってきた。

「ごめん、俺が見てたのにこんな事になっちゃって」園部は残念そうに謝った.

「園部、疑ってごめん。園部がやったんじゃなくて本当に良かった」

鷲羽の瞳から改めて安堵の涙が溢れた。

「園部はテーブルを倒した奴を捕まえようと走って行ったんだよ」修造が説明した「お前の事を恨んでる様だったよ。あいつが鷲羽の事を前向きな人でなしって呼んだんだな」

そう言われたが、本当に全然覚えていない。俺って本当に困った奴だ。割れたかけらを見て、改めてこんな性格が引き起こした事だと思う。

 

江川の作品を見た。

 

 

案外カッコいい。

蜂の巣と菩提樹の花をモチーフにしたパンデコレ、夢に出て来た草原のサワードウ、親方の教えてくれた「ぶちかましスペシャル」とか言う編み込みパンなど工夫が凝らしてある。

「あいつの勝ちだな」そう思った。

 

全ての選手が自分のパン作りについて審査員のシェフに説明をしていったが、鷲羽の様子を見てみんな気の毒でどんな顔をしていいか分からない。

 

さて、とうとう選抜選考会の優勝者が発表される場になった。3日分の優勝者が今日発表になる。

こういう時って本当に誰が選ばれるかわからない。

鷲羽は若手コンテストの選手の中に混じって立っていた。

大木がマイクを持って司会進行の元

各選手のパンが並べられている前に立った世界大会の出場者から発表される。

 

憔悴してぼんやりと立って見ていると、修造の名前が呼ばれる。

修造は段の上に立ち、前回の優勝者からトロフィーを受け取った。

すごく眩しくてキラキラして見える。やっぱカッコいいな修造さん。

 

 

江川が両手を上げてやったーと叫んで人一倍拍手している。

大勢の人が修造の写真を撮っていた。

その向こうにそれを見ている佐々木が自分と同じ様な表情で立っている。

俺分かりますよ。あなたの気持ち。

俺、絶対優勝するはずだったんですよ。

 

その次は高校生パン教室の優勝者が選ばられた。凄い盛り上がって大騒ぎになった。父兄が集まってきて人でいっぱいだ。

その最中、若手コンテストの結果発表が始まる。

会場はザワザワしだした。

江川の名前が呼ばれて、鳥井シェフからトロフィーを受け取っている。

「おめでとう」

「ありがとうございます」

そんな事を言ってるんだろう。

次に鷲羽の名前が呼ばれた。

審査員特別賞

鷲羽はうやうやしく賞状と盾を受け取り頭を深々と下げた。

そして後ろに立って全員を見ていた。

少し涙が出てきた。

疲れてるだけだ。

鷲羽は少し離れたところに座り込んだ時、横に立った人影を見た。

「大木シェフ」

「俺、自分の性格が原因で色々とダメになってしまいました。練習を最後まで見てくれたのにすみません」

「おい、がっかりするな」

大木は座り込んだ鷲羽の二の腕を大きな手で掴んで起き上がらせた。

「お前はまだ若いんだ。一度負けたぐらいでなんだ。まだまだこれからチャンスはたんまりある。園部と切磋琢磨して修造の跡を追え。フランスに行きたいんなら先に修行に行け、帰ってきたらまたうちで練習しろ。俺が練習を見てやる」

「えっ」

「俺が目をかけてるのを忘れるな」

鷲羽はパンロンドの親方が言ったことを思い出した。

いつか大木シェフと気心が知れる様になるといいな。

今がその瞬間なんだろうか。

 

 

鷲羽の瞳から大粒の涙が溢れた。

「ありがとうございます」

「俺、フランスに行ってきます」

「そうだ!フランスの空気をたっぷり吸って来い!ルーアンに国立製菓製パン学校があって、講師の中にはM.O.F(フランス最優秀職人)のタイトルを持つ先生もいてるんだ。短期コースもあれば2年間学べるコースもある。佐久間に色々面倒見る様に頼んでやる。パスポートを用意しとけよ」

「はい」

鷲羽は天井の無数のライトを見上げて言った。

「下を向くのは俺らしくない」

 

おわり

 

broken knitting 壊れた編み目

INBP(Institut National de la Boulangerie pâtisserie)フランス国立製パン製菓学校

M.O.F(Meilleur Ouvrier de France)フランス最優秀職人


 

 


2022年04月03日(日)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Mountain View

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Mountain View

 

※このお話はフイクションです。実在する人物、団体とは何ら関係ありません。

 

 

Mountain View

 

「修造、用意はできたの?」選考会の前々日親方が聞いて来た。

「はい、大体は。実は荷物は送ろうと思ってましたが意外と多くて、俺と江川、鷲羽と園部の二手に分かれて車で行くことにしました。これから江川とホルツに行って自分で持っていく荷物を再点検して準備して出発します」

「そうか、大荷物だな。俺達応援に行けないけど頑張ってくれよな。心の中でずっと応援してるからな」

「はい、勝手ばかりさせてもらってすみません。俺、親方の好意に必ず応えてみせます」

「修造!」

「親方!」

2人は親指を上にして掌をガシッと合わせた。

 

 

なんだか少年漫画の様なシーンを見て江川の大きな瞳がウルウルしていた。

「修造さん、江川さん、俺も応援してますね」藤岡も2人に握手を求めて来た。

「俺もっす!」杉本も勢いよく言ってきた。

「ありがとう」

修造の瞳にも水分が滲み出る。

「おい、江川」

「はい親方」

「皆、江川が修造の助手と自分のコンテストの2つに挑戦する事を心配してるよ。今となっちゃ後には引けねぇ!精一杯やってこい」

はい、ぼく頑張ります」

「よし!」

親方は江川の二の腕を挟んでヒョイと持ち上げトン!と降ろした。

 


 

関西への車の中で

東名自動車道に入って車を走らせながら

「親方って僕のこと子供みたいに扱いますよね」とこぼした。

「可愛いって思ってるんだろ。親方なりの愛情表現だよ」

「そうなんですかねぇ?修造さん、2時間毎に交代だから休んでて下さいね。途中パーキングで休憩しますね」

「はいよ」というが早いか修造は目を瞑り、だんだん寝息を立て出した。どこででも眠れる人は羨ましいと思いながら江川は修造のイビキを聞いていた。

大切なものを乗せてるのだから、安全運転を心がけながら江川は修造のコンテストと自分のコンテスト両方のタイムスケジュールを思い出していた。

早朝6時から始まり、仕込み、一次発酵、分割、ベンチタイム、成形、二次発酵、焼成、陳列の全ての工程を生地ごとに行うのでずらして上手くできるようによくよく考えてやらないといけない。中にはクロワッサンの生地にバターを挟むロールインとか、タルティーヌに具をのせるなどの工程もある。

その後はパンデコレの組み立てだ。

落ち着いてやる、例えミスしてもそんな事ありませんと言う顔をするかも知れない。

「とにかく修造さんの足を引っ張らない事だ」江川は修造の寝顔をチラッと見て1人宣言した。

 

 

そうこうしてるうちに江川は左の道に逸れて、車は山々に囲まれた東名高速道路 静岡県 EXPASA足柄に着いた。

「修造さん、休憩しましょう」

「んあ?よく寝たな」

「富士山だ」

「きれいだな」

名物の桜海老としらすの乗ったわっぱめしをフードコートに持って行って食べた後、富士ミルクランドのカップ入りのジェラートを買って外のベンチに座る。

2人にとって久しぶりにのんびりした瞬間だった。

天気はよく、駐車場と雑木林の向こうに富士山が綺麗に見える。

「僕、神奈川より西に来たの初めてです」

「江川、日本の山って言うとまず富士山を思い浮かべるだろ?」

「はい」

九州の真ん中にでかい火山があってその周りを外輪山ってものが取り囲んでるんだ。その火山と外輪山の間には普通に鉄道や国道が走っていて町があったり畑や田園があって人々が暮らしてる。で、それを取り囲む外輪山の上を車で一周してるとあまりのデカさに自分は山の上じゃなくて普通の地面を走ってると錯覚する程なんだ。時々崖の上から下が見えて、こんな高い所を走ってたのかって気がつく」

「えーすごいスケール。富士山とはまた違った自然の造った形なんですね」

「俺の実家はその外輪山のまた遥か遠くの山の上なんだ」

「へぇー」

「俺は大会が終わったらそこで俺のベッカライを作ろうと思う」

「えっ、じゃ僕もパンロンドを辞めてそこで働きますね」

「えっ?」

「えっ?」

この話はこの場では終わったが

修造は心の中で

そうか

と思っていた。

 

 

その時

遠くからおーいと声がする。

「鷲羽と園部の2人もここで休憩をしてたんだ」

2人は休憩が終わったのか車に乗り込もうとしてたところだった。

手を振っている2人はなんだか青春ぽくて楽しそうだった。

「あの2人は仲が良いんだな」

「園部君ってよく鷲羽君と一緒にいてますね。僕なら無理だな」

「相性ってものもあるんじゃない?ずっといても苦にならない相手とか」

「それだと僕と修造さんもですよね」

「だな」

空は徐々にだが色が変わりはじめ、富士山を赤く染め始めた。

「さ、行こうか江川。俺が運転するよ」

「はい」


 

関西に夜着いた4人は会場から電車で2駅程行った安い中華屋で合流した。

流行りの店らしく人でぎゅうぎゅうだった。

皆オススメの満腹セットを頼んで一息ついた。

好きなスープが選べるラーメンに半チャーハン、小さな卵焼きと唐揚げ2つ、酢豚が少しずつ付いている。

「明日午前中材料の買い忘れがないかチェックして、搬入と前日準備したら場内を探検しよう。会場の中は関係者や業者で一杯だろうな。夕方は前日準備が始まるから抜かりない様に」

それを聞いて江川は思い出した。

「僕、パン王座の時の搬入で失敗してました。わたあめの機械がオブジェの木の高いところに引っかかっていたのに気が付かなくて下ばかり探していて、背の高いBBベーグルの人に見つけて貰ったんです」

「あの時は焦ったけど、相手のシェフもトラブルがあったみたいだし、やってみないと何が起こるかわからないもんな」

鷲羽はチャーハンをモグモグ食べながら自信満々で「俺は江川と違って大丈夫です」と言った。

「何その自信!信じられない」と江川は頭にきた様だったが園部の表情は普段からあまり動かないのでよくわからない。

宿泊先は会場の近くのビジネスホテルで、狭い部屋の窓から遠くに大阪湾が見えた。

海は黒く湾岸を照らす灯りがどこまでも続いている。

 

次の日

修造達は会場に車を付けて荷物を運び込んだ。駐車場は搬入の車でごった返していて殆どが機械や什器備品を積んだトラックだった。

自分達が使うブースを教えてもらい荷物を置いていると、大木がやってきて「今から選考会全体の挨拶があるから」と皆に声を掛けて集めて行った。

会を牛耳るメンバーは皆とてもキャリアの豊富な凄腕のシェフばかりでそれを見ていて修造は興奮してきた。「凄い」そして心の中であのシェフはあの店の誰々とか一人一人見ていった

大木の横には鳥井がいてその横の佐久間に小声で聞いた「なあ、あいつは?」「あいつはここじゃ無くて興善フーズに頼まれて3日間デモンストレーションのヘルプだってさ」「そうなんだ」「明日こっそり見に来るんじゃない?」

