2022年07月15日(金)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ One after another 江川

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ One after another 江川

 

このお話はフイクションです。実在の個人、団体とはなんら関係ありません。

 

 

 

 

自転車でもなんでもそうだが始め到底無理だと思っていても、練習するうちになんとかなる。そして身につけば後は楽勝。

 

 

今日はホルツでの練習の日だ。

鷲羽と園部は大木に必ずここに帰ってくると約束してフランスに旅立った。

今頃は働きながら語学学校に通っている事だろう。

その為練習は修造と江川の2人きり。

 

江川は修造の立てた「大会前日のプラン」を練習し続けていた。

大会では前日に割り当てられた時間は1時間。

手順を覚えて準備をして、野菜を切り並べる。型に入れてそして、

「江川バラバラにならない様に丁寧に重ねてね。固さに注意して」

「はい」

時々江川を見ながら修造は細かい柄の精巧なステンシルを彫っていた。

茶色い厚紙に鋭いカッターで彫り進めていく。

少しでも手先が狂うと切れてしまう。

修造は刃先に全神経を集中させていた。

「ふうー!できた」

と言って菊の柄を透かしておかしなところがないかチェックした。

 

その横では江川は昨日作ったものを型から出して切っていた。

 

·

 

それを大木と修造が試食して「ちょっと緩いかな?」

もう少ししっかりした感じが欲しい」

とチェックが入った。

「わ、わかりました」

 

何度練習してもいまいちうまくいかない。

「もっと細かい微調整が必要なんだ」

毎回配合と温度をメモに書き、今日は少し変えてみる。

現場では理想の固さにしないと。

 

「江川、ミスは許されない」と大木が厳しいことを言ってくる。

「何個か作っていいのを使いましょうよ」

「何個も作れるほど早くできるならそれでもいい」

「え〜」

 

江川はメモにまだ工程があるのをもう一度確認した。

他にもやる事はある。

ここでつまづく訳にはいかないんだ。

「僕もう一度やってみて良いですか?」

「勿論だ、選考協会から援助が出てるから多少は無理が効く」

それに『あいつ』に前回の領収書を送ったら振り込んできたしな。と、大木は心の中で思った。

「ま、スポンサーもいるしな」

「江川、味の事なんだけど旨みがもう少し欲しいと言うか、もっと和風に近づける味に寄れないか考えてみるよ」

 

次に修造は蝶の羽の形をダンポールに4種類描きカッターで型通りに切り抜いた。

そして大木に

「これなんですが」

と原案の型を照らし合わせて見せた。

大木は蝶の羽を手に取って観ながら言った。

「ふん、この形なら生地の上に乗せて切り取ればいけるだろう。こりゃ留木さんの出番だな」

修造は江川がコンテストの時に六角形の型を何種類か作ってもらった留木板金の名前が出てテンションが上がった。

「うわ!留木板金!」

「江川、練習を続けといて」

と言って大木は修造と車で出かけた。

 

車の中で「江川には無理させちゃってます」と胸の内を打ち明けた。

「なんとか乗り越えて貰わんとな」

「まだまだやる事があって」

「登り始めだな」

「はい」

 

何かを成し遂げるのは大変な事だよ。今やっている事は無駄にはならん。

江川もいつかきっとわかる日が来るだろう。

大木は留木板金の前に車を停め入り口に向かって歩きながら誰に言うともなしに言った。

「投げ出すのが1番の無駄だ」

 

入り口のドアが開いた。

「どうも大木さん、今度は誰を連れてきたんですか?」

 

ーーーー

 

江川が一人で練習していると北山と篠山がこっそり入ってきた。

「江川さん、こんにちは」

「あ、こんにちは」

 

 

「ねえ、これって世界大会と関係あるの?」2人は江川の作ってる物を見て言った。

北山と篠山はホルツに練習に来てる間に親しくなった職人で、結構優しくしてくれる人達だ。

二人とも名前に山がつくので江川は心の中で仲良し二人組を『山々コンビ』と呼んでいた。

「ねぇ、私たちもフランスに応援に行くわね」

「えっ!本当?嬉しいな。二人だけで行くんじゃないんだね」

「大木シェフとホルツからは私達、それに業界関係の人や一般の応援の人もいるんじゃない?」

「そうなんだ、なんだか頼りになるなあ」

「それにね、、」

二人は顔を見合わせた。

「鷲羽君も来るわよきっと」

「園部君は良いとして、ねぇ」

ねぇ、の言い方に鷲羽への嫌悪感が露わになっていた。

どうやら会場で会うのも嫌っぽい。

「二人は見てないかもしれないけど、鷲羽君は色々あって変わったみたいだよ」

「え?本当?人ってそんな簡単に変われるものなの?」

「それは、、変わったんじゃ、、ないかな?」

江川はモゴモゴと誤魔化した。

 

