パン職人の修造 江川と修造シリーズ ジャストクリスマス
11月の終わり頃、 シュトレンはドイツが発祥で、 「うちは折り畳んで直焼きにするけど、 「はい、以前僕たちが漬け込んだフルーツに洋酒が染み込んで、 「そうそう」
お店では、親方の奥さんがアドベントカレンダーを出してきて、 「これね、アドベントカレンダーって言うのよ。 「わあ〜可愛い!丁度開け終わったらクリスマスなんですね。 お店から聞こえて来る風花達の声に耳をそばだてながら「 と杉本が修造に聞いた。 「 「はー」 「例えば12月24日が金曜日の場合、12月1日からだと3回し
「へー」
「ドイツにいた時は11月になると夜から昼までヘフリンガーで大 「小突かれるなんて切ない思い出ですね」 「家族に仕送りを捻出したんだよ」 「大変だったんだ」心優しい江川が泣き出した。 「江川、大丈夫だよ。いい経験になったし、
そうだ。 毎日お菓子を袋や扉から開けて出すなんて楽しいだろうな。
その横で「クリスマスかあ。あ〜俺、プレゼント何にしようかなあ」 「風花にだろ?」藤岡が返事した。 「そうです」 「趣味が違うの貰ったら嫌だろうから本人に聞いたら?」 「それもそうだけど直接聞くのもムードないなあ。。そうだ! 「ああ、例の鋭い勘でね」 「ははは」杉本は笑って誤魔化した。
12月の始め 田所家では 「ねぇおかあさ〜ん」 「何よ緑ったら猫撫で声を出して」 「あのね、サンタさんにね、 プリムラローズとは今大人気のアニメで、 主人公の赤とピンクの服を着てる子は赤色の口紅を塗ると変身して
お化粧セットとは口紅、ミラー、 「じゃあお母さんからサンタさんにお願いしておくわね」 「ほんと?やったぁ」 緑にはどういうシステムかわからないがお母さんに頼めばなんとか 本当は律子の実家の両親に電話をして前もって送ってきて貰うシス 緑はテディベアはサンタさんからのもう一つの贈り物と思っていた その民族衣装を着たテディベアは本当は修造がドイツからクリスマ
クリスマスは大好きな人と過ごしたい。
風花が大量のシュトレンを包む時にエージレスを入れるのを、 エージレスとは、 なので二人で力を合わせてやると早くできる。 「あのさあ風花」機械で袋を留めながら杉本がそれとなく言った。 「なに」 「、、、俺達クリスマスも仕事だね」 「定休日じゃないって事だけでしょう?当たり前じゃない」 こんなにサバサバと言われてどうプレゼントの話に持っていったら 「ほら早く閉じてよ、エージレスの効果がなくなるでしょう!」 「はいはい」 2人はしばらく黙って作業していたが、急に風花が 「最近ぐんと寒くなったじゃない?」と切り出した。 「うん、朝もここに来る時寒いな」 「、、あったかいものが欲しいなあ」 「缶コーヒー買ってきてやろうか?」 「、、、」 風花は下を向いて黙々と仕事をし始めた。 それを聞いていた藤岡が呟いた。 「勘が鈍いのも見ていて辛いな」
12月のはじめ 夕方職人達が帰った後、修造はヘクセンハウスを作り出した。 パーツは作ってあったので、Puder-Zucker(粉砂糖) 「修造、まだ帰らないのか?」配達から帰った親方が聞いた。 「親方、これ作ったら帰ります」 「すまんな、これ。パンロンドの売上あげる為だろ?」 「俺、勝手させて貰ってるのでこのぐらいさせて下さい」 「俺もやるよ」 「はい」 「どうだい?ホルツの修行は」 「はい、大会を見越して練習しています。 「江川はどう?」 「頑張ってますよ。着実に進歩しています」 「俺、修造が大会に出たところ想像したらゾクゾクするなあ。 「そうなる様に頑張ります」 修造は砂糖菓子のサンタをハウスの前につけながら言った。 「これからみんなにドイツパンを教えて、 「美味いもんな、お前のブレッツェル」 「それしか恩返しの方法がわからないんです。 こっちこそ感謝してるぜ修造、
「親方、泣いてるんですか?」 「いいやあくびしたんだよ、 親方の小さな瞳にキラッと光る水分が滲んでいた。
次の日 藤岡と杉本は一緒にクロワッサンの成形をしていた。 藤岡が杉本に話しかけた。 「あのな」 「なんすか?」 「あったかいものにも色々あるんだよ」 藤岡は整った顔立ちをちょっと近づけて言った。 「はあ」 「例えば?缶コーヒー以外に」藤岡は答えを促した。
「え?俺の心的な?」杉本は自分のハートを指差して言った。 「まあ勿論それもあるけどね。。 「勘が鋭どいんですね」 「俺はね」 え? あったかいものをとりあえずプレゼントすりゃいいんだな? あったかいものそれは、、おれ、
12月中頃 杉本は早番だった。 実家暮らしの杉本の2階の六畳の部屋 ベッド脇の小さなテーブルの上で朝3時半に目覚ましが鳴った。 杉本は手探りで目覚ましを止めてまた手を素早く布団の中にひっこめた。 部屋は冷え切って布団は暖かい。 「うーん起きたくねぇ」 布団の中でしばらく微睡んでいてなかなか出てこない。 「このまま寝ていても、ま、いいか」 すると突然頭の中に風花の怒鳴る姿がうつる。 「何してんのよ!早く起きなさい!」 「うわっ!」
杉本は飛び起きた。 「やべ!あと10分しかない!」 早く行かないとドゥコンディショナーというパンの機械のタイマー 杉本は手早く着替えて家を飛び出し自転車に乗ると全力で漕ぎ出し 「早く〜」 ピューピュー風が顔に吹き付ける。 「寒い」 と、その時「ちょちょ、君待って」 急に声をかけられて追いかけてきた姿を振り向いて見るとお巡りさ 「職質だ!」 職質とは職務質問の事だ。 その若いお巡りさんは、自転車を降りて杉本の自転車の前輪の先を少し足で挟んだ。 まじかに見た制服がカッコいい。 逃げられないようにしてるのかと杉本が思っていると優しく話しかけて来た。 「君、何してるの?」 「今から仕事なんです」 「名前は?」 「杉本龍樹」 「住所は?」 「そこの青い屋根の家です」 杉本は元来た道のずーっと遠くに見える自分の家のシルエットを指さした。 「職場はどこなの?」 「ここからすぐのパン屋です。パンロンドって言います」 「ああ!あの髭のお兄さんのいる所?」 どうやら修造もよく声をかけられるのかお巡りさんも知ってる様だ 「そうですそうです!あと1分で遅刻ですよ」 「そりゃ大変だ!気をつけてね」 お巡りさんは杉本の自転車から足をどけて横に移動した。 「はーい、お疲れ様でーす」笑顔を作ってお巡りさんに爽やかにそう言った後、自転車に乗って猛ダッシュで自転車を漕いだ。 「もう遅刻だよ」独り言を言い、 「おー!寒ーっ」 「確かに!あったかいものが欲しい!」 杉本は1人で声を強めた。
夕方、 「曲がってるわ!丁寧に付けないとお客様に選んで貰えないじゃない! 「はいよ!風花。聞いてくれよ!俺、今朝職質されたんだよ」 「顔が怖かったからじゃない?」風花は笑いながらからかった。 「まあ、そうかもな。遅刻しそうで凄い顔で自転車乗ってたし」 「何時ごろなの?」 「4時ギリギリだったよ」 「えっ」 「10秒前だった」 「そんなに早く?」 「遅く、だよ。寒かったな」 「そうなのね」 風花は何か考えてる様だった。 また黙って包み始めた。 「何?急に」 「なんでもないよ。ねえ、疲れてるんじゃない? 「平気だよ俺若いし」 「私よりって事?」杉本より2歳年上の風花はちょっと口を尖らせ 「そんな訳じゃないよ!」 勘の鈍い杉本もさすがにいくつでも歳の話はデリケートだなと思った。
クリスマス前は心がウキウキする。。 職場と学校から別々に家に帰って来た修造と緑は、一緒に手作りのア 「今日はチョコレートクッキー!」 緑は中に入っていたキャンディ包みになったカフェーシュタンゲを2つ出 修造の作ったアドベントカレンダーは小さな紙袋に1から24迄 順番に毎日ひとつずつ外してお菓子を食べる楽しいものだ。 「はい、お父さんに一つあげる」 「優しいね、緑」 「お父さんにだけよ」 「ありがとう」 修造はチョコクッキーを緑と分けて、 いいもんだなあ、こういうの。 チョコ以外にも甘い時間だった。 「緑はいい子だからサンタさん来るよね」 「ウフフ」 二人で見つめあってニッコリした。 「くすぐったいよ緑」 「アハハ」 うわ!可愛い。 心から愛情が染み出す、緑の笑顔を見て温かな幸せを噛み締めた。
アドベント第4日曜日の次の日、あと何日かでクリスマスだ。 夕方、杉本と風花は2人で帰る所だった。 風花の家はパンロンドから近くて送っていくのもあっという間だ。 風花は以前カッター男に襲われたので、杉本は怪しい奴がいないか通りをチェックしていた。 商店街を歩きながら「年末って感じね」 2人は慌ただしく歩く街の人たちを見ていた。 「あれ?龍樹じゃん」 急に呼ばれて声のする方を見ると制服を着崩した派手な女子高生が 「あ、結愛(ゆあ)」 「久しぶり!龍樹が高校急に辞めちゃって寂しかったんだからね」 結愛は杉本の腕を掴んで自分の方に引き寄せた。
「行こう!」 「いや、行こうって、、」 杉本は風花の方を見た。 「どうぞ、ウチはすぐそこだからもう帰るね」 きっぱりとした口調で風花が言った。 ちょ、ちょっとぐらいあるでしょ? 誰よこの女とか、私の事どう思ってるの?とかないの? さっさと行ってしまう風花の背中を見送った。 「結愛、今彼女と歩いてただろ?行こうってなんだよ」 「だってぇ、久しぶりだったしぃ」 結愛は腕を組んだまま右の足首をクネクネさせて口をとんがらせて杉本を 「高校はどうなんだよ、もう高3だから進学か就職だろ?」 「ヘアメイクの専門学校に行くつもり」 「へぇ」 「ねぇ、さっきのと付き合ってんの?なんかおばさんっぽくない? 杉本は風花がこれを聞いてなくて心からほっとした。 「おばさんってなんだよ、 「龍樹は私といる方がお似合いだよ」 結愛はショーウィンドウに映った自分達を指差して「ほら」 確かに金色に髪を染めた杉本は、派手な出立ちの女子高生と釣り 杉本はガラスに映った自分の姿をマジマジと見ながら言った。 「結愛、俺がしっかりしてないだけなんだよ、俺は今。 「パン屋で働いてんの?」 「そこでは俺をちゃんと導こうとしてる人しかいないんだ、
次の日、江川と修造はパンロンドでバゲットを成形していた。 杉本と風花が一言も口を聞かないのを見て、「 「ケンカかな。ほら真っ直ぐに生地を置いて、 「あ、はい」 コンテストに出るなら一人で全てできなくてはならない。 まだまだ道のりは長い。 「明日からロールインをしてみよう」 「はい」 ロールインとはクロワッサンの生地を薄く伸ばしてシート状にした その時 「うん?」 「あれ?」 修造と江川は同時に顔を見合わせた。 「杉本!焦げ臭くない?」 「えっ?」杉本は慌ててパンを焼く窯の真ん中の扉を開けた。 「あーっ!」 みんなも「あっ!」と言った。 窯の中のラスクが鉄板4枚とも真っ黒になっていた。 「やっちまったものはしょうがないよ」 親方が窯から真っ黒になったラスクを出した。 「親方すみません、上火150度のところ250度にしちゃいまし 「あるあるだな」 みなそれぞれうっかりパンを焦がした事があるので寛容だ。 今日は特に機嫌の悪い風花以外は、、 「あ、ごめんね。焦がしちゃった」 冷たい目で見てくる風花に言った。 「昨日遊びすぎたから頭がぼーっとしてるんじゃない?」 「あの後すぐ一人で帰ったよ」 「本当かしら!つまんないことばかり考えてるから失敗するのよ」 ちょっと自分でも驚くほど冷たく言い放ってしまった。 杉本はそれ以上声をかけなかった。
「風花」 「なんですか修造さん」 普段話しかけてくることのない修造が店にパンを盛ったカゴを持っ 「あいつ、 「わかってるんですけど、、、」 風花はパン棚の方を向いて持っていたトレーのパンを並べ出した。 修造は背中に向かって言った。 「素直になってやれよ」 帰り道、風花は暗い気持ちになっていた。 いつもギスギスしちゃうのは私のせいなんだわ。 冷たい口調で厳しい事ばかり言ってしまう。 私達合わないのかも、気持ちも見た目も。 商店街はクリスマスソングが鳴り、買い物客でいっぱいだった。 下を向いて歩いていると「おばさん」 「おばさんってなによ!」 風花はイライラした。 「二つしか違わないのに!」
「私さぁ、昨日龍樹を見てびっくりしちゃったんだよね。 「ふーん」 「今は龍樹を導こうとする人しかいないとか言っちゃってさぁ」 「あんたもそうなの?おばさん」 「おばさんじゃないってば!」 「龍樹に言っといてよね、また遊ぼうって。ほら、 「あんたとはさぁ」風花をジロジロ見て「違うよねなんか」 風花は言い返した。 「龍樹はだんだん変わってきたわ。 それなのにいつもきつく言ってしまう。 これじゃあダメよね。 風花は心の中で反省した。 「朝だって超早く起きてるんだからね! 最後にキツい口調で言った。 「私が一番知ってるの!二度と邪魔しないでね」 風花は4人の包囲を突き破り、歩幅を大きくして 「結愛!、あんなおばさんほっといて行こう!」 「うん、、、」 龍樹は私達より先に大人になっちゃったんだ。 そう思いながら結愛はポケットに手を突っ込んでブラブラと元来た
杉本はため息をつきながら東南駅の近くにできた巨大なショッピン 「今日失敗したし、風花は冷たいし、ついてねぇ」 俺、勘も鈍いそうだし。 今日の風花は一際キレ味が良かったな。 自分で言う事じゃないなあ。 「色々寒い」 杉本はそう言いながら店の中に入った。 「いらっしゃいませ、今日はどうなさいますか?」 「普通っぽくできますか?俺、心を入れ替えるんで」 「はい!心を入れ替える為に普通っぽく入りまーす」 まだ新しい建物の匂いのする店内で店員さんが言った。
杉本は用を済ませたあと、色々な店を回った。 「それにしても色んな店があるもんだ」 モールから外に出て歩いていると、 「あ、風花」 「あ」 「髪の色が茶色になってる」 「俺、変わろうかと思って」 杉本も横に座った。 「風花」 「龍樹、今日はごめんね。言い過ぎだよね、あれ」 「いや、気にしてないよ」 風花はホッとしてうっすらと涙目になった。 「 「あのさ、俺パンロンドに入って来た時すぐトンズラしようと思ってたんだ」 「トンズラ、、、」 「だけど修造さんがいて、親方がいて、藤岡さんがいて江川さんがいて、そして風花がいて。みんなが俺の面倒を見て、仕事も面白くなってきたし辞めれる訳ねえだろって今は思いだして」 風花は黙って聞いていた。 「俺には風花みたいなしっかりした人が必要なんだ。俺は風花がどんなにきつく叱ってきても全然悪い気がしない。 風化は顔が赤くなった。 「私、いつもそばにいてくれる人がいいの。振り向くといつも見ていてくれて、 「それって俺のことだね」 風花は下を向いて頷いた。 「でも、1人でどこかに行くんなら私多分3日で嫌になっちゃうか 「3日!短すぎるだろそれ」 「冗談よ。じゃあ一週間ね」 「わかったよ一週間以上何処かに行かない」 「フフフ」風花はこのやりとりが面白くてはじける様に笑った。 そしてグリーンの包装紙に赤いリボンの包みを渡した。 「私ねクリスマスプレゼントを買ったのよ」 「えっ」 「はいこれ」 俺にプレゼント! 「やった!」 「先こされちゃったけどこれ」 そして似たような大きさのプレゼントを風花に渡した。 「あ!」包みを丁寧に開けた風花が言った。 「同じマフラー!ウフフ」 「店員さんが言ってただろ。これが一番あったかいって」 ほんとあったかいわね うん、あったけえ 俺たちお似合いだな
おわり — ——————————
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パン職人の修造 江川と修造シリーズ お父さんはパン職人
パン職人の修造 江川と修造シリーズ お父さんはパン職人
今日は修造の二27歳の誕生日
家族3人で仲良く夕飯の準備中。
修造はじゃがいもとソーセージにカレー粉を準備して「今日はカリーヴルストだ」と自分の好物を作ろうとしていた。
右のコンロでフライドポテトを揚げて、左のコンロでソーセージを茹でていた。
ドイツでは夕食はカルテスエッセン(冷たい食事)が定番だが、我が家ではあったかい料理も欲しい。
修造が立っているキッチンの後ろには4人掛けの椅子とテーブルがあり、そこでパンとサラダとハムとチーズを皿に盛りつけながら七歳にな
「ねえ、お母さん」
「なあに?緑」
「よりってなあに?」
「より?なになにより大きいとかのより?」
「ううん」緑は首をふりながら言いにくそうに言った。
「あのね」
「うん」
「昨日紗南ちゃんのうちに洋子ちゃんと遊びに行ったらね、紗南ちゃんママがね、緑ちゃんパパは家出してたけど最近帰ってきて奥さんとよりが戻ったのねって一緒に来てた洋子ちゃんママに言ってたの」
一瞬、緑ちゃんパパって誰の事かわからなかった。
緑ちゃん
パパ
俺?
