2022年05月29日(日)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 前編

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 前編

 

東南駅の西に続く東南商店街の真ん中にあるパンロンドは火曜日が定休日だ。

杉本龍樹と森谷風花は東南公園のバラ園に来ていた。

 

 

色とりどりのバラが咲き乱れた綺麗な公園のバラのブリッジの間に立って2人で写メを撮り、ベンチに座って良い雰囲気なのに風花は思い出した事があった。

「全くもうやんなっちゃう」

「なんで怒ってんの?」

「あのね、たまにあるんだけど、男のお客さんに愛想よくするじゃない?そしたら勘違いする人がいてね」

「なに!」

「それでね、何回か来てるとそのうちに奥さんとか彼女とか連れてきて、私にすまなさそうな顔するの!」

「ん?どう言うこと?」

「つまり〜君は僕の事好きだと思うけど僕には彼女がいるんだごめんね。って事よ!」

「勘違いしたんだね」

「すまなさそうにするって何よ!失礼な!何とも思ってないのにフラれた感じになってるじゃない!」

「あはは」

杉本はホッとして笑った。

男のお客さんの何人かは風花目当てなのを知ってるからだ。

実際風花は明るい笑顔で、入ってきたお客さんの心を和ませることがあって人気がある。

「心配だなあ」

 

—-

 

次の日

その事を杉本は藤岡に話した。

「風花は目が離せません」

「あのさ、それはね。あれじゃない?」藤岡は店にいる風花の手の方を指さした。

「指輪とか?」

「あ!本当だ!ナイスアイデアですね」

「これで勘違いもなくなるね」

「サイズはどうしたら良いですかね?」

「指輪のサイズ?一緒に見に行ったら?」

「行かないって言いますよ。貴金属に興味ないって言ってますし」

「じゃあ奥さんに聞いて貰ったら?」

えっ?奥さんに?

それは、、

「あ、あの〜奥さん」

杉本は、パンロンドの売れ筋商品山の輝きという山食を大量に切っている柚木店主(親方)の奥さんの所に行って話しかけた。

「何?杉本君」

「いえ、今日忙しいですね」

と言って引き返してきた。

「頼んできたの?」

「いえ、恥ずかしくて」

「まあ、分からんでもないね」

そう言って藤岡と杉本は二人でとろとろクリームパンの成形を始めた。藤岡の伸ばした生地に杉本がクリームを包んでいく。

ふと見ると杉本の両方の手の甲にペンで色々書いてある。

「杉本っていつも手の甲にメモしてるよね」

「親方に言われた配合とか、注文の数とか、俺ここにメモると覚えてられるんですよ」

「確かに杉本ってなんでも忘れるからな、こうして書いておかないとな」

「いつも見てるドラマの主人公の名前とかもここに書いてるんですよ。一回書いたら忘れない」

「へぇ、じゃあ手の甲に今から俺が言うのを書いてよ。覚えてられるかも知れないじゃん」」

「え?何書けばいいんすか?」

杉本は藤岡の言う長い不思議な言葉を書いた。

そして次の日、藤岡が杉本に「なあ、昨日の覚えてる?」

「昨日の?なんのことですかあ?」

「全体的に忘れてるじゃん。ほら、手の甲に書いただろ?」

「あ!※スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス!」

「おっ!そう!それ!メリーポピンズに出てくる言葉だよ!」

藤岡は驚いて杉本に指をビシッと当てた。

 

 

「杉本凄いじゃん!じゃあ今日は違うやつ」

と言って今度はパン関連の長い言葉を書かせたがさっきのより短い。

 

次の日

藤岡はまた杉本に聞いた。

「なあ、昨日の覚えてる?」

「ああ、※サッカロマイセスセレビシエってヤツですね?」

「おっ!覚えてるじゅないか!それってパン酵母の事なんだよじゃあこれは?」

藤岡はまた他の、長い言葉を書かせた。

そして次の日「なあ、あの呪文の様な言葉覚えてる?」と聞いた。

「あ、※カザフスタニアエグジグアですか?」

「こりゃ本物かもしれないなあ」藤岡は小声で呟いた。

江川が興味深げに尋ねてきた「ねえ、、なあに?それ、カザフホニャララ?」

「パネトーネ種の酵母の一種ですよ」

「へぇ難しそう!」

「杉本はどうやら手の甲に書いた事は覚えられる様ですよ」

「えっ本当?もっとやってみようよ」

「江川さん俺で遊んでますよね?」

「せっかくやるんだから身になるものをやろう」

「パンの用語でもっと難しいやつ?」

そこに修造も口を挟んできた「手の甲も良いけどノートに書くのはどうなの」

「俺今までノートに何か書いた事ありません」

と言うか文字なんて自分の名前と住所ぐらいかなあ。ここに来るまではいかに勉強しないかとか学校サボる事に心血を注いできたからな。

「ねぇ杉本君、もっと難しいの書こうよ」

はしゃぐ江川の横で修造が「じゃあパネトーネ種の乳酸菌のラクトパチルスサンフランシセンシス等!」

 

 

「ラクト?」杉本は修造の言う通り書いた。

 

 

その日の帰り道

 

