2022年07月15日(金)

パンの小説の一覧を作りました。

パンの小説の一覧を作りました。

 

ブログの表示が5つのお話までしか掲示されないので一覧をこちらに作りました。

よろしければ下にある一覧から好きな話を探して見てくださいね。

このお話はフイクションです。

江川と修造シリーズは修造が修行先のドイツから帰ってきて江川をパンロンドで面接したところから始まります。
引きこもりで不登校だった江川は修造の弟子っこになり、やがて色々な経験を経てナイスなパン職人になっていきます。

イラスト付きでわかりやすく、電車の中ですぐ読める感じになっていますのでぜひお楽しみ下さい。
どんどん更新していくのでたまに覗いて見てくださいね。

note始めました。3部の途中の江川君がパンロンドに面接に来た所から始まります。少しずつ読みたい方はこちら

https://note.com/gloire/m/m0eff88870636

お話の最後にあるハートマークを押して頂くと励みになります。

イラストだけ見る方はこちら

https://www.instagram.com/panyanosyousetu/

 

新作↓

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ

江川 Preparation for departureはこちら

gloire.biz/all/5273

とうとうフランスに旅立つ時が来た!
準備に忙しい江川と修造の前にやり手の営業マンが現れた。。

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ

One after another 江川はこちら

gloire.biz/all/5158

新たに練習を始める江川だったが、、

 

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 

A fulfilling day 修造はこちら

gloire.biz/all/5105

大地が生まれた!毎日ハッピーな修造

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 後編はこちら

http://www.gloire.biz/all/5034

杉本に試験を受けさせようとする風花だったが、、、

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 前編はこちら

http://www.gloire.biz/all/5018

いつもぼーっとしているタイプの杉本の特技を発見したパンロンドの職人達は

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ バゲットジャンキーはこちら

http://www.gloire.biz/all/4967

あのメモを渡してきた男の正体は?

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ broken knittingはこちら

http://www.gloire.biz/all/4872

とうとう若手コンテストに挑んだ江川と鷲羽でしたが、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Mountain Viewはこちら

http://www.gloire.biz/all/4845

江川と修造は2人で荷物を積んで選考会に出発しました。

そこには、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structureはこちら

http://www.gloire.biz/all/4802

ホルツにてとうとう飾りパンの練習が始まりましたが、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Prepared for the roseはこちら
http://www.gloire.biz/all/4774

鷲羽はパンロンドに勉強の為に行きます。そこでつい、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ   イーグルフェザーはこちら

http://www.gloire.biz/all/4720

鷲羽と江川はベークウエルのヘルプに行きますがそこでは、、、

 

パンロンドの職人さんのバレンタイン Happy Valentineはこちら

http://www.gloire.biz/all/4753

パンロンドの職人さん達のバレンタインはどんなのでしょうか?

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ スケアリーキングはこちら

http://www.gloire.biz/all/4675

いつも自信満々な修造が唯一怖いもの、それは、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Sourdough Scoring 江川はこちら

http://www.gloire.biz/all/4634

選考会への修業を重ねる江川と修造。江川にまたしても試練が訪れる。

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ ジャストクリスマスはこちら

http://www.gloire.biz/all/4588

クリスマスはパンロンドに優しい風を吹かせました。

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ お父さんはパン職人 はこちら

http://www.gloire.biz/all/4548

修造と緑はとっても仲良し。だけど近所の人はお父さんの事を、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ  六本の紐  braided practice 江川はこちら

http://www.gloire.biz/all/4477

修造と一緒にホルツで修業を始めた江川を待ち受けていた者とは、、、

 

 

江川と修造シリーズ フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thiefはこちら

gloire.biz/all/4415

やっと職場に慣れてきた杉本。一緒に仕事している店員の風花に危険が迫る!その時杉本は、、、

 

 

江川と修造シリーズ 背の高い挑戦者 江川 Flapping to the futureはこちら

gloire.biz/all/4365

修造と江川の務めるパン屋パンロンドにNNテレビがやって来た!

みんな頑張って!その時修造は、、、

 

 

ハートフル短編小説 アルバイトの咲希ちゃんはこちら

gloire.biz/all/3705

東南駅と学校の間にあるパン屋のパンロンドでアルバイトをはじめた高校2年の咲希ちゃんでしたが、、、

 

 

江川と修造シリーズ催事だよ!全員集合!江川Small progressはこちら

gloire.biz/all/4249

このお話は進め!パン王座決定戦!の続きです。催事を通じて少しずつ成長する若手の職人達のお話です。パンロンドにイケメンの仲間がやってきましたが実は、、、

 

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編はこちら

gloire.biz/all/4129

パン王座決定戦!前編の続きです。 修造はNNテレビのパン王座決定戦で強敵のシェフと戦う事になりましたが。。

 

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編はこちら

gloire.biz/all/4009

新人の杉本君の続きのお話です。親方が修造をパン王座決定戦に出てくれと言ってきました。その時修造は、、

 

 

江川と修造シリーズ 新人の杉本君Baker’s fightはこちら

gloire.biz/all/4056

江川To be smartの続きのお話です。パンロンドに新人の杉本君が入ってきましたが、、、

 

 

江川と修造シリーズ 江川To be smart はこちら

gloire.biz/all/3940

江川が15年前パンロンドの面接で修造と出会った時のお話です。

修造は一風変わった面接をします。。

 

 