その時、関係者がゾロゾロそろって輪になってきたので大木が「では順番に紹介するので呼ばれた方は手をあげて下さい」と言って関係者、選手の順に名前を読み上げた。

修造の向かいには北麦パンの佐々木和馬が立ってこちらを見ている

修造もそれに気がついて見返した。

別に睨んでるわけではないが相手が何かしらの感情を向けてくるのに気がつかない事はない。

他にもじっとこちらをみてる者が2人。

1人はブーランジェリー秋山の萱島大吾と言われて手を挙げた。そしてもう1人はパン工房エクラットの寺阪明穂と言われて手を挙げた。

一方の江川の対戦相手はコンテストが明後日ということもあって鷲羽以外まだ揃っていなかった。

今日与えられた準備の時間は1時間。

種の状態も良いので長時間発酵の生地を仕込み明日の朝に備える。

そのあと会場を練り歩いてあのブースは包材屋さん、あのブースは機械屋さんとかひとつひとつ見ていったがどこも明日の開会までにセッティングを終わらせなければならず目が血走っている。

次の朝 修造は綺麗に髭を沿った。江川は髭の無い修造の顔を不思議そうに見ていた。

「とうとう当日になったね。悔いのないように今までの練習の成果を、全力を尽くして出そう」試合の度、空手の師範に言われていた言葉だった。

修造は幼い頃川で溺れていた所を師範に助けて貰って以来、父の様に慕い道場に通い詰めた。

試合には何度も出て、途中からはよくトロフィーを手にした。試合で勝ってもけして動じず相手に敬意を払い己を律する。そんな風に育てられた。

早朝6時

選考会が始まった。修造は空手の時の癖で心の中で「試合」と呼んでしまう。それに実は親方や大木の事を「師範」と呼びかけた事が何度もあった。

集中力を身につけて、より精進する。これが今迄の、そしてこれからの修造の生きていく上での理念であった。

どのみち隣のブースはよく見えないし、気にしても仕方ない。やはりこれは己れとの闘いなのだ。

粛々と素早く己れの最大の力を出す。

江川は修造が欲しいと思うものを用意して次の段階を準備していく

人々からは、静かに進行していくパン作りを見ているように感じるかも知れない。

だが実は工程が幾つも編み込まれていて網目のひとつも狂わせない様に2人で動いていた。

親方に教わったチームワークと優しさ、大木に教わったバゲット、那須田に教わったクロワッサンとヴィエノワズリー、佐久間との戦いで色々考えたタルティーヌ、妻律子と考えたパンデコレの原案。その全てを編み込ませて形にしていった。

旋盤の仕掛けに花につけた「カギ」が上手く合わさりそれを水飴で取れない様にしていく、修造はまたうまくいった瞬間したり顔をした。

修造のパンデコレは編み込みの旋盤に花を施した紫が主体のもので「和」と言うのにふさわしいものだった。

 

 

審査員のシェフ達は一糸乱れぬ網目と美しく仕上げた繊細な花々を見て「ホゥ」と言った。

隣の北麦パンの佐々木は修造がパンデコレに取り掛かってから追いかける様に始めた。

パン王座選手権で負けて、北麦パンに戻ってから真剣にパン作りについて悩んだ。そんな時知り合った「先生」に半年間教わった事を思い浮かべながら次々と仕上げていった。

 

 

北の海の荒波に揉まれて大波が来た瞬間それを乗り越えようとするボート、その瞬間を切り取って表現した。

波のしぶきを立体的に作るのに苦労したが、迫力ある仕上げを心がけていた。

ただただ一生懸命に。損得など考えず。わき目もふらず。

 

その隣のブーランジェリー秋山の萱島大吾は故郷の岡山県英田郡西粟倉村影石にある水力発電に思いを馳せ、水の勢いを表現していた。

双方錐(そうほうすい)の形で水のしぶきを作り、高くから水が落ちてくる感じを出した。

 

 

一番左のブースのパン工房エクラの寺阪明穂は、女性らしい感性で雨の降る日、木の上で雨宿りする女の人を表現した。ありきたりの様だがパンで細かく木の枝が作られており、なかなかの力作だ。

飾られた傘も可愛らしい。

 

 

この様に皆個性的で似たものはなく、それ故審査は難しかった。

修造が最後の仕上げをして、江川と2人で片付けに入った。勿論これも審査の対象だ。散らかっていてはなんだがだらしない仕事しかしない様に思える。

さて、時間になり選考会はタイムアップになった。

重なる工程を全て終えて、江川は汗だくでクタクタに疲れた様だった。

鷲羽達は選考会の様子を逐一観察して写真を撮ったりメモしたりと、とても勉強になった。

それを見ていない分不利になるが実際に現場での工程を体験した江川は格段に実力が上がった。

「江川ありがとうな、感謝してるよ。疲れたろ?今日はゆっくり休めよ」

「大丈夫ですよ修造さん、今日の結果発表って3日目にならないと分からないんでしょ?待ち遠しいですね。僕達優勝かなあ」

「さあどうかな」

「修造さん、あまり気にならないんですか?」

「そりゃ気になるよ。顔に出さないだけだよ」

 

夜、疲れ切って早々と寝た江川の横で修造は身重の律子に電話していた「今日精一杯やったよ。こんな時にごめんね家を空けて。帰ったら埋め合わせするよ。うん、3日目の結果発表の後すぐ帰るからね」

そしてその後、窓際に立ち、江川の寝顔を見ながら「今後の事」についてしばらく考えていた。

「いや、今は世界大会が先か」そう言うが早いか修造も自分のベッドに入り寝息を立て出した。

 


 

次の日

大会の中日、修造は色んな企業のブースを訪れた。

性能の良い安い機械なんてないかなあ」

多くの機械がその職種専用のもので、パン屋の工場の中はその専用の機械が多い。

規模の大小は違えどミキサー、パイローラー、オーブン、ホイロ、ドウコンは必須。余裕があればモルダーやデバイダーも使いたい。

それらが何十万から何百万とする。

修造は金の話は嫌いだが、こんな時は綿密に計画を立てないといけない。丁寧に見ていった。

「あ、田所シェフ、昨日はお疲れ様でした。優勝間違いなしですね」歩いていると基嶋機械の営業が声をかけてきた。本気で優勝すると思ってるかどうかは別として、もし優勝したら営業に精出す気満々だ。しかしこんな何気ない出会いでも長いお付き合いになるかも知れない。

私基嶋の後藤孝志と申します」

「あ、どうも」

後藤は修造の背中を押すようにしてブースの中に入れ、最新鋭のオーブンを見せた。なんでも高い蓄熱性を持つ分厚い石板で、蒸気が高温できめ細かいとかで、温度の上げ下げも早く、細かく設定できるとかで。。

「へぇー」っと言いながらピッカピカのオーブンをあちこち見ている修造を観察しながら後藤は『まあ、今は若いし金は無いだろうから開店の時に中古を紹介しておいてその後、修理、新品購入に持っていけばいいや。何せ将来有望だもんな』とそろばんを弾いていた。

「あらゆる事に対応して、いつでも相談に乗りますからこの名刺の番号にご連絡下さいね」

「どうも」

次に歩いていると今度はドゥコンの機械屋さんの営業マンと目があった。「こんにちはシェフ!」とすぐさま修造を中に引き入れた。

「今日は何をお探しですか?」「はい、色んな機械を見ておきたいので」

ドゥとは生地の事でそれをコンディショニングすると言う意味でドゥコンデショナーという。

タッチパネルで細かく温度や時間の予約ができて上段と下段を別々に管理できるんですよ」

また「へぇー」と言いながら最新のドウコンの中を隅々まで見た。やはり新品は良い。

そして次にミキサーを見に行った。

色んな機械屋があり迷う。「とりあえず全部見ていくか」回ってるうちに営業マンから貰った名刺はトランプの様になってきてどれが誰だったか分からない。カバンはカタログでパンパンだ。

歩いているとパンやケーキの本が売られている所に出くわす。本屋さんも来てるのか。

なんだか興味のありそうな本ばかりで目移りしているとその中に以前パンロンドに送り主不明で届いたバゲットの本と同じものがあった。

結局誰があの本を送ってきたのかは分からないけど勉強になったな

その本にはメモが挟んでありこう書かれていた。

『必ず一番良いポイントがやってくる。その時をじっと待つ事だ』

あの時のメモ、俺はずっと心掛けてパン作りをしている。

誰が送ってくれたんだろう。

「お、修造」

「あ、鳥井シェフどうも」

鳥井はパンパンに膨らんだ鞄の中を覗いて「随分回ったな」と笑った。

「はい」

 

 

「まだ回ってないところはあるの?」

「そうですね、食材関係はこれからです」

「そうか、俺が知り合いを紹介してやるよ」

「去年もこうして一緒に来ましたね」

「そうだな、ああいう細かい事で運命ってものは決まっていくのかも知れん」

何軒か回った後、鳥井は興善フーズのブースに入っていった。

あれ、あいついないのか

鳥井は誰かを探してる様だった。

「修造、ここは大手の小麦粉の卸なんかをやってるんだ。営業の人を紹介するよ」

「ありがとうございます」

「国産のライ麦について知りたいんですが」

「はい、有機栽培の道産のライ麦粉を扱っています。全粒粉、粗挽き、中挽き、細挽きとあります」「これ使ってみたいんですが試供品はありますか?」

修造のカバンはもっとパンパンになった。

 

つづく


2022年03月14日(月)

パンの小説の一覧を作りました。

 

パンの小説の一覧を作りました。

ブログの表示が5つのお話までしか掲示されないので一覧をこちらに作りました。

よろしければ下にある一覧から好きな話を探して見てくださいね。

このお話はフイクションです。パンと愛の小説シリーズは様々なパンの世界について筆者が見たり聞いたりした事を元に、書いたり描いたりした挿し絵付き小説で、主にパン職人の修造という人物を通して見ていっています。

目力の強いパン職人の修造の話は今のところ6部まで出ています。
結婚してパンマイスターになって世界大会に挑戦したり、もっともっといろんな事を体験して貰います。

江川と修造シリーズは修造が修行先のドイツから帰ってきて江川をパンロンドで面接したところから始まります。
引きこもりで不登校だった江川は修造の弟子っこになり、やがて色々な経験を経てナイスなパン職人になっていきます。

イラスト付きでわかりやすく、電車の中ですぐ読める感じになっていますのでぜひお楽しみ下さい。
どんどん更新していくのでたまに覗いて見てくださいね。

note始めました。3部の途中の江川君がパンロンドに面接に来た所から始まります。少しずつ読みたい方はこちら。

https://note.com/gloire/m/m0eff88870636

絵はブログ用なのでnote用にはちょっとイラストがデカいです。

 

新作↓

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ broken knittingはこちら

http://www.gloire.biz/all/4872

とうとう若手コンテストに挑んだ江川と鷲羽でしたが、、、

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Mountain Viewはこちら

http://www.gloire.biz/all/4845

江川と修造は2人で荷物を積んで選考会に出発しました。

そこには、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structureはこちら

http://www.gloire.biz/all/4802

ホルツにてとうとう飾りパンの練習が始まりましたが、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Prepared for the roseはこちら
http://www.gloire.biz/all/4774

鷲羽はパンロンドに勉強の為に行きます。そこでつい、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ   イーグルフェザーはこちら

http://www.gloire.biz/all/4720

鷲羽と江川はベークウエルのヘルプに行きますがそこでは、、、

 

 

パンロンドの職人さんのバレンタイン Happy Valentineはこちら

http://www.gloire.biz/all/4753

パンロンドの職人さん達のバレンタインはどんなのでしょうか?