本は手の甲の文字の話を風花にしてみせた。

「俺ちゃんと覚えてるよ。サッカロマイセスセレビシエにカザフタニアエグジグアにラクトパチルスサンフランシセンシス等、、」

風花はそれを聞いて驚いた。

「ひょっとしてちゃんと勉強したらいい線行くんじゃない?」

「えー、俺そんな事やった事ないから」

「本屋さんに行こうよ」

風花は杉本と東南駅横のショッピングモールの大きめの本屋に来た。

 

 

「製パンの本を買うのよ!」

「はいはい」

風花が選んだ本は製パンの試験の問題集だった。

「えー?これ?いきなり難しくない?」

「ちょっとずつ書いて覚えていってよね」

「はいはい」

あまりのり気ではなかったので杉本は適当に返事をして本を買った。

 

ーーー

 

帰って部屋のベッドの上に買った本をポンと置いてゴロンと横になった。

「あ〜疲れたな」

そう言ってウトウトしていると

「龍樹。ご飯だよ」

母親の恵美子が2階にある杉本の部屋を覗いた。

「あっ!」

わか息子とはいえ、、その息子の横に本が置いてある!

製パン技術士試験の問題集!?

「どっどどどどうしたのそれ!先輩にもらったの?」

「ああ、買ったんだよ。勉強する事になったらしくてさ、、」

「べっ勉強!」

そう聞いて恵美子は父親の茂の所に走って行った。「お父さ〜ん!」そしてしばらくして二人でドタドタと階段を駆け上がり「お前勉強するのか?」と両親が血相変えて入ってきてキラキラした目で杉本と製パンの問題集を交互に見た。

 

 

「ちょ、驚きすぎてこっちがびっくりだよ。まだなんもやってねぇって」

「お母さん、龍樹をパンロンドに行かせて良かったね」

「本当だわお父さん、いつの間にか髪型も服の趣味も変わってきて」

「親方や風花ちゃんのおかげだね」

涙を浮かべてこっちを見てるので「もう良いから出てってくれ!」と杉本はキレた。

何かあって気が変わっては大変なので二人はフフフと笑いながら足取りも軽く出て行った。

「ったく。大袈裟なんだよ」ベッドに横になり右足を左足の膝の上に乗せてブラブラさせていたが、ちょっと本を見てみた。

うわ

めっちゃ字が多いじゃん。

勉強?

俺の人生に勉強の二文字はねーんだよ。

めんどくせーな、、

文字を見ると物凄く眠くなってきてそのまま寝てしまった。

 

 

次の日

江川が嬉しそうに話しかけてきた。

「ねぇ、昨日の覚えてるんでしょう?」

「覚えてますよ。ラクトパチルスサンフランシセンシス等でしょう?」

「えーと」江川の方がうろ覚えだったがそんな感じだった気がする。

「あってるよ、杉本はきっと書いて覚えるタイプなんだろう」

「見てもあんま覚えられないんですよ。そうなのかなあ」

「そんな特技があったなんて」

「伸ばさないと勿体ないね」

皆口々に言って杉本を取り囲んだ。

「また勉強とか言うんでしょう?めんどくさいですよ」

それを聞いた風花が店から杉本を睨んだ。

ちゃんとやりなさいよと言う意味だ。

 

「みんな聞いて〜」

奥さんが工場の全員に聞こえるように声を張り上げた。

「今度23日で京都に社員旅行に行くのよ」

「へぇ〜!京都!僕初めて行きます」江川がはしゃいだ。

「修学旅行みたい」

「だな、俺も初めて行くよ」

「舞妓さんとかいるのかなあ」

「自分で着物を着て歩いたら?」

皆急にウキウキし出した。

帰り道、2人で歩きながら相談した。

「風花、一緒に行こうな京都」

「何言ってんの?みんなと行くのよ?京都初めてだわ、何着て行こうかなあ〜」と足取りも軽い。

「何着ても似合うって」

「自由時間とかあるのかな?」

「清水寺行こうよ」

などと話していたが、急に風花は思い出して「ね、勉強してる?」と聞いてきた。

ギクっ

「え?し、してるよ」

「え〜本当にぃ?」

「ほ、ほんとほんと」

そう言って誤魔化したがただの1行も読んでいない。

帰ってベッドの隅の模様と化した本の表紙をめくって見た。

製パン技術士試験問題集

目次の文字数もいかつい

うわ!無理無理

そう言ってまたベッドの隅に置いた。

 

ーーー

 

京都に向かう東海道・山陽新幹線のぞみの中で江川はがっくりくる修造を慰めていた。

「緑ちゃん、学校の遠足があって来ないんですね」

「そうなんだよ江川」

「なので奥さんも来れなくて残念でしたね」

「緑が行けないって言うからさあ。。あー一緒に歩きたかったなあ京都」

「僕達パン屋さん巡りしましょうよ。京都ってめちゃくちゃパン屋さんがあってどれにするか迷いますね」と言って江川は旅行雑誌のおまけの京都パン屋マップを開いた。

パン屋さんがずらりと並んでる通りもあるし、狭い地域の中に点々とある所もあるし。

「自由時間とかあるの?だとしても数時間だろ?2.3軒しか回れそうにないなあ」

2人は何処に行くか真剣に悩んだ。

「ドイツパンの店は?」

「こことここかな?あ、ここにもあります」

「一軒一軒距離があるからどのバスに乗るかよく見ておかないとな」

行きの車内のこんな計画もまた楽しい。

 