「ええっ!」
丁度フライドポテトを揚げていた修造は、驚いて網付きバットを持った自分の指に熱々のポテトを置いた。「うわっち!」
あわてて冷水で指を冷やしながら律子を見た。
律子は修造にすまなさそうに「ずっとそんな噂があるのよ。保育園のお友達のお母さんは今ではみんなわかってるんだけど、近所でもお父さんは出て行ったのねって言われてたし、小学生になってからまたその噂が再燃したみたい」
なんだか立つ瀬がなくて立ってる床が抜けそうな錯覚に陥った。
「律子ごめん」と謝るしかない。
「紗南ちゃんと洋子ちゃんも最近お友達になったから、何も知らなくて噂を信じてるのよ。私から言っておくわね」と言って早速電話の受話器を手に取った。
律子は腹を立てている様に見えた、その腹立ちは[なんとかママ]にではなく簡単に噂を信じてそれをまた尾ひれはひれを付けて広める不特定多数の人達に対する漠然としたものの様に思えた。
緑のお友達のお母さんに1人ずつ電話して丁寧に説明をした「ええ、そうなんですよ。うちの主人はマイスターになる為にドイツに修行に行ってたんですよ。オホホホ。まあ、別居といえば別居ですけれども。ええ、それではまた」
オホホホという言い方にわかったか?という裏側の言葉が見えてちょっと怖い。
そして緑に「よりを戻すってね、一度離れたけど元通りになったって意味よ」と律子は説明を続けた。
「お父さんはね、ドイツにパンの勉強をしに行っていたのよ。だからほら!」と言って壁にかけてあるマイスターブリーフを見せた。
「これはね、お父さんがドイツに行ってパンの勉強をして合格したっていう証明書なのよ」
明らかに他のポスターとは違う、価値のあるそれは緑にもとても大切なものだとわかっていた。
「それにね、お父さんとお母さんはとっても仲良しだからね」
「知ってる」
緑は修造が帰ってからというもの毎日ベタベタ仲良しな両親を見ていて他のお家もこうなのかしらと思っていたが、どうやらそうではない様だと最近はわかってきた。
「洋子ちゃんのおうちはお父さんとお母さんが、もう1年ぐらい話してないんだって、一緒のおうちの中にいるのに」
「へぇ〜」
そして緑は修造に「今度の休みの日に学校から帰ったら一緒に空手に行って。田中師範がたまにはおいでって」と言ってきた。
「勿論だよ緑!夕方行こう!」
修造はやっとこの話が終わったのでホッとした。
田中師範とは修造が住んでるアパートの近くの公園で知り合った空手の師範で、小学校や神社でも子供達に空手を教えている。半年ほど緑と通っていたが、修造は最近休みがちだった。
「次の休みといえばホルツに行く予定なので帰ったらすぐ行こう」
「さあ、2人とも座って!お父さんのお誕生日のお祝いをしましょう」
「はーい」
修造は〇〇ちゃんママ達の事をベッカライホルツに行く電車の中で江川に話した。
江川は嬉しそうに「緑ちゃんパパって呼ばれてるんですか?」と言った。
自分の想像もしない所で修造が違った呼び方をされているのが不思議で新鮮だったからだ。
「そう」
修造もそれが不思議だったが、考えてみれば誰がどの親かわかりやすい呼び名だ。苗字も名前も知らなくても子供の名前さえ判っていれば使える。
「さあ、今日もホルツで練習だ!」
修造はホルツに着く手前で張り切って言った。
「はい。僕この間、鷲羽君と勝負した時に6本まで編み込みパンを作ったんです。だけど思ってたより早く鷲羽君が俺の負けだって言ったので親方に習った[ぶちかましスペシャル]は使わなかったんです」
ぶちかましスペシャルってすごい名前だなあ。修造はフフフと笑った。
「一体どんな編み込みパンなんだろう」
「いつか見てもらいますね、緑ちゃんパパ」
「江川まで!やめろよ、、」修造は顔が赤らんだ。
「冗談ですよ、修造さん」
江川が楽しそうに笑いながらホルツに着くとみんなが挨拶してくれた。
鷲羽には自分から「鷲羽君おはよう」と挨拶した。
鷲羽は江川の方を見て照れ臭そうに頭をペコっと下げた。
江川に対して勝手に勝負を挑み、しかも負けた事で大木に注意を受けて、今日は大人しくしておく様に言われていた。
さて、別室で今日も第一審査に送るパンの練習が始まった。
今日は提出するパンの練習を通しでやってみる。
大木は『修造はちょっとしたアドバイスで大丈夫そうだが、江川は細かく見ておかないといけないな』と思っていた。その為捏ね上げから細かく教えていた。
大木がついていて、指導している時は良いが、1人で成形させてみると焼いた時に生地の裏がはじけて割れる。
「少し下火が弱かったな」
「僕まだそこがちょっとわからなくて」
「上手くやろうとして逆に締めすぎてるんだよ」大木もそう言っていた。
「はい」
「発酵も少し若めに焼いてしまったな」
「はい」
江川はまだタイミングがわからなくて悩んでいた。
こんなとこ鷲羽君に見られたらいやだなと思ってドアの外を見たが、職人たちは大木に仕事に集中するように言われていたので誰もいなかった。
ほっとしている江川に大木が釘を刺した。
「江川」
「はい」
「分かってると思うが一次審査は誰でも応募できる」
「はい」
「勿論、鷲羽や園部もだ」
「え」
「つまり沢山の職人が応募するってことだ。一回一回の練習を大切にな」
「はい!」
帰りの電車で不安そうな江川に声をかけた「パンロンドでも生地の発酵と焼く時のタイミングを学ぶ為に色んな人の仕事を見ていくといいよ。明日仕込みはやるから成形に参加させて貰って」
「はい、僕今日初めて沢山応募者がいるんだって気が付きました。もっともっと練習します」
「ライバルは多そうだね」
俺ももっと勉強しないと。自分も同じ立場なんだ。
一次審査は全国から技術の高いパン職人が大勢応募してくるだろう、それに選ばれるようにならないと。
修造と江川はそれぞれ決意を新たにしていた。
「おかえりなさーい、お父さん空手に行こう」アパートに帰ると緑が待ち構えていた。
「うん」
夕方、東南小学校の講堂でやってる田中師範の空手道場に行き道着に袖を通した。
「道着はいいな。気持ちがしゃっきりする」
修造は故郷の空手道場で黒帯だったが、今の所では白帯からやり直し、古武術も習っていて今は五級になり帯の色は紺色だ。
「師範ご無沙汰しています」
「よくきたね。緑ちゃんとヌンチャクを練習して」
修造はヌンチャク「一之型」を練習中だがそれも久しぶりだ。
習いはじめは後ろ手で掴むのも先がブレて上手く掴めない。
右で後ろ手に回したあとまた左手で掴んで後ろ手にまわすのも早くできるようになってきた所だ。
脇にヌンチャクの先を挟み素早く見えない相手を攻撃して元に戻す。回す方が掴む手より早くて指先に当たった。
「イテッ」指をさすりながらその動作を何度も繰り返し練習した。
形の動きも何度もやってるうちにスムーズになってくる。
「おっ!段々できてきた?緑」
「お父さん上手くなったね、次はこうよ」
緑は右手で掴んだヌンチャクの先を後ろに回し、左手で掴んでまた後ろに回して右手で掴んだ。
「これを繰り返して」
「はい」
修造は丁寧に小さなヌンチャクの先生に返事して何度かやってみた。ピュンピュンと回してるうちに段々とコツを掴んでくる。
「緑先生どうですか?」
すると緑は結構上手くシュッシュッと回して見せた。
「敵わないなあ」
鏡を見ながらやるといいな。
何度もやってると突然手がヌンチャクになじんでくる。
おっ!俺、何かコツを掴んだな。
感覚だな。あとは練習だ。
自転車を漕ぐのもヌンチャクの練習もパン作りも一度自分のものにしたらずっとできるんだ。
コツを掴む。行き過ぎは良くない、加減を知る。そして何度も練習だ。
そうだこの話を江川にしてやろう。今日は来て良かったな~
仕事中、修造が江川に昨日の力加減の話をしてバゲットの成形を見ていた。
「生地が荒れたり絞め過ぎないように力加減を調節するんだよ」
「はい」
その時配達の郵便局員が来てパンロンドの奥さんが受け取った。
「田所修造様って書いてあるよ。はい」と言って修造に茶色い封筒に入った分厚いものを渡した。
「なんだろう」
開けるとフランスパンの製法が書かれている洋書の翻訳本が入っていた。
送り主の名前も住所も書いていない。
「親方、本を送ってもらいましたか?」と聞いた。
「え?本?なんの事?」
「親方じゃなかったんですね、本が送られて来たんですが名前も何も書いてなかったんです」
「へぇ〜それは気になるなあ。他の人かもね」
「そうですね」
大木に電話した「あの、本を送って頂いてありがとうございます」
「本?どんな?送ってないけどなあ」
「え?そうなんですか?失礼しました」
修造は鳥井に電話した「あの〜本を送って頂きましたか?」
「いいや、私ではないよ」
「わかりましたすみません」
それから会う人会う人に聞いてみたが皆知らないという。
「誰なのかなあ。江川?」と聞いた。
「僕じゃありません」
「うーんわからないなあ」
俺宛なんだから読めって事なんだ。
ひとまず誰からかとか忘れて読もう。
本の内容はフランスの高名なシェフがパンの歴史や製法、作り手の心構えについて細かく書いてあるものだった。
発酵のところにメモが挟んであった。
『必ず一番良いポイントがやってくる。 その時をじっと待つ事だ』
この字、誰の字だろう。このメモの文字、、、
これって丁度江川の悩んでいるところだけど関係あるんだろうか?
本には詳しい製法が段階を踏んで細かく書いてあった。
新しい発見があり、読むたびにそうか。そうか。と納得していた。
そして何時間も本を読み耽った。
ソファに座って真剣な顔をしている修造。
緑はそれを台所のテーブルから見ながら作文を書いていた。
この作文は今度の授業参観でみんなが読む予定だった。
テーマは自分の家族について。
原稿用紙に2Bの鉛筆で書いていて、緑は思い出した事があった。
お父さんがドイツからおうちに帰ってきた時
ドゲザ
してるのを見たわ
大人のドゲザ
「律子、緑すまなかった」って
その時お母さんはお父さんの背中をさすって泣いてた。
お母さんは怒ってなかった。
お母さんはお父さんを大好きなんだわ。
それに
お父さんにとってパンを作るのはとても大切な事だったんだわ。
私はそんなお父さんとお母さんが大好き。
緑は難しいところは律子に見てもらいながら作文を一生懸命書き出した。
「修造、今度の火曜日は休みなんでしょう?」
律子が聞いてきた。
「うん」
年末でホルツもパンロンドも忙しくなるから今年はもう練習は無い。
「じゃあ緑の授業参観に行きましょうよ」
「うん」
楽しみだけど、なんとかママが沢山いるので修造はちょっと怖かった。
もう誤解は解けたのかなあ。
火曜日、緑は学校に行く時
「お父さん」
「なに?」
「綺麗にしてきてね」緑は顎のあたりをトントンと触った。
緑に厳しく言われてすぐにカットハウスに行き「とりあえずすっきりさせて下さい」と言って髪を短くして髭を剃って貰った。
学校に着いて律子と一緒に緑の教室一年二組の後ろの戸から入る。
平日だからかお母さんが多い。
〇〇ちゃんママ達は修造をチラチラ見ていた。紗南ちゃんママと洋子ちゃんママもこっちを見ている。
うっ、ただ見てるだけかもしれないのに緊張するな。
修造は誰とも目が合わないように真っ直ぐ前を向いていた。
始業のチャイムがなって先生が入ってきた。
先生が挨拶して「今日は生徒の皆さんに順番に作文を読んでもらいます」と言って順番に生徒たちに作文を読ませた。
「次は田所さーん」緑が立ち上がって作文を読み出した、
それはこんなタイトルだった。
【お父さんはマイスター】
「私のお父さんはパンロンドというパン屋さんで働いています。お父さんはパンを作るのが大好きです。大好きすぎて外国に行って勉強していました。毎年クリスマスになると民族衣装を着たテディベアを送ってきてくれました。そのあとテストがあってお父さんはマイスターになりました。そして私が保育園に行ってる時に帰ってきました。外国にいて、きっとお父さんが1番寂しかったと思います。だって日本に帰ってきて走って私達に会いにきた時、とても泣いていたからです。その時に作ってくれたクラプフェンというジャムの入った揚げパンがとてもおいしかったです。お父さんの作るパンはとても美味しいです。私も大人になったらパン職人になりたいです」
読み終わったあと、緑は修造の方を見た。
「お父さん泣いてる」
修造の眼から大粒の涙が溢れていた。
緑ありがとう。
なんて良い子なんだ。
律子良い子に育ててくれてありがとう。
パン職人になりたいのか、そうか。
そう思うと
修造は感動してまた泣けてきた。
律子はハンカチを渡してそっと修造の手を握った。
それを見ていた〇〇ちゃんママ達は緑と修造に拍手を送ってくれた。
修造はしばらくみんなから泣き虫パパと呼ばれていた。
おわり
パン職人の修造 江川と修造シリーズ 六本の紐 braided practice 江川
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
六本の紐 braided practice 江川
こんにちは、いつも読んで頂いてありがとうございます。「パン職人の修造 江川と修造シリーズ」これまでのあらすじを親方が説明します。
よう!
俺は関東にあるパン屋のパンロンドのオーナー柚木阿具利(ゆずきあぐり)だ。俺は二十五の時に夫婦でパンロンドを開店した、その五年後、全国の高校に求人を出して色んな場所から来た学生を面接したんだ。
その中の一人に九州出身の田所修造(たどころしゅうぞう)がいた。
あいつは一言でいうと「熱い男」だ。
口数は少ないがいつも真剣にパンと向き合ってる。奴は結婚して子供が生まれた後、ドイツに修業に行きたいって言いだした。よく考えた末らしいので奥さんと子供は俺達夫婦が面倒見る事にして、奴は旅だったんだ。
5年って長いようであっと言う間だったなあ。
修造は帰ってからすぐ奥さんに許してもらって家族で上手くやってるよ。
その後若者の職人何人かを育てていて、その中でも熱心な19歳の江川卓也(えがわたくや)と世界大会を目指すと決めてきて、今度パン界の重鎮ベッカライホルツのオーナー大木シェフの所で修業をするそうだ。
さあ、今回はどうなるかな?