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ スケアリーキングはこちら

http://www.gloire.biz/all/4675

いつも自信満々な修造が唯一怖いもの、それは、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Sourdough Scoring 江川はこちら

http://www.gloire.biz/all/4634

選考会への修業を重ねる江川と修造。江川にまたしても試練が訪れる。

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ ジャストクリスマスはこちら

http://www.gloire.biz/all/4588

クリスマスはパンロンドに優しい風を吹かせました。

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ お父さんはパン職人 はこちら

http://www.gloire.biz/all/4548

修造と緑はとっても仲良し。だけど近所の人はお父さんの事を、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ  六本の紐  braided practice 江川はこちら

http://www.gloire.biz/all/4477

修造と一緒にホルツで修業を始めた江川を待ち受けていた者とは、、、

 

 

江川と修造シリーズ フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thiefはこちら

gloire.biz/all/4415

やっと職場に慣れてきた杉本。一緒に仕事している店員の風花に危険が迫る!その時杉本は、、、

 

 

江川と修造シリーズ 背の高い挑戦者 江川 Flapping to the futureはこちら

gloire.biz/all/4365

修造と江川の務めるパン屋パンロンドにNNテレビがやって来た!

みんな頑張って!その時修造は、、、

 

 

ハートフル短編小説 アルバイトの咲希ちゃんはこちら

gloire.biz/all/3705

東南駅と学校の間にあるパン屋のパンロンドでアルバイトをはじめた高校2年の咲希ちゃんでしたが、、、

 

 

江川と修造シリーズ催事だよ!全員集合!江川Small progressはこちら

gloire.biz/all/4249

このお話は進め!パン王座決定戦!の続きです。催事を通じて少しずつ成長する若手の職人達のお話です。パンロンドにイケメンの仲間がやってきましたが実は、、、

 

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編はこちら

gloire.biz/all/4129

パン王座決定戦!前編の続きです。 修造はNNテレビのパン王座決定戦で強敵のシェフと戦う事になりましたが。。

 

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編はこちら

gloire.biz/all/4009

新人の杉本君の続きのお話です。親方が修造をパン王座決定戦に出てくれと言ってきました。その時修造は、、

 

 

江川と修造シリーズ 新人の杉本君Baker’s fightはこちら

gloire.biz/all/4056

江川To be smartの続きのお話です。パンロンドに新人の杉本君が入ってきましたが、、、

 

 

江川と修造シリーズ 江川To be smart はこちら

gloire.biz/all/3940

江川が15年前パンロンドの面接で修造と出会った時のお話です。

修造は一風変わった面接をします。。

 

 

製パンアンドロイドのリューべm3はこちら

gloire.biz/all/3877

30年後の未来、アンドロイドはとうとうパンも作ってくれる様になりました。
利佳はアンドロイドと仕事をする決心をします、その理由とは。

 

 

パン職人の修造第1部 青春編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3032

パンロンドに就職した空手少年の修造は運命の人に出逢います。そして、、

 

 

パン職人の修造第2部 ドイツ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3063

修造はパンの技術を得るためにドイツに向かいますが、、、

 

 

パン職人の修造第3部 世界大会編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3065

江川と出会った修造は2人で世界大会を目指します。

 

 

パン職人の修造第4部 山の上のパン屋編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3073

律子と2人で念願のパン屋を開きますが、、

 

 

パン職人の修造第5部 コーチ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3088

江川の為に世界大会のコーチを引き受けますが、、

 

 

パン職人の修造第6部 再び世界大会編前半はこちら

http://www.gloire.biz/all/3100

世界大会の為にコーチとして江川や緑と色々と作戦を練りますが、、

 

 

サイドストーリー江川と修造シリーズ ペンショングロゼイユはこちら

http://www.gloire.biz/all/3748

世界大会前編の始めに東北のお祭りに行った後のサイドストーリーです。

世界大会のアイデアを練る為に江川と東北に行った帰り道、泊まったペンションで修造が会った夫婦は、、、

 

 

パン職人の修造第6部 再び世界大会編後編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3596

世界大会が終わった後修造は、、

この後もまだまだお話は続きます。

このお話を書いたきっかけ。

昔々グロワールの近所にパンマイスターのお店があって、うちの先代が「マイスターのお店があるから行ってみ。」と言いました。
私はその時はマイスターって聞いたことあるけど何なのか知りませんでした。

お店に入るとご夫婦がお二人で経営されていて、ショーケースがありました。
当時(今も)無知だった私はどれがドイツパンかもわかりませんでしたが、記憶では日本の菓子パンもあった様に思います。

入り口の横に燦然と輝くマイスターの証が飾ってありました。
今はもうぼやけた思い出ですが、今にして思えばなんて勿体無い事をしたのでしょう。
もっと行っとけば良かった!
お店はいつのまにか無くなっていました。

推測ですが戦時中にドイツに渡り紆余曲折あってマイスターの資格を取り日本に戻ってこられたのではないかと。
そして日本にドイツのパンを広めるはずだったのに、当時はやはり菓子パンや食パンが主流で、しかも「白くてフワフワ」というワードがもっとも信頼されていた頃です。

推測ですが、色々悩まれたのではないかと思っています。
あぁ〜今やったらパン好きの人達に紹介して記事を書いて貰うのに。
そしてそれを読ませて貰うのに!

当時はSNSも無かったし、私も価値が分からずにいたと思うと口惜しいです

????

そんな気持ちがくすぶっていてマイスターについて色々調べ、今では価値のある存在って十分わかっております。

修行は長く、様々なお辛い事、そして楽しいこともあったと思います。

パン職人の修造第2部ドイツ編にはそんな思いが込められています。

世界大会については、審査、選考会、世界大会の順に勝ち進んでいくのですが、調べていくにつれ、色んな選手の方が色々な事を調べて作ってらっしゃるのがよくわかります。
時間内にタルティーヌやクロワッサン、バゲット、スペシャリテ、芸術作品などをを作らなければいけません。
とても技術を要し、過酷なものと推測します。

大会で修造が作ったパンは調べあげた末、誰とも被らないようなものを作ったつもりですがもしもモチーフが被った場合はご容赦下さい。
その他の一般でも販売可能なパンに関してはこんなに沢山の種類やパンがあるんだとわかって貰えるようになるべく色んなパンを紹介することもあるかもしれません。

世界大会には選手と助手(コミ)の2人が出ます。
そして会場ではブースの外からコーチが色々指導したりします。
素晴らしいコーチと助手と選手の熱い思いが燦然と輝くのです。

今後も修造の話は続きます。

応援お願いします。

ここに出てくるお話はフィクションです。

実在する人物、団体とは一切関係ありません。

パンと愛の小説

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2022年03月13日(日)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structure

パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structure

今日はベッカライホルツでの練習の日。

選考会までの日にちがいよいよ1か月をきり、緊張も高まって来た頃。

修造、江川、鷲羽は3人で立体の飾りパン(パンデコレ)の練習中だった。

修造は、円形の生地の薄い台に三つ編みの生地を平らなまま輪にし続けて円を作りながら鷲羽に話しかけた。
「パンデコレはどんなのをするつもりなんだ?」

鷲羽は三つ編みの旋盤の美しい編み目を見て惚れ惚れしながら言った「俺も編み込みを使いたいと思っています。それと、俺は花とか自然とかより幾何学的な物と組み合わせた感じにします」と言って設計図を見せた。

「へぇ!江川とはまだ違う味があるね」

「本当ですか!」修造に褒められて鷲羽は物凄くテンションが上がった。
そして江川の横で「俺、絶対江川に勝ちます」と言った。

「お前な、そう言う所を治せって」修造に注意されて「あ」と江川の方を見た。

江川は頑なに修造の助手も自分のコンテストも頑張ると大木に宣言して、またその通りにやろうと必死だった。

留基板金のおじさんが作った何種類かの六角形の抜き型で生地を丁寧に抜いて行き、蜂の巣がモチーフのパンデコレを作ろうとしていた。

選考会では修造たちの出る世界大会のコンテストのパンデコレは大型で背も高い。
しかし若手のコンテストのパンデコレはその3分の1の大きさだ。
大きさは関係なく技術の高さを競い合うので手抜きはできない。

江川は鷲羽に「勝つのは僕だ」と手を休めず生地の方を見ながら言った。

鷲羽は修造が焼成後の円盤形のパンの裏に拍子木の様な生地を貼り付けていくのを見ていた。
「これを向こうで組み合わせる時に引っ掛かりがないと輪が落ちるからあらかじめ茎の部分と凹凸をつけておく。十字相欠き継ぎ(じゅうじあいがきつぎ)みたいなやり方だな。それと旋盤に付ける花の裏には仕掛けをして、そこを引っ掛ける様にして水飴で留める。立てても落ちないし時短にもなる」

修造はピッタリ木の幹と旋盤の凹凸がはまったので悦にいった表情をした。

「はい」

鷲羽はワクワクして当日現場でもよく見ようと思っていた。

「修造さん達の出る選考会は初日なので見学が出来ます。自分達のコンテストは3日目なので参考になりますよ。他にはどんな選手が出るんですかね?」

「4人のうちの1人は北海道の北麦パンの佐々木さんなんだ。俺と年は変わらないみたいだね。道産の小麦と自家製酵母のパンが美味い店だよ」

「へぇ」

「2人目はブーランジェリー秋山って店で働いてる職人らしい。資料が無いんだよ。きっと凄い腕前なんだろうな」

「謎めいてますね」

「3人目はパン工房エクラットの寺阪って人でパンの種類が豊富なお洒落な店だ」

「俺、早くどんなパンが並ぶのか見てみたいです」

「俺は緊張する」

修造と鷲羽の会話を尻目に江川の手は止まる事は無かった。

それを見た修造が「俺も1番綺麗に仕上ったと思えるまで何度もやってみるよ。鷲羽、お前も早く作業に戻れ」

「あっ、はい!」

鷲羽は生地を細く細く伸ばしてマクラメ編みを作っていた。コンテストではそれを使って長方形と曲線で立体的なパンデコレを作る予定だ。

そこにベッカライホルツのオーナー大木が入ってきた。

「みんなよく頑張ってるな。選考会まであと半月程だ。会場は関西だから宿泊の準備、備品、材料、資材など忘れるな。運送屋の手配はしておいてやるから」

「お世話になります」

「半月なんてすぐですね」

「うん」

修造は緊張をほぐす為に胸の辺りを摩って「ふぅーっ」と息を大きくついてまた作業に戻り、美しい立体の花を作り出した。
それはブルーベリーで色付けした生地で修造の故郷の山に夏になると風にゆらゆら揺れる愛らしい『ヒゴダイ』という葱坊主によく似た花をモチーフにしている。
その後上品な夕顔や、ヒゴシオンなどの紫色の高山植物を次々に作っていった。

それを見た江川は修造の助手の座を鷲羽や他の選手に取られまいと執念の炎を燃やしていた。

「絶対に」江川は呟いた。

「修造さん、明日は打ち合わせの後、通しで助手としてやらせて下さい」

「江川、お前大丈夫なのか?無理するなよ。現場では俺が頑張るからな」

「僕だって頑張ります」

修造は江川の目の周りの青白い色を見て「疲れたら休めよ」と注意した。

江川は以前過労で倒れた事があったのだ。

「大丈夫です。僕やれます」

「お姉さんに聞いたよ、弟は頑固だって」修造はそう言いながら笑った。

つられて江川も恥ずかしそうに

「ウフフ」と笑った。

さて、3人のいるホルツとは遠い所、北海道の南の方にある北麦パンは広い駐車場が併設された今風の建物で、店内には色とりどりのフルーツやナッツののったデニッシュ、美味しそうな自家製ソーセージの調理パン、ライフルーツがいっぱい入った自家製酵母のパンがズラリと並んでいた。