京都着

パンロンド一行は清水寺、銀閣寺、金閣寺を巡って王道の京都観光を楽しんだ。

二条城唐門到着

 

 

みんなして二の丸御殿の鶯張りの廊下を歩いたり優美な狩野派の障壁画を見たりした。

「欄間彫刻も見事だねえ」

「ですね」

「たまにはゆっくりと観光もいいもんですね」

「豪華絢爛だなあ」

 

そのあと

杉本と風花は日本庭園を見ながらみんなと少し遅れて歩いていた。

 

 

「この池鯉とかいるのかな」

「ほらあれ大きな鯉がいるわよ」

「本当だ」

杉本は歴史の古い池の端の岩を眺めながら言った。

 

「風花今日夜どっか行こうよ」

「どこに?晩御飯はみんなと一緒でしょ?」

「旅行の記念に指輪買いに行こうよ」

「え、いいわよそんな高そうなもの」

「じゃあ見に行くだけ!お願い!」

「試験に合格したらね」

「し、試験?なんの事?」

「こないだ買った本の事」

「え?なんでそんな展開になるの」

「あの本って試験用の本だったじゃない」

「にしても急に」

「だって私、龍樹に立派なパン職人になって欲しいんだもの」

「立派じゃなくても良いじゃん」

そこに江川が走ってきた。

「ねぇ、これから近くのパン屋さんに行くって、はぐれるから早く来て」

3人は走ってみんなに追いついた。

「電動石臼で挽いた全粒粉を使ったパン屋さんに行くんだって」

「美味そう」

「その近所に歴史の古そうなパン屋さんがありますね」

「そこにも行ってみたい」

 

ーーー

 

電車の中で修造が江川と藤岡に言った。

「京都って色んな職業の職人がいて、それぞれ歴史ある仕事をしてる。その仕事の殆どが厳しい修行や時間に追われる仕事をしていて、その合間に手早く食事をするのにパンが最適なんだ、甘いものが欲しい、調理パンが欲しいなどの要望にも答えられるし、手軽に手に入る。それがパン屋さんが多い要因の一つなんだ」

「へぇー」

「みんなパンを愛してるんですね」

「だからパン屋が多いのか」

修造は自分で言って得心した。

そうか

職人が作り出す

京都の歴史、和の心

学ぶところが多いな

世界大会でのテーマでもある

「自国の文化」

きっと活かせる事が出来る。

あちこちよく見ておこう。

街を見渡したら

きっと見つかる。

 

何軒か廻って修造達はある一軒の歴史のありそうなパン屋さんに入った。

そこはおじいさんが1人でパンを焼いて販売している。

まるでおとぎ話に出てきそうなロマン溢れる店だ。

「こんにちは、おじいさんは1人で仕事してるの?大変じゃない?」江川がパンを買うときに店主に尋ねた。

「もうずっと若い頃から同じ事をしてるからこの歳になってもできるんです。急にやり出したら大変ですやろ。忘れてしまう事も増えてきますし」

「そうかぁ。そうですよね。僕もずっと自分の仕事を続けたいと思っています」

「そうですか、おきばりやす」

店主との会話はあっさりとしたものであった。

 

 

江川は店を出てからもう一度パン屋さんの中を覗いた。

優しい顔のおじいさん。

何年も前からずーっとパンを焼き続けてるんだ。僕が生まれる何十年も前から。

凄いなあ。

僕も同じ事が出来るかしら。

朝になってパンを作って焼いてまた明日の朝が来る。

それをずっと繰り返していく。

僕もそうなりたいな。

江川は以前パン催事であったあんぱん屋さんのおじさんの事を思い出していた。

毎日同じ事を何年も蹴り返すのって誰にでも出来そうで出来ない事なんだ。

長く続けた先にあるもの。

最後に自分の焼くパンを自分で見てみたい。

江川はじんわりと心に決心の様なものが固まっていった。

 

ーーー

 

みんなパン屋巡りをして店先で買ったパンを少しずつ分けて味見したので晩御飯の時には全員がお腹いっぱいだった。

「うーん苦しいもう寝る」

皆三々五々部屋に帰って寝た。

杉本と風花も其々割り当てられた部屋に戻った。

 

 

後編につづく

 

 

※スーパーカリフラジリステイックスエクスピアリドーシャス

映画メアリーポピンズの長い合言葉 ➀ Super (超越した)② Cali (美しい)③ Fragilistic (繊細な)④ Expiali (償う)⑤ Docious (洗練された)5つの単語が組み合わさって出来ているのですが、「素晴らしい、素敵な」の意味で使用されます。(元CAが教える~思わず使いたくなるワンフレーズ英会話レッスン~より引用)https://makupo.chiba.jp/article/article-4350-2/