製パンアンドロイドのリューべm3はこちら

gloire.biz/all/3877

30年後の未来、アンドロイドはとうとうパンも作ってくれる様になりました。
利佳はアンドロイドと仕事をする決心をします、その理由とは。

 

 

パン職人の修造第1部 青春編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3032

パンロンドに就職した空手少年の修造は運命の人に出逢います。そして、、

 

 

パン職人の修造第2部 ドイツ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3063

修造はパンの技術を得るためにドイツに向かいますが、、、

 

 

パン職人の修造第3部 世界大会編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3065

江川と出会った修造は2人で世界大会を目指します。

 

 

パン職人の修造第4部 山の上のパン屋編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3073

律子と2人で念願のパン屋を開きますが、、

 

 

パン職人の修造第5部 コーチ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3088

江川の為に世界大会のコーチを引き受けますが、、

 

 

パン職人の修造第6部 再び世界大会編前半はこちら

http://www.gloire.biz/all/3100

世界大会の為にコーチとして江川や緑と色々と作戦を練りますが、、

 

 

サイドストーリー江川と修造シリーズ ペンショングロゼイユはこちら

http://www.gloire.biz/all/3748

世界大会前編の始めに東北のお祭りに行った後のサイドストーリーです。

世界大会のアイデアを練る為に江川と東北に行った帰り道、泊まったペンションで修造が会った夫婦は、、、

 

 

パン職人の修造第6部 再び世界大会編後編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3596

世界大会が終わった後修造は、、

この後もまだまだお話は続きます。

このお話を書いたきっかけ。

昔々グロワールの近所にパンマイスターのお店があって、うちの先代が「マイスターのお店があるから行ってみ。」と言いました。
私はその時はマイスターって聞いたことあるけど何なのか知りませんでした。

お店に入るとご夫婦がお二人で経営されていて、ショーケースがありました。
当時(今も)無知だった私はどれがドイツパンかもわかりませんでしたが、記憶では日本の菓子パンもあった様に思います。

入り口の横に燦然と輝くマイスターの証が飾ってありました。
今はもうぼやけた思い出ですが、今にして思えばなんて勿体無い事をしたのでしょう。
もっと行っとけば良かった!
お店はいつのまにか無くなっていました。

推測ですが戦時中にドイツに渡り紆余曲折あってマイスターの資格を取り日本に戻ってこられたのではないかと。
そして日本にドイツのパンを広めるはずだったのに、当時はやはり菓子パンや食パンが主流で、しかも「白くてフワフワ」というワードがもっとも信頼されていた頃です。

推測ですが、色々悩まれたのではないかと思っています。
あぁ〜今やったらパン好きの人達に紹介して記事を書いて貰うのに。
そしてそれを読ませて貰うのに!

当時はSNSも無かったし、私も価値が分からずにいたと思うと口惜しいです

????

そんな気持ちがくすぶっていてマイスターについて色々調べ、今では価値のある存在って十分わかっております。

修行は長く、様々なお辛い事、そして楽しいこともあったと思います。

パン職人の修造第2部ドイツ編にはそんな思いが込められています。

世界大会については、審査、選考会、世界大会の順に勝ち進んでいくのですが、調べていくにつれ、色んな選手の方が色々な事を調べて作ってらっしゃるのがよくわかります。
時間内にタルティーヌやクロワッサン、バゲット、スペシャリテ、芸術作品などをを作らなければいけません。
とても技術を要し、過酷なものと推測します。

大会で修造が作ったパンは調べあげた末、誰とも被らないようなものを作ったつもりですがもしもモチーフが被った場合はご容赦下さい。
その他の一般でも販売可能なパンに関してはこんなに沢山の種類やパンがあるんだとわかって貰えるようになるべく色んなパンを紹介することもあるかもしれません。

世界大会には選手と助手(コミ)の2人が出ます。
そして会場ではブースの外からコーチが色々指導したりします。
素晴らしいコーチと助手と選手の熱い思いが燦然と輝くのです。

今後も修造の話は続きます。

応援お願いします。

ここに出てくるお話はフィクションです。

実在する人物、団体とは一切関係ありません。

パンと愛の小説

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2022年07月15日(金)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ One after another 江川

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ One after another 江川

 

このお話はフイクションです。実在の個人、団体とはなんら関係ありません。

 

 

 

 

自転車でもなんでもそうだが始め到底無理だと思っていても、練習するうちになんとかなる。そして身につけば後は楽勝。

 

 

今日はホルツでの練習の日だ。

鷲羽と園部は大木に必ずここに帰ってくると約束してフランスに旅立った。

今頃は働きながら語学学校に通っている事だろう。

その為練習は修造と江川の2人きり。

 

江川は修造の立てた「大会前日のプラン」を練習し続けていた。

大会では前日に割り当てられた時間は1時間。

手順を覚えて準備をして、野菜を切り並べる。型に入れてそして、

「江川バラバラにならない様に丁寧に重ねてね。固さに注意して」

「はい」

時々江川を見ながら修造は細かい柄の精巧なステンシルを彫っていた。

茶色い厚紙に鋭いカッターで彫り進めていく。

少しでも手先が狂うと切れてしまう。

修造は刃先に全神経を集中させていた。

「ふうー!できた」

と言って菊の柄を透かしておかしなところがないかチェックした。

 

その横では江川は昨日作ったものを型から出して切っていた。

 

·

 