どのパンも個性的で技術の高いオススメパンばかりだ。

客は皆、方々から車で町にやって来た時に北麦パンで好きなパンを買っていく。

その工房の奥ではシェフの佐々木がパンデコレの仕上げをしていた。

「先生にコーチして貰ってここまで来たなあ」と佐々木は自分の技術の始めと今を思い比べてしみじみと言った。

佐々木の後ろに立っていた先生と呼ばれる背の高い男は「シェフの元々の腕前が良いんですよ」と、こことここを変えてと指で指示しながら言った。

「俺、修造さんには負けませんから」とまるで宣言する様な言い方を聞いて背の高い男は「何故その修造さんだけ?選手は他にもいるでしょ?」と作品から目を離さずに聞いた。

「あの人は生まれる前からパン作りをしてたんじゃ無いだろうか?そのぐらいパンにピッタリ寄り添ってる。俺はそれに勝ちたいんです。俺のパンに対する気持ちの方が上だって証明して見せますよ」

「生まれる前からですか?面白い。シェフには是非頑張って貰わないとね」背の高い男は何故かおかしくて腹筋を2回ほど揺らした。

「勿論です。俺、明日から選考会が終わるまで店を休んで集中します」

「いいの?半月も店を休んで」

「大丈夫です」佐々木は自分の作ったパンデコレを上から下まで点検する様に見回しながらそう言った。

「あと半月で修造さんとの闘いだ」

その日の夜

帰り際の大木が別室を覗くと鷲羽が1人でパンデコレの仕上げをしていた。

「鷲羽、まだ帰らないのか?」

「はい、シェフ、これが俺のパンデコレです」

鷲羽の作品はらせん状の板の組み合わせで構成されていて、正面にはマクラメ編みが取り付けられた物で、鷲羽の技術の程度が良くわかるものだった。

「ふん、悪くないぞ鷲羽、らせんの間隔が美しい。マクラメ編みなんてよく考えたな。明日から最終仕上げの段階に入るから更に磨きをかけろ」

「分かりました。江川に絶対勝ちます」

「江川だけじゃないぞ、全員で5人だ。」

その時鷲羽は修造の言う言葉を思い出していた。

お前は江川の事をライバルで、戦わなきゃならないと思ってるのかもしれないが、お前がこれから戦うのは自分自身なんだ。

つづく

honeycomb structure(ハニカム構造)

この場合は江川と修造の心の絆が丈夫で壊れにくい事を指しています。

修造は段々説明が上手くなってきました。

輝く毎日は心の充実。

江川のお蔭かも知れません。


2022年02月27日(日)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Prepared for the rose

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Prepared for the rose

 

 

ベッカライホルツの事務所のデスクに肘をつき、大木は電話していた。

「あぁ、そう、あの二人ベークウェルに行ってたよ。社長が礼を言ってきた。鷲羽も顔つきが変わってきたな。いい経験になったんだろうよ。はいはい。そっちはどうなんだ佐々木の仕上がりは?そう。じゃあな」

俺も負けていられないな。選考会まであと少し、これから鷲羽はあの二人と別室で特訓だな。

大木は顎を太い指で摩りながらプランを練っていた。

 


 

一方、東南駅の西側に続く商店街にあるパンロンドでは。

「あの〜親方」

「なんだい江川。こないだのヘルプはどうだった?ベークウェルって店に行ったんだろ?」

「はい、ここやホルツとはまた違う店やそこで働く人を見てきました。それであのう」

江川はすごく言いにくそうだったので親方は江川をジーッと見た。

「おい!なんでもいいから言ってみろ」

「わ、鷲羽君がここに勉強に来たいって言ってます」

 

 

「え!!」

「え?」

「えーっ!」

そこにいた全員がそんな声を出した。

「鷲羽ってあの江川さんをいじめてた奴ですかあ?」杉本がびっくりして聞いてきた。

「俺が絞めてやりますよ」

「杉本君、そんなんじゃないよ。勉強したいんだって。あの人凄く修造さんに憧れてるんだ」

「えっ」最後に修造が驚きの声を出した。

「知らなかった。なんで俺なんかに。ろくに話もして無いのに」

「俺は分かりますよ」藤岡が修造に爽やかに微笑みかけた。

パンを作ってる時輝いてますね」

「なんだよそれ」

修造は恥ずかしがって下を向いて仕事をし出した。

「お前達も飾りパンの練習をしなくちゃな。コンテストはすぐなんだし」親方が修造と江川をかわるがわる見て言った。

「ここで作ってっていいんですか?」「おう!当たり前じゃないか!ホルツにも呼ばれたらすぐに行け、ここでも好きなだけ練習しろ。もうどんな感じか考えたのか?」

「はい、大体は」修造は実家の近くに咲いている花を元にデザインを考えていた。

「お前は手先が器用だもんな。やる事が繊細だよ。どんなのができるか楽しみだなあ」

「僕はまだです。どうしたら。いいのやら」江川が自信なさそうに言った。

「おい、俺が見てやるから紙にイメージを描いてみろ」

「はい」親方に言われて白い紙をじっと見ていた

江川は頭を抱えた。「何も思いつかない。鷲羽君はどんなのを作るのかな」

「江川、パン以外の事で何かヒントになる様な事があるかも知れないよ」

「そうですね、修造さん。何があるかなあ」

 


 

さて、何日か後、鷲羽と江川はパンロンドとホルツでお互い入れ替わって研修に行くことになった。

約束の朝早く、鷲羽がパンロンドにやってきた。

一礼して、入り口に立って工場の方を見ている。

「あなたが鷲羽君?」柚木の奥さんが声をかけた

「はい、そうです。今日は勉強させて頂きに来ました」と言って頭を下げた。

奥さんは鷲羽を見て、凄く意地悪って聞いてたけど案外礼儀正しいわね、と思いながら「ちょっとー!鷲羽君が来たわよ!」と奥にいる親方に言った。

「よう!鷲羽。俺は柚木、親方って呼んでくれ。早速着替えて来いよ」「はい。本日はよろしくお願い致します」鷲羽はまた礼儀正しく頭を下げて更衣室までの道のりに出会う全員に挨拶して行った。

「思ってたのと違いますね〜」

「そうだね」と杉本と藤岡が鷲羽を見ている。

と、そこまでは良かったが、鷲羽は親方の前に呼ばれた。

「俺が生地を分割するから丸めてバットの上に置いてくれよ」

「はい」

親方がスケッパーというステンレスのカード形の道具を手に持ち分割した生地を、鷲羽は大人しく丸め始めた。バットに並べた生地がいっぱいになると冷蔵庫に入れて、また次のバットに入れていく。

親方はリズム良く生地を分割しながら聞いた。

パンロンドで勉強したいんだって?で、どんな事を聞きたい?」

と聞かれ「はい、俺不思議だったんです。なんでこんな小さな店で一生を終えようとしてるんですか?」

 

 

その瞬間、工場の温度が十度程下がり、親方と鷲羽以外の全員が凍りついた。

「うわ、こわ」

「なんて事を」

悪気なく失礼な事を平然と言った鷲羽に親方だけは頭から熱を放出した。

「小さな店?敷地面積の事かよ?」

鷲羽はキョロキョロして「それもありますけど、商店街のパン屋で良いんですか?」

「おう!俺は俺の作りたいパンをここで作り続けるさ。じゃあ逆に聞くが、なんなら良いってんだよ」ちょっとスケッパーにかける力が強くなった。

「もっと一等地に店を出したらどうですか?例えば外国で修行して、帰って来たらそこで習って来たパンを作るとか、俺ならそうするな」

「はあ?パン屋がみんなそうするとは決まってねぇだろうが」なんだか生き方を否定された様な気がして来て腹も熱くなって来た親方は分割する手が段々速度を増して鷲羽の前に沢山溜まって来た。「早く丸めないと溜まって来ただろうが!」

親方は次の生地を持ってきてさらに分割し出した。

見よ!このスピードアップスプリットを!親方は必殺技を繰り出した。

鷲羽は必死に丸めたが、親方の気を悪くさせた事には気が付いていない。

藤岡が材料を計量中の修造に目で合図した。

親方が怒ってますがどうします?という意味だ。

「藤岡、計量を頼むよ」

「はい」

修造は親方の横に立ち「親方、バゲットの焼成の時間ですよ」と言ってスケッパーを持ち「俺が変わります」と言って他の作業を促した。

親方はふと我に帰り、あ、俺ムキになりすぎたかな?若造がほざいてるだけなのに。「お、おう。頼むね、修造」

修造は溜まった生地を丸めて台の上をスッキリさせてからまた分割を続けた。「鷲羽、店の方を見てみろ。お客さんの様子を」

鷲羽は工場の奥から窯の前に立って作業をしている親方のもっと向こうを見た。

狭い店の中にいきいきとパンを選んでトレーに乗せているお客さんの姿が何人か見えた。

自分だけの好きなパンを選ぶ人もいれば、家族の好きなパンを選ぶ人もいる。皆お気に入りのパンをトレーに自由に乗せている。

「みんなここのパンのファンなんだ。どんなお客さんにも好きなパンがあって、ここのパンで大きくなった大人もいるんだ。今店にいる風花もそうだよ。ここのパンが好きで働いている。街のパン屋さんっていうのは他の店同様なくてはならない存在なんだ。みんな通勤の時、昼食、贈り物、夕方、夜食などそれぞれがそれぞれの理由で買いにくる。パンロンドのパンが好きで買いにくる人々の為に親方はパンを作り続けているんだ」

「俺は誇らしい事だと思うよ」

修造は鷲羽に言った「そんなお客さんの気持ちが分かっていてパンを作ってるかどうかでまた違ってくる。お前はどうなんだ。お前だってパン作りに携わっているだろう」

 

 


 

一方その頃ホルツでは、大木が江川にマンツーマンの指導をしていた。コンテストまであまり時間のない江川にとってラッキーな事だった

大木は江川に飾りパンの『薔薇の花籠』を教えていた。

シロップ生地というきめ細かい生地を薔薇の形やカゴ用に編んでいく。

「江川、選考会ではどんな飾りパンを作るつもりだ」

「自然のものを取り入れようと思いますがまだ思いついて無くて」

「立体的造形って作ったことは?」

「花とかウェルカムボードなどの練習しかありません」

大木は工程の説明を始めた。

「飾りパンはパンデコレと言って、大会では全て食べられる物で作るんだ。工程の始めに自分の作りたいものの量、パーツの数と大きさについて考える。作る量に規定があればその重さを割って考えるんだ」

 

 

「綿密に必要なものの大きさ、長さを計算する。どこに何色を持ってくるかも重要だ。見た感じの色のバランスなどもな。自分の技術を立体にしてる様なものなんだ」

大木は、江川が作ったパーツの表面が乾燥したのを確かめてから窯に入れ、低温にセットしてタイマーをかけた。

「作ったものを焼成するとイメージと全然違ってくることもある。それも計算に入れなくちゃならない」

「はい」

コンテストにはホルツで焼いたパーツを持ち込んで現場で組み立てることになる。ここなら安全に置いておけるからな。コンテストの現場では殆どのパンをそこで作り終わった後、最後にパンデコレ(飾りパン)の組み立てをするんだ。全ての工程を頭に入れとけよ」

「今日は計画通りに生地量を決める練習から」

大木は紙を広げた。「考えとけよ。タイマーが鳴ったら出しといて」と言って江川を一人にした。

江川は作業台の上に紙を広げてペンを右手で振りふり考えた。

何か好きなものから考えようかなあ。

修造さんは実家の周りに咲いてる花がテーマだったな。。

好きなもの

好きなもの

甘いものとか?