※サッカロマイセスセレビシエ Saccharomyces cerevisiae

パン酵母の事 糖を代謝して美味しい香りのアルコール発酵を行う。

※カザフスタニアーエグジグアとラクトバチルスーサンフランシセンシス等

パネトーネ種は酵母(Kazachstania exigua カザフスタニアーエグジグア)と、数種の乳酸菌(Lactobacillus sanfranciscensis ラクトバチルスーサンフランシセンシス等)が仲良く共存し、それぞれの持つ特徴を、発酵熟成から焼成中に発揮し、パンなどの改良を行う世界的に珍しい酵母と乳酸菌類です。(株式会社パネックスより引用)http://www.panex.co.jp/panettone

会社によって扱う酵母の種類は違います。特許第4134284号、特許微生物受託番号FERM P-16896)などの特許がそれぞれあります。

※京都にパン屋が多い理由 クックドア https://www.cookdoor.jp/family-restaurant/dictionary/13665_resta_056/

 

 


2022年05月22日(日)

パンの小説の一覧を作りました。

 

パンの小説の一覧を作りました。

 

ブログの表示が5つのお話までしか掲示されないので一覧をこちらに作りました。

よろしければ下にある一覧から好きな話を探して見てくださいね。

このお話はフイクションです。

江川と修造シリーズは修造が修行先のドイツから帰ってきて江川をパンロンドで面接したところから始まります。
引きこもりで不登校だった江川は修造の弟子っこになり、やがて色々な経験を経てナイスなパン職人になっていきます。

イラスト付きでわかりやすく、電車の中ですぐ読める感じになっていますのでぜひお楽しみ下さい。
どんどん更新していくのでたまに覗いて見てくださいね。

note始めました。3部の途中の江川君がパンロンドに面接に来た所から始まります。少しずつ読みたい方はこちら

https://note.com/gloire/m/m0eff88870636

お話の最後にあるハートマークを押して頂くと励みになります。

イラストだけ見る方はこちら

https://www.instagram.com/panyanosyousetu/

 

新作↓

パン職人の修造 江川と修造シリーズ

One after another 江川はこちら

gloire.biz/all/5158

新たに練習を始める江川だったが、、

 

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 

A fulfilling day 修造はこちら

gloire.biz/all/5105

大地が生まれた!毎日ハッピーな修造

 

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 後編はこちら

http://www.gloire.biz/all/5034

杉本に試験を受けさせようとする風花だったが、、、

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 前編はこちら

http://www.gloire.biz/all/5018

いつもぼーっとしているタイプの杉本の特技を発見したパンロンドの職人達は

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ バゲットジャンキーはこちら

http://www.gloire.biz/all/4967

あのメモを渡してきた男の正体は?

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ broken knittingはこちら

http://www.gloire.biz/all/4872

とうとう若手コンテストに挑んだ江川と鷲羽でしたが、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Mountain Viewはこちら

http://www.gloire.biz/all/4845

江川と修造は2人で荷物を積んで選考会に出発しました。

そこには、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structureはこちら

http://www.gloire.biz/all/4802

ホルツにてとうとう飾りパンの練習が始まりましたが、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Prepared for the roseはこちら
http://www.gloire.biz/all/4774

鷲羽はパンロンドに勉強の為に行きます。そこでつい、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ   イーグルフェザーはこちら

http://www.gloire.biz/all/4720

鷲羽と江川はベークウエルのヘルプに行きますがそこでは、、、

 

パンロンドの職人さんのバレンタイン Happy Valentineはこちら

http://www.gloire.biz/all/4753

パンロンドの職人さん達のバレンタインはどんなのでしょうか?

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ スケアリーキングはこちら

http://www.gloire.biz/all/4675

いつも自信満々な修造が唯一怖いもの、それは、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Sourdough Scoring 江川はこちら

http://www.gloire.biz/all/4634

選考会への修業を重ねる江川と修造。江川にまたしても試練が訪れる。

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ ジャストクリスマスはこちら

http://www.gloire.biz/all/4588

クリスマスはパンロンドに優しい風を吹かせました。

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ お父さんはパン職人 はこちら

http://www.gloire.biz/all/4548

修造と緑はとっても仲良し。だけど近所の人はお父さんの事を、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ  六本の紐  braided practice 江川はこちら

http://www.gloire.biz/all/4477

修造と一緒にホルツで修業を始めた江川を待ち受けていた者とは、、、

 

 

江川と修造シリーズ フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thiefはこちら

gloire.biz/all/4415

やっと職場に慣れてきた杉本。一緒に仕事している店員の風花に危険が迫る!その時杉本は、、、

 

 

江川と修造シリーズ 背の高い挑戦者 江川 Flapping to the futureはこちら

gloire.biz/all/4365

修造と江川の務めるパン屋パンロンドにNNテレビがやって来た!