それを大木と修造が試食して「ちょっと緩いかな?」

もう少ししっかりした感じが欲しい」

とチェックが入った。

「わ、わかりました」

 

何度練習してもいまいちうまくいかない。

「もっと細かい微調整が必要なんだ」

毎回配合と温度をメモに書き、今日は少し変えてみる。

現場では理想の固さにしないと。

 

「江川、ミスは許されない」と大木が厳しいことを言ってくる。

「何個か作っていいのを使いましょうよ」

「何個も作れるほど早くできるならそれでもいい」

「え〜」

 

江川はメモにまだ工程があるのをもう一度確認した。

他にもやる事はある。

ここでつまづく訳にはいかないんだ。

「僕もう一度やってみて良いですか?」

「勿論だ、選考協会から援助が出てるから多少は無理が効く」

それに『あいつ』に前回の領収書を送ったら振り込んできたしな。と、大木は心の中で思った。

「ま、スポンサーもいるしな」

「江川、味の事なんだけど旨みがもう少し欲しいと言うか、もっと和風に近づける味に寄れないか考えてみるよ」

 

次に修造は蝶の羽の形をダンポールに4種類描きカッターで型通りに切り抜いた。

そして大木に

「これなんですが」

と原案の型を照らし合わせて見せた。

大木は蝶の羽を手に取って観ながら言った。

「ふん、この形なら生地の上に乗せて切り取ればいけるだろう。こりゃ留木さんの出番だな」

修造は江川がコンテストの時に六角形の型を何種類か作ってもらった留木板金の名前が出てテンションが上がった。

「うわ!留木板金!」

「江川、練習を続けといて」

と言って大木は修造と車で出かけた。

 

車の中で「江川には無理させちゃってます」と胸の内を打ち明けた。

「なんとか乗り越えて貰わんとな」

「まだまだやる事があって」

「登り始めだな」

「はい」

 

何かを成し遂げるのは大変な事だよ。今やっている事は無駄にはならん。

江川もいつかきっとわかる日が来るだろう。

大木は留木板金の前に車を停め入り口に向かって歩きながら誰に言うともなしに言った。

「投げ出すのが1番の無駄だ」

 

入り口のドアが開いた。

「どうも大木さん、今度は誰を連れてきたんですか?」

 

ーーーー

 

江川が一人で練習していると北山と篠山がこっそり入ってきた。

「江川さん、こんにちは」

「あ、こんにちは」

 

 

「ねえ、これって世界大会と関係あるの?」2人は江川の作ってる物を見て言った。

北山と篠山はホルツに練習に来てる間に親しくなった職人で、結構優しくしてくれる人達だ。

二人とも名前に山がつくので江川は心の中で仲良し二人組を『山々コンビ』と呼んでいた。

「ねぇ、私たちもフランスに応援に行くわね」

「えっ!本当?嬉しいな。二人だけで行くんじゃないんだね」

「大木シェフとホルツからは私達、それに業界関係の人や一般の応援の人もいるんじゃない?」

「そうなんだ、なんだか頼りになるなあ」

「それにね、、」

二人は顔を見合わせた。

「鷲羽君も来るわよきっと」

「園部君は良いとして、ねぇ」

ねぇ、の言い方に鷲羽への嫌悪感が露わになっていた。

どうやら会場で会うのも嫌っぽい。

「二人は見てないかもしれないけど、鷲羽君は色々あって変わったみたいだよ」

「え?本当?人ってそんな簡単に変われるものなの?」

「それは、、変わったんじゃ、、ないかな?」

江川はモゴモゴと誤魔化した。

 

話を変えよう。 

2人共もうお昼食べた?」

時計は12時を指していた。

「これ食べて! 感想を聞かせてよ」

江川はさっき切ったものを出して皿に入れて渡した。

「わあ綺麗。これ大会と関係あるの?」

「内緒だけどそうなんだ。誰にも言わないでね」

「うん、わかった」

「ヘルシーだし、味はナチュラルで美味しいけどこれをパンにどうやって使うの?」

「それは大会で見てよね」江川はそう言いながら

「少し緩いから調整しなきゃいけないんだ。それに味付けも物足りないかな」

と二人の皿ににもうワンカットずつのせた。

それを食べながら北山は「小耳に挟んだんだけどね、会場って凄く暑いんでしょう?」

「えっ?そうなの?どのぐらい暑いのかな」

江川は手に持ってるものの温度の影響を考えた。

「大丈夫なのかな?」

 

ーーーー

 

一方その頃大木と修造は

 

「腹減ったな。そろそろ昼か」

「そうですね」

留木板金から出てきた時、凄く良い匂いが漂ってきた。

「そう言えばこの近くに人気のうどん屋があるんだよ。行こうか」

「はい」

2人は通りを渡ってうどん屋の前に来た。

清潔感のある老舗っぽい店の入口を開けて「どうぞ」と、大木を先に入らせた。

 

店内に入ると客でいっぱいだった。

大木と修造は端の空いている席を見つけて座った。

この香りは出汁の香りだ。修造は意識して香りを嗅いでみた。

カツオと昆布、それと何か他にも入ってるかな?そして醤油に味醂に、、

「修造は何にする?俺はざる蕎麦」

「じゃあ素うどんってありますかね?具が無いやつ」

「素うどん?」

と不思議に思いながら大木は「すみません」と手を挙げ店員さんを呼んだ。

やってきたエプロンと三角巾の女性に「ざる蕎麦と天ぷらうどん、あとさ、出汁だけ少し貰えない?味見させてよ」

店員さんは復唱してしばらくして注文通りに持ってきた。

「ありがとうね」

と言って修造に出汁だけ入った丼を渡した「ほら。これだろ」

「すみません」修造は受け取り、濁りのない澄んだ出汁を香りを嗅いだり飲んだりしてみた。

 

 

「合わせ出しですね。美味いなあ」

「添加物も使ってないらしいよ、ほら」

なんと壁に配分が書いてある。

当店は同量の鰹、煮干しと利尻昆布で出汁をとっています。

 

ほんとだ

 

そうだ

 

これをベースにすれば添加物なんてなくても和風のうまい味が出せる。

これを江川の作ってる物のに使えば!