ハチミツかなぁ。

そういえば、僕の育った家は寒いところでニホンミツバチは育てられないんだ。だからセイヨウミツバチを冬も暖かい所を作ってそこで越冬させる

夏になると菩提樹の花で蜜を集めてる養蜂家のおじさんがいたな。森に巣箱を並べてたのを見た事があったっけ。

菩提樹は黄色い可愛い花で学名はtilia。翼って意味なんだ。

 

 

ハチミツ、菩提樹の花、翼、セイヨウミツバチか。

うーんと呻きながら江川は紙に絵を描いて、それを元に図面を作成した。

しばらくして戻ってきた大木は、江川の絵を見て言った「ふーん。あまり無いデザインだが面白い。江川、お前は個性的な奴だな」

「僕にこの部分の作り方を教えて頂けますか?」

江川は指で紙に描いたパーツを指差した。

「よし、ちょっと出かけるか」大木は江川に上着を持って来させて二人で出て行った。

 


 

さて、パンロンドでは修造に問を投げかけられた鷲羽が固まっていた。

あー

俺またやっちゃったのかなあ

すぐ無神経な事言っちゃうんだ。

首を項垂れて鷲羽は考えていた。

鷲羽が固まっている間に修造はパイローラーでクロワッサンの生地を伸ばして持ってきてカットしながら言った。

「お前な、よく人から一線置かれないか?」

「それはしょっちゅうあります」

「あんまり気にして無いから直んないだろ?」

「はい、、いえ、こないだ修造さんに言われてから意識はしています。の、はずです」

「他人に対して敬意を払っていない」

「それは、俺、修造さんに凄く敬意を払ってます」

「なんでだ。外国で修行したからかよ」

「始めはよく知らなかったからそうでしたが、修造さんは仕事に対して凄くストイックです。俺はそれに憧れてます」

修造が三角にカットした生地を鷲羽は巻き続け、バットに並べていく。

その様子を時々見ながら修造は話し始めた。

「鷲羽。今の俺があるのは親方のおかげなんだ。

親方が俺が帰ってこれる様に大切なものを守ってくれたんだ。もし親方がいなかったら今頃俺の家族はバラバラになって俺は帰るところなんてなかった。エーベルトの所に残るか、ひょっとしたらもう糸の切れた凧の様になって他の国に行って帰ってこなかったかもしれない。そしたらみんなともお前とも出会わなかっただろう。今ここにいるのはみんな俺の大切な仲間なんだよ」

誰かのおかげとか仲間とか鷲羽の頭には無いワードが出て来た。

「修造さん、さっきの質問の答えですが。俺、わかってるも何もそもそも人の思惑通りに動くのなんて嫌だし、従う気もありません。だけど自分の為になる事ならいくらでも頑張れます」

それが俺って人間なんだ。

言葉に出して、鷲羽は改めて自分の腹の中を覗き見た気がした。

「俺、前向きな人でなしって言われた事があります」

普通人ってそう言うダメな所を隠して生きるものだがお前って正直な奴だな」

ストイックな職人には少なからずそんな所があるのかも知れないな他に目もくれず一心不乱に打ち込むその先に美味いものが生まれるのかもな。

修造はそう考えてからきっぱり言った。

「だからって失礼な事をズケズケ言っていい訳じゃ無い」

「はい、すみません」

「俺に謝るんじゃ無いだろ?」

鷲羽は少し潤んだ目で親方を見た。

おっ鷲羽が見てる。なんだよ。とりあえず笑っとくか?親方は大きな木のスコップで焼けたパンを窯から出す手を休めずに、余裕の微笑みを称えた。

 

 

「あの、さっきはすみませんでした。無神経な事言ってしまって」

「わかりゃいいんだよ、鷲羽。いつかお前も俺と修造みたいに大木シェフと気心が知れる様になったら良いな」

「そんな日来ない気がします」

「なんでだ。自信ないのか?」

 


 

一方その頃

大木の車で江川は留基板金に着いた。

平屋建ての古い建物で壁はトタンで囲われている。

中からはカチャンカチャンと機械の音がしていた。

「ここは板金屋さん?」

「そうだ。さっきの設計図を出して」

「はい」

「どうもこんにちは。大木さん」

機械の音が止まり、古びた留基板金の横開きのドアが開いて一人のお爺さんが出てきた

「こんにちは留基さん、ご無沙汰しています。ちょっと頼みたい事があってね」

留基丈治(とめきじょうじ)はおでこの上に付けていた老眼鏡をかけ直して江川の書いた紙を見た。

「これ、パンの抜き型なんだけどできるかな?」

「ふん」

留基はうなづいて工場の中に入って行った。

しばらくゴソゴソする音がして、大木と江川はその中をじっと見ていた。

「これこれ、これを曲げたら丁度良いですよ」

と言って手頃な大きさのステンレスの板を持ってきた。

「これによると色んな大きさで六角形なんですね」

「高さは五センチぐらいでお願いします」

「了解です」

留基は歯の抜けた口角を上げて笑ってみせた。

 


 

パンロンドでは

親方が鷲羽に優しく話しかけていた。

「太々しい様に見えてお前本当は自信ないのか?さっきの態度も江川の件もあるし。だからいつも必死なんだろう」性格の悪さを技術でカバーか。と親方は鷲羽を見て感じとった。

「それ、本当はわかってるんじゃないのか?自分で認めなきゃお前は前に進めないぞ」

そんな会話を工場の奥で見ていた藤岡は「性格矯正」と呟いた。

「鷲羽、俺はこれからもここにいてパンを作り続けるよ。ここに来たいお客さんの為にな。だからお前もいつでもここにきて良い。俺とお前の心が通い合うまでな」

鷲羽はパンロンドについての誤解が解けた気がした。

ここはホルツともベークウェルとも違う。

ここにあるのはほのぼのとした温かい空気だ。

そしてそれの大元になるのはこの親方なんだ。

「おれ、親方みたいな人に初めて会いました」

もう一人尊敬できる人ができた。

鷲羽の心にこれまでにない何か、少しだけ温かい小さな塊ができた。

 


 

ホルツに戻って出かける前に焼成した花籠の飾りパンの部品を、水飴でボンドの様にして付ける練習を始めた江川は、大木に細かいコツを教わっていた。

その時大木がコンテストの日程についての話を始めた。

「パン職人選抜選考会は業界最大の展示会場で行われる。三日間あって、一日目が修造達四組の職人の選考会だ。そこで選ばれると世界大会に挑戦できる。三日目がお前と鷲羽の出る若手コンテストだ。修造の助手には園部に出てもらうつもりだよ」

「えっ?園部君?大木シェフ、僕が修造さんの助手をやります」

「お前な、最終日にコンテストが控えてるんだからできっこないだろう?自分の事で精一杯で修造にも迷惑がかかるからダメだ。園部もこれまで特訓していたんだし、これから修造と息を合わせていかなきゃ」

「絶対ダメです。僕やれます!僕しか修造さんの助手はいません」

「無茶言うなよ、修造と練習して自分の分も最高の出来栄えにしなきゃいけないんだぞ!」

江川は懇願する様な真剣な目で大木を見た。

「僕その為にこれまで練習してきました」

江川の潤んだ目を見て大木は困った

「お前にはあきれるよ」

江川の奴こんな事言い出すとは思ってもいなかったな。

うーん、修造の勝利に重点を置いて、鷲羽と江川、どちらが勝っても助手になるんだからまあ良いか。代表選考会が先で良かったよ。

「どちらも出来るって言うんだな!お前が勝てなかった時は他の選手が世界大会に行く事になるんだぞ!」

「はい!僕やれます!みんなに迷惑をかけません。絶対やってみせます」

「頑固な奴だな。勝手にしろ!」

大木は強めの言葉を残して事務所に行き、選考会の提出書類を出してきて修造の助手の欄の園部の名前を江川に書き換えた。

事務所から出て別室と工場の間に立ち「江川も鷲羽も同じぐらい個性がキツいな」大木は花籠の仕上げをしている江川をドアのガラス越しに見ながらそう思っていた。

 

 

おわり

Prepared for the rose(薔薇の覚悟)

江川は修造との勝利の為に薔薇の飾りパンに誓いを立てました。

必ずやり遂げると。


2022年02月15日(火)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ イーグルフェザー

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ   イーグルフェザー

 

 

鷲羽秀明(わしゅうひであき)は東京NN製菓専門学校パンコースを首席で卒業した。

在学中は学科、実技ともに他を圧倒する実力でその名を学校中に轟かせた。

教室の中では何もせずとも楽にトップでいるそぶりだったが、心の中では絶対に誰にも自分の前を行かせまいと躍起になり、陰では人一倍パンに関する何事でも頭に入れようと努力していた。

にも関わらず、トップを走り続けていると自分は何かのエリートではないかと思える、そして自分より遥かに後ろを走ったり歩いたりしている同学年の生徒がなんだか小さな存在にしか見えず、段々不遜な性格が強く出て、小馬鹿にする態度を取ってくる鷲羽に話しかけるものは誰もいなくなった。

だが講師達はパンコンテストに出品させては賞を取ってくる鷲羽にとても目をかけていた。中には褒めそやして「君なら若手コンテストに出られるよ」と言う講師もいた。何度か言われているうちになんだかそれは未来に必ずやってくる出来事として鷲羽の心に刻み込まれていった。

ブーランジェリーホルツの入社試験に無事合格した。入社してからも野心家の鷲羽は先輩の真似をしては自分のものにしていった。

ある時ホルツのオーナー大木シェフに「今度からパンロンドの職人が奥の別室で特訓するから」と聞いてからは、やってくるであろう田所修造の事を調べて憧れを抱いた。修造の事をなんだか遠く手の届かない、ハイブランドな存在に感じていたのだ。

そしてその当日、修造と一緒に来た江川と言う若者は学校で見た誰よりも性格が頼りなく実力のない様に見えたので、一体何故こんな奴が大切にされるのか不思議で、踏みつけてやりたいと言う気持ちに駆られた。ところが足を引っ掛けて倒す様な事をやっても、いつの間にか起き上がって、なんなら自分よりも高いところから見下ろされている。

おまけに修造に凄く可愛がられていて、世界大会に出ようとしている。は?俺だよ俺だよ。お前じゃない。俺の予定を狂わせるなよ。

そう思って敵視していたその時、修造に言われた言葉がこうだった。

美味いパンって言うのはいつも食べられる当たり前の存在であってほしいと俺は思ってる。だから天候や気温に合わせて種や生地の面倒を見て良い状態で焼成まで持っていく、そうすると美味いものができるんだ。お前は江川の事をライバルで、戦わなきゃならないと思ってるのかもしれないが、お前がこれから戦うのは自分自身なんだ。お前の作ったものを選んで食べてもらう為にな。それは必ず美味いものでないといけない。形だけ勝っても意味はないんだ」

ライバルに勝とうとしているのに、本当の戦いは自分自身と?俺が俺に打ち勝つのは一体どんな時なのか。

毎度大木が出してくる課題に誰よりも良いものを出す。そう言う事なのか?