六本の紐
江川と修造は二人で世界大会に出ると約束をした。
修造はベッカライボーゲルネストの鳥井に世界大会に出ると約束した次の日、江川と二人でもう一度業界最大のパンやお菓子の展示会に行った。
そこで行われているコンテスト『パン職人選抜選考会』に出場している高い技術の職人が作ったパンを感心して眺めていると、大会の重鎮ベッカライホルツのオーナーシェフ大木が声をか
「
「そう、よろしくな江川」
「こんにちは、よろしくお願いします」
「俺達いつシェフの所に行ったら良いですか?」
「そうだな、お前達次の休みはいつなんだよ」
「火曜日が休みです」
「そうか、じゃあ次の火曜日に来いよ」
「はい、お世話になります」と二人で大木に頭を下げた。
次の日の昼頃
パンロンドで作業中、修造が江川に声をかけた。
「江川、明日早番だろ?あれとあれ忘れないでやっといて。」
「
追加のあんぱんを成形しながら、それを聞いていた杉本が藤岡に「あれとあれってなんですかね?」
藤岡は、パイローラーという機械でクロワッサン用の生地を薄く伸ばして、運びやすい様に巻き、それを成形台の上に広げながら言った「
「
「
「
「そう!あれ取ってくれよ」
「
「やっぱ勘の問題だけじゃないかもね」
火曜日
今日は大木シェフの店に初めて練習に行く日だった。
修造と江川は東南駅の改札前で待ち合わせしていた。
「修造さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
江川は元気いっぱいに挨拶した。
「お前その服どこで売ってるの?」
修造は江川の服装を見て驚いた
色合いもデザインもちょっと他にはない。
「僕古着屋さんとか巡るの好きなんです。
「へぇ〜」
失礼とは思ったが江川の服をしげしげ見ながら修造は思った。
こいつかなり個性
そう言えば通勤のときの格好も結構派手な服装が多かったな。
「俺なんて白いTシャツしか持ってないもんな」
「色んな服が似合うと思いますよ。今度僕が買ってきてあげましょうか?」
「えっっ!いや~遠慮しとくよ」
そんなやりとりをしながら善田駅の階段を降り、中央口から歩いて10分。大木シェフの店ベッカライホルツにたど
ホルツの店の前には沢山の客が並んでいて、その横を通り過ぎて従業員用の裏口を探して戸を開けた。
「ようこそマイスター!」ホルツで働く者達が威勢よく声をかけてきた。
工場で働く従業員からは歓迎ムードが漂い、
10人ほどの職人が二人を取り囲み皆修造の経歴や体験を聞きたがり
ここにはやる気のある人しかいないんだ。
みんなが一流を目指す意識の高い人が集まってるんだな。僕のイメージしてたパン屋さんとは雰囲気が違うな。
江川は修造を取り囲む人達を見ながらそう思った。
そして少し気後れした。
ここからしたらパンロンドってアットホームだな。
そのうちに大木シェフが奥の事務所らしい所から現れ、皆素早く元の持ち場に戻って行った。
「2人ともよく来たな」
「さあ、じゃあ早速練習場と言うかパンの学び小屋と言うか、
「更衣室を案内するから着替えたら来てくれよ」
「はい」
その別室は工場の奥の廊下から繋がっていてガラス戸や窓からから
白い壁の小さな建物の下半分がアルミ、
「
パンロンドしか知らない江川は何もかもが珍しくてキョロキョロし
パンロンドでは親方が開店当時大枚をはたいてフランスから取り寄
「カッコいい」
憧れ半分、緊張がその半分、残りは修造がいる安心感。
今日は生地の仕込みを見せて貰い二人とも別々に仕込みをして、
規定の同じ重さ同じ長さに成形できるか、
職人達はかわるがわる修造の成形を見ていた。
みな工場に戻っては、修造の作業について理想的だとか他のやり方と
一方の江川は初めて通しでやってみたので中々上手くは行かない。
一つ一つの工程を大木にアドバイスを受けながらやってみたが、
大木は江川に「まだ9ヶ月あるからこれからだな」
「今日はありがとうございました」
帰りの電車の中で「みんな僕が下手くそだから見切ったのかな」
と思っていた時、修造に「今日は通しでやってみてどうだった?
「おっ!やる気あるじゃないか」
「えへへ」
江川は東南駅の階段を降りながら「修造さんってすごい人なんですね。みんなの尊敬の眼差しがすごかったです」と言った。
「そんなことないよ、みんな物珍しがってるだけだよ」
「僕も修造さん目指して頑張ります」
「そうだな、一緒に頑張ろう」
「はい」
「じゃあまた明日」
帰ってからノートを書いて江川はちょっと不安になった。
いや、
ホルツの職人の何人かが自分に向けた厳しい目をしてたのを思い出す。
「今度行った時も修造さんから離れないようにしよう」
次の練習の日、駅前で待ち合わせしていると修造が自転車で来た。
「おはようございます修造さん」
「あのさ、江川。
「え!僕一人で行くんですか?」
「そうなんだよ。頑張れよ」
江川はとりあえず電車に乗った。
「どうしよう、不安しかないや。僕無事に帰れるかな」
ベッカライホルツには工場に従業員が8人いた。
8人が必死になってパンを作ってもまだ足りないぐらいだ。
「江川さんこんにちは」
「こんにちは」
名札に北山と書いてある江川と同じ歳ぐらいの職人が「あの、
「えっそうなんですか?じゃあ僕帰ります」
「
「逃げられないようにしてるのかな」江川は怖くなった。
そして工場の真ん中に立たされて一緒に成形をしだした。
「
パンロンドの何倍もの仕事量を皆てきぱきとこなしている。
みんな凄いな、動きが正確で素早いな。
「江川さん遅いですよ」
「早くして」
それがそのうち「
北山が「きつく言わないでよ可哀想でしょ。イライラしないで」
「ハン!」と鷲羽は言い放ち「こんな奴が世界大会!
「まだ9ヶ月あるんでしょう。分からないじゃない」
「分かるだろ!無理だよな?」と江川の顔を覗き込んで言った。
「
園部と名札に書いてある職人が江川と鷲羽に生地を渡し
それは丸められた生地が何個もバットに並べられた菓子パン用の生地で、江川に1枚、
「
「僕、何回かしかやった事ありません」
「仕方ないなあ。
鷲羽が4つの生地を細長く伸ばしてそれを3つ編みならぬ4つ編み
4つ編みパンも色々な編み方があるが、鷲羽がやったのはこうだ。
まず、4本の生地を細長く同じ長さ、同じ太さに伸ばし、1番上で4本を留める。
4本のうち左の生地をその隣の生地の上に持って行く、右の生地を隣の生地の下にする、真ん中の生地は右のを左にする。するとまた新たに4本の生地が並んだので同じように動きを繰り返し、最後の端まで編んだら両方の先っちょを下に入れ込んで体裁を整える。
基本は必ず次の動きの為にクロスしたところの体裁を整えてから次の編み込みの動作をする。編み込みの最中常に中心軸を意識して編んでいくと美しさが保てる。
「こんな感じだよ」
鷲羽はいくつか成形して天板に並べてラックに挿した。
「よし!じゃあ成形を始めよう、まずは3つ編みから」
鷲羽は自身満々で成形を始めた。
江川も3本の細長い生地を並べて成形しだした。
出来上がった3つ編みのパンを二人で並べて見比べた。
「次は4つ編みパンだな」鷲羽は張り切って成形し出した。
江川も生地をなるべく同じ長さに伸ばした。
「あー、、」
江川の編み込みパンは網目が詰まってるところと伸びたところの差
「よし!決まった!
「そんな事勝手に決められないわよ」
それは前回の成形と今日の仕事ぶりを見ての総合的な評価だった。
鷲羽は江川に「お疲れ様でした」と言って、また肩に手をやり、
そのあと江川はどうやって店を出て電車に乗ったのか分からない程
ぐうの音も出ない、
住んでいるワンルームマンション『東南マンション』の3階の部屋
今日一日の事が何度か頭を巡る。
僕ってそんなに遅くて下手なのかな。
パンロンドで修造さんに面接して貰って採用して貰ってから、
僕もうやめた方が良いのかな。
その方が修造さんの為なのかな。鷲羽君、仕事も早いし成形も綺麗だったな。
江川は枕に顔を埋めて「嫌だ」と言った。
次の日、誰が見てもしょんぼりしてる江川を見てパンロンドのみんなは驚いた。
「江川、昨日何があったの?」修造が聞いても「何もありません」
倉庫に物を取りに来た時、藤岡も材料を取りに来て「どうしたんですか?」と聞いた。
「
「何故ですか?」
「僕、4つ編みパン対決で鷲羽君に負けちゃったんだ。
江川のやるせない言い方を聞いてよっぽどな事があったんだなと悟
「そんな事で負けた気持ちになってるんですか?
藤岡は続けた「俺は江川さんに頑張って下さいねって言いましたよね、
「でもそれは、、」確かに
「本当にそんな事で諦めて良いんですか?修造さんは江川さんとぴったり息を合わせようとしてるんじゃないですか?
江川はうわーっと叫びそうだった。
「嫌だ」
「じゃあ答えは簡単です。そいつをぶち負かして下さいよ。
「藤岡君」
藤岡君も出たかったんだ。
「ごめんね、僕やっぱりもう一度やるよ」
「はい」
「鷲羽君に勝つよ」
江川は帰りに粘土をいっぱい買って編み込みのパンの練習を始めた
誰よりも早くそして綺麗に
誰よりも早くそして綺麗に
と、呪文のように繰り返した。
次の日、藤岡から事情を聞いた親方が「おい、
「段々うまくなってきたじゃないか」
親方に優しくして貰って江川は初めて泣けてきた。
「はい」
「よし!俺がぶちまかしスペシャルを教えてやる」
修造はそれを工場の奥で生地を作りながら見ていて「3つ編みパンで何かあったのか?」と言った。
「ホルツにも修造さんと組みたい奴がいるんですよ」とそばにいた藤岡に言われ「ええ?ホルツの職人が?一人で行った江川に何か仕掛けてきたのか?」「その様ですよ」
「江川」
「はい」
「次の火曜日ホルツに行くことになってるけど」
「その日僕も一緒に行きます」
「そりゃそうだろ、と言いたいところだが、
「はい、
「鷲羽?」
「はい」
「行って大丈夫なのか?」
「はい、僕行きます、行かないわけにはいきません」
ホルツに再び行くのは3日後、江川は
とうとうホルツに行く日が来た。
江川は修造と東南駅前で待ち合わせて、
「おはようございます」
何人かは大木シェフの決めたことなんだからそりゃ来るよねと思っている様だったが、他の者は江川が意外とメンタルが強い事に驚いていた。特に鷲羽は。
2人は着替えて練習場に行き、今日もまたバゲットの練習をした。
通しで仕込みから焼成までを、前々回大木シェフの行った通りやってみた。
「こないだよりマシになったな」大木は江川を見て言った。
「ありがとうございます。
「おう、頑張れよ」
「はい」
江川はドアを開けて工場の中の鷲羽を見た。
「なんだよ」
「僕ともう一度勝負して下さい」
北山は江川と鷲羽の前にそれぞれ生地の入ったバットを置いた。
「また3つ編みパンですかぁ?」
「3つ編みとは限りませんよ」
そう言ってまずは3つ編みパンを成形して鷲羽の前に置いた。
前よりは落ち着いていて綺麗に成形できている。
「おっ!ちょっとマシになってるじゃないか」
そう言って鷲羽も成形をして江川の生地の横に置いた。
どちらも甲乙は付け難い。
次に江川が4つ編みパンを成形した。
前回とは全く違う綺麗なフォルムの4つ編みパンを見て驚いた。
鷲羽も負けずに美しい4つ編みパンを成形した。
園部は正直どちらか勝ってるか答えが出せないなと思っていた。
「うっ」鷲羽がうめいた。しかし思い出し思い出しなんとか5つ編みを完成させて横に置いた。
「僕まだやれます」江川は6本を使って素早く編み出した。
そして鷲羽の目の前に置いた。
「くっ!」
「僕の勝ちですね?」
仕方ない「ああ」と鷲羽は言わざるを得ない「俺の負けだ」
「ほんとですか?7本目は流石に分かりません」
江川はホッとした「
それを横開きのドアの向こうから大木と修造が「へぇ〜
「やるなあ江川Sechsstrangzopfじゃないか」ドアの向こうの修造に気付き、
おわり
六編みパン=Sechsstrangzopf(セックシュトラングツオップフ)
パンの小説の一覧を作りました
パンの小説の一覧を作りました。
ブログの表示が5つのお話までしか掲示されないので一覧をこちらに作りま
よろしければ下にある一覧から好きな話を探して見てくださいね。
パンと愛の小説シリーズは様々なパンの世界について筆者が見たり聞いたりした事を
目力の強いパン職人の修造の話は今のところ6部まで出ています。
江川と修造シリーズは修造が修行先のドイツから帰ってきて江川を
イラスト付きでわかりやすく、
新作↓
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江川To be smartの続きのお話です。
江川と修造シリーズ 江川To be smart はこちら
江川が15年前パンロンドの面接で修造と出会った時のお話です。
修造は一風変わった面接をします。。
製パンアンドロイドのリューべm3はこちら
30年後の未来、
パン職人の修造第1部 青春編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3032
パンロンドに就職した空手少年の修造は運命の人に出逢います。そして、、
パン職人の修造第2部 ドイツ編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3063
修造はパンの技術を得るためにドイツに向かいますが、、、
パン職人の修造第3部 世界大会編はこちら
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江川と出会った修造は2人で世界大会を目指します。
パン職人の修造第4部 山の上のパン屋編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3073
律子と2人で念願のパン屋を開きますが、、
パン職人の修造第5部 コーチ編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3088
江川の為に世界大会のコーチを引き受けますが、、
パン職人の修造第6部 再び世界大会編前半はこちら
http://www.gloire.biz/all/3100
世界大会の為にコーチとして江川や緑と色々と作戦を練りますが、、
サイドストーリー江川と修造シリーズ ペンショングロゼイユはこちら
http://www.gloire.biz/all/3748
世界大会前編の始めに東北のお祭りに行った後のサイドストーリー
世界大会のアイデアを練る為に江川と東北に行った帰り道、泊まったペンションで修造が会った夫婦は、、、
パン職人の修造第6部 再び世界大会編後編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3596
世界大会が終わった後修造は、、
この後もまだまだお話は続きます。
このお話を書いたきっかけ。
昔々グロワールの近所にパンマイスターのお店があって、うちの先代が「マイスターのお店があるから行ってみ。」
お店に入るとご夫婦がお二人で経営されていて、
入り口の横に燦然と輝くマイスターの証が飾ってありました。
推測ですが戦時中にドイツに渡り紆余曲折あってマイスターの資格
推測ですが、色々悩まれたのではないかと思っています。あぁ〜
当時はSNSも無かったし、
そんな気持ちがくすぶっていてマイスターについて色々調べ、
修行は長く、様々なお辛い事、
パン職人の修造第2部ドイツ編にはそんな思いが込められています
世界大会については、審査、選考会、
大会で修造が作ったパンは調べあげた末、誰とも被らないようなものを作ったつもりですがもしもモチーフが被った場合はご容赦下さい。その他の一般でも販売可能なパンに関してはこんなに沢山の種類やパンがあるんだとわかって貰えるようになるべく色んなパンを紹介することもあるかもしれません。
世界大会には選手と助手(コミ)の2人が出ます。
今後も修造の話は続きます。
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ここに出てくるお話はフィクションです。
実在する人物、団体とは一切関係ありません。
パンと愛の小説
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パン職人の修造 江川と修造シリーズ フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thief
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thief
催事で頑張ってカレーパンを揚げた杉本は最近は親方に焼成を教わ
成形後ホイロというパンを発酵させる機械の中から出てきたパンを
「タイマーが鳴ったら出すんじゃなくて、それは目安として焼成のパンの色をよく見てね」
「はい」
それを工場の奥から見ながら江川は「
と先輩の修造に言った。
「だな」
修造は普段あまり話さない。
ところで江川と修造は世界大会を目標にして大木シェフに面倒見て
今日はパンロンドの近所の神社でお祭りがあるのでちょっとした余
「杉本フォーチュンクッキーって知ってる?」と修造が聞いた。
「
フォーチュンクッキーは中におみくじが入っている薄い小さいクッ
アメリカのフォーチュンクッキーは粋なジョークが書いてあるもの
「これだよ。
「はい」
薄い生地を軽く焼いたあと直ぐに占いの書いてある紙を真ん中に挟んで容器のヘリで曲げる。
杉本は出来上がったフォーチュンクッキーをひとつ割ってみた。
「
風花はすぐに
「違うと思う」とキッパリ言った。
「早く焼けたパンをトレーに入れて出してよね。
焼成はパンを焼くのが仕事だが昔から「焼きが八割」
杉本は高校を途中で辞めてボクシングジムに入ったが挫折してパン
挫折したとはいえ、
難点があるといえばガサツで軽率、この二つだろうか。
親方は自然に振る舞いながらパンを手荒く扱わない様に、
「風花ちゃんこれ、お客さんにひとつずつ渡してね」
フォーチュンクッキーを選んで受け取ったお客さん達は皆中を開け
風花は「奥さん、私もひとつ貰って良いですか?」と聞いた。
「
「はい、盗難注意でした。
「色気なくなんてないわよ。
奥さんの励ましの様な言葉を聞いて部屋の箪笥の中の秋浴衣を思い出
今日友達と久しぶりにお祭りに行くからお母さんに着せて貰おうか
風花は家に帰って母親に藍色の秋浴衣を着せて貰った。
浴衣より少し厚めの紺色の生地に桔梗が描いてある大人っぽい柄の着物に、淡い紅色の帯と髪留めをあしらった。
友達と神社の前で待ち合わせて四人で歩き、
お祭りの屋台の黄色い灯りが揺れている横をみんなで歩き、ヨーヨー釣りをした。
みんなでユラユラポンポンとヨーヨーを持ち歩いている時、
「あ!風花!」
いつもの自分に向けられる厳しい表情と違い、
が、風花は杉本を無視して「藤岡さんお疲れ様です」と挨拶した。
風花の友達も藤岡を取り囲んで「同じ職場なんですか?」とか「
何を聞かれても爽やかにしか答えない藤岡のソツのない言い方がち
あーあ、、同じ人間なのになんでこうも違うんだ。
俺もなかなかのイケメンなのに。
そう思っていると「はい、これあげるわよ」
「ヨーヨー、、久しぶりに見たな。
「大人って誰の事よ」
「え?俺ですよ俺!」
その時辺りから屋台の焼き鳥の香ばしくて良い香りがしてきた。
「腹減ったな〜、焼き鳥食べようよ」
「良いわよ」
「藤岡さん、俺達あっちに行ってますね」
「うん」
と言いながら藤岡は風花の友達三人と反対側に歩き出した。
どうやら何かを見に行った様だ。
杉本はいい匂いのする焼き鳥を四本買った。
「ほらこれ」
「ありがとう」
二人は屋台と屋台の間の二メートルぐらいの隙間に立ち、
風花は着物を汚さない様にしながら片方の耳に髪の毛をかけて少し
「
「え!」
「もう、だらしないわねぇ!