 

移りゆく修造の表情を見ながら大木はふふふと笑った。

「早く食えよ、饂飩が伸びるだろ」

 

二人が食べ終えた時修造が話しだした。

「俺、もし大会で勝ったら江川に恩返ししようと思うんです」

「もしってなんだよ。勝つんだろ?」

「はい、やるからにはそのつもりですが、、これまでにも大木シェフや鳥井シェフ、親方、うちの義父にも世話になっていて、その分を江川に返して、そしてまた江川が次の世代に何かしてあげれば良いと思ってます」

「自分が受け取った分を江川にしてやる訳だな」

「はい」

 

ーーーー

 

ホルツに戻ると江川が待っていた。

「ごめん、大木シェフにお昼をご馳走になったんだ」

「大丈夫です。僕、お腹と胸もいっぱいで」

「さっき北山さんと篠山さんにこれを試食して貰って、その時会場が暑いって聞いたんです」

「え!そうなの?」

「はい、僕心配で」

「暑いって事は味の濃い薄いも気をつけなきゃならない。様子を見て味付けを濃くするかもしれない」

もし過去に暑かったから逆にクーラーバリバリ効かせてたらどうしますか?」

「その時の為に3つのレシピを用意しておこう。丁度良い標準、若干濃い味、若干薄い味。

江川、まずその丁度良い標準の固さと味を見つけるんだ」

「それと」

「えっ?」

修造は帰りに買ってきた真昆布と鰹といりこを出してきた。

「なんですか?これ」

「美味しい出汁をとる練習をして貰う」

「えー!」

 

江川は修造の言う通りに合わせ出汁をとる練習を始めた。

昆布は30分は水に漬けとかないといけない。

その間に野菜を用意して型に詰め、次の作業に取り掛かり、そのあと鰹を入れて10分したら濾す。

そして例の液を流し込む。

そして次の作業へ。

江川は額の汗をキッチンペーパーで拭き取りながら、なんか前日準備って僕の想像と全然違うなと思っていた。

「計量したり種を準備すると思ってました」

「江川、それは俺がやるんだ」

「工程表にこんなにびっしり書いてありますよ、こんなに?」

「うん」

「こんなにだ!」

修造は工程表を手に持ち高く上げた。

 

ーーーー

 

夕方になり、練習もそろそろ終わり。

 

「さて江川、俺は今から寄る所があるんだ」

「え?どこへ行くんですか?僕も連れてって下さいよう」

「一緒に行くのか?」

「はい、片付けるから待って下さいよう」

「本当に良いんだな?」

「え?」

 

ーーーー

 

2人は一旦家に帰った。

江川はワクワクしながら修造の言う通り着替えを用意した。

「どこに連れっててくれるのかな」

「歯ブラシやタオルに、ドライヤーとかいるのかな?」

沢山の荷物をリュックに詰めて東南駅に集合した。

 

ーーーー

 

電車で2時間半移動してる間、2人とも疲れてい寝ていた。

「江川」

修造が江川を起こした。

「もうすぐ着くんですね?その駅に何があるんですか?」江川が除いた電車の窓の外は真っ暗だ。

「滝だよ。道場の田中師範にいい滝があるって教えて貰ったんだ」

「滝!良いですね。」マイナスイオンをいっぱい浴びるんですね」

その時電車が駅に着いた。

「着いたぞ」

全く聴いたことのない駅に辿り着く。

 

 

江川はもう帰る電車は無さそうだから民宿にでも泊まって明日滝に行くのかと思っていた。

「ここどこなんだろう?今日この近くに泊まるんでしょう?」

 

早歩きで行かないと修造はどんどん歩いていく。

江川が慌ててついて行くと真っ暗な山道に入った。

細い車道を照らす薄い照明だけが頼りだ。

昼間雨が降ったのか、道の脇から伸びた草を踏むと湿った感触がする。

しばらく行くと川の音が近づいてきた。

「滝の音かな」

ドドドっと勢いのある音が遠くに聞こえてくる。

修造は突然ガードレールの切れ目から下に降り出した。

「どこ行くんですか?」

「滝だよ。滑るから気をつけて」

「今から?」

 

修造はそれ以降何も話さなくなった。

 

河原に降りて来ると奥の方に滝の音がはっきりと聞こえてくる。

「何するの?」

修造は荷物を置き着替えだした。

「あっ」

ザバザバと音を立てながら滝の方へ降りていくのがうっすら見える。

明かりは上に通っている道路を照らす小さなライトだけだ。

それより木々の後ろに広がる暗がりが怖くて仕方ない。

「ひっ」

身を強張らせて見ていると、道着を着て滝に当たりながら手を合わせてるのが何となくシルエットで分かる。

精神統一していた修造は突然

両手を三角にして前に出してから「はーーーー〜っ」とお腹から息を吐き出して、その三角の手をまた胸元に引き寄せた。

それを何回かやった後

「えーいっっっっ!」っと気合いを入れながら正拳突きを始めた。

 

 

夏場とはいえ夜の山の空気は冷たく、水を触ると「冷た」と言うぐらいだ。

昼間降っていた雨のせいか水の勢いがすごい。

ドドドドドドド、、、

あんなに水に当たって首が大丈夫なのかしらと心配していたが、いつまで経っても正拳突きの勢いはおさまる事は無い。

あ、分かった。

千本突きってのをやってるんじゃない?