鷲羽は頭をかかえた。

何度練習して結果を出しても、最後は江川が追い越していく。

そんな折

鷲羽と江川のパン作りはとうとう他人の手によって審査される時が来た。

「次来た時、一次審査のパンを送るから」

大木は皆の顔を見ながらそう言った。

締め切りから逆算して日にちを決めたのだ。

そう聞いた途端、なんだか身体の血の巡りが早くなり瞼が痙攣する。

鷲羽は仕事中も出品する事を心がけて命を込める気持ちだった。

今までこんなにまで打ち込んだ事はない、そのぐらい。

 

 

 

配送の日が来た。

自分達の作ったパンを焼けてすぐに良いと思ったものを選んでフリーザーで凍らせた。

完全に凍るまで工場で仕事を手伝う。パンロンドから来た二人にとってとても勉強になる時間だ。そしてついに梱包をする時間が来た。丁寧に梱包して、大木が手配した配送業者に渡す。

「工芸品の様に大事な物が入ってるんだ。頼むよ」どうやらこの時のために知り合いに頼んだ様だ。大木に馴染みの配送業者は丁寧に頷いて冷凍車に積み込んだ。

「緊張するな」「はい、僕心臓がドキドキします」配送業者がパンを持って行った後の修造と江川の会話だった。

園部は黙ったままだったが、一体どんな事を考えていたのか。

冷凍で配送されたパンは会場に並べられて審査される。

さて、審査が終わり、大木が選考会への切符を受け取る選手の名前を述べた。

まずは選考会には修造が選ばれていた。

それを聞いた時修造は「ふぅー」っと息を吐き、緊張を解きほぐす仕草をした。そして他の選手の名前を覗き込んだ。「あ、北麦パン!」パン王座決定戦で一緒だった北麦パンのチーフシェフ佐々木の名前があった。他にも有名店で働いている職人の名前が二人。

「北麦パンは凄い特訓をしてるよ」大木は何かと色々知ってる様だった。

次に大木は気になる若手コンテストの選手の名前を述べた。

「江川と鷲羽が選ばれたよ。園部、残念だったがこれを機に更に飛躍する様に」

「はい」

相変わらずポーカーフェイスの園部を見て、学校時代の自分なら気にもしない所だが、鷲羽はやっと、自分と同じ立場でさっき迄同じ心配をしていた園部の心中がわかる様になってきた。

「園部ごめんな、俺、お前の分も頑張るよ」

この言葉がこの場にあってるのかどうか鷲羽には分からなかったが、何か声をかけずにはいられなかった。

「俺、この場にいて良かったよ。勉強にもなったし。応援してるからね秀明」

「うん」

人に向かって何かしらの優しい言葉をかけたのは生まれて初めてだった。

江川が「鷲羽君、入選おめでとう。頑張ろうね」と言ってきた。

澄み切った水辺に輝く宝石の様に瞳がキラキラしている。

自分には全くキラキラした所が無い。思えば自分と江川のパン作りの違いもそんな所では無いのか。ふとそんな事に気づく。

白い鳥の羽の様な、青い空に浮かぶ白い雲の様な、鷲羽から見た江川はそんな風に見えた。

鷲羽は江川の言葉に対して斜に構え少しだけうなづいた。

大木が帰ろうとする鷲羽と江川を呼び止めた。「お前達には修行も兼ねてベーカリーベークウェルのヘルプに行ってもらう、江川が次に空いてる日に鷲羽も行ってきて良い。江川、決まったらメールくれよ」

 

 

「はい」


帰りの電車で江川は修造に質問した。

「ヘルプってどんな事をすれば良いんですか?」

「そうだな。ベークウェルって五店舗ある町のパン屋さんなんだけど、そのお店がイベントとかしたら沢山のお客さんに来てもらえるからその分沢山パンがいるだろ?だから手の足りなさそうな所を手伝ったりするんだよ。店の人にに頼まれた仕込みや成形をするんだ」

「へぇ〜僕初めてです。どんなのかなあ。。それに、、鷲羽君と一緒なんですよ」

江川は不安そうに少し涙目で言った。

「それは、、頑張ってね」そこに呼ばれていない修造はそう言うしかなかった。

さて、江川は空いてる日を大木にメールした。するとベークウェルの地図と持ち物、日時を書いて送り返してきた。

大木はホルツで仕事中の鷲羽に、この日に江川とベークウェルに行く様にと言ってきた。

なんで俺が江川と行かなきゃいけないんだ。

鷲羽は心の中で愚痴をこぼした。あのキラキラした江川をずっと見てなきゃいけないのか。うんざりだ。

ベークウェルはお洒落な設計で、敷地が四十坪、店と工場は半分ずつに分かれており、店部分の三分の一はイートインスペースだ。お店にいる三人の店員さんに挨拶して中に案内して貰う。

江川と鷲羽は別々に着いてその店の店長に挨拶した。

「店長の杉野です。来てくれて丁度良かったよ。明日から三日間、開店五周年の創業祭があるんだよ。今日は二人ともよろしくな、あそこにいる塚田って子が指示してくれるから」

二人は同時に塚田を見た。

細身の塚田の制服はうす汚れていてヨレヨレしている。それがなんだかやる気のない様子に見えた。表情もどこか頼りなげだ。

塚田はぺこっと頭を下げて二人にバゲットの成形を促した。

「おい!ちゃんとやっとけよ!」塚田に罵声とも言える言葉を残して店長がどこかへ行ってしまったので、工場の中には塚田と焼成のところに三田、仕込みのところに辻と言う従業員、そして江川と鷲羽の五人になった。

 

 

「塚田さんって幾つなんですか?」と気さくに江川が質問した。

「ニ十五です。元は本部にいたんです、、こちらに来て一年目になるんですがもう辞めようと思っていて」まだ話し出したばかりなのに塚田は何故かやめる事を言い出した。

「なんで?」なんだか自分が普段目指してるものと違いすぎて帰りたくなった鷲羽が聞いた。

「それは、、」塚田はチラッと店長が出て行った跡を見た。

「あの人が嫌なの?」江川もそちらを見て言った。

「はい」

パワハラかなんかか?もうさっさと仕事をやってしまって帰ろうと決めた鷲羽は「何が修行だよ、一日損した」と呟いて突然黙々と仕事をしだした。

鷲羽の険しい表情を見て、江川はそこからなるべく遠ざかって塚田と一緒に成形しながらしつこく質問した。

「何が嫌なの?」ホルツやパンロンドにはいないタイプの塚田が珍しかったのだ。

「ここにいても何も解決しない」

「例えば?」

「おい!江川。そんなやつほっといてさっさとやろうぜ。やる気のない奴は辞めたらいい」

「鷲羽君、そんな言い方しないで」江川はオロオロした。

修造ならこんな時なんて言うだろうと考えていると塚田が言った「やる気ないわけじゃないんです」

「ならなんで辞めるんだ」要領を得ない会話に鷲羽はイライラした。

「ここには問題が沢山あるんです」と突然後ろから声がした。

仕込みをしていた女性が話しかけて来たのだ。

「あ、急にごめんなさい。塚田さんもヘルプの人達に中途半端に言わないでよ」

「ごめん」

「ここは経営者は別にいるんです。店長は目が行き届かないのをいい事にサボってばかりいて」

「注意すればいいだろ?」

「無駄ですよそんなの」

もう一人の焼成の担当三田も話しかけて来た。

「店長はすぐにキレるんです、注意なんてしたら一日中機嫌悪いですよ、それに二言目にはお前達は効率が悪いってキレてます」

「えー!嫌だなあそんなの」

「だから辞めるのか」

「それもあります」

問題を解決しないと次に入ってきた人も同じ事になるんじゃないかなあ」江川の言葉に乗せて、鷲羽は塚田に言った。「例えばお前が受験生だったとする。第一志望に受からなくて第二もダメでヂ第三なら受かった。こんなとこに入りたくなかったとずっと不満に思うか、自分がこの学校のトップを追い抜いて更に上を目指して学校の格を上げるか。要は気持ち次第だろ」

「ここって色々問題あるんだよ。例えばさ、それ、店長どうのこうのより袋の中のクリームは綺麗に使い切ろうよ。ほらこれを使うとすごい綺麗に使い切れるぞ」

鷲羽は窓拭き用の小さな四角いワイパーを持ってきて洗って搾り袋を持っている三田に渡した。

ワイパーの薄くなっている部分で搾り袋を押していくと袋の中のクリームが綺麗に使い切れた。

スケッパーって使い込んでるうちに先が凸凹してくるけどこれなら密着する。さっきから気になってたんだよ」

「ほんとだ!」

三人はしぼり袋の中のクリームが綺麗に使いきれているのを見て「へぇ〜」っと言った。

「僕もちょっと良いですか?」江川も口を挟んだ

ほら成形してるところとバゲットを乗せる板が離れすぎてて運んで置いてると形が悪くなっちゃう。近くに置いてやればいいのになんでわざわざ遠くに置くのかちょっと思っちゃいました」

「作業する時にさ、同じ事を繰り返す瞬間があるんだよ。その時に手は動かして頭の中では次にする事どころかその日の行程をすでに考えておく、するとえーととか言って次に何するかその時になって考えなくてもいいのさ、それが効率化だよ」調子に乗ってきた鷲羽の口が軽くなってきた。

「あとはこっちの仕事とこっちの仕事、どっちを優先させるか考えるのも大切だよね」

店長が殆どサボってて私達何も聞いてないので我流が多くてお恥ずかしいです。貴方達みたいなのがうちにもいたらな」三人は顔を見合わせ頷いた。

「あの、実は。。」「えっ?なに何?」三人が言う事を江川が乗り出して、鷲羽も仕方なく聞いていた。

「鷲羽君、僕たちも協力してあげましょうよ」

「嫌だよ。俺に関係ねえし」

「怖いんでしょう」

「そんな訳ないに決まってるだろう」

「じゃあお願いね」

「フン」

鷲羽は嫌な顔をしたが、江川の前で怖そうにもしていられない。

「協力しても良いけど条件があるぞ。俺をパンロンドで一日勉強させてくれよ。インターンシップってやつだよ」

「えっ」鷲羽がまさかパンロンドに来るなんて想像もしてなかった江川はどうなるか想像して足が震えた。みんなの鷲羽に対する印象はあまり良くない「お、親方に聞いておくね」

「よし!やる気でてきたぞ!」

鷲羽は勢いで乗り切る決意をして、店長が戻って来る前に時間を組み立て全員で力を合わせて仕事を片付けた。

店長が戻ってきて誰かと電話で話している。「始まりますよ」塚田が言った。「うん」二人は返事して、江川は「塚田君、電話した?」と聞いた。「はい、すぐ来るって言ってます」

そのうち納品業者が来て、店長と外に出て行った。

「よし」鷲羽は江川と二人で静かに外に出た。店の横のレンガ調ののタイルを敷き詰めた階段が下へと続いている。店長達は倉庫のある地下一階のドアを開けて入っていった。

 

 

「江川、行くぞ」

「うん」

二人がそーっと小さな窓を覗くと業者と店長が話している。そして封筒を受け取ったところに鷲羽がドアを勢いよく開けた。

「見たぞ!ワイロ受け取るところ!」

店長が、ギクッとした。

「あんた横流ししてるだろ!」

「何言ってるんだ、納品書を受け取ったところだよ」

「嘘つけ」

「何が嘘だ」

「封筒の中を見せてみろ」

店長より背の高い鷲羽は上から封筒を取り上げた、店長が取り返そうと揉み合いになりそうになり、その隙に業者が慌てて帰ろうとしたので江川が「ちょっと待って!帰らないでね。どうせ会社の名前もわかってるんですよ」と引き留めた。

と、そこへ

「そこまでだ!」と社長と塚田が入って来た。

「あ!」店長が社長を見て叫んだ。

「在庫製品を倉庫から間引きして転売していただろう!俺はずっと塚田に頼んでお前の様子を見てもらってたのさ。お前には選ばせてやる。業務上横領で訴えられるか自ら辞めるかだ」