「えへへ」と誤魔化しながら話を変えた。
「風花はなんでパンロンドに入ったの?」
「パンロンドって私が中学ぐらいの時にできて、
「パンロンドって確か出来て十年目ぐらいだもんね」
「毎日沢山の人が店に来て、
「うん」
「そういう存在ってとても大切なんだわと思って」
「
「そう、
「しっかりしてるなあ、
「修造さんって怖くない?目つきが鋭いわ」
「始めはめっちゃ怖かったけど、
「江川さんと修造さんって世界大会に出るんでしょう?」
「なんか飛び抜け過ぎてて俺はついていけないなあ」
「そんな事言ってないで!明日も頑張るのよ!あんたがあの二人の
「無理だろそれ」
杉本が笑って誤魔化していると藤岡達が楽しそうに戻ってきた。
「風花見てこれ、藤岡さんが全部とったのよ!凄ーい!」
「凄い」
藤岡は「ほら、これあげるよ」と言って杉本に持たせた。
帰り際、
次の日
杉本は親方にバゲットのカットを習っていた。
カミソリ刃ホルダーの先に両刃のカミソリをつけて、
「この工程楽しいですね」
「このパリパリいう音は天使の拍手とか言うんだよ」
「へぇ〜」
「はい、バゲットあがりましたよ」
風花に叱られないうちに縦長のカゴにバゲットを入れて持っていっ
「はい、風花ちゃん」
一瞬目があったが、
それを見ていた親方が思い出話を始めた。
「修造はね、
「ハハ、バレバレですね」
「付き合い出した頃なんて、
「信じられない!あの修造さんが、、」
「
「親方にヤキモチを?」
「ドイツに行ってる間律子を頼みますって頭下げられて、
「無事でよかったですね!」
暴れる修造を想像するとゾッとする。
「ま、全ては出会い、出会いはチャンスって事だよ、な!」
一方その頃、店の外から様子を伺ってる男がいた。その男は30代前半ぐらいで黒いスニーカー、青いジーンズ、白いTシャツに黒い
その男は目立たない様にパンロンドに入って来た。
「
焼き立てのパンを店内に並べながら風花が言った。
丁度フランスパンの出来立てが並ぶ時間で、
その男はいつの間にか帰り、
「え?!」風花は背中の事なので気が付かなかったが、
制服の白いTシャツの右の肩甲骨あたりから左斜めに向かっ
「いつのまに!引っ掛けたんでしょうか?」
「そうなのかしら?代わりの服を持ってくるわね」
奥さんが倉庫から新しいユニフォームを持ってきて「
「はい、すみません。気をつけます」
風花がTシャツを着替えて「これ、どうましょう?」
「さっき見た時は切れてなかったなあ」
「随分鋭利なものでスッと切れてますね」
「何かに引っかかったならこんな切れ方しませんよね?
「
「
「それが全然見てなくて」と風花が言うと、奥さんが「
修造は風花に「
「わかりました」風花は目つきが鋭い修造が怖かったが、
たしかにお店にいるとどんな人が来店するかは顔を見るまでわから
とは言え敵意を隠し持ってる人なんて分からないかも。
「え!怖い」
「しばらく店に出ないで中で働かせて貰ったら?
「念の為帰りは家まで送ってってやれよ」
風花が自分の事を怖がってると薄々気がついていた修造は杉本に言
「はい、無事に送り届けます!」杉本が張り切って言った。
そしてその帰り道
二人で歩きながら
杉本は風花に聞いた。
「何か身に覚えのある事は無いの?」
「カッターの事?いいえ全然無いわ。
「店でなんかおかしな事があったらすぐ呼んでよ」
「私今日は店に出なかったから明日もそうなると思う」
「その方が良いよ、風花が可愛いから狙われたのかも」
「そんなわけないわよ可愛くないもん。
杉本は可愛くないもんと言う風花の言葉に何言ってんだという表情を浮かべながら「やばいやつなのかな?
「厚かましいわねホントに」
笑い合う二人を離れた所からつけてくる男に杉本は全然気が付かな
風花はしばらくの間、店と工場の間で働いていたが店も平和だし、別段何も起こらなかったので奥さんに言った。「あの、
「わかったわ、でも気をつけてね。何かあったらすぐ呼んでね」
「
風花は顔は怖いが心の優しい修造の言葉を思い出して、
たしかに色々な気分でパンを買いに来る人達がいるんだわ。
イライラしていて急いでる人もいるし、
お昼頃、
「いらっしゃいませ」
入ってきたお客さんの表情を見た時「あっ」と思った。
年齢は三十ぐらい
風花はこの人かも知れない!
するとそのお客さんはトレーとトングを持って店をゆっくりと一周
なんだか背中がピリっとする。
後ろに立ったわ!
カチッ
とカッターの刃を出す時の音がした。
振り向くと風花に向かって刃の出たカッターを向けていた
「
声を聞いて杉本が飛び出してきた。
「なんだー!」男は杉本の声に驚いて逃げようとした。
「うわ」杉本がそれを避けた隙に男は店から飛び出して行った。
「待てーーっ!」
「準備してたのか?」
荷台はサドルの後ろに取り付けられた薄い板の様な形で、一番後ろに赤いライトが付いている。
杉本はその荷台の赤い丸を目掛けて商店街の中を倍の速さで走り出した。
あっ右に曲がったぞ!
杉本も右への道に走って行った。
はあはあと肩で息をしながら橋の一番盛り上がった所に膝をつき、
自転車はその先の古びたパーマ屋を左に曲がった。
杉本はしばらく息が上がりそのまま立てなかった。
「疲れた」と呟きながらトボトボと店に戻ると警察が来ていた。
お巡りさんにどんな感じだったとかどこで曲がったとか伝えた。
風花はお巡りさんと警察署との連絡の無線で「マルガイ」
お巡りさんは二人で来ていて、事情をみんなに聞いた後「
風花は杉本に「ごめんね、お巡りさんとの話を聞いてたわ。
「もうちょっとだったんだよ」
杉本は悔しがった。
家に帰ってから風花は今日の事を母親に報告した。
「あんた狙われてるんじゃない?
母親は心配してそう言ったが風花は杉本の事が頭に浮かんだ。
「いいの私パンロンドが好きだし、守ってくれるわ。きっと」
それに自分を守るのは自分なんだし、
次の日
パンロンドは定休日なので杉本は自転車に乗り、
うーんどっちだろう?とにかくあの自転車を探さなきゃ。
パーマ屋から西に伸びていく道の周辺を隈なく見ていく作戦で自転車を走らせた。
グレーの様なグリーンの様な車体で荷台が黒で先に赤いライトが目立つ物がないかじっくり
ふぅ、疲れたな。初めの道から随分遠くへ来た。
コンビニで飲み物を買おうと駐輪スペースに自転車を停めた。
ふとコンビニの横の空きスペースを見た時「あっ」この自転車だ!
杉本は探していた自転車を見つけた。
緊張が走る。
コンビニの中を見回した。が、それらしき人物はいない。店内の客はおばあさんが一人、四十くらいの太った男が一人、女の人が一人、
「いないな」
あ、
杉本は水を買い、それを飲みながらコンビニから少し離れた所で見張る事にした。
その坂に少し登り、そこから見張る事にした。
そう思ってじっと見ていた。
すると
「何見てんだよ。俺にも見せろよ」
「あ!修造さん」修造が顔を並べて杉本の見ている方を見た。
「なんで?」
「俺の住んでるアパートすぐこの裏にあるんだよ。今から近所のスーパーに夕ご飯の材料を見にいくところ」
「そうだったんだ。修造さん、
「ええ?よく見つけたなあ。分かったよ協力するよ。ここじゃ走って行きにくいからもっと近寄って挟み討ちにするぞ」
修造はコンビニの駐輪場の横の電信柱の影で携帯電話の画面を見るフリをし
杉本はコンビニの中から自転車のよく見える雑誌コーナーの前に立
しばらく待ったが来ない。
杉本は修造にメッセージを送った。
『中々来ませんね』
『うん』
『焼成の仕事はどうだ』
『親方がいい感じに導いてくれているので大きな失敗はありません』
『ちょっとは上手くなってきてるな』
『そうですか!ヘヘヘ』
外でガチャンと音がした。
『来ました』
と打って杉本は店から飛び出した。男は杉本を見て素早く自転車に飛び乗りこぎだした。
「待て!」とっさに杉本はお祭りの時に入れっぱなしだった自転車の前カゴのスーパーボールを袋から出して走りながら次々に投げつけた。
そのうちのいくつかが自転車の前輪に乗り上げバランスを失ってグラグラしたすきに修造が走って行って自転車のハンドルを押さえた。
「捕まえたぞ」
コンビニ前の駐車場には派手な色合いのスーパーボールが散乱した。
男は急に杉本
「あぶねえ!」
倒れた男から落ちたカッターを足で二メートルほど蹴り飛ばして手を後ろにねじりあげて「
お巡りさんが「十六時二十八分、銃刀法違反及び傷害容疑で逮捕する」
男は後でやってきたパトカーに乗せられて行った。
どうやらこの女性はカフェのスタッフで、
「捕まって良かったなあ」
修造と杉本は顔を見合わせうなずいた。
3日後、店に私服の警察っぽい人が来て、親方と何か話していた。
杉本達は仕事をしながら気になってそれをチラチラ見ていた。
「親方、さっきの警察ですか?なんて言ってました?」
「あのね。修造と杉本が捕まえた奴は、
「え!あの焼き鳥の屋台の?知らなかった!」
「怖いわね〜」と風花と奥さんもゾッとしていた。
修造が風花に「
「そうなのね」
この時風花が初めて杉本を真っ直ぐ見たかもしれない、
「ありがとう」
その時周りの誰もが杉本からズキューンという音がしてくるのを聞
江川と藤岡が「ハート撃ち抜かれたね、ハハハ」
ある日のお昼
「風花」
「何?」
「これ」
「フォーチュンクッキーじゃない。お店で配るの?」
「これ俺が家で練習で作ったおみくじクッキーだよ。
「あんたが作ったの?胡散臭いわ」
「いいから一つ開けてみろって」
「わかったわよ。仕方ないわね」
風花は小さなカゴに十個ほど入った占いクッキーを一つ選んで開
「何よこれ!」
【杉本が好きになるでしょう】
と書いてある!
「そんなわけないじゃない」と言ってもう一つ開けたらそれにも
【杉本が好きになるでしょう】
と書いてある
「ちょっと!」
風花は全部割ってみた。
どうやら全部に同じ言葉が書いてあるようだ。
それを一部始終見ていて「へへへーっバレたか」
「もうなってるわよ」
小さな声で呟いた。「え?」
「なんでもない、あ!いらっしゃいませ。ただいまブールが焼き立てでーす」
「おひとつですね、はい!」
風花は一際明るく言った。
おわり
パン職人の修造 江川と修造シリーズ 背の高い挑戦者 江川Flapping to the future
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
背の高い挑戦者 江川 Flapping to the future
はじめに
このお話はフイクションです。実在する人物、団体とはなんら関係ありません。
今日は修造の休みの日。
「ふぁーーーっ」
「律子と緑は友達の誕生日会に行ってるし、
修造はテレビをつけた。
バラエティ番組が流れている。
ママの作った料理はどれでしょう?おいおい、
俺だったらどうかなあ。
ひまだな~
そうだ、
そうしよう。
一方パンロンドでは社長の柚木(通称親方)にまたしてもNNテレ
「はい、あー四角さん。
電話の向こうで四角が答えた。
「パン屋さんにお邪魔して、パン職人さんが普段何をしてるのか撮影して視聴者の皆さんに知ってもらう
「撮影は
「次の水曜日です。放送はその次の日です」
「
「それで、
「なにそれ?」親方は四角の説明を聞いてニヤッとした。
「
修造は電車に乗って鳥井シェフの店ベッカライVogelnest
鳥井シェフの所に来るといつも美味しいドイツパンを御馳走してくれる。それが楽しみの一つでもあった。今日はミッシュブロートにBlauschimmelkäse(青かびチーズ)にイチジクとナッツがのったパンとチーズプレッツエルを出してもらった。どちらも修造の好物で美味すぎてもうここに住みたいぐらいだ。
「ご無沙汰してすみません」
「久しぶりだね修造。あれからどうしてるの?」
「はい、これからパンロンドの親方に恩返しした後、
「
鳥井に大きなパン関連の展示会に連れて行ってもらう事になった。
修造は帰り道、パンロンドの柚木に電話した。
「もしもし親方ですか?
「おっ!修造丁度良かった!
「えっ⁉︎」
「
「あの〜
「十時からって言ってたよ。
「わかりました」
そして水曜当日、修造は律子に「今日展示会に行ってくるよ」と言った。
「
「
東南駅から展示会場迄は電車で二十分だ。
修造と鳥井は展示会の入り口で待ち合わせていた。
「
「ここは業界一の展示会なんだよ。
「はい」
その会場は1日では回り切れないほどのパンやお菓子関連の機械屋
鳥井があの会社はこうでこの会社はこうでと色々説明してくれてい
その時
会場の1番奥ではコンテストが行われている最中だった。
パン職人選抜選考会と看板に大きく書いてあり、かなり大きなコンテストの様だ。
「あれは?」
「今は二十五歳以上のシェフが世界大会に出る為の選考
見ると、四メートル毎に四つに仕切られたブースの中にはパン作りに必要なミキサー、オーブン、ドウコン、パイローラーなどの機械がそれぞれ備えつけてあり、その中では選手と助手の二人が力を合わせて作品を作っている。更にその横では同じように四人の若い職人がブース毎に分かれてコンテストに挑戦していた。
鳥井は続けた。「そして二つの優勝者同士が一緒に世界大会に出るんだ。
修造が興味ありげにしているのを鳥井は見ていた。
「ここに並んでるのは優秀な選手達の作った作品だよ。芸術的で立体的だろ?」
そこには見たことも無いような勢いのある彫刻の様なパン生地でできた作品が並べられていた。
選手達の作った作品を見るために沢山の人達が十重二十重に取り囲んでいる。
「凄いな。パンで出来てるとは思えない」
そこへコックコートを着た大柄な男が近づいて来た。
鳥井がそれに気がつき「修造こっちへ来いよ」と呼んで、大木というコンテストの重鎮を紹介してくれた。
「ベッカライホルツのオーナーの大木シェフがこの大会を取り仕切ってるんだよ。
「
「よう!テレビで見てたよ」
修造は選手の技術の高さに衝撃を受け、釘付けになった。
凄い、こんな高い技術のパン職人が集まってるんだ!
パンの世界は奥が深い、追っても追ってもキリがないんだ。
目をキラキラさせて見ている修造の肩を大木が大きな手で掴んで言
「おい!1年後の選考会にお前も出ろよ! 俺が練習見てやるよ!
「はい」
俺もこの大会に!