ひょっとして試合前に気合を入れてるの?じゃなかった大会前に⁉︎

 

滝の音に打ち勝つようにエイ!とも、せい!とも付かない修造の声が響く。

しばらくして突きがが止まり、もう一度精神統一している様だ。

 

何?これ

かゆ〜い!

 

じっと見ていた江川はいつの間にか大量の蚊に刺されて顔も首も腫れまくっていた。

「ヒーっつ」と叫んで纏わりつく蚊を避けるために川に飛び込んだ。

 

「お、江川もやるのか?お先に」

すっきりした声の修造は爽やかに言った。

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2022年07月06日(水)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ  A fulfilling day 修造

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ A fulfilling day 修造

 

 

「ねぇ?何か変な音が聞こえない?」

機械の故障だろうか?低い擦れる様な音がする。

グーググーグーグー

みたいな?

パンロンドの奥の工場で作業中

江川がキョロキョロしながらカスタードクリームを炊いている藤岡に言った。

「シッ。聞こえますよ本人に」

藤岡がホイッパーから手を放し、そっと指差した音の方を見て江川の大きな丸い目がもっと丸くなった。

修造の鼻歌の音だったのだ。

えっ

修造さんってあんなに歌が、、

音痴というか、この音はどこから?

喉?

肺の奥?

修造はと言えばすごく気分良さそうに謎のドイツ語の歌を歌いながら生地を分割している。

ウキウキして喜びで胸がはち切れそうだった。

修造は2人目の子供が無事産まれて

大地と名づけた。

自分の育った山から見える緑の大地のイメージだそうだ。

「なあ聞いてくれよ江川!ほんとちっちゃくて可愛いんだよ」

「はい」

今日だけでも3回くらい聞いた。

そしてビニールシートに生地を3000グラム測って包み、江川に抱っこさせた。

「産まれた時なんてこんなにちっちゃかったんだ」

「わあ軽〜い」

「それにしても生まれたての赤ちゃんってこんなに軽いんだ、おーよしよし」

杉本があやし始めた。

「生きてるって不思議、こんなに小さく生まれて、どんどん大きくなって、やがて修造さんぐらい大きく成長するんだ」江川が感動して言った。

その時店から奥さんが修造に声をかけた。

「明後日の昼に一升パンの注文が入ったからお願いね。名前は歩と書いてあゆむ君よ」

「わかりました、明後日の昼に」と言って注文書を受け取った。

「一升パンってなんですかあ?」と杉本が聞いた。

一升パンって一歳のお祝いに子供さんの背中に背負わせて一生食べ物に困らない様にとか健康であります様にと願いを込めるんだ」

「へー」

「元々は一升餅と言って、2キロの餅米をついて作るもので最近はパンでお祝いする様にもなったんだ。だからステンシルで名前とか可愛い模様を彫って生地に乗せて粉をかけて焼くんだ」

「はー」

 

 

まずパソコンで文字を書き印刷する(もちろん手描きも)、紙に良い感じに貼りつけたり絵を描く。レイアウトが完成したら文字や絵の残したい部分を切り抜く(直に発酵した生地に直接文字を貼り付けて粉をかけるやり方もあります)生地に乗せてくり抜いた所に粉を振りかける。そのあと落ちる粉に気をつけてそーっと剥がす。それを焼くと焼成後は文字がくっきり出るのです。お願いしたら近所のパン屋さんでもやって貰えるかも。

「俺も大地が一歳になったら凄いのを作るぞ!」

「はい」

拳を高く上げ決意表明をした修造にみなどうぞどうぞのジェスチャーをした。

 

ーーーー

 

日曜日の昼

若い夫婦が小さい男の子を抱っこして

パンロンドにやって来た。

「一升パンを受け取りに来ました」

親方が窯の前から「可愛いなあ」と男の子を見て言った。

修造も奥から見ていてニコニコしている。

他のものは子育てに縁のない生活をしてるが、最近の修造を見て良いもんなだなあと思っている。

「あのイカつい修造さんがあんなに笑顔で」

と杉本が言った。

誰よりも早く帰って赤ちゃんとお風呂に入るのがなによりも楽しいんだって」

「へぇ〜」

 

ーーーー

 

さて、その湯船では

修造は大きな手に大地の頭を乗せて親指と小指で耳に水が入らない様に耳たぶのところをそっと抑えて、小さなガーゼで優しく大地の顔を拭きながら「もうちょっと大きくなったらお父さんと空手に行こうな」とか話しかけていた。

 

 

「俺がお前を守るからな」

成長する迄危険のない様に、でも色んな体験をさせてやりたいなあ。

「なあ」と気持ちよさそうに身体を湯船に浮かべている大地に言った。

 