江川と鷲羽はそれを後ろで見ていた。

「鷲羽君あれ」

「うん」

塚田が急に顔つきと姿勢がが変わってしゃんとし出したのを。

「店長、あなたはこの職場に相応しくない、指揮が下がります」

「塚田!お前裏切ったな?」

「裏切ったのはお前だ!僕はずっと不正を暴くために詳細な在庫管理をしていたんだ、続きは社長と事務所でするんだな」

塚田が社長の代わりに強い口調で言ったので社長は転売業者に「お前もな、もうすぐお前の上司がここに来るってさ」

そんな顛末を見守ってから二人は階段を上がった。

「江川、片付けて帰ろうぜ」

うん鷲羽君」

いつのまにか二人は元々二人で一組の様な感じになっていた。

 

 

「鷲羽君ってさ、リーダーシップあるんじゃない?今日カッコ良かったよ」

江川は、そう言われて照れる鷲羽の顔を覗き込んだ。

「何言ってんだよ!」

「うふふ」

二人が話していると塚田が追いかけて来た。

「変な役をやってもらってごめんね、おかげで助かったよ。月一回業者が来て商品を横流しする日が今日だったんだ。高額な物を仕入れるから怪しいって思って調べていたんだ。それに、、江川君が色々聞くからつい言っちゃったんだ」

「えっそうなの?ごめんねなんか」

「おかげで勢いでスピード解決したよ。ありがとう」

「お前辞めるなんて嘘だったのか?それとも社長のいてる本部か何かに戻るのか?」鷲羽が聞いた。

「僕、ここに残るって社長に言ってみるよ。今抜けたらみんな困るし。そうだ!まだ時間あるから今から工場を改善する方法をみんなで考えようよ

三人は口々に色々案を出しながら工場に戻って行った。

おわり

 


2022年02月11日(金)

パン職人の修造 Happy Valentine

 

パンロンドの職人さんのバレンタイン

 

Happy Valentine 律子と修造

 

今日は2月14日

仕事の帰りに修造は東南駅の横の

巨大モールの入り口にある花屋に立ち寄った。

「いらっしゃいませ、今日はどの様なものをお探しですか?」

「あの、妻が妊娠中で、あまり香りのキツくないものが欲しいんです」

「奥様にプレゼントですか?それでしたらこちらなんかいかがですか?」

修造は店員さんと色や量について決め

可愛くラッピングして貰った。

そして雑貨屋さんでレモンやカモミールなどの配合された

爽やかなテイストのハーブティーを選んだ。

アパートに帰ると律子は

グリーンのソファに座って雑誌を読んでいた。

それを見て修造は生まれてくる

赤ちゃんの事を想像してワクワクした。

妊娠中のホルモン分泌の高まりからか

律子は美しく神々しくさえ感じた。

 

 

律子これ

わあかわいいチューリップ

これ私に?

うん

ドイツにいた時

バレンタインには

男性から女性に

プレゼントしてたんだよ。

俺もいつもそれを見てて

律子にそうしようって

決めてたんだ。

愛を込めて

いつもありがとう

いつもありがとう

誰よりも大切な

俺の宝物

私こそありがとう修造

初めて見た時から

あなたの瞳を見て

本当はわかっていたわ

あなたが私の事を

好きでいてくれる事を

Happy Valentine

ずっとずっとずっと大好き

 


 

杉本と風花

 

 

あのさ風花

何?龍樹

これ勿体無くて食べられない

飾っとく

だから予備のやつない?

あるけど、、

それって正解なの?

だって可愛いんだもん

また作ってあげるわよ

毎日がバレンタインならいいのに

ばかね

 

Happy Valentine

 


 

藤岡君の毎日

 

来たわよ

 

 


2022年01月24日(月)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ スケアリーキング


2022年01月07日(金)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Sourdough Scoring 江川

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Sourdough Scoring 江川

 

 

「あっ鷲羽君と園部君!」

ベッカライホルスの別室に入るなり江川は叫んだ。

一次審査への練習もそろそろ仕上がってきた頃、いつもの様に修造と江川はホルスにやって来ていた。

入ってきた二人をオーナーシェフの大木、二十歳で同期の鷲羽と園部が見ていた。

「どうも」修造が三人に挨拶した。

「修造さん!おはようございます」鷲羽は憧れの修造に一歩近づけて、嬉しさのあまり目を爛々と輝かせている。

大木が説明し出した。

「今日から一緒に練習する事になったからな。狭いけど協力しあってできる様に無理のないスケジュールを三人で組めよ。修造は第一審査用のレシピを書いて見せろよ、詳細はここに書いてあるからな」

「はい」

修造は大木がダウンロードした審査の詳細を受け取った。そこには出品する種類毎の細かい決まりが書いてある。

修造は早速奥の事務机と椅子が置くいてあるところに行き、座ってじっくり読み出した。

「お前達三人は今日はカンパーニュを作るんだ。発酵種はうちのを使って良い。生地の具合、発酵、スコーリング、焼成のできをみる。空いた時間があったらそれぞれ工房に行って成形を手伝って来い」

「はい」

「では始めて」

江川は焦った。まだ練習中の事を鷲羽と園部の前でやるなんて!

失敗したら再びもう来なくて良いと言われそうだ。

鷲羽は大木と憧れの修造の手前、笑顔を作って「協力しながらやろうね、江川君」と言ったがとても本心からとは思えない。

顔が引き攣ったまま「うん」と言った。

その時大木に電話がかかってきた。

「あいつからだ」

大木は小声で言いながら別室から外に出て、修造達に聞こえない様に電話した。

「あぁ、言われた通りにしたよ。三人とも顔が引き攣ってるよ。うんうん、そう。揉め事が起こるんじゃないのか?別々に練習した方がいいだろ?」大木は室内を除いて、また隠れる様に話し出した。

「何?これで全員爆上がりになるって?特にあの若い子が?お前は相変わらずだなぁ。まあ、こっちも職人達の技術が上がって良いよ。そっちはどうなんだ、随分仕上がって来たって?こっちも負けてられないからな。はいはい、じゃあまたな」

あの三人にハッパをかけてドーンだな!あいつめ。

大木はフフフと笑った。

大木が指示を出したスコーリングとは本来は歯車などの損傷に関する言葉だが、この場合は発酵した生地にカミソリの刃を入れる作業(クープ)のことで、さまざまな模様がカミソリひとつで作れる。

 

三人はじゃんけんでミキサーの順番を決めて、勝った江川が初めに生地を練り始めた。

生地を作り発酵させて成形、そしてそれをバヌトン(発酵カゴ)に入れる。

「誰が誰のか間違えない様にな。それぞれ自分の生地にスコーリングしてみろ。窯は三段あるから一段ずつ使えよ」

「はい」

江川と二人が牽制しあって作業してる間、修造は椅子に座ってどんなパンにするか考えていた。

それはこんな風だった。

選考会ではバゲット、ヴィエノワズリー、タルティーヌ、パンスペシオ、飾りパンがあるんだ。

修造はその五種類を紙に書き出してペンで机をトントンと叩いた。

バゲットはパキッとエッジの効いたものにしたい。パンスペシオは味わいを大切に。

ヴィエノワズリーは色合いと種類に気を使いたいな。飾りパンは他にない、見たことのない形にしつつ、日本の文化的なものを取り入れたい。

今日は形はともかく生地の配合を考えよう。

選考会までの審査は日本人のシェフがやるんだからあまりライ麦重視に走らない方がいいだろうか。それに前回までの傾向もあるし。そこもよく考えておかないと。

大会ではヨーロッパの審査員が審査するんだから、向こうの生地も意識しつつ日本らしさを出していかなきゃならない。

そして生地のベースはよりナチュラルで、滋味に満ちた味わいのものだ。

よくよく考えて

最終的に修造はバゲットは国産小麦で起こしたルヴァン(発酵種)で、パンスペシオとタルティーヌはザワータイクを使って国産のライ麦の分量を調節して配合を書き始めた。

集中して配合を書き綴る修造の横では、いよいよ焼成の時間が来ていた。

 

   

 

一番の江川が生地をスリップピールに乗せてカットしていた。

スリップピールとは沢山の生地を窯に入れる時に使う業務用の道具で、布を張った板に生地を乗せてそのまま窯に入れ、窯の入り口に引っ掛けて引っぱり出すと布が回転して生地だけが窯に残る。

鷲羽が江川の手元を穴の開くほど見ている、そうなると緊張して、手が震えてきた。

江川は震える刃先で生地に少し強引にグイグイと真ん中に筋目を入れた。

負けるのは嫌だ、だがそう思うと余計に手が震える。

江川が窯にパンを入れたあと、鷲羽が自分の生地を並べてカットし出した。

自分と比べて刃の滑りがいいように思える。

鷲羽は長い指先で器用に6種類の基本的なスコーリングを展開した。

そして園部も。

焼成後、大木が並べられた三人のカンパーニュを審査した。

「江川、カットがガタガタじゃないか。引っ張りながらカットしたらこうなるから次から気をつけろよ。」

「はい」

鷲羽はうっすら笑いながら江川をまた穴の開くほどじっと見た。

威嚇か!江川の顔の辺りに視線が粘りついて鬱陶しい。

大木は鷲羽と園部のものには「うん、少しぎこちないところもあるがまあ良いだろう」

江川は二人のカットをマジマジと見た。

二人との実力の差が激しい。

 

 

大木がカットして三人のパンをそれぞれに試食させた。

断面を見せて「江川、断面の気泡に偏りがある、成形の時に絞め過ぎるなよ」

そして「うん、味も悪くないだろう。これが一番気泡がいい感じだね」と鷲羽のパンを指した。

「ありがとうございます」

「次の時もう一度やるから次回までに三人とも練習してこいよ」

大木の指示に三人が返事した「はい」

「江川君、次も頑張ろうね」鷲羽はまるで大根役者の様な大袈裟でわざとらしい言い方で言った。

その夜、江川はベッドに入ったが、疲れているのに頭の中に鷲羽の視線がこびりついて眠れなかった。


   

次の日の朝、杉本が出勤してきてみんなに挨拶した。

「おはようございまーす」

「いつも元気だな」

「藤岡さんおはようございます〜」

「おはよう、最近顔色も良いしなんか顔つきも変わってきたよね」

「俺ですかあ?俺今充実してるんで」

「へぇ、仕事に愛に的な?」

「俺、この中で一番幸せなんで!」

「はあ?まあ本人がそういうんだからある意味幸せで仕方ないよね」

そう言って杉本のお腹あたりを指して

「そういえば腹の当たりも福々しくなってきたよね、幸せ太りかな?」

「気のせいですよ!」

そう言われて杉本がお腹の周りを見せない様に手で隠した。

その時、後ろでガッシャーンと音がした。

「あっ!江川!」修造が慌てた声を出した。

 

 

「親方!!江川さんが倒れました!」杉本が大きい声で親方を呼んだ。

「なに〜!!」親方は飛んできて江川をひょいっと車に担ぎ込んで病院に素早く行ってしまった。

江川は倒れてしまった。

修造は自分が江川に無理をさせたと思い後悔していた。

時頃

杉本はパンに使うローズマリーを計って小さなボールに入れ棚の上に置いたが、置き方が悪く丁度修造が通りかかった時に裏返って頭の上に落ちた

カポッ!