みんな頑張って!その時修造は、、、

 

 

ハートフル短編小説 アルバイトの咲希ちゃんはこちら

gloire.biz/all/3705

東南駅と学校の間にあるパン屋のパンロンドでアルバイトをはじめた高校2年の咲希ちゃんでしたが、、、

 

 

江川と修造シリーズ催事だよ!全員集合!江川Small progressはこちら

gloire.biz/all/4249

このお話は進め!パン王座決定戦!の続きです。催事を通じて少しずつ成長する若手の職人達のお話です。パンロンドにイケメンの仲間がやってきましたが実は、、、

 

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編はこちら

gloire.biz/all/4129

パン王座決定戦!前編の続きです。 修造はNNテレビのパン王座決定戦で強敵のシェフと戦う事になりましたが。。

 

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編はこちら

gloire.biz/all/4009

新人の杉本君の続きのお話です。親方が修造をパン王座決定戦に出てくれと言ってきました。その時修造は、、

 

 

江川と修造シリーズ 新人の杉本君Baker’s fightはこちら

gloire.biz/all/4056

江川To be smartの続きのお話です。パンロンドに新人の杉本君が入ってきましたが、、、

 

 

江川と修造シリーズ 江川To be smart はこちら

gloire.biz/all/3940

江川が15年前パンロンドの面接で修造と出会った時のお話です。

修造は一風変わった面接をします。。

 

 

製パンアンドロイドのリューべm3はこちら

gloire.biz/all/3877

30年後の未来、アンドロイドはとうとうパンも作ってくれる様になりました。
利佳はアンドロイドと仕事をする決心をします、その理由とは。

 

 

パン職人の修造第1部 青春編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3032

パンロンドに就職した空手少年の修造は運命の人に出逢います。そして、、

 

 

パン職人の修造第2部 ドイツ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3063

修造はパンの技術を得るためにドイツに向かいますが、、、

 

 

パン職人の修造第3部 世界大会編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3065

江川と出会った修造は2人で世界大会を目指します。

 

 

パン職人の修造第4部 山の上のパン屋編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3073

律子と2人で念願のパン屋を開きますが、、

 

 

パン職人の修造第5部 コーチ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3088

江川の為に世界大会のコーチを引き受けますが、、

 

 

パン職人の修造第6部 再び世界大会編前半はこちら

http://www.gloire.biz/all/3100

世界大会の為にコーチとして江川や緑と色々と作戦を練りますが、、

 

 

サイドストーリー江川と修造シリーズ ペンショングロゼイユはこちら

http://www.gloire.biz/all/3748

世界大会前編の始めに東北のお祭りに行った後のサイドストーリーです。

世界大会のアイデアを練る為に江川と東北に行った帰り道、泊まったペンションで修造が会った夫婦は、、、

 

 

パン職人の修造第6部 再び世界大会編後編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3596

世界大会が終わった後修造は、、

この後もまだまだお話は続きます。

このお話を書いたきっかけ。

昔々グロワールの近所にパンマイスターのお店があって、うちの先代が「マイスターのお店があるから行ってみ。」と言いました。
私はその時はマイスターって聞いたことあるけど何なのか知りませんでした。

お店に入るとご夫婦がお二人で経営されていて、ショーケースがありました。
当時(今も)無知だった私はどれがドイツパンかもわかりませんでしたが、記憶では日本の菓子パンもあった様に思います。

入り口の横に燦然と輝くマイスターの証が飾ってありました。
今はもうぼやけた思い出ですが、今にして思えばなんて勿体無い事をしたのでしょう。
もっと行っとけば良かった!
お店はいつのまにか無くなっていました。

推測ですが戦時中にドイツに渡り紆余曲折あってマイスターの資格を取り日本に戻ってこられたのではないかと。
そして日本にドイツのパンを広めるはずだったのに、当時はやはり菓子パンや食パンが主流で、しかも「白くてフワフワ」というワードがもっとも信頼されていた頃です。

推測ですが、色々悩まれたのではないかと思っています。
あぁ〜今やったらパン好きの人達に紹介して記事を書いて貰うのに。
そしてそれを読ませて貰うのに!

当時はSNSも無かったし、私も価値が分からずにいたと思うと口惜しいです

????

そんな気持ちがくすぶっていてマイスターについて色々調べ、今では価値のある存在って十分わかっております。

修行は長く、様々なお辛い事、そして楽しいこともあったと思います。

パン職人の修造第2部ドイツ編にはそんな思いが込められています。

世界大会については、審査、選考会、世界大会の順に勝ち進んでいくのですが、調べていくにつれ、色んな選手の方が色々な事を調べて作ってらっしゃるのがよくわかります。
時間内にタルティーヌやクロワッサン、バゲット、スペシャリテ、芸術作品などをを作らなければいけません。
とても技術を要し、過酷なものと推測します。

大会で修造が作ったパンは調べあげた末、誰とも被らないようなものを作ったつもりですがもしもモチーフが被った場合はご容赦下さい。
その他の一般でも販売可能なパンに関してはこんなに沢山の種類やパンがあるんだとわかって貰えるようになるべく色んなパンを紹介することもあるかもしれません。

世界大会には選手と助手(コミ)の2人が出ます。
そして会場ではブースの外からコーチが色々指導したりします。
素晴らしいコーチと助手と選手の熱い思いが燦然と輝くのです。

今後も修造の話は続きます。

応援お願いします。

ここに出てくるお話はフィクションです。

実在する人物、団体とは一切関係ありません。

パンと愛の小説

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2022年05月10日(火)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ バゲットジャンキー

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ バゲットジャンキー

 

 

「修造さん」

選考会が終わった後、北麦パンの佐々木が声をかけてきた。

「俺、絶対勝ちたかったんですよ」

「すみません、、あの、店を休んで特訓してたって聞きました」

「そこまでやって勝てなかったなんて悔しいな。先生にもついて貰ってたのに。ま、結局は俺の実力不足かな」

佐々木はやや自嘲気味な言い方をした。

「こんな事俺が言うことじゃないけど是非次回頑張って下さい」

2人は握手した。

 