 

まだまだ睡眠のサイクルが短い大地を抱っこして寝かしつけ、そーっとベビーベッドの布団に運ぶ。

週2回休みがあるし、パン屋は朝は早いがその分帰りも早い。なるべく緑や大地と過ごすことにした。

こんな風に静かな時に修造は度々世界大会のパンの構想を練っていた。

生地の旨味を追求するのはもちろんの事、その他にも考えて実際に作ってみる為のレシピを作ったり、ステンシルの柄を考えたりしなくちゃな。

そんな風に考え

宿題をやってる緑の横で一緒になって紙に書いたりした。

 

パンデコレのデザインを考えて律子に超小声で「これどう?」と見せた。

「こないだ京都に行ってきて勉強になったんでしょう?

「そうなんだ、行って良かったよ」

とか話してるうちにパンデコレのデザインに緑が色鉛筆で色を塗り出した。

それを見ながら紫は紫芋やブルーベリー、※青はバタフライピー、赤はラズベリーとかパプリカ、黄色はカボチャやウコン、ベニバナなどと考えていた。

「和装の女性はどう?」

「着物の?」

「そう」

凄い小声で律子と話し合って色々デザインを描いてみた。

うん、だんだん形になってきたな。

「よし!みっちゃん、スーパーに行こうよ」

そろそろ夕方なので修造は晩御飯の材料を買いに行く事にした。

「うん」

緑と手を繋いでスーパーに続く坂を降りながら「お母さんはね、時々お父さんと緑と一緒にドイツに行けば良かったって言ってるのよ」

「えっほんと?」

しかし思い出してみれば、呼び寄せるどころか律子は段々メールの返信もしてくれなくなってたからなあ。

「お母さんも複雑だったんだろうな。。緑!今日お母さんの好きなおかずにしよう!」

修造はスーパーで山賊焼きの材料と生クリーム、無塩バターなどを買った。

山賊焼きは長野県松本市近辺の名物で、ニンニクの効いた醤油ベースのタレに鶏もも肉を漬け込んで丸ごと揚げる旨いやつだ。

 

 

「美味しい」

カットした鶏肉を箸で摘んで噛むと、鶏皮のカリッとした美味い食感の後にジュワッとジューシー感、その後にタレの付いた鶏肉の味が広がる。

「だろ?律子!今日デザートもあるからね」

と言ってさっき作っていた牛乳入りのふわふわのパンにミルククリームをたっぷり挟んだ。

「ほら牛乳パン!」

「あ!懐かしい」

律子は大喜びでフワフワの牛乳パンを頬張った。

牛乳パンは戦後長野県周辺に流行したご当地パンで、いわゆるバタークリームがサンドしてある。生地もバタークリームも店によって様々。パン屋によっては可愛い袋に入れて販売しているので、デザインの違いも楽しい。

今日は生クリームが多めのクリームをつくって食感を軽くした。

「美味しいねお母さん。もうちょっと大きくなったら大地ちゃんも食べれるね」

「そうね」

授乳中の律子はそこそこ食欲もあり、それが大地の為にもなる。

いつもなら「したり顔」をするのだが、そんな顔してる所を奥さんに見つかったら叱られる。修造は密かにニヤッとした。

「ねえ、今度の日曜日お父さんとお母さんが来るの」

「え」

修造はギクッとした。

律子の父親高梨巌はその字の通り案外厳しい。

 

ーーー

 

さて、日曜日

修造はその日仕事だった。

巌と容子は長野からやってきて、可愛い孫の所に直行した。

「いらっしゃい。おじいちゃん、おばあちゃん」

「みっちゃん、久しぶりだね。会いたかったよ」

早速可愛い孫の緑に巌がデレデレし出した。

「大地ちゃん、おじいちゃんとおばあちゃんがきましたよ〜」

緑は小さなお母さんの様に大地を抱っこして巌に渡した。

「わあ〜また大きくなったね」

巌は早速容子と代わる代わるで大地を抱っこした。

「あいつはどうした?今日は仕事なのか?」

「お父さん。あいつなんて呼ばないで!名前で呼んでよ」

と律子に叱られた。

「ええ?」

実は巌はまだ修造を名前で呼んだ事がない。

「おい」

とか

「こっちだ」とか

「あっちだ」とか

おおよそ会話とは言えない。

しかし一度は心が通い合ったことがある。

大地が生まれる知らせを初めて律子から聞かされたその時、2人は確かに心が通い、微笑みあったのだ。

とそこへ緑が話しかけてきた。

「お父さんはお仕事よ。ねぇ、おじいちゃん。一緒にパンロンドまでお散歩に行こうよ」

「お散歩かい?みっちゃん案内してくれる?」

可愛い孫と歩けるので喜んで出かけたが、修造の所に向かって歩いて行ってるだけなので行き先に何の興味もない。

2人で楽しく話をしながら歩いて東南商店街まで来た。

「ここら辺は変わらないなあ」そう言って和やかな昼間の商店街を歩いていると

「おや」

何故あそこだけ賑わってるのかとふと見てみた。

人が出入りを続けているお店がある。

「あのパン屋だ」

店の手前にあるガラスから見えるものは?

こりゃなんだ?

パンロンドの外から巌は店内に置いてあるものを見た。

「おじいちゃん、これ、お父さんが作ったのよ。小さいのは江川さん」

 

 

え!