話を変えよう。 

2人共もうお昼食べた?」

時計は12時を指していた。

「これ食べて! 感想を聞かせてよ」

江川はさっき切ったものを出して皿に入れて渡した。

「わあ綺麗。これ大会と関係あるの?」

「内緒だけどそうなんだ。誰にも言わないでね」

「うん、わかった」

「ヘルシーだし、味はナチュラルで美味しいけどこれをパンにどうやって使うの?」

「それは大会で見てよね」江川はそう言いながら

「少し緩いから調整しなきゃいけないんだ。それに味付けも物足りないかな」

と二人の皿ににもうワンカットずつのせた。

それを食べながら北山は「小耳に挟んだんだけどね、会場って凄く暑いんでしょう?」

「えっ?そうなの?どのぐらい暑いのかな」

江川は手に持ってるものの温度の影響を考えた。

「大丈夫なのかな?」

 

ーーーー

 

一方その頃大木と修造は

 

「腹減ったな。そろそろ昼か」

「そうですね」

留木板金から出てきた時、凄く良い匂いが漂ってきた。

「そう言えばこの近くに人気のうどん屋があるんだよ。行こうか」

「はい」

2人は通りを渡ってうどん屋の前に来た。

清潔感のある老舗っぽい店の入口を開けて「どうぞ」と、大木を先に入らせた。

 

店内に入ると客でいっぱいだった。

大木と修造は端の空いている席を見つけて座った。

この香りは出汁の香りだ。修造は意識して香りを嗅いでみた。

カツオと昆布、それと何か他にも入ってるかな?そして醤油に味醂に、、

「修造は何にする?俺はざる蕎麦」

「じゃあ素うどんってありますかね?具が無いやつ」

「素うどん?」

と不思議に思いながら大木は「すみません」と手を挙げ店員さんを呼んだ。

やってきたエプロンと三角巾の女性に「ざる蕎麦と天ぷらうどん、あとさ、出汁だけ少し貰えない?味見させてよ」

店員さんは復唱してしばらくして注文通りに持ってきた。

「ありがとうね」

と言って修造に出汁だけ入った丼を渡した「ほら。これだろ」

「すみません」修造は受け取り、濁りのない澄んだ出汁を香りを嗅いだり飲んだりしてみた。

 

 

「合わせ出しですね。美味いなあ」

「添加物も使ってないらしいよ、ほら」

なんと壁に配分が書いてある。

当店は同量の鰹、煮干しと利尻昆布で出汁をとっています。

 

ほんとだ

 

そうだ

 

これをベースにすれば添加物なんてなくても和風のうまい味が出せる。

これを江川の作ってる物のに使えば!

 

移りゆく修造の表情を見ながら大木はふふふと笑った。

「早く食えよ、饂飩が伸びるだろ」

 

二人が食べ終えた時修造が話しだした。

「俺、もし大会で勝ったら江川に恩返ししようと思うんです」

「もしってなんだよ。勝つんだろ?」

「はい、やるからにはそのつもりですが、、これまでにも大木シェフや鳥井シェフ、親方、うちの義父にも世話になっていて、その分を江川に返して、そしてまた江川が次の世代に何かしてあげれば良いと思ってます」

「自分が受け取った分を江川にしてやる訳だな」

「はい」

 

ーーーー

 

ホルツに戻ると江川が待っていた。

「ごめん、大木シェフにお昼をご馳走になったんだ」

「大丈夫です。僕、お腹と胸もいっぱいで」

「さっき北山さんと篠山さんにこれを試食して貰って、その時会場が暑いって聞いたんです」

「え!そうなの?」

「はい、僕心配で」

「暑いって事は味の濃い薄いも気をつけなきゃならない。様子を見て味付けを濃くするかもしれない」

もし過去に暑かったから逆にクーラーバリバリ効かせてたらどうしますか?」

「その時の為に3つのレシピを用意しておこう。丁度良い標準、若干濃い味、若干薄い味。

江川、まずその丁度良い標準の固さと味を見つけるんだ」

「それと」

「えっ?」

修造は帰りに買ってきた真昆布と鰹といりこを出してきた。

「なんですか?これ」

「美味しい出汁をとる練習をして貰う」

「えー!」

 