 

「本当だね、修造さんが言うことじゃないよ」

そう言って佐々木は笑って去って行った。

 

 

「修造さん荷物を運んで帰りましょう」

「うん、江川良かったな」

「はい、修造さんもおめでとうございます」

「ありがとうな江川。いつか感謝を形に変えるよ」

「感謝なんて、テヘ。僕が勝手にやった事ですから」

そう言いながら2人は会場の裏にある駐車場に荷物を運びパンロンドの配達用の車に積み込んだ。

「控室に戻って大木シェフに挨拶して帰ろう」

「はい」

2人が駐車場から通用口に入り長い廊下を歩いている時、向かいから帰路につく沢山の会場スタッフが長い列を作って歩いてきた。

修造はぶつからない様にそれをよけて廊下の端を素早く行き過ぎた

その時江川と少し距離ができた。

 

スタッフに紛れてオレンジ色の大きなスーツケースを押した背の高い男が歩いて来る。

そのトランクには沢山の国のものと思われるシールがベタベタと不規則に貼ってあり、中には剥がれたあとや、剥がれかけのものもある。

江川はそのトランクを見て、剥がれかけたシールなんて外せばいいのにと男の顔を嫌悪感のこもった目で見た。

男は立ち止まり「おめでとう、頑張ったね」と労をねぎらった。

江川が一瞬頭を下げて行きすぎようとした時、男がメモを渡してきた。

「これ、お兄さんに渡しておいて」

江川は、話したこともないのにお兄さんなんて言い方は軽すぎると思って苛立った。

不機嫌に黙ったままメモを受け取りそのまま遠ざかった江川をしばらく見ていたがやがて駐車場を通り、外に出てタクシーを捕まえようと歩道に立った。

 

ーーー

 

江川は控え室に戻り、大木と話している修造にメモを渡した。

「通路を歩いてたら渡されました」

珍しくイライラしている江川に「どうしたんだ?疲れたのか?何かあった?」

「別に、何もありません」

「そうか」そう言ってメモに書かれた文字を見た。

 

人生は数奇なり

己の運命に流されても己は流されるなかれ

 

 

あ!この字!本に挟んであったメモと同じ文字だ!

「江川!この人どっちに行った?」

「さっきの駐車場の方に行きました。小汚いオレンジ色の大型のスーツケースを押してました」

修造の慌て様に驚いて江川が言った。

修造はもう一度長い廊下を走って通用口を出た。

駐車場は搬出のスタッフでごった返している。車の一台一台を見て回ったがオレンジ色のトランクはもう車の中なのか全然わからない。

「もう帰ったのかな」

 

仕方ない、俺とその人がどこかで繋がってるならまたいつか出会えるだろう。と、次のチャンスを待つことにした。

 

でも気になる

なんだ

流されても流されるな

って

どういう意味だ。

俺は順調だ。

愛する妻と可愛い子供

数奇な事なんて何もない

なんだ名乗りもせずに

 

速足で廊下を歩きながら

修造は頭の中で文句を言っていた。

 

—-

 

新名神高速道路に入った帰りの車の中

せっかく二人とも優勝したのに口数が少なかった。

しばらくすると江川は少し不機嫌が直ってきた。イライラがおさまってきた様だ。

「僕ホッとしました。これで二人で世界大会に出られるんですね。夢みたい」

「だな」

 

 

「僕、鷲羽君がトラブルがあって、なんて言っていいかわからなかったです」

「あんな事になるとは思わなくて園部も気の毒だったな」

「コンテストが終わるまで何も知りませんでした。僕なら泣き喚いてたな」

他の選手に知れるとみんな動揺するだろうから知らなくて良かったよ。鷲羽は自分にも非があるからって犯人はお咎めなしになったんだ」

「へぇ〜。鷲羽君って本当はいい人なのかな」

「口は悪いけど悪いやつじゃないよ」

「帰り際声をかけた時フランスに行くって張り切ってました。僕達の事応援してくれるって」

「うん、大木シェフや佐久間シェフも協力してくれるって言ってたな」

「はい」

辺りは段々暗くなり、名古屋を過ぎた辺りで修造が言い出した。

「なあ江川!俺、男の子が生まれるんだよ。こないだ律子と産婦人科に行ってお医者さんにエコーを見せて貰ったんだ!どんな名前にしょうかなあ〜ウフフ」

「えっ?」

急にガラリとソフトムードになった修造に江川は驚いた。

ウフフだって、、いつもシブイ感じなのに、、

勝負みたいな事が終わるとホッとして家族に会いたくなるんだろうな。

「楽しみですね!」

「そうなんだ!どこかに寄ってお土産を買って帰ろう」

「はい。僕もみんなにお土産買いたいです。駿河湾沼津 のサービスエリアにのっぽってパンがあるの知ってます?それも買いたいなあ」

「寄ってみる?夜でも売ってるのかな?」

「いっぱい買っちゃお!桜海老のパイや卵の形のプリンもあるんですよ!」

「お前よく知ってんな、、」

 