これ手作りなのか?

「パン?」

パンでできてるのか?

これをあいつが?

修造のパンデコレをじっと見てると柚木の奥さんが気がついて店内から出てきた。

「いらっしゃい、緑ちゃんとおじいちゃま」

「どうもご無沙汰しております」

修造がドイツに行ってる間、律子は緑を育てながらパンロンドで職人として働いていた期間がある。その時は巌も度々パンロンドを訪れていた。

「ちょっと待っててね」奥さんが店内に入って行った。

するとすぐコックコートにコック帽姿の修造が走って出てきた。

「お、お義父さん。。こんにちは」

「お父さん、おじいちゃんと散歩してきたのよ」

「そうなんだ。どうぞ店内へ。パンを見て行って下さい」

「うん」

巌はいい香りの店内に入った。

なんか並んでるパンが変わったな。

巌が店内を見回した。

「先日改装したんですよ」と奥さんが説明した。

ここは前なかったパンが並んでる。

「この棚は修造さんのドイツパンコーナーなんです」

なんだか誇らしげに奥さんに言われる。

 

高校を卒業してすぐパンロンドで働き、その後メキメキ頭角を表した修造をとても大切にしているのがよく分かる。

 

修行に行ってこれを造ったんだな。

 

「どうもみっちゃんのおじいちゃん」

「あ、親方。その節は娘がお世話になりました」

2人は売り場の棚を見ながら話した。

「うちのパンも変わりました。なんというか修造が運んできた空気がうちをそうさせるんです。前向きにと言うか、いい方向に流れていますよ」

「へぇ」

「もうすぐ大会がある。フランスでの試合があります。誰でも出られるってもんじゃない」

巌は親方の真剣な顔つきをじっと見ていた。

「色んな事のちょっとずつがあいつの時間を奪ってる気がします。大会前は修造にはガッチリ修行に行かせるつもりです」

巌は修造のパンを沢山買って店を出た。

確かに親方の言う通りだ。

生半可な事をしていては

頂点は目指せないだろう。

山の上に立てるものも立てなくなるのか。

 

 

帰ると容子と律子が食事の用意をしていた。

「おかえりなさい」

「ただいまお母さん。パン買ってきたよ」

「沢山おまけして貰ったね、みっちゃん」

「うん」

しばらくして修造が帰って来た。

「先程は」

修造は巌にペコっと頭を下げた。

「うん」巌は一言だけ返した。

「修造おかえり。先にお風呂に入ってきて」

「うん、身体を洗ったら呼ぶから大地を連れてきて」

「はーい」

そんな会話を聞いていた巌は大地を抱っこして「お父さんとお風呂に入ってるんだな」と大地に話しかけた。

「可愛いなあ大地ちゃんは」

目を細めて大地を見つめながら「こんな可愛い子供たちなんだ。みんなで守っていかないといけないね」と言った。

その時「大地を連れてきてー」と声がしたので風呂場に連れて行く。

「わっ!お義父さん、すみません」と言って大地とお風呂に戻った筋肉質の修造を見て「あいついい男だなあ」と緑の宿題を見ている律子に言った。

「嫌だお父さんったら何言ってんの?」

「ふん」

「ふんって何よ褒めたくせに」

「フフン」

 

夕食の時、巌は白胡麻のカイザーゼンメルにハムと信州から持ってきた野菜を挟んで食べてみた。

うーん美味いなあ。

サクッと香ばしいパンだわい。

こっちの黒パンはどんな味なんだ?

うん、酸味があって滋味に溢れている。

こないだのクロワッサンも美味かったがこれもこれも美味い。

巌はパンを噛み締めた。

 

ーーーー

 

 

緑が寝る前に容子が本を読んでやっていた。

律子が風呂に入ってる間に、巌は大地を抱っこして寝かしつけている修造に話しだした。

「修造君、ワシは今日お前の造ったパンを見てきたよ」

「はい」

「親方も言っていた。フランスの大会には誰でも出られるもんじゃないってな。もうすぐ夏休みだ。ひと夏長野で私達大人が子育てをちゃんとするからお前はパンの練習をしなさい」

「えっ?」

突然の巌の申し出に驚いた。

妻子を取り上げられるのかと思ったがどうやら違う。

巌はなんだか凄そうな大会の特訓をするべきだと考えていた。

「人生にチャンスは何度もない。

一つの事に集中しなさい」

「お義父さん」

今の生活はハリがありとても楽しいが、確かに一抹の不安はある。

身体が2つあったらいいかもしれないが、、

 

「わかったな」

「はい、律子と話し合ってみます」

 

ーーーー

 

巌達が長野に帰った日、修造は律子に巌の申し出の事を話した。

「そうよね、お父さんの言う通りがも」

 

律子は父親がそんな事を考えていたのかと驚いた。

 

「私達、夏休みになったら長野に行くわ。その間ホルツで練習させて貰ってね」

「ごめんね律子」

修造

本当は一緒にいたい。

でもいつか私達パン屋さんをするんだもの。その時は毎日一日中一緒に過ごすわ。

 

「大地、緑、みんなでお父さんを応援しようね」

 

 

 

ーーーー

 

修造が家族と離れ、1人で修行を始めてまもなく

 