「まずは1次審査に通ることだ!」
「あの〜
「勿論だよ」
修造は実演している選手の前に行って前のめりに見ていた。
それを後ろで見ていた鳥井と大木にそのまた後ろから声をかけてきたニ
二人共コックコートを着ている。どうやら大会の関係者の様だ。
一人はパン王座決定戦に出ていた佐久間シェフで、
「頼んだぞ大木、鳥井もここまで連れてきて貰ってすまん」」
背の高い男は大木達に声をかけた。
四人は心安い関係らしい。
「なんだよ、自分がコーチをしてやったらいいじゃないか」
「俺は他の子のコーチだからね」
そして修造を遠くから見ながら「俺は手抜きはしない。」
修造は一通り選手の作品を見た後会場を出た。
駅まで歩きながら「大木シェフって親切な方ですね」
「
「はい。俺頑張ります」
「はい!みんな~!これ着て!」
その頃パンロンドでは、
いつもTシャツの親方は着るのは嫌だと抵抗したが奥さんには逆らえない。
「
「
「そうだな」
「
「
杉本がワクワクして「テレビってどんなのかなあ〜」
江川は「僕緊張するなあ。修造さんまだ帰ってこないの?」
「ウフフ、大丈夫ですよ江川さん、リラックスしていきましょう」と藤岡が2人を見てニコニコしている。
そのうちにアシスタントディレクターが一人でやってきた。
「こんにちは、今日お世話になります。
親方は台本を開いて「なになに、、パン職人の一日。おいみんな!
「何するんですか?」
えーと、、と全員が台本に食いついていた。
そして「あ、
「ウフフ、楽しみですねこれ!」
「修造さん早く帰ってこないかなあ」
修造はわざとノロノロ帰っていた。
「もうそろそろ撮影終わったかなあ。
その頃。パンロンドにやっとテレビ局の四角ディレクターとさっきのAD、
江川が「あ!マウンテン山田さん!」と叫んだ。
「その節はどうも~今日はよろしくお願いします」
マウンテンはNNテレビのパン王座決定戦の時に審査員席に座っていたお笑い芸人だ。
「いや〜柚木社長!遅くなってすみません」
「早速撮影を始めたいと思います。
そしてみんなが緊張の面持ちの中、アシスタントディレクターが小型のマイクを付けていった。小さなマイクの先をコックコートの襟につけていく、そこから線を後ろに回してその先の本体は後ろからベルトに取り付けられた。
「タレントみたい」と杉本がワクワクして言った。
親方とマウンテンが二人でパン工房の入り口に立ち、カメラの方を向いた。ディレクターが無言で指を三、ニ、
「こんにちはー!マウンテン山田の1日何やってんの?
「よろしくお願いします」
「早速ですが、パン屋さんって早起きのイメージがありますが、
「そうですね、朝は交代制で四時から始めています。
「どんな事をするんですか?」
「奥では仕込み、そして真ん中の大きなテーブルで分割成形、
「
「ボクは昔から力持ちな事と、
急にマウンテンがカメラに向かって「親方は力持ちでショー!」
後で編集して、
「さあ!では親方にはこの粉袋を持ち上げて頂きましょう!」
「まずは右に二十五キロ、そしてもう片方の肩にも二十五キロ」
重っ!
「すごーい親方!ひょっとしてもう一袋ずつ行けそうですね!」
「
もう一袋を右に!
「では左も乗せましょう!」
「う、
「うわー!凄い!親方!まだいけますね!」
「
「パン屋さんってこんなに力持ちなんですかあ?」
やっと粉袋を下ろして貰って「はぁ〜っ」
「気にしないで撮影を続けて下さい」と地面すれすれで四つん這いのまま言った。
「さあ!次は?」マウンテンはカンペを見た。
「ふんふん!はい!
杉本がカッコつけてスケッパーで生地を分割している。
「普段と違いすぎるだろ」と言いながら藤岡が丸めて箱の中に並べていく。
「
「はいできますよ」
「凄い!
「さすが!
「はい!」
「大きさがバラバラだよ」
「ウワオ!」杉本が叫んだ。
「大丈夫です。気にしないで撮影を続けて下さい」
「良かった。
マウンテンは「さあ次は?」とカンペを見た。
「
マウンテンはADがスケッチブックに書いて見せたカンペを見ながら
「Roggenロッゲンと
「ラ、ライ麦」
「さすが!正解です」
そしてゆるい問題が出る様に祈った。
「では次の問題は、小麦の粒の問題ですね!
「はい」
「
「
「
江川は緊張で頭がクラクラしてきた。修造に早く帰って来て欲しい。
「パン生地をこねる事をニーディングと言いますが、
「え?えーとえーと」ピーリングでもカーリングでもない、、
よく聞く言葉なので解っているのに、いざ答えるとなると江川は頭が真っ白になってしまった。
えーとえーと?江川は目を白黒させた。「アーリング、イーリング、ウーリング、、」アから順に思い出そうとしていた。
そこにやっと修造が帰ってきた。
店の奥のシューケースの陰で親方が寝転んでいる。
「おう、、修造おかえり、、」親方は力を使い果たして立てなくなっていた。
「もう一度聞きますよ〜あと一問ですよ~」と時間がかかったので撮り直すためにもう一度マウンテンが江川に問題を出した。
江川は急に元気になり答えた。
「ビーディング!」
「さすが〜
「さあ、それではこちらの職人さんに目隠しをして頂きましょう」
「エッ?!」
修造はADに腕を掴まれて「こちらです」
「
「さあ、それではこちらのクリームシチュー五皿の中から愛する奥様の手料理を当てて頂きます!」
マウンテンがクリームシチューの作り手を紹介した「一つは奥様の手料理です。そして名店【グリル篠沢】。
「えっ!律子の料理が?もし外したら俺家に帰れないじゃないか」
修造はぞっとした。それに万が一間違えて律子を泣かせる訳にいかない。
味覚に嗅覚、そして聴覚まで。
しかし決意に反してなかなか難しいものだった。
「修造さん、アーンして下さい」
修造は心の中で真剣に味見した。それはこんな具合だった。
うーん、これが手作りな訳ないよな、レトルト特有の閉じ込められた味がする。これは違うな。
二番目は美味すぎる。プロの味だな。全ての具材が理想的な調和を生み出している。律子には悪いけどここまでの味は中々難しいだろう。
三番目はうー
四番目はあれ?
「全部食べ終わりましたね!どうですか?田所シェフ!
「あの、、三番目と四番目をもう
「おっ!
「知ってますよ」
律子はいつの間にかそっと修造の後ろに来ていた。両手を合わせて祈っていた。
修造、
それでこそ修造よ。
それにしてもADさんの作ったのってそんなに私のと味が似てる
いつも私が愛情込めて作ってるのにわからないものなのかしら?
外したらもうあなたの帰る家は無いからね。
律子はそんな風に思っていた。
修造はシチューを二種に絞り込んでもう一度味見した。
「
俺が律子の事をわからないとでも思ってるのか?
そうなんだ!わかったよ。フライパンの味だ。
焼き目だよ!
「答えは3番だー!」
「正解です!田所シェフ!」マウンテンが叫んだ。
振り向くと律子がウルウルして抱きついて来た。
「修造ありがとう」
「律子俺やったよ」
抱き合う二人を見て「バ、、」
馬鹿夫婦と言うとまた意味合いが違ってくる。
「いや~どうでしょうねベタベタして。これはほんまにごちそう様ですね、ウマウマウンテンですね~」と締めくくった。
これで全ての収録が終わった。
四角が「親方今日はご協力ありがとうございました。今から帰って編集します。明日の夕方のニュースを楽しみにしてて下さいね」
やっと復活した親方が言った。「はい、またね。ありがとう」
テレビ局の人達とと律子が帰って、明日の仕込みを始めた時、
「江川」
「はいなんですか?」
「世界大会に出よう。」
江川は世界大会と聞いて驚いた。
空手の世界大会?そして漫画に出てくる様な大きくていかつい空手家に自分がぺちゃんこにやられているところを想像した。
「せ、世界大会ですか?」足が震えた。
「な、何言ってるんですか?」ちょっと涙がでてきた。
「二年後に。」
「俺とお前は別々に選考会に出るんだ。
「修造さんとぺ、、ペアで?」修造の後ろに隠れていたらひょっとしたら逃げ切れるかも知れないが捕まったら終わりだ。。。と想像して膝がガクガクする。
修造は江川を若手のコンクールに勝たせて、
「僕、今から空手を習うんですか?ぼ、僕まだ死にたくないです。」
「何言ってるんだ、パンのだよ!」
「えっ!?パ、パンの?
藤岡はこのやりとりを聞きながら、
「江川さん、頑張って下さいね。」
「うん空手じゃなくて良かったよ。僕頑張るね。」江川から安堵の笑顔がこぼれた。
おわり
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パン職人の修造 江川と修造シリーズ 催事だよ!全員集合! 江川 Small progress
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
催事だよ!全員集合!江川Small progress
このお話は進め!パン王座決定戦!の続きです。催事を通じて少しずつ成長する若手の職人達のお話です。
NNテレビのパン王座決定戦で優勝したパンロンドは新商品の牛すじカレーパン「カレーパンロンド」が爆売れして連日大忙しの日々を送っていた。
店の奥の工場では田所修造がカレーをどんどん仕込み続けていた。
「杉本、玉ねぎ追加ね。」
「はい。」
杉本龍樹(たつき)は慣れない手つきで玉ねぎをカットしてフードプロセッサーに入れ続けていた。涙が滲み出る。
玉ねぎの後は分割丸め、その後はカレーを包む。
液を絡めてパン粉をつけてホイロヘ。
「これっていつまで続くんですかね〜。」
「弱音吐くなよ。」
「修造さん辛くないですか?俺は疲れてきました。」
経験の浅い杉本は段々仕事が身について来ていたが、まだ辛い時がある様だ。
「俺、修造さんについて行こうって決めてますけど、パン屋って大変で全然仕事が楽しくないです。」
修造はカレーを包みながら言った。「言われるがままにやってるとつまらないものだよ。お前はまだ仕事を自分のものにしてないんだろう。
今はまだ出来ないことが多くて、できない事をさせられてると錯覚してるだけだよ。」
「はい、させられてるって感じです。ここの先輩達とは違うんです。」
「先輩ができてる事をできないのは経験が足りないからってだけで、マックスの自分を知ればそれがそんなに大変じゃないってわかるんだよ。
ずっとマックスでいろって話じゃないんだ。一度自分の限界に挑戦してみたら、今やってる事がそれに比べてどのぐらいだってわかるだろ?
まだまだ頑張れるのか、もう限界ギリギリなのか。それを知る為にもう少し頑張ってみたらどうだ。」
修造は「無口な修造」と小さい頃から言われていて、普段あまり話さないが、こんな時は長い話をしたりする。
「生地の面倒をいい感じに見てやって、最高の状態の時に焼く、それが俺たちの仕事なんだ。」
修造はカレーパンの生地をポンポンと手のひらで弾ませて言った。
「でも〜」
「お前は今まで何かの限界に挑戦したことがあるか?」
「う〜ん。」
修造の問いかけには答えられなかった。
限界なんて言葉なかなか自分の生活の中になかったし。そんな一生懸命熱く生きるなんてカッコ悪いと思ってたし〜
俺、初めはパン屋で働くなんて簡単だと思ってて、漫画に出てくるパン屋さんみたいに手を動かしてたら生地が勝手にできると勘違いしてたもんな、と杉本は思った。
江川さんなんて修造さんに食らい付いて行ってるって感じだな。修造さんの成形の速さに追いつこうとしてるもん。
とそこへ丸太イベント会社の食品催事部門の蒲浦(かばうら)がやって来た。蒲浦は地味な紺色のスーツを着た、抜け目なさそうな目つきの男だ。親方にすり寄って来た。
「柚木社長!お久しぶりです。いや〜テレビ拝見しましたよ!美味しそうなパンで優勝してらっしゃいましたね。」
親方の柚木は成形の手を休めずに答えた。「どうも〜蒲浦さん。優勝したのは俺じゃなくて修造だよ。今日はどうしたの?」
「はい、実は今度うち企画の催事でパンフェスティバルを開催するんですが、ぜひパンロンドさんにも出店して頂きたいと思いまして。」
「うち今忙しいからね〜そんな余裕あるかなあ。」と言って他のメンバーを見た。
「うーん、もう少し従業員増やすか、仕込みのパートさんを探さないとちょっと大変そうかなぁ〜」
「1ヶ月後港の近くの公園で催事があるんですが。現場でカレーパンを揚げて販売して頂きたいんですが。」蒲浦は畳み掛けて来た。
「ちょっと製造と相談してみますね。」
「はい、是非お願いします!引き受けてくれないと僕会社に帰れません!」
蒲浦のやつ大袈裟だなあと思いつつ親方は今の蒲浦との話を修造に説明した。
「ひと月後に催事ですか?現場に行かなくても良いんなら俺は頑張れます。」
あまり目立ちたくないタイプの修造は言った。
「それと今は工場で6人体制でやってるのでこれ以上人を増やすと入りきれないですね。ローテーションでやりますか?」
「そうだなあ。俺、そのうち2号店を出そうと思ってるんだ。今のうちに人を育てとこうよ。」と親方が言った。
「わかりました。催事の時はカレーパンを向こうで揚げるんですか?誰が行くんです?」と修造が言った。
「そりゃあ。。」
親方は杉本と江川を見た。
「えっ?」
江川卓也は驚いて言った「親方僕を見ないで下さい!修造さんが行くなら僕も行きます!」
修造は絶対行きたくないので言った。
「江川、こないだNNテレビで一緒にカレーパン揚げたろ?あんな感じだよ。」
それを聞いていた杉本が「江川さん、まだ日にちもあるし今から練習しましょうよ。」と言った。
「生地の面倒をいい感じに見てやって、最高の状態の時に揚げる。それが俺たちの仕事なんですよ。」
修造は驚いた!杉本は自分がさっき言われた言葉をそのまま使ったのだ。
さっき弱音吐いてたくせにとちょっと呆れたが「まあ、2人で頑張れるだろ。これも経験だよ。」と締めくくった。
何日かして、親方が面接した青年が採用になりパンロンドにやって来た。
「藤岡恭介(ふじおかきょうすけ)です。よろしくお願いします。僕レストランで働いていました。」
藤岡はシュッとしたイケメンで、手先が器用ですぐに仕込みの手順を覚えた。なんならもう杉本より早い。
親方はうちには個性的な面々が多いが藤岡って色々とスマートな奴だな〜と思っていた。
修造は藤岡に色々教えながら
「藤岡君って仕事覚えるの早いよね。」と言った。
「ありがとうございます。」藤岡はキリッとした表情で答えた。
「そろそろ慣れて来たので明日は一人で朝の早番をお願いします。こないだ教えた手順でやったら良いからね。わからなければここに書いてあるから。」と修造はメモを指さして言った。
「はい、了解です。」藤岡は爽やかに答えたが、密かに顔が引きつっていた。「一人で、、、」
次の朝4時、早番の藤岡から修造に電話がかかって来た。
「はい、もしもし?藤岡君どうしたの?え?怖い?何が?」修造には何の事かわからなかったがとりあえずパンロンドに急いで行った。
「修造さ〜ん!」と言って藤岡が腕に抱きついてきた。「なんだよ?」「怖かったんですよ〜!僕が一人で作業してたらそこのタッパがガラガラって崩れたんです!誰もいないのに!僕一人で作業なんて嫌です!」
なんなら半泣きの藤岡はビビりきって修造から離れない。修造はそのタッパが崩れたところに見に行って「きっと積み方が悪かったんだね。」と明るそうに言った。困ったなあ。確かに一人で作業してる時に物音がすると驚くけどここまでかなあ。怖がるから藤岡君だけ早番は無しでなんてみんなに言いにくいし。。
藤岡は次の朝のローテーションの日が迫って来たら段々表情が暗くなってきた。
杉本が積んでた計量用の缶に当たって崩してしまった。ガラガラガラカンカン、、と音がした。「キャア〜!」藤岡が怖がって叫んだ。「藤岡大丈夫だって!今のはただ缶が崩れただけだから。」となだめたものの、仕事のことならアドバイスできるが怖がりってどうしたらいいんだろう?