—-

 

夜中、パンロンドに車を返してアパートに帰り着いた修造は、荷物をいっぱい持ってみんなを起こさない様にそっと入って来た。

リビングの明かりが少しだけ差し込む寝室の、緑の可愛い寝顔を見つめて目を細めうっとりしていると、布団の中から律子が声をかけた。

「お帰り修造。おめでとう」

「律子、ただいま。大変な時に家を開けてごめんね」

そう言って急いでパジャマに着替えて布団に入り愛妻の手をそっと握った。

「私絶対勝つってわかってわ」と手を握り返した。

「どう?」と言ってお腹をさすり赤ちゃんのご機嫌を伺った。

「元気よ、すごく動いてる。ほら」修造はお腹に手を当てて手のひらに神経を集中した。

グニ

と手応えがあった気がする。

「あ!」わかったよと言う修造の嬉しそうな顔を見て律子も満足げにしていた。

修造はそのまま律子の顔を見つめながら目を瞑り寝てしまった。

修造の顔を見ながら「おかえり」と呟き、高い鼻頭をツンツンと触った。

 

—-

 

次の朝早く自転車に乗ってパンロンドについた修造は工場に入った時何かしらの異変を感じていた。

「なんだろう?何かおかしい」

すでに来ていた親方と藤岡と杉本が修造を取り囲んで「優勝おめでとう!」と口々に言ってくれた。

「ありがとうございます。あの、、店の色が変わってますよね?」

「そうなんだよ!こっち来て!」

親方は修造に店の中を見せた。

「あ!!!改装してる」

 

 

「凄いだろ?修造と江川がいない間に大急ぎでリフォームしたんだ。ずっと藤岡と一緒に計画を練って。業者に頼んだり話し合ったりしてたのさ、な!藤岡」

「はい、修造さんに内緒で動いてたんです。内装は僕も勉強してあれこれ考えました」

「全然わからなかったな、、、」

「お前を驚かそうと思ってな!それにほら見て修造」

親方は商店街の道路に面したガラスの所を指差した。そこは出窓調になっていて何も置かれていない。

「ここにお前と江川のパンデコレを飾るんだ」

「えー!優勝しなかったらどうするつもりだったんですか?」

「どうもこうもねえよ。実際優勝したろうが」

と大声で笑い、入口の横のパン棚を太い腕で指した。

「ここはお前のドイツパンのスペースだ」

修造は親方の行動力にポカーンと口を開けながら感心していた。

「さ!もうすぐ新生パンロンドの開店だ!仕事に戻るぞ!」

「はい!」

その日は修造は親方と色々話し合ってドイツパンの種類を絞り込んだ。

商店街の人にも受け入れやすいドイツのパンか、、

パンロンドには自慢の山食『山の輝き』、『とろとろクリームパン』、『カレーパンロンド』その他人気の品が沢山ある。それと被らない様に構成を考えなきゃ。

修造はドイツで働いていたお店のヘフリンガーの人気のラインナップを思い出していた。

 

 

1番上の棚は※ロッゲンブロートとか※穀類を使ったメアコンブロート、ミッシュブロート、ラントブロートなどをずらりと。

2段目辺りはプレッツェルとカイザーゼンメル各種、ヘルンヒェン、オリーブバゲットなど。

3段目は※Schweineohr(豚の耳)やベルリナー、なんかの甘ーいパン。

その下は焼き菓子を置いて、冬になったらそこは山もりのシュトレンを置くか。。

午前中店内に満タンに作ったパンも夕方にはすっかり売り切れてまた明日の朝が来る。

東南商店街の道ゆく人達はパンデコレをガラスの向こうからシゲシゲ見て、写真を撮ったりしていたが、やがてそれは噂になりまた遠くからパンロンドのパンを買い求めにくる人が日々増えていく。

親方と奥さんは、シフト表をよくよく考えて書き、佐久山と梶沢、修造と江川、藤岡、杉本でローテーションで無理なく回していった。

 

次の休みの日

修造は一人でホルツに来ていた。

オレンジ色のトランクの男が渡してきたものを大木に見せた。

この本とメモを書いた人について少しでも何かご存知なら教えて頂けませんか?」

「さあなあ」と言った後、大木はしばらく何か考えていたがやがて話しだした。

「修造、伝説の流れ職人って聞いたことあるか?」

「伝説の?いいえ」

「伝説のなんて大袈裟だし、少々盛ってると思うんだが」

「はい」

「昔山間部に住んでいて、造園を生業にしていた若者がいたんだ。そいつは客の意志を読み取るのか上手くて相手の望む通りの庭作りをする事ができた。その噂は広がって遠くまで呼ばれて庭の手入れに行ったりしていた

 

 

ある日軽井沢に呼ばれて、金持ちの別荘の庭の手入れをしていた。その素晴らしい庭作りに客が喜んでお代以外にも礼をしようとそいつを懇意にしてる近所のフレンチレストランに連れて行った。

そこは剛気な性格のフランス帰りのシェフがやっている店で、食事が2品ほど出た時、シェフがテーブルに挨拶に来た。そして焼き立てのバゲットを持って来て包丁とまな板をテーブルに乗せパンをカットしだした。