「あっ!」杉本は背中に三筋ほどの冷や汗を垂らした「すみません修造さん!」

修造はいいよいいよのジェスチャーをしてコック帽と頭や肩についたローズマリーを払っていた。

その時親方が病院から戻ってきた。

「過労だろうってさ。病院のベッドが空いてたんでめまいが治るまで検査して入院することになったよ」

「俺、後で見舞いに行ってきます」

「うん、頼んだよ修造」

仕事終わり、五階建ての東南中央病院に来た。

江川の病室は四階の四人部屋で比較的軽症の患者が集められていた。

病室の入り口横のベッドで寝ている江川の顔を見ながら、これから先も無理をさせるだろう。でも絶対やめるって言わないだろうなと思っていた。

薄暗い病室で江川の顔を眺めてるうちに修造も疲れが出て眠くなってきた。

うとうとして江川の布団の縁で居眠りを始めてしまったが、そのことは全く知らないで寝ている江川はこんな夢を見ていた。

あ、草だ、、草原の草がザワザワと風になびいている。太陽の匂いと草花のいい匂いがする。

広がる草原、遠くに見える山々が美しく空は青い。江川は草の間を走っていた。

それは小さい頃故郷で見た景色だった。

と思っていたが、実は修造の頭にかかったローズマリーの香りがそうさせていた。

「はっ」

江川の声で修造も目が覚めた。

「おぉ、江川、具合どお?」

「僕、いい事を思いつきました。スコーリングの柄を」そう言って立ち上がろうとした。

「おい、まだ休んでろよ」

「もう治りました」

「何言ってんだ」

修造が江川をベットに戻そうとしていると、そこへ女の人が荷物と花を持ってやってきた。

「卓也、調子はどう?」

「あ、姉さん」

江川ってお姉さんがいたのか。自分のこと何も話さないから知らなかったな。江川より少し年上ぐらいかな?

「修造さん、美春って言います」

身体のでかい修造はベット周りが急に狭くなったので「じゃあ俺帰ります」と江川に目で挨拶して病室を出た。

すると美春が追いかけてきた。

「あの」

「はい」

「弟は高校生の時、三ヶ月ほど不登校だったんです。なのに急にパンロンドに面接に行って働くと決めてきた時は驚いて、随分心配したんです。でも修造さんと約束したからと言って学校にも真面目に行きだしたし、ちゃんと卒業してホッとしました。あの子が変わったのは修造さんのおかげだと思っています」

そうだった、あの時俺が面接して就職が決まった時、あいつすぐ来るって言ったから、学校は卒業する様に言ったんだ。

「電話でも修造さんの話ばかりしているから、私も初めて会った気がしません」

「そうだったんですね、実は俺、江川に会ってから随分変わりました。仕事中何も話さない事が多かったけど。毎日あいつと話ししてるうちに口数も増えてきた。江川と一緒にいると楽しいですよ」

「良かった、本当に。卓也も明るくなったって母も喜んでいます」

美春は嬉しそうに笑った。

「そりゃ良かった」

「あの子、以前は寂しかったんだと思います、父と母は別れてしまって」

「そうだったんですね」

「父親はあまり家にいない人でした。卓也はそんな父親に懐いてなかったんです。反抗ばかりしていました」

「え!あの江川が反抗?想像つかないなあ」

「笑うことなんてあまりなかったわ」

信じられない。

あんなに明るいやつなのに、、、

「俺、謝らなきゃいけない事があるんです。入院したのは俺のせいなんです。休みの日はよその店に修行に行っていて、そこでもライバルがいて気が抜けない。体力が持たなかったんです」

「それ、あの子がやりたくてやってる事でしょう?私から無理しないように言ってはおきますが、元々頑固だから多分聞かないわ」

美春は頭を下げた。

「きっと修造さんと一緒にいたいんだと思います。これからも卓也をよろしくお願いします」

「こちらこそ」と修造も美春に頭を下げて長い廊下を歩き出した。

美春はその背中を見つめながら「本当に初めて会った気がしないわ」と呟いた。

エレベーターに乗りながら修造は考えていた。

反抗的で不登校の江川か、そんなところ全然見た事ないなあ。一生懸命でいつも明るいやつなのに。

きっと俺と江川は良い相性なんだろう。安定してお互いを良い方に高めていけるようになってるんだ。

本当はこの調子で大会まで持っていきたいけど、もう無理はさせないようにしなきゃ。


江川は二日後退院してパンロンドに戻ってきた。

みんなが江川を取り囲んで声をかけた。

「おっ!江川!大丈夫なのか?もう治った?」

「親方、すみません休んじゃって」

「お前の分は修造が頑張ってくれたよ」

「修造さん、すみません」

「江川、これから辛くなったら言ってくれよ」

「はい」

はいと言ったが、江川の頭の中はライバル鷲羽との対決で頭がいっぱいだった。

その鷲羽と園部は二人でスコーリングのデザインを研究したり、先輩の生地作りや技を穴が開くほど見たりして、次に江川が来る時に備えていた。

パンロンドでは、江川はスコーリングの練習をみて貰いながら鷲羽の視線を思い出してイライラしていた。

「江川、怒りながらじゃちゃんとしたスコーリングはできないよ。ギューギュー引っ張るんじゃない」

「すみません、つい力が入っちゃいました」

鷲羽が頭をよぎる

指先がブレる。

落ち着いて落ち着いて、自分の思い描いたラインにカミソリを繊細に入れていくんだ。

「強弱を考えて。

同じラインは同じ深さと速度に気をつけて」

「はい」

「ほら、これをあげるよ」

江川は修造が使っていた2種類のカミソリのホルダーと新しいカミソリの両刃を受け取った。

 

 

それは当たり前の形でどこにでも売っているかも知れないが、江川にとって特別貴重なものの様に感じた。

修造さんのホルダー!

これ僕の宝物になると思うな。

江川はホルダーを持ってパン生地に刃を入れた。

嘘の様に気持ちよくスッと刃が通る。不思議なほど指先の震えがおさまった。

「絶対負けない。ぼく頑張ります」

江川は病院で夢に出てきた情景を忘れないように生地に刻んだ。

「おっ!これ凄いじゃないか」

修造に褒められて江川はストレスが吹き飛んだ様な気がした。


 そしてまたホルツに行く日がやってきた。

今日は修造も加わって四人でスケジュールを組み、仕込み、成形、スコーリング、焼成を行う。生地の発酵中はホルツの職人に混じって成形を手伝ったが、皆修造に色々話を聞きたかったようで話しかける者が次々現れた。

さて、スコーリングの時間がやって来た。

修造が一番にスリップピールに生地を六つ並べてそのうちの三つに持ってきたステンシルを生地に貼り付けたあと、粉を振って剥がした。ステンシルの後が綺麗に残り、そこにひと筋カミソリを入れる。

三人はそれを見ながらどんな風になるのかワクワクした。それを3種類やった後、残りの3つはカミソリのみで素早くカットを入れていった。

修造の窯入れを見た後、江川の番がやってきた。

江川も六つの生地をバヌトンを裏返して並べ、粉を振りかけていき、修造に貰ったホルダーに新しいカミソリを付けたものを滑らせた。滑らかな指の動きで理想の柄をつける事ができた。

実際に焼けてみないと出来栄えは分からないが、江川の動き自体が前とちがう事に鷲羽は焦りを感じていた。

以前編み込みパンで負けた時の事を思い出したのだ。

鷲羽も順番が来て、先輩や、今見た修造の動きを思い出しながらカミソリを入れた。なるべく同じペースを守りイメージ通りのものを意識した。江川には絶対負けたくない!何か意地の様なものが表情に出ていた。

園部はあまり二人の争いには引っかからない様にフラットな気持ちで基本に忠実にカミソリを入れた。

焼成後

四人はそれぞれのパンを並べて前に立った。

 

 

大木はひとつひとつをしげしげ見て心の中で思っていた。

うーん前回に比べると飛躍的に伸びてるな。半端ねぇ。いい刺激になるんだろうよ。昔ホテルのベーカリーで働いてた時、あいつと佐久間と鳥井とでよく練習したもんだ。懐かしいなあ。

修造のは繊細で表現力は文句ない。

江川はよく仕上げてきたものだ、修造とはまた違う繊細なカットで表現できている。

鷲羽は基本に忠実だし、園部は力強い。

「よし、良いだろう。次は全員真ん中でカットして見せてくれ」

「はい」

皆、パンナイフで真ん中をカットして大木に見せた。

「うん、修造はまず悪いところはないだろう、この調子で審査まで持っていけよ。申請書もよく書けてた。あとは飾りパンのデザイン画を描いて持って来いよ」

「はい」

「江川はスコーリングは格段にマシになってる。まだ断面の所々気泡が詰まってるから気をつけろ」「はい、気をつけます」

「鷲羽と園部は先輩のをよく見て勉強していたらしいな、その調子で練習していけ」

「はい」

鷲羽は江川のスコーリングを一つ一つ見て行った。綺麗だな。クソっ!あいついつも課題をめちゃくちゃ練習して来てる。こいつに勝てる様になんとか俺も上に立たないと。

鷲羽は江川と目があった。

そのままお互いジーッと見ていたその時。

「おい鷲羽」

「はい!」

鷲羽は初めて憧れの修造に声をかけられたので驚いて姿勢がどんどん真っ直ぐになっていった。こういうのを『直立不動』と言う見本の様になった。少し顔が赤くなってきた。

「美味いパンって言うのはいつも食べられる当たり前の存在であってほしいと俺は思ってる。だから天候や気温に合わせて種や生地の面倒を見て良い状態で焼成まで持っていく、そうすると美味いものができるんだ」

「はい」

「お前は江川の事をライバルで、戦わなきゃならないと思ってるのかもしれないが、お前がこれから戦うのは自分自身なんだ。お前の作ったものを選んで食べてもらう為にな。それは必ず美味いものでないといけない。形だけ勝っても意味はないんだ」

江川はそれを聞いて鷲羽に悟られない様に心の中で反省した。自分も形だけにとらわれていた。

なんとか上手くつくろって鷲羽に打ち勝とうと。

僕は僕自身にこれからも打ち勝って行かなきゃならない。

「誰が見ても美しく、誰が食べても美味しいもの。世界大会ってその頂点なんだよ。それが俺たちが目指してるものなんだ。その為に練習してるんだろ?」

鷲羽はさっきとは大違いの姿勢で項垂れて修造の言葉を聞いていた。なんなら縮んでいきそうだった。

自分自身!

鷲羽は自己愛が強い反面、自分が他人からよく思われてないことが多いのも分かっていた。不遜で傲慢なので女性社員からはことごとく嫌われて告げ口もされる。先輩も自分の事を可愛いとは思っていない。職場では皆に当たらず触らずにされている。気の合うのは園部だけだった。

修造に可愛がられている江川を見ただけで腹が立つ。

「なんとか努力します」

そう言ったものの、修造の言葉通りにできる気がしない。

まだまだ長い道のりを考えて気が遠くなりそうだった。

そこへ、滅多に喋らない園部が鷲羽に言った「さっきのって、江川への敵対心のボルテージをなんとか自分自身のパンへの熱量に変えろ、そう言う意味なんだな」

「ああ、できるかな俺に」

鷲羽は自分のパンを見ながらその遠くにある自分の十ヶ月後の姿を見ていた。

 

 

 

帰りの電車の中

「江川、疲れたろ?体調はどうなんだ。大丈夫なのか?」

「はい、もう平気です。姉さんに聞きました。修造さんが僕と出会って口数が増えたし楽しいって言ってくれたんでしょ?」

「そ、そうだけど」修造は照れながら言った。

「だからお姉さんに言いました、世界大会に修造さんと出るから見ていてねって」

「へぇ、親方も楽しみにしてるって言ってたよ」

「そうなんですね、絶対絶対行きましょうね」

「うん」

二人の夢を乗せてというか

運行スケジュール通りに

電車は東南駅に向かって行った。

おわり


2021年12月22日(水)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ  ジャストクリスマス


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