修造は親方にそっと事情を話して「とりあえず明日の朝は俺が出ますから。」と言った。
「そうなの?ごめんね修造。」
「大丈夫です。」
さて、杉本は江川に偉そうに言った手前、本当に練習して催事までにそこそこ上手くカレーパンを包んだり揚げたりが出来る様になってきた。
そしてとうとう催事当日。
パンロンドの奥さんは張り切ってカレーパンののぼりを作っていた。
「これ持って行ってね!いってらっしゃい〜!催事がんばってね〜。」
「パン王座決定戦で優勝!カレーパンロンドだって、奥さん商魂たくましいな~」江川は修造がいない催事が不安だったが杉本が張り切ってるのでちょっとだけ安心した。
「じゃあ行って来まーす。
車に催事に必要なものを詰め込んで江川と杉本は出かけた。
「いってらっしゃい!気をつけてね。」
お店の奥さんが見送った。
工場では朝から催事の準備をしていたので、今度は店の分のパンを急いで準備しないといけない。
修造は藤岡と組んで仕事をしていった。
江川はまだ免許を取った所で初心者マークを車に貼り、慎重に運転していたが、カーナビの「もうすぐ左です」と言うのを一筋間違えて民家と民家の間の細い道に曲がってしまった。
「江川さん!今通り過ぎた道を曲がるんでしたね。」
「え!どうしょう!戻らなきゃ!」江川はパニクってどこかで方向転換して元の道に戻ることにしたが、慌てて右手の民家の柵にぶつかりそうになり、反対に行き過ぎて路肩の溝に左の前輪を突っ込んでしまった。
ガクン!
「うわー!どうしよう!修造さーん!」江川はそこにいない修造の名前を叫んだ。
外に出て2人で動かそうとしたが荷物を沢山積んだ配達用のバンは重くなかなか手強い「江川さん、俺が催事場に遅れるって連絡の電話するんで江川さんは店に電話して貰えますか?」
杉本が冷静で良かったと思いながら震える手で修造に電話した。
「もう着いたのか?準備できた?」
「それが僕、溝に車を突っ込んじゃって動かないんです。どうしましょう修造さん!」
「え!まだ着いてないのか?冷やしてある生地がじわじわ発酵してくるだろう?早く行かなくちゃ!」
「助けて下さい!すぐ来て下さいよう。」
修造は電話を切って親方に説明した「あいつまだ免許取り立てなのに一緒に行かなかった俺にも責任があります。今からもう一台の車で現場に行って荷物を催事場に運びます。もう始まってしまうので。」
「わかったよ。ここは任せて気をつけて行っておいで。藤岡君も一緒に行ってきて。」
「わかりました。」
2人は教えられた現場に到着した。江川と杉本は並んで修造を待っている所だった。「2人とも怪我はないか?」「はい。でも催事に間に合いません。」
「杉本、牽引ロープを持ってきたから、こっちの車で引っ張るんで江川と3人で溝から車を浮かせてくれよ。」
「はい。」杉本は車にロープを縛り合図した。
修造はバックして前の車をゆっくりと引いていった。3人がかりで車を傷つけないように何度か動かして溝から浮かせた。
「やったー!」
「車は?」
「大丈夫そうです!」
「よし!急いで全員で行って準備するぞ!」
「はい!」
2台の車は催事場に着いた。
蒲浦が慌てて来て修造に「いや〜無事で良かったですね!準備お願いします。」と言った。
「蒲浦さん、すみません遅れて。」
荷物を運びながら他の店を見ると結構沢山の人が並んでパンを買っている。
「出遅れたな。とりあえず持ってきた生地をなんとかしないと。失敗するとカレーが破裂するからな。」
公園には合計30軒ほどのパン屋がいて、各ブースに設置されたテーブルに店の自慢のパンを並べて販売を始めていた。サンドイッチ専門店、焼きそばパン専門店、ベーグルやメロンパンの専門店など目移りする。
「どれも旨そう。」杉本があちこち見ながら言った。
レンタルしたプロパンが先に到着していたのでフライヤーのセットを藤岡が、江川が店構えのセットを、修造と杉本はカレーパンを包み出した。成形した生地にシートを被せて発酵させ良い感じの時に揚げていく。
「藤岡、江川と一緒に呼び込みしてどんどん売って行ってくれよ。」
「はい。」
藤岡はニコニコと、江川はキュルンと笑顔を振り撒き人を集めた。
「杉本、両面を同じ色に揚げろよ。火力に注意して。」
「はい。」
杉本は揚げ色を揃えるのに集中した。
170℃の油にカレーパンを入れるとブクブクと泡が出てきて、パンの裏面がまず膨らんでいく。すぐに裏返して表面も膨らませる。白いパン生地はだんだん狐色になり裏返してまた狐色に揚げる。
包むのが下手だと生地の中でカレーが偏り勝手にクルンと裏返ったり傾いて、同じ所だけ色がつき過ぎちゃったりするが、今日は修造が包んでるので揚げやすい。
「よし!全部綺麗に揚げるぞ!」
江川はほっとしていた。
車も無事動いたし、修造さんもいてくれて良かった〜。
それに藤本さんって結構完璧だよな。そつがないというか。杉本君も凄い真剣、と言うか怖い顔して揚げてる。一生懸命なんだな。
僕もお釣りの計算を間違えないようにしなきゃ。
4人は力を合わせてどんどんカレーパンの販売を進めて行った。
そこへ修造に親方から電話がかかってきた。「はい、ええ、最初焦りましたが順調です。生地ばもう全部成形しちゃいました。あとは揚げるだけです。」「そう?手が空いたから追加の生地と材料を持っていくよ。」「わかりました。」
しばらくして親方がやってきた。「親方、これ全部成形してどんどん揚げていきますね。」
「はーい、よろしく〜。」
親方は生地を修造に渡して、後ろから一歩下がってテキパキ指示してカレーパンを販売していく修造を見ながらちょっと感動していた。みんな上手くまとまって仕事してるな。頼もしいぜ修造。俺は今日のこの、みんなが和気あいあいとしてる所を忘れないぞ!
修造はそのうち独立するだろう。残念だけどお前はうちでずっといてる器じゃないんだ。感謝の印に俺はどんなわがままでも聞いてやるからな。
「修造、俺戻るからね。あとよろしくね〜。」「はい。」
親方が帰ったあと、「みんな、交代で休憩に行って来て。」と修造が声をかけた。
江川は色んな店を見て回った。
隣はあんぱん屋さんかあ。あんぱんしか売ってないのかな?
その次はサンドイッチ屋さんか〜可愛い花みたいなフルーツサンドイッチもあるし、惣菜をサンドしたガッツリしたものもあるな〜
次はバターにこだわったクロワッサンのお店か。フランス産のバターを使ってるのかあ。
そして次はメロンパンのお店、メロンパン各種、そしてベーグル屋さん。20種類あるのかあ。こんなに沢山焼いて挟んで袋に入れて持ってくるの大変だったろうな。
僕こんなに沢山のパンの種類を見たの初めてだ。
江川は色んな店から沢山買って袋いっぱい持って帰ってきた。
勿論隣のあんぱんも買った。
「江川、どうすんの?そんなに沢山。」
「テヘ、ついつい買っちゃっいました。みんな一緒に食べてよ。」
色んな店のこだわりのパンを分けて味見して、「色んな店があるんですね〜。」とみんな口々に言った。
「そうなんだ、このベーグルの店は国産小麦とオーガニックに拘(こだわ)っていて女性の心を鷲掴みにしてる。そしてこのフルーツサンドも流行りの先駆けとなった店のものなんだ。ここのクロワッサンはエッジの効いたシャープなラインが素晴らしい!」修造が熱く語り出した!
「そしてこれを食べてごらん。」
修造はあんぱんを江川に味見させた。
「あ、これ!想像と全然違います。自分の思ってたあんぱんのはるかに想像を超えた美味しさです。」
「だろ?これはどんな拘りがあるのか試しに隣で聞いてきてごらん。」
え?あのおじさん怖そう。だけど美味しかったなこのあんぱん。
江川は恐る恐る隣に近寄って行った。
「あの〜、おじさんはここのオーナーの人ですか?」
「あー隣の子だね?そうだよ。」
「このあんぱん、すごく美味しかったです。どんな所に拘ってるんですか?」
「これはね十勝産の小豆から作ってる極上餡(あん)なんだよ。うちのあんパンはね、豆本来の甘味を存分に堪能できる餡が包んであるんだ。豆の選別は重要だし、渋きりで渋をよく取ったり、味がさっぱりとしてキレがいい様にザラメを使ったり。生地は国産小麦に米粉を少し配合して柔らかさを出してあるんだ。全部の工程に拘ってこのあんぱんができているんだよ。」
「それにこれ、そんなに大きくないのにずっしりしてるだろ?」
「はい。」
「薄皮に包んで餡子を堪能できるようにしてるけど、大きかったら食べるの辛いだろ?」
「はい。」
「ところが俺はそう思って作ってるけど、みんながみんなそうじゃない。世の中にはあんぱんひとつ取ってみてもそれはそれは沢山種類や作り方があるんだ。その店のシェフの拘りがあるのさ。」
「ここに来てるお店はみんなそうやって拘りがあるんですね。」
「そうなんだよ。催事は初めてかい?」「はい。」
「そのうちこの業界の色んなことを見たり体験したりするようになるよ。」
「ありがとうございました。」
すごく良い人だったな、それにあんなに真面目にあんぱんだけを作ってるんだ。
僕もこれから色んなパンに挑戦して最後には自分のパン作りを見つけるのかな。
何かわかった感じになって江川が戻ってきたので修造が「どうだった?」と聞いた。
「僕多分ずっとパンを作ると思います。最後の自分のパン作りを自分で見てみたいので。」
「いいね、俺も見てみたいよ。」
すると杉本が「最後の自分の自分でってどういう意味ですかあ?」と聞いてきた。
「自分が行き着くパン作りって何かって事だよ杉本。」
「気の長い話だなあ。」
そう言いながら杉本はずっとカレーパンを揚げ続けた。
意地になって両面を同じ綺麗な揚げ色にするのに集中した。
港に近い公園は時々涼やかな風が吹き、絶えずイベントにお客さんが訪れ続けた。
パンロンドのカレーパンを買った人達は揚げたてのカレーパンをハフハフと言いながらスパイシーな味わいを楽しんでいる。
「衣がカリカリだわ。」
「カレーが美味しい。」などお客さんが喜んで食べてくれている。
それを見て修造がちょっと嬉しそうに『したり顔』をしている。
催事も終盤に差し掛かり、他の店も売り切れたり品数が減る店が多くなってきた。
「あと少しで売り切れです。」と江川が報告してきた。
「頑張ったね。」修造がみんなに言った。
杉本が「俺、全部自分一人でちゃんと揚げる事ができました。途中意地になっちゃったけど、楽しかったです。」
「そうか、良かった。達成感あったな!」「はい!」
「俺達は片付けて車に運んで行こう。」「はい。」
修造と杉本は台車に荷物を乗せて運んでいった。
その時、販売中の藤岡に「おい。」と声をかけてきた男達3人が現れた。
横にいた江川は3人を観察した。3人とも同じような170cmぐらいの背丈で黒髪を短くしていてそんなに派手な出立ちではない。どちらかと言えば地味でまあまあダサい。
真ん中の黒いブルゾンの男が話しかけてきた。「藤岡!久しぶりだな。お前が店を辞めてから働いてるパン屋が出てるって言うから見にきたんだよ。」
藤岡は黙っていた。
「へぇー!パンロンドって言うんだ!」3人はにやにやしながらのぼりを見て「後で話があるから公園に来いよ!」そう言って去って行った。
「ねえ、何?今の。」江川が聞いてきた。
藤岡は一気に表情が暗くなった。
「さっきのは前の職場の同僚だったんですが、俺がみんなより先に色々と仕事を任されるようになって給料も上がった頃からギクシャクし出して、ある時ひと晩真っ暗な倉庫に閉じ込められたんです。」
「え〜!ひどい!」
「それから暗いのとか物音とかすごく怖くなってしまって。」
「それで前のとこ辞めたんだ。」いつの間にか戻ってきた修造がそれを聞いて言った。
「修造さん!元の職場の人達が藤岡君に後で公園に来いって言ってました!」
「へぇ。じゃあさっさと片付けて会いに行こうよ。」修造と杉本が2人でやる気を出してきた。
「藤岡君、俺達車に荷物を全部仕舞いに行ってくるから蒲浦さんが来たらもう帰るって言っといて。」
「はい。」
藤岡は3人が行ってしまった後、急いで蒲浦を探して「パンロンドです。もう片付けたので帰ります。ありがとうございました。」と言って公園へ走って行った。
「みんなの気持ちは嬉しいけどこれは俺の問題なんだ。」
藤岡は真っ暗な道を公園に向かって走って行った。
公園の真ん中にはそこだけ明るい照明のついた時計のついている柱があり、3人はその下に立っていた。
藤岡は息を切らして「話ってなんだよ。」と言った。
「お前なんで急に辞めたんだよ。俺達に挨拶もしないで。」
「俺を1晩閉じ込めといてよく言うな。俺が倉庫にいるってわかってて鍵をしたんだろ?電気も消して!」
「さあな、なんの事だか。」
「閉じ込められたんなら中から呼べば良かったろ?」
「よく言うよ!そのまま帰っただろ!仕事でも毎日の様に嫌がらせしてただろ?忘れたとは言わせないぞ。」
「俺達はお前のものわかりの良い1を聞けば10を知るみたいなところがイラついて腹立つんだよ。出来杉君!」
そう言って2人が藤岡を羽交締めにしてもう一人が前に立った。
「うわ!」殴られる!
そう思った時、藤岡の前に立った男の頭に丸めたエプロンが当たってバサッと落ちた。
驚いて見るとパンロンドの3人が走ってくる。
「こらー!やめろ!」
「なんだお前ら!」
藤岡が2人の手を振り払い3対3.5で向かい合って立った。0.5は修造の後ろに隠れている江川だ。
「お前ら、嫌がらせなんて陰険で小さい奴らだ!悔しかったら藤岡を仕事で抜けば良かったんだろ。人の事をうらやんでる暇があったら自分がもっといい仕事してみろ!」
修造の話を聞いて藤岡も続けた。「あのままお前達と同じ所で働いて。同じようになるのが嫌だったんだ。」
「なに!」
さっきのやつがまた藤岡の胸ぐらを掴んで首に力を入れてきたので、その手首を掴んで「おい!藤岡を離せよ!そいつはパンロンドの藤岡だ。もうお前達とは関係ない!2度と俺達に関わるなよ!」と修造が怒鳴りつけた。
そして調子に乗って杉本がファイテイングポーズをとって近寄り一人と揉み合いになった。
その時、ズザーンと音がした。
一瞬修造達に気を取られた真ん中の奴に藤岡が一本背負いを決めた。
倒れた男から藤岡が一歩下がった。
突然のことで地面に倒れた男を囲んでみんなポカーンとしている。
江川が気を利かせて「あの〜パンロンドって偶然すごい腕っ節の人達が集まってるんですよ。怪我人が出ないうちにもうお帰り下さい。騒ぎになったらあなた達も損ですよ。」
と言って倒れた男を起こして「さあさあ。」と3人を促して帰した。
それを見てみんな「江川が1番度胸あるかも。」と思っていた。
3人を見送りながら「おれ、学生の時柔道やってました。今度怖いことがあったらそれが霊でも一本背負い決めてやります。それに。」
藤岡は真っ暗い道を見て「おれ、さっきあの道を必死で走ってたら怖さを忘れてました。俺には仲間もできたし。孤独でもない。もう怖いものはありません。」
「俺、パンロンドの藤岡なんで。」
「そうだな。」
2人は顔を見合わせてフフと笑った。
おわり
パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編
パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編
前回のあらすじ
江川と修造はNNテレビのパン王座決定戦の2回戦で4軒のパン屋でそれぞれ1品ずつ出し合い、NNパーク広場で300人のお客さんが選ぶ人気投票で1位に選ばれる為に奮闘中だった。修造が用意したのは牛すじカレーパンだったが果たして。。。
さて、300人のお客さんは行きたいパン屋のパンから食べて行き、4種類のパンの中から1番と思うものに投票していった。今のところ佐久間チームが圧倒的に人気だった。
そろそろ終盤、パンロンド田所チームのブースでは修造が丁寧にカレーパンを揚げ続けていた。
修造のカレーパンは衣がカリッとカレーはトロトロとスパイシーで
口の中は他のパンは消え、
全ての人が投票を終えて300人分の投票用紙は各店舗別に掲示板に貼られていった
司会の安藤良昌(あんどうよしまさ)が出てきた。
「さあ!お待ちかねの集計です。
係のお姉さん達が集計をした紙を安藤に渡した。
「さあ!それでは第4
「さあ!では1位の発表ですー!」
安藤は2位は言わずに1位を言った。
「1位は102票!佐久間チーム!」
と同時にドーン!と音がなった。そのあと音楽が鳴り、安藤が更に大きな声で言った。
「ふ~!僕たちのチームって69票でしたね、4位から盛り返したとは言え佐々木チームと2票しか変わらなかったな~」江川がとりあえずほっとして言った。
「ギリギリだったね。」
佐久間チームには全然及ばなかったが、修造にしてみれば人が集中せず分散したことで、
販売のお姉さん達に「ありがとう。」と言った。
このカレーパン、パンロンドでも販売しよう。
放送が終わったら大量に仕込むぞ。
そうだ、カレーパンロンドって名付ける!