「今窯から出たばかりだよ。このルヴァン種のバゲットは俺の自慢なんだ」

客に「美味いから食べてみなさい」と勧められてその造園業の若者はカットされたバゲットを口に入れた。

 

 

途端にルヴァンの風味と小麦の旨味が、クラストの歯応えとクラムの水分を含んだ食感が、そして窯の熱気を含んだエアが口に広がった。

大袈裟だが脳内で美味さが爆発したんだ。

出会ったことのない美味さに衝撃を受けてその場でシェフに弟子入りしたいと言い出した。シェフは驚いたが、男が自分の作ったバゲットを全部食っちまって本気で感動しているのが気になって、その男を弟子にしてやったんだ。

男には家庭があったんだが、突然パン職人になると言って、造園業を廃業して長野県に行ったまま帰らなくなった夫に愛想を尽かした奥さんは、男に離婚届を送りつけて実家に帰ったんだよ」

「ええ?随分衝動的な人ですね」

「お前だって突然ドイツに行きたいって言ったんだろう?」

「え?それは、まあ、あの、はい」

大木は笑いながら「人の事は言えないなあ」と言った。

「どうしても行かなきゃならなかったんだろう」

「あの、、俺ずっと不思議だったんです。大木シェフは俺たち部外者を弟子のようにして下さって色々教えて貰ってるのは何故なんですか?その伝説のなんとかと関係あるんですか?」

「運命ってのは不思議なもんだよ」

「運命?あのメモにもそんな事が書かれていました」

 

大木は思い出していた。

 

 

 

俺が若い頃、あいつとNNホテルのパン部門で働いていた。

佐久間と鳥井も一緒だった。

毎日が発見の連続で、俺はあいつに心酔したんだ。

江川を見てるとあの頃の俺を思い出す。

こんな日が永遠に続けばいいと思っていたが、あいつは職場を去った。

最後の日に俺にこう言った「これから若いものを育ててパン業界を盛り上げるのが俺たちの使命なんだ。約束だぞ」ってな。

その後俺と鳥井はドイツへ、佐久間はフランス。あいつは世界各地を回って何年も帰って来なかった。

おい!俺は約束を守ってるぞ。

 

急に、考え込んでいる修造に向かって大木が声を張った。

「これから色々大変だぞ!他の事は気にせずに江川と息を合わせて集中して練習しろ!優勝して貰わないとこうして教えてる意味がないだろ?わかったらどんなメニューにしたいのか考えて書いてこい!」

「はい」

 

帰りの電車で結局大木にはぐらかされたんだと思った。

「そいつその後どうなったんだ、、」

でも今日少しだけ分かった。

またそのバゲットジャンキーの事を少しずつ聞き出して点と線を繋げてやる!

修造は心の中で密かに決めていた。

 

パンロンドに戻り、仕込み中の親方に「伝説の流れ職人って聞いた事ありますか?」と聞いた。

「ああ、そういえば昔そんな噂を聞いた事あるな、色んな店を渡り歩いてヘルプに入って従業員を牛耳って技術を教え込み、店の格が上がると噂になってあっちこっちで呼ばれてるとかなんとか。でもそれ、俺が修行時代の事だから15年以上前のことでさ、その後世界各地に呼ばれるようになって殆ど日本にはいないから連絡もつかないって話さ」

「へぇ〜」

「会ったことあんのか?」

「多分」

「多分?」

「その人の作るバゲットが美味いんですか?」

「そうだな、日本の色んな店で修行して回った後フランスに渡ってからは各国を回って帰ってこなくなったとか聞いたことあるよ。そこでも延々と修行したんじゃない?」

 

 

そうかオレンジ色の大きなトランクであちこち回ってるのか。

世界中を自由に。

旅の楽しさと、行った先で出会った世界のパン職人。

勿論苦労もあると思うけどずっと続けてるのは

それでも構わない程夢中になれる事があるんだろう。

うわ、ちょっと憧れちゃうなあ。

 

「その人パンの世界に没頭したんですね」

「そうだな、他のものを全て捨てても欲しいものがあったんだろな」

パンの製法も概念も時とともに変わりつつある。それを追い求めて広めたい。

修造はまた少し分かった気がした。

 


 

家に帰って本に挟んである2枚の紙を見た。

まるで俺が数奇で運命に流されるみたいじゃないか。

これが予言めいたものでないことを祈るよ。

いつかまたどこかで出会うだろう。

 

その時に聞いてみたいこの言葉の意味を

 

バゲットジャンキーに

 

 

おわり

ロッゲンブロート ライ麦90%以上配合されたパン

メアコンブロート ライ麦100%使用 ひまわりの種、オートミール、胡麻、亜麻の実などの穀物をまぶしたパン

ミッシュブロート 小麦粉とライ麦粉を同量配合したパン

ラントブロート ドイツの代表的な 食事パン ライ麦70%配合

Schweineohr(豚の耳) パルミエの事 ドイツでは豚は幸運のシンボル

 

パンの流れ職人とは  昭和の時代 戦後からバブル期に至るまで、パン屋の忙しさは熾烈を極めました。戦後甘いものに飢えた人たちがあんぱん、クリームパン、ジャムパン、デニッシュなどを買い求めていましたし、それがバブル前どんどん購買