ベッカライボーゲルネストの鳥井シェフが修造と江川を呼び出した。

3人は鳥井の知り合いの経営するビストロムラタに来ていた。

「僕、フランス料理とか初めてです。緊張するな」

「ビストロは気楽に楽しめる所だよ。ここの料理は美味いから食べさせたいと思ってね」

鳥井は予めオススメコースを予約していた。

オードブルが運ばれてきた。

「わーオシャレ!」

江川は大きなお皿に並んだ色とりどりの前菜に感動した。

 

 

 

シックな調度の店内で少し薄暗い空間に、料理の部分だけLEDのスポットライトが当たって綺麗。

どれも手が混んでいてひとつひとつの形や味に理由がある。

「うわ〜美味しい」

 

スープとパンの後メインの鴨肉は村田シェフが運んできた。

「どうも鳥井さん」

「今日はお願いします」

江川と修造には1人2枚づつ皿がある

「これは?」

「2つとも食べ比べてみなさい」

江川はひと皿目の鴨肉をカットして口に入れた。

うわ、ちょっと油っぽいかな?

名店なのに後口に臭みが残ってる、なんか古いものを出されてるのかなって思っちゃう。

江川は修造の方を見た、口には出さないが江川と同じような顔をしている。

もうふた皿目も同じように食べてみる。

「あ、美味しい。同じ料理なのにこんなに違うなんて驚きだ」

「やわらかくて甘味もある。どうしてこんなに違うの?」

2人は顔を見合わせた。美味しい物を食べた時の顔をしている。

村田が説明した「ひと皿目は脂をいい加減にとって高温で調理しているので鉄分の匂いが残るし肉が硬くなる。ふた皿目は鴨肉の下拵えがきちんとしてあります。すばやく室温に戻してドリップをきちんと取ったり、ナイフで余分な脂を丁寧に取ったり、冷蔵庫で脂をしめたり、低温調理したりと各工程で基本がきちんとしてる方は味が整っているんです」

「そうなんだ、こんなに味が違うんですね。僕知りませんでした」

鳥井も2人に説明した「例えば肉の下拵えは前の日にやるのかやらずに始めるのかで随分違ってくる。勿論パン作りも同じだ。会場では沢山のことを忘れずにやらなきゃならん。初段階のうちにタルティーヌの具材の下拵えをしておきなさい。修造はサワードウに何が合うのか考えておきなさい」

「はい、素材の下処理一つでもそれぞれ理由があり、キチンと準備することで味が調和し美味さを整えられるんですね」

食べるのは美食家の審査員ばかりだ。工程のどの部分にも油断はならない。鳥井が言いたかったのはそこなんだろう。

デザートの前に口直しのフロマージュが運ばれてきた。

コンテチーズ、ロックフオール、カマンベール・ド・ノルマンデイーの次に

燻製のチーズを食べた時口の中にスッと風味が通り抜ける。

「美味い」

他のチーズと違う

「うちで燻製にしてるんですよ」と村田が説明した。

 

「美味いものを記憶に刻みなさい。もっと自分の可能性を高めるんだ」

鳥井はそう言って、次に食材の豊富な輸入専門店に連れて行った。

 

 

「世の中には沢山の食材がある。それらの味をなるべく沢山覚えておくんだ。自分の中に味の引き出しを沢山持て。何と何を合わせると何に合うのか、いくらでも計算出来るようになるんだ」

そう言いながら鳥井はカゴの中に商品を選らんで入れていった。

 

修造は、その様子を見ながら鳥井の言う『前日準備の重要性』について覚悟した。前の日の下拵えと種の準備、当日の段取りが勝利の8割だ。後の2割はいかに失敗なく他にない自己表現をするか。

「前の日の1時間にどれだけできるか何度も練習をしておけよ」

そう言って鳥井は袋いっぱいのおすすめ食材や香辛料を渡してきた

「応援してるぞ修造」

「ありがとうございます」

「江川もな」

「はい、今日はご馳走様でした。僕勉強になりました」

鳥井は2人に目で合図して去っていった。

「渋いなあ。かっこいい」江川は受け取った袋を両手にぶら下げ、へ〜っと首を横に傾げながら鳥井の背中を見送ってそう言った。

 

ーーーー

 

そのまま2人は修造のアパートの部屋に移動した。

鳥井に貰った物を全部開けて順番に味見してメモに書いていく。

「あのチーズの味。あれは美味かったな」

「美味しかったですね」

「うん、あれをタルテイーヌに使えなかったとしても何か他の事に使いたいな」

タルテイーヌにパテドカンパーニュを使いたい。しかしあれは完成までに3日かかるから無理だ。鳥井シェフの言うとおり、基本に忠実にしなければ上手くいかないだろうな。

そうだ!

修造は何かを閃めいてそれを紙に書いてみた。

「江川」

「はいなんですか」

 

江川は修造を観察していて何かを思い付いたのに気がついていた。

修造はニヤリと笑いながら言った。

「明日からこれを練習して貰う」

紙を受け取り「えっつ」と声を上げた。

「大会前日の1時間にやって貰う」

「僕やったことありません」

江川の顔が引き攣った。

 

 

おわり

 

A fulfilling day  充実した日々

 

修造が江川に課した大会前日にやる事とはなんなのか?

 

修造はまだまだやる事が多いようです。

 

#バタフライピーとは  マメ科の植物、チョウ豆(蝶豆)の事。ハーブ。生地に青い色を着けられる。ハーブテイーとしても楽しめる。レモンやライムを垂らすと紫に変色する。

 

 


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