修造はそう決めていた。
佐々木シェフと那須田シェフに挨拶して、お互いに「また会いましょう!」と言って控室に戻った。
そこへディレクターの四角が佐久間シェフとやってきた。
「いや〜お疲れ様でした。次の決勝ですが、
クタクタの修造も佐久間シェフも内心『まだやるのかよ』と顔を見合わせた。次の収録の前にまた何を出すか考えなければいけない。
「収録は次の火曜日、NNテレビのスタジオですのでよろしくお願
やれやれ、次は審査員5人が相手か。
何を出すかな、、審査員は多分パンの世界の人と、文化人、
さて、佐久間シェフは何を出してくるだろう。
「修造さん!優勝賞金100万って何に使います?」
片付けながら江川はまだ優勝してもないのに聞いてきたが修造は「う~ん」と生返事をした。もはや頭の中は決勝の4品でいっぱいだったからだ。
修造は家に帰って黙って部屋に入って来た。
「修造おかえりなさい。お疲れ様~。」律子が台所からでてきた。
「どうだった今日。」
「佐久間チームと決勝に出る事になったよ。」修造はソファに座ってふ~っと息を吐きながらもたれた。律子は隣に座ってネットでブーランジェリーサクマについて調べた。ホテルのベーカリー部門でブーランジェをしてから開業。店の評価は4.9。過去にパンのグランプリも受賞している。人気の品も沢山有る様だ。
修造はその画面をじっと見ながら、強敵だな。今日も圧勝だったよ。向こうからしたら俺たち雑魚(ざこ)かっただろうな。と思っていた。
律子は考え事に入り込む修造の手の平に自分の手を置いて「修造なら大丈夫よ。」と言った。
律子、ありがとう。俺絶対勝つよ。大きな手でそっと律子の手を握り返した。
修造は仕事中もずっとフルコースについて考え続けた。
ミキサーが回ってるのを見ながらこんな風に考えていた。
フルコース対決か、、
前菜はさっぱりと、、
ロッゲンブロートでエビや生ハムのタルティーヌはどうだろう。
あれはやっぱ新鮮さなんだな。トマトの旨み。
朝採れのトマトを律子の妹のその子ちゃんに持ってきてもらうか、
オードブルで口をさっぱりさせて食欲増進しといて。
次は本来ならスープが来てから魚料理か?
メインの前にくどくなくてオードブルよりは食べ応えがあってパン
そうだ!
たしかKieler Sprottenキーラー・シュプロッテン(ニシンの薫製)
燻製の香りが美味しいニシンを軽いバインミーみたいにするのはど
燻製の香りと旨みの後、爽やかな香りがする様にしよう。
次はメインの肉料理。
肉といっても色々あるけどさっぱり系の次はガツンといきたい。
肉料理はチャバッタみたいにしっかりしてるけど噛みやすいものが
肉はどうするか。。
ドイツ風牛肉の煮込み料理は美味い。
最後はデザート。
何にしようかなあ〜
パンを使うんだからアイスは溶けたらフニャフニャになっちゃうし
ずっと心配そうに観察していた江川だったが、急にすっきりしてきた修造の表情を見て「親方!何を出すか決まったようですよ!」と報告してきた。「へー楽しみだな~。」2人でワクワクして修造を見た。
「親方!
「勿論だよ。色々決まったの?頑張ってね。」
「はい!絶対勝ちますよ!」
修造は時間の許す限り江川と練習して時間内にキッチリ仕上げる様
そしていよいよ決勝前日
「江川、これ明日忘れ物の無いように用意してね。」と持ち物の書いた紙を渡した。
「はい!」
さて決勝の火曜日がやってきた。
修造と江川はNNテレビのスタジオに様々な厳選した食糧と午前中作って来たパンを持ってきた。
「その子ちゃんに持ってきて貰った超新鮮野菜もあるし、あとは段取通り進めるだけだ。」
スタジオでは審査員の席が5つ、その前にパンロンドとブーランジェリーサクマのキッチンブースが並んで2つある。
その後ろには大画面のデイスプレイが置いてあって色んなものが大写しにされる。
江川と修造は調理の為の準備を始めた。
「きっちり決めて最高のパフオーマンスを見せるぞ!」
「はい!」
観客席ではどんどん人が増えてやがて満員になった。
ざわざわする中、審査員5人が着席して、司会の安藤良昌も出てきた。緊張が込み上げてくる。
安藤がカメラに向かって話し始めた。
「さあ!始まりました!パン王座決定戦。いよいよ決勝戦になりました。ここで審査員席の皆さんの紹介をしたいと思います。まず1番右が赤いドレスの印象的な女優の桐田美月(きりたみつき)さん、お隣が文化人の有田川ジョージさん、原料理学校校長の原隆(はらたかし)校長、アイドルの羽山裕香(はやまゆうか)さん、そしてお笑い芸人のマウンテン山田さんの5人です!」
モニターには5人が順に大写しになった。
「決勝戦は関東のパンロンド田所チームと関西のブーランジェリーサクマ佐久間チームの対決です。決勝のお題は『パンのフルコース』!合図の音と共に2チームが調理を開始します!審査員の皆さん5人で4品に点数をつけて貰い優勝者を決定して頂きます!結果は最後に発表になります!試食の順は人気投票で1位の佐久間チームのパンを先に行いまーす。」
「それでははーじーめーーー!」
プアーーン!と音が鳴り2チームはそれぞれ1品目の前菜を作り出した。
3種類のパンにそれぞれ違う具材をのせながら「まさかまた被ってないだろうなあ。」と修造と佐久間シェフはお互いに作ってるものをみて驚いた。佐久間シェフも3種類のパンのオードブルを作ってる!
江川も横目で見ながら「この人達気が合うのかも、、」と思っていた。
佐久間シェフは修造を見た。「ドイツで5年修業してきたそうだが、しょせん私の実力には及ばないんじゃないのか。ちびっ子が助手みたいだし。悪いが決勝でも私が勝つよ。」
2チームのパンがそれぞれ5人の審査員の前に並べられた。
「さあ!それでは一品目のパンを審査して頂きましょう!試食はじーめー!」
佐久間シェフは、バルケット(舟形)のミニパイを使ったアミューズを作った。トッピングはパプリカとズッキーニ、レンコンとヒジキのサラダ、海老と玉子の3種だった。
修造の前菜は3種のタルティーヌを出した。トッピングはカブと柚子と生ハムをのせたサワードゥのカンパーニュ、干柿とクリームチーズのロッゲンブロート、トマトのブルスケッタ。
「美味しい取り合わせを考えました。」と修造が、
「うちのカフェでも人気の取り合わせです。」と佐久間シェフが説明した。
司会の安藤が赤いドレスの桐田を指しながら「では女優の桐田美月さん、感想はいかがでしたか?」と声を張って言った。
「はい、こちらの生ハムのパンや柿のパンはフルーティーで美味しかったです、パンとの取り合わせも素晴らしいです。このブルスケッタのトマトも美味しいですね。」
「田所シェフ、説明をお願いします。」
「はい。トマトは長野県の標高が高いところでできたんですが、朝晩の気温の差が激しい所で育ったトマトは昼太陽の光を浴びて光合成で貯めた糖分が夜消費されにくいのでとても甘いんです。ブルスケッタにはサクッとしたクラスト(皮)のバゲットを使いました。パンは3種類とも小麦の香りが引き立つ様に石臼挽きの全粒粉を配合しています。」
「素材を生かした美味しさでしたね。」桐田と安藤のコメントを聞いて江川は祈るような気持だった。「どうかパンロンドのボタンを押してくれてますように!」
「それでは2品目のパンを審査して頂きましょう!試食はじ~め~!」」
佐久間シェフはシャンピニオンというキノコの形のフランスパンを使ったアンチョビとジャガイモのファルシ(詰め物)を。修造はニシンの燻製バインミーを出した。
またしても魚料理が被っている!
5人が試食をしてる間、真ん中に座っている原料理学校の原校長は食べながら分析していた。「ニシンの燻製は皮と骨を取り薄くカットしてレモンハーブソースで和えてある。乾燥したニシンがレモンソースを吸ってソフトになっていて、燻製の香りが香ばしく、ニシンの油をレモンとパクチーの爽やかさが良い感じに中和してくれる。そしてサクッとしたカイザーゼンメルの胡麻の風味が噛む事に口の中に広がる。」
うんうんとうなづいてるのを見て江川はほっとしていた。「校長先生うちを選んでくれないかな~」
「さあ!それでは審査をお願いします!」
全員が自分の前の2つのボタンから美味しいと思う方を押した。
「皆さん押しましたか?それではお笑い芸人のマウンテン山田さん、感想をお願いします。」
「はい、僕正直甲乙つけがたかったんですわ〜。どっちもめっちゃ美味しかったです。キノコの形のパンの詰め物もおしゃれやし、ニシンもサッパリしてて美味しかったなあ!うまうマウンテンですわほんま。」
江川は「マウンテン山田さん、どっちのボタンを押すかな。。」とハラハラした。
その時、女優の桐田美月は感動していた。
「パンの審査ってどんなのかと思ってたらレベル高いわ。あの目力の強いシェフのパン、美味しかったわあ。次も楽しみ。ウフフ。。」
江川はあと2品の準備をする為に材料を手元に寄せた。「あっっ!!!」
「修造さん!大変です!あの機械がありません!」
「えっ!ちゃんと用意できるように紙を渡したろ?」
「確かに用意して車に積んだのを覚えています!」
2人は自分達のテーブルの周りをよく探した。
「無い。」江川が半泣きになってきた。「どうしましょう修造さん。」
その時安藤が叫んだ。「お次はもう3品目ですね!何が出てくるのか楽しみです!それでは作って頂きましょう!」
画面に修造と佐久間が交互に大映しになった。
「江川、俺が盛り付けをしてる間に四角さんに事情を話して一緒に探して来てくれよ。広いから迷うなよ。」
「分かりました。」江川はべそをかきながら四角の所に走っていった。
四角は安藤に合図してこっそりと引き延ばしのサインを送った。
四角と江川は走って駐車場へ行ったが車の中を隅々まで探したのに無い!
「どうしよう!あれがないとデザートの味が変わっちゃう!」
「どんな入れ物だったんですか?」
「30センチほどの茶色いダンボールに入ってるんです。パンロンドってマジックで書きました。」
「この車からスタジオまでの間に落としたかも知れない。他のスタッフも呼んで手分けして探しましょう。」そういって道々キョロキョロと探した。
江川が通路の椅子の陰やごみ箱まで探していると「あら?あなたパンロンドの人よね?」と声をかけてきた人がいた。
「え?」
「私、1回戦で会ったBBベーグルの田中よ。今日は料理番組に出てたの。何を探してるの?」江川はあちこち探しながら事情を説明した。
「私も探してあげる。」江川の表情を見てただ事じゃないのを察して田中が言った。
一方スタジオでは、修造の3品目は牛肉のビール煮込みのチャバッタ、佐久間シェフは全粒粉の食パンを使ったトンカツのサンドイッチだった。
「はい!それでは先に佐久間シェフのトンカツサンドをどうぞ!佐久間シェフ、こちらはお店でも人気なのでしょうか?」
「はい、こちらは当店ではとても人気の品です。分厚いトンカツを低温でじっくり揚げています。出来立てが何よりのご馳走です。ソースには赤ワインとリンゴを使っています。」
それを聞いてマウンテン山田が「なるほどね〜!揚げたて最高!」と言った。
時間を引き延ばすように言われた安藤はゆっくりと言った。「それでは食べながら田所シェフの説明をお聞き下さい!」
「はい、ライサワー種でスペルト小麦を使った長時間熟成の生地を使いました。パンにはバターを塗り、オニオンソテーの上に牛肉のビール煮込みと、ガーリックとジャガイモを細かくさいの目切りにして炒めた軽いポテトサラダをのせて紫キャベツとタイムの小さな葉を散らしました。パンと具材のマッチングを楽しんで頂きたいです。」
すかさず桐田が感想を述べた。「パンがもっちりしてとても良い香りだわ。具材の全てをパンが引き立ててくれていますね。」
「ありがとうございます。」
「修造シェフ。ライサワー種ってなんですかね?ここで皆さんにちょっと説明して頂きましょう。」時間稼ぎに安藤が聞いた。
「はい、ライサワー種はライ麦と水からおこした種の事です。
そう言って修造は審査員にライ麦パンを渡して行った。
修造にしてはちょっと口数が多かったが内心いい時間稼ぎになったと思っていた。「江川どうしてるのかなあ。」
その時、佐久間チームの助手が佐久間シェフにささやいた。「え?アイスクリームが固まらない?」佐久間シェフはアイスクリーマーを覗いてみるとまだ液体のままグルグル回っている、上手く温度が下がってない様だ。「どうしましょう?次もうデザートを出さないといけないのに。」ちょっとだけ固まりかけたアイスをみてうろたえた。「もう少し待ってみよう。」
「さあ!それでは3品目の審査はいかに?」
審査のボタンを押しながらマウンテン山田は2チームの異変を見て「あの人らどないなってんねん。左のチームは助手が泣きながらディレクターとおらんようになったし。もう一方のチームは顔面蒼白やで。」と呟いた。
佐久間シェフは焦った。「次はこっちの番だ。隣はまだ何も作ってないぞ!」先に修造にデザートを出させてアイスが出来るのを待とうと思ったがそれも出来ない。
安藤が慎重な面持ちで言った「さあ、泣いても笑っても次が最後です。4品目を作って頂きましょう!」
佐久間シェフはわざとのろのろと作った。そして少しゆるいアイスをスプーンですくって添えて出したが、スタジオの熱気で徐々に溶けていく!額から汗が噴き出した。
江川は機械がなくなった責任を感じてスタジオ前の長い廊下で膝をがっくりついていた。
「僕がもっとちゃんと見ていればこんなことにならなかったのに。修造さんごめんなさい。」また半泣きになっていると田中が走ってきた。
「江川く~ん!これじゃない?」
「あ!それです!」箱の中身を見た!
佐久間シェフは冷や汗を拭きつつデザートの説明をしていた。「オレンジを使ったパネトーネにシナモンたっぷりのりんごとアイスを添えました。」.残念だがアイスと言うよりは冷たいバニラソースになったがそれはそれで美味しい。
文化人枠の有田川ジョージが「オレンジの爽やかな生地とりんごのスパイスの味がソースに染みて美味しいですね。」と感想を述べた。
修造の番が来た。「江川どうなったかな。もし帰って来なければこのまま出すしかないか。」水色のふちの可愛い皿にパンを並べ始めた。
「修造さん!」
「おっ江川!間に合ったな!」修造は箱の中身を出してすぐにコンセントに刺した。起動して暖めるまでに3分かかる。
「わたあめメーカーだったのか。。」江川を追いかけてきた四角と田中は呟いた。
修造のデザートは、ブリオッシュにサクランボのリキュール『キルシュヴァッサー』を染み込ませたサヴァランで、その上に生クリームを加えたカスタードを絞り、表面をバーナーで焼いてアイシングクッキーで作った王冠を添えた。
あとはあれを乗せるだけだ。
「もう少し待って下さいね。」
と、その間にわたあめメーカーが温まり、修造は真ん中の窪みに赤い飴を入れた。
「江川、のせたらすぐにお出しして。」
「はい。」
そのうちに赤い色の甘いわたがフワフワと出てきてそれを箸で巻いて小さなわたあめをつくり皿に乗せ、その上にラスベリーを砕いたものを少し振りかけた。
江川は全員に順にお皿を配り「お早目にお召し上がり下さい。」と言った。
バーナーで温めたカスタードの上でじわっとわたあめが溶けていく。計算通りになって修造は悦にいった。
「さあ!それではこれが最後になります。パンロンド、田所チームのデザートを召し上がって頂きましょう!」
食べながらアイドルの羽山裕香が「うわ〜っ赤いワタアメが可愛くって美味しいですぅ〜」と言ったので被せて桐田が感想を述べた。
「しっとりしたパンとわたあめの甘酸っぱさとそれをマイルドにするカスタードの味が一体化してとてもバランスがいいと思います。」
「ありがとうございます。ラズベリーでキャンデイーを作り、それをわたあめにしました。」修造は頭を下げた。
桐田美月は王冠の小さなクッキーを食べながら「これで王座は決まりね。」と呟いた。
江川はほっとして、後ろで見ている田中にグッとこぶしを握って見せたので、田中も小さくガッツポーズをした。「江川君かわいい~。」
さっき箱を探していた時、江川が下ばかり探したので、背が高い上にハイヒールの田中は上を探していた。
台車に道具を沢山積んで運ぶ時に、1番上に乗せていた箱の上の隙間に廊下の木の枝が刺さりそのまそのまま引っかかっていたのだ。
全員が4品の試食を終え審査は点数発表だけになった。
司会の安藤が真ん中に出てきて特別声を張って言った。「さあそれでは最後の審査と参りましょう!皆さんどちらが美味しかったでしょうか?ボタンを押して下さい。」
「桐田さん、いかがでしたか?」
「はい、悩みましたがどれも美味しかったのでその分も含め付けさせて貰いました。」
急にスタジオが暗くなり安藤と2チームにだけライトが照らされた。
「さあ!わたくしの元に審査結果の書かれた紙が届きました。5人の審査はどうだったのでしょうか。パン王座に輝くのはどちらのチームでしょう!!?」
デレレレレレ、、、と小さくドラムロールが鳴りだした。
江川は心臓がドキドキした。額から汗が垂れる。
「1品目パンロンド2点!ブーランジェリーサクマ3点!」
大画面に2と3が大きく出た。「サクマさんがまず1品目をゲットしました。さあ!次は?」
「2品目パンロンド2点!ブーランジェリーサクマ3点!」
ジャーン!と音が鳴り画面に4と6が映し出された。
江川は修造を見て背中に冷や汗が垂れた。
「うわ!ちょっとワナワナしてめっちゃ悔しそうなのに顔に出してない。こわ〜!」
修造は反省と悔しさで血圧が上がってぶっ倒れそうだったがグッと耐えた。
「さあ、まだまだ分かりません!さて次は?」
「3品目パンロンド3点!ブーランジェリーサクマ2点!」
画面には7と8が出た!