江川は修造の言う通りに合わせ出汁をとる練習を始めた。

昆布は30分は水に漬けとかないといけない。

その間に野菜を用意して型に詰め、次の作業に取り掛かり、そのあと鰹を入れて10分したら濾す。

そして例の液を流し込む。

そして次の作業へ。

江川は額の汗をキッチンペーパーで拭き取りながら、なんか前日準備って僕の想像と全然違うなと思っていた。

「計量したり種を準備すると思ってました」

「江川、それは俺がやるんだ」

「工程表にこんなにびっしり書いてありますよ、こんなに?」

「うん」

「こんなにだ!」

修造は工程表を手に持ち高く上げた。

 

ーーーー

 

夕方になり、練習もそろそろ終わり。

 

「さて江川、俺は今から寄る所があるんだ」

「え?どこへ行くんですか?僕も連れてって下さいよう」

「一緒に行くのか?」

「はい、片付けるから待って下さいよう」

「本当に良いんだな?」

「え?」

 

ーーーー

 

2人は一旦家に帰った。

江川はワクワクしながら修造の言う通り着替えを用意した。

「どこに連れっててくれるのかな」

「歯ブラシやタオルに、ドライヤーとかいるのかな?」

沢山の荷物をリュックに詰めて東南駅に集合した。

 

ーーーー

 

電車で2時間半移動してる間、2人とも疲れてい寝ていた。

「江川」

修造が江川を起こした。

「もうすぐ着くんですね?その駅に何があるんですか?」江川が除いた電車の窓の外は真っ暗だ。

「滝だよ。道場の田中師範にいい滝があるって教えて貰ったんだ」

「滝!良いですね。」マイナスイオンをいっぱい浴びるんですね」

その時電車が駅に着いた。

「着いたぞ」

全く聴いたことのない駅に辿り着く。

 

 

江川はもう帰る電車は無さそうだから民宿にでも泊まって明日滝に行くのかと思っていた。

「ここどこなんだろう?今日この近くに泊まるんでしょう?」

 

早歩きで行かないと修造はどんどん歩いていく。

江川が慌ててついて行くと真っ暗な山道に入った。

細い車道を照らす薄い照明だけが頼りだ。

昼間雨が降ったのか、道の脇から伸びた草を踏むと湿った感触がする。

しばらく行くと川の音が近づいてきた。

「滝の音かな」

ドドドっと勢いのある音が遠くに聞こえてくる。

修造は突然ガードレールの切れ目から下に降り出した。

「どこ行くんですか?」

「滝だよ。滑るから気をつけて」

「今から?」

 

修造はそれ以降何も話さなくなった。

 

河原に降りて来ると奥の方に滝の音がはっきりと聞こえてくる。

「何するの?」

修造は荷物を置き着替えだした。

「あっ」

ザバザバと音を立てながら滝の方へ降りていくのがうっすら見える。

明かりは上に通っている道路を照らす小さなライトだけだ。

それより木々の後ろに広がる暗がりが怖くて仕方ない。

「ひっ」

身を強張らせて見ていると、道着を着て滝に当たりながら手を合わせてるのが何となくシルエットで分かる。

精神統一していた修造は突然

両手を三角にして前に出してから「はーーーー〜っ」とお腹から息を吐き出して、その三角の手をまた胸元に引き寄せた。

それを何回かやった後

「えーいっっっっ!」っと気合いを入れながら正拳突きを始めた。

 

 

夏場とはいえ夜の山の空気は冷たく、水を触ると「冷た」と言うぐらいだ。

昼間降っていた雨のせいか水の勢いがすごい。

ドドドドドドド、、、

あんなに水に当たって首が大丈夫なのかしらと心配していたが、いつまで経っても正拳突きの勢いはおさまる事は無い。

あ、分かった。

千本突きってのをやってるんじゃない?

ひょっとして試合前に気合を入れてるの?じゃなかった大会前に⁉︎

 

滝の音に打ち勝つようにエイ!とも、せい!とも付かない修造の声が響く。

しばらくして突きがが止まり、もう一度精神統一している様だ。

 

何?これ

かゆ〜い!

 

じっと見ていた江川はいつの間にか大量の蚊に刺されて顔も首も腫れまくっていた。

「ヒーっつ」と叫んで纏わりつく蚊を避けるために川に飛び込んだ。

 

「お、江川もやるのか?お先に」

すっきりした声の修造は爽やかに言った。

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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