「次でとっちかが優勝か引き分けだ!どうなるぅ〜?!」
さあ!4品目は!?
デレレレレレレ!!ドン!
「パンロンド!4点!優勝は田所チームです!11対9点でパン王座決定戦はパンロンドの勝ち〜!佐久間シェフもありがとうございました~!」
バーンと音楽が鳴って金色の紙が降りライトが当たった。
安藤が「おめでとうございます〜」
「やったー!やりましたよ修造さん!」
「ありがとうな、江川。」
修造は泣いてる江川にトロフイーを持たせて、手持無沙汰になったので仕方なくどこかしらを向いていた。
2人が大写しになったままテレビはカットになった。
優勝して喜ぶところだが、修造の頭の中はさっき作ったパンの成功と失敗を反芻していた。「前菜とカイザーのどこがいけなかったんだ、、」
そこへ桐田が挨拶に来た。「修造シェフ、とっても素晴らしかったわ。またお会いしましょうね。」
「あ、はいどうも。」考え事中に話しかけてきた桐田に修造は生返事をした。
控室に戻ると佐久間シェフがいた。「田所シェフ、優勝おめでとう、よく勉強してるね。こちらも色々学ばせて貰ったよ。」
「佐久間シェフ、俺たち似たもの同士なんですかね?カレーパンと前菜は驚きました。それとフルコースの流れも一緒でしたね。」
佐久間シェフも同じ事を考えてたらしくうなずいて微笑んでいた。
世話になった人達にお礼を言って、帰り道の車の中で「修造さん、桐田さんって綺麗でしたね〜。僕あんな近くで芸能人見たの初めてです。」
「きりたって誰だ?」
「えー、、信じられない。あんな美人を。。修造さんって頭の中パンでできてるんじゃないんですか?」
「だとしたら美味いな!絶対!」修造はフンと笑って言った。
だがふっと表情が変わり「江川、、俺はドイツに行く時律子から条件を出されたんだ。絶対女の人と目を合わさなきゃ行ってもいいってな。」
「ええ~!?」
「俺が眼で女の人を落とすって思ってるのかもしれないがそんな事あ
江川は律子の厳しい言いつけに背筋がぞっとしながら「そんな事できるんですかぁ?ていうかやったんですか?」と聞いた。
「そうだよ。律子と緑のところに帰るのが大前提だから、
「ひえ〜厳しい!」
「俺にとっては女性は律子しか考えられない。と同時にパンの修行に行きた
急にのろけだした!「はあ。。」
「はあ?」
「一回だけちゃんと目を見て話をした事があったな。告られた事があって、流石に目を逸らしたままじゃいけないからと思ってね。そしたらえげつない美人だったよ。でももうどんな人だったか忘れたな〜」
「概ね約束を守ったって事ですね。僕が表彰してあげますよ。約束を守ったで賞!」
「嬉しいね。」
2人は疲れていたが爽快な気分でふふふっと笑った。
「さあ、もうすぐパンロンドだ。放送が終わったら忙しいぞ!」
「はい!」
おわり
パンの小説の一覧を作りました。
パンの小説の一覧を作りました。
ブログの一覧が5つまでしか掲示されないので一覧をこちらに作りま
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サイドストーリー江川と修造シリーズ ペンショングロゼイユはこちら
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世界大会前編の始めに東北のお祭りに行った後のサイドストーリー
パン職人の修造第6部 再び世界大会編後編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3596
世界大会が終わった後修造は、、
この後もまだまだお話は続きます。
このお話を書いたきっかけ。
昔々グロワールの近所にパンマイスターのお店があって、うちの先代が「マイスターのお店があるから行ってみ。」
お店に入るとご夫婦がお二人で経営されていて、
入り口の横に燦然と輝くマイスターの証が飾ってありました。
推測ですが戦時中にドイツに渡り紆余曲折あってマイスターの資格
推測ですが、色々悩まれたのではないかと思っています。あぁ〜
当時はSNSも無かったし、
そんな気持ちがくすぶっていてマイスターについて色々調べ、
修行は長く、様々なお辛い事、
パン職人の修造第2部ドイツ編にはそんな思いが込められています
世界大会については、審査、選考会、
大会には選手と助手(コミ)の2人が出ます。
今後も修造の話は続きます。
応援お願いします。
ここに出てくるお話はフィクションです。
実在する人物、団体とは一切関係ありません。
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パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編
パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編
このお話は新人の杉本君 Baker’s fightの続きです。
下町の商店街にあるパン屋のパンロンドは今日もお客様が絶えない。お客さんがパンを買って帰ったらまた次のお客さんが来る。
大人気のとろとろクリームパンを成形しながらパンロンドの店主柚木(通称親方)は仕込み中の職人田所修造を見て思ってい
修造が修業に行っていたドイツから帰ってから急にやる気に満ち溢れた職人が増えて
あいつは本当に大したもんだよ。
律子さんと緑ちゃんをおいてドイツに行くって言った時はどうなる
杉本は修造の舎弟みたいだし、江川は金魚の〇〇だな、、、
そこへ電話がかかってきた。親方は人一倍太い指で受話器をとった。
「はい、パンロンドです。」
「初めまして。わたくしNNテレビのディレクターの四角志蔵と申
「へぇ〜、、えっ?うちが出るんですか?」
「はい、
「何をやるんですか?パンのクイズとか?」
「それもあります。勝ち進むと更にテーマがあるんですが、
親方は修造を見ながら言った。
「四角さん!うちに相応しい人材がいますよ。
「本当ですか?全て録画になりますが、
「わかりました。」
「修造君〜!」電話を切って親方は修造に声をかけた。
親方がこう言ってくる時は大体頼み事が多い。
いやな予感しかしない修造は親方を見た。
「来週火曜日に修造と誰かもう1人がNNテレビのパン王座決定戦
「もう決めちゃったんですか?俺テレビとか苦手なんですが。」
人前で何かするとか嫌だな。特に目立つのは苦手だな。
「修造さんとですか?だとしたら誰かもう1人って僕しかいないで
修造と一緒と聞いて気が大きくなって修造の弟子っこの様な江川卓也が立候補してきた。
「
親方はさらっとそう言ってまた仕事に戻ってしまった。
杉本は倉庫に材料を取りに行ってて出遅れて悔しがった。
「え~!江川さ~ん!変わってくださいよ~」
「いやだよ。僕が修造さんと一緒に出るんだもんね。」
そんなやりとりを聞きながら修造は凄く嫌そうにしていた。
うわ、俺どこかに逃げ出そうかな。
そう思いながら火曜日はすぐにやって来た。
修造と江川はNNテレビに向かう車の中で
「なんで俺がテレビに出なくちゃいけないんだ。」
「まだそんな事言ってるんですか?
「お前、、信じられない図々しさだなあ!」
そんなやりとりをしながら2人はNNテレビに到着した。
「うわー!僕テレビ局初めてです。広いなあ。」
ADらしい人に控室に通されて「こちらに座ってしばらくお待ちください。」
自分たちの他に5組いるんだ、、
1番右の2人。あれは北海道のパン屋北麦(ほくばく)
2番目が東北のブーランジェリータカユキの那須田シェフ。
3番目は関東の俺たちパンロンド。
4番目は関西のブーランジェリーサクマの佐久間シェフ。
5番目は中国地方のBBベーグルの田中シェフ。ここはベーグルの種類が豊富で、華やかなベーグルフルーツサンドが人気なんだ。
そして6番目は九州の
「それぞれ持ち味出してる店ばっかだな。」
うちが1番無名かなあと言ってるとディレクターがやって来た。
「どうもみなさんお待たせしました。
パンにまつわる問題が出ますのでどんどん答えて行ってください。
全10問しかありませんので頑張って下さい。
説明のあとスタジオに案内された。1番やる気のない修造はだらだらと最後に
スタジオは広くてセットのところだけ凄くライトアップされていた
「セットの裏側ってベニヤ板なんですね〜」
スタジオのセットはクイズ番組でよく見る1番から6番のマークのあるブースに仕切られていて、2
「このボタンを押すんですね。早押しなんでしょ?」
「そうらしいな。」
ピンポン!江川は赤い丸いボタンを押す練習を始めた。なかなか素早い。
とそこへ、売れっ子司会の安藤良昌(あんどうよしまさ)が真ん中に立って挨拶して来た。「
「あれ、安藤良昌ですよね!芸能人見たの初めてだなあ!」
江川おまえの好奇心は天井知らずだな。
そう思ってると音楽がなり、とうとう番組が始まった。
皆緊張の面持ちで立っている。クイズが始まった。
ジャジャン!
「第一問!
修造はすぐに押したが、
「はい!2番の那須田チーム。」
「ドイツ!」
「正解です。
江川は修造の顔を見た。
あ!ドイツが答えなのに!
修造さんめっちゃ悔しそう!
これ外すか?
「おい江川、
「はい。」
ジャジャン!
「第二問!
ピンポン!
「はい!3番の田所チーム!」
修造が江川にささやいた事を江川が言った。
「酸っぱい生地?」
「正解!パンロンド田所チームにポイント10点!残りはあと8問
ジャジャン!
「第三問!粉の20%から40%程度に同量の水と酵母を混ぜ込ん
また素早く背中を突いて「ポーリッシュ法!」「はい正解!」
次々と答えていき、パンロンドは素早さだけで50点稼いだ。
修造がチェっとなったので、江川はそんな修造を見て、
結果
1位はパンロンド
2位は20点稼いだブーランジェリータカユキ
そして3位は10点のブーランジェリーサクマと北麦パンだったの
ジャジャン!
「問題です。一般的なライ麦の発芽温度は次のうちどれ?1番1℃
タッチの差でブーランジェリーサクマが押した。
「はい佐久間チーム!」
「1番!」「はい正解!おめでとうございます。3位決定!これで
音楽と共に番組は一旦締められた。
ディレクターの四角は控室で4軒のチームを集め「
四角は説明を続けた。
「お客さんの数は300人。
「準備があると思いますので、1週間後、NNパーク広場で行います
「うわ、人気対決ですって。どうするんですか修造さん。」
「絶対勝ってやる!
他の店も同じ様に思ってたらしく早々に全員帰った。
親方は行きと帰りの修造のテンションの違いを見て驚いた。息巻いている。
「江川君、どうだった?今日のクイズ。」
「はい、うちの圧倒的勝利だったんです。
「うへ~!それは凄いね。」
翌日、修造の頭の中は何を作るかでいっぱいだった。
対戦相手は那須田チームのデニッシュかクロワッサン、佐久間チームの惣菜パン、
ああいう屋台だと知名度と看板の写真なんかがものを言うよな。。
カレーやラーメンならなあ、、
そうだ!
カレーパン!
スパイシーで香り立つカレーはどうだろう?
「あ、親方。修造さん何か思いついた様ですよ。」クリームパンの生地を綿棒で伸ばしながら修造を観察していた江川が報告した。
「親方、買い出しに行きたいんですが。」
「
「はい!」
そう言って修造は駅前のスパイス専門店に走って行った。
そこには缶に入ったプロ仕様のスパイスが沢山並んでいる。
「えーと、ターメリック、クローブ、オールスパイス、
「沢山入れると気になる味ですが、
「はい。」
「それともう一つ。
「どうもありがとう!」とお礼を言って買い物をして、スーパーでトマトと生姜とニン
次に肉屋に行った。うーん、
修造はある肉を買った。
パンロンドに戻った修造は、早速スパイスのテンパリングを始めた。
その後修造は肉屋で買った牛すじを取り出した。
まずは硬い牛スジを大きめの鍋に入れ、煮込んだ後雑味を除くために一度湯を捨ててもう一度鍋に入れて生姜と煮込んだ。
始め固かった牛スジは徐々に柔らかくなっていき、
衣をどうするかな。
カレーパンの美味いのはルーは勿論だが、
次の日、サクい食感の生地にスパイスを馴染ませたカレーペストを包み、
それを水溶きの小麦粉と米粉を配合したペーストに潜らせてロース
パン粉は親方自慢の山食パン「山の輝き」をローストしたものだ。
カレーパンを揚げて「親方これ、食べてみて下さい。」と渡した。
「うわー!美味い!」
「このカレーを持って2回戦に挑みます!」
修造は2回戦の前の日、300人分のカレーと牛スジを用意した。
江川はお店から持っていくもの一覧を見て真剣に用意した。「
「修造さん!明日は頑張りましょうね。」
「勿論だ!今日は早く寝ろよ!」
次の日はいい天気だった。NNテレビの広場には沢山の人がイベン
4店舗のブースが並んでいる。
「修造さん、まさかでしたね。」
「
「向こうも驚いてますよきっと。」
1番ブースの田所チームは牛スジカレーパン。2番の那須田チームはクロワッサンサンド。3番佐々木チームは北海道産小麦の食パンにチーズとハムを挟んだクロ
「うろたえてる暇はないぞ!そろそろ揚げる準備をしないと。」
と、そこへ「おはようございま~す!」とやって来たのはNNテレビが用意した販売員のお姉さん達だった。
「
江川には「さあ!どんどん揚げていこう!」と勢いよく言った。
すでに作業中のチーム達の前でロケが始まった。司会の安藤良昌が出てきた。「さあ!
プアーーーン!
合図の音と共に人々はそれぞれ自分の食べたいブースに並んでパン
江川は他のブースを覗いて「うわ!佐久間チームの所にあんなに沢山の人が!
佐久間チームのカレーパンはサラッとした口当たりで食べやすく、
人々は皆メジャーな順に食べて行った。
マイナーなパンロンドは少々不利だ。
修造は手鍋にカレーを入れてコトコト炊いてうちわで仰ぎ出した。
「うわ!いい香り〜、ここに行こうよ。」と言って、並ぶ人数が少し増えてきた。
江川はカレーパンを揚げながら通路を通る人に声をかけた。「
「ちょっと、あの子可愛くない?」と言って並ぶ人も増えてきた。
江川はトレーにカレーパンを乗せて呼び込みをし出した。
「こちらパンロンドでーす。」
「うちの牛すじカレーパンの方に投票して下さいね〜
と、目をキラキラさせて言って回った。
修造はカレーパンを包んだり揚げたりしながら「
江川は一人一人に丁寧に説明して、わざと列を作り、
待たされると美味しく感じるものかもしれない。
他の店はどんな感じなんだろうか?
司会の安藤が中央に出てきた。
「さて!ここで途中経過の発表です!」安藤は4店舗の集計表を見て
うわ、僕たちのチーム4番目だって、頑張らなきゃ。
来場者は3店舗回って結構お腹一杯の人達ばかりになってきた。
江川はカレーパンを渡すとパンロンドの店名が書かれた紙ををお客
江川、そんなことしなくても俺のカレーパンは美味いんだ。
修造は焦らず最適の揚げ方に集中した。
後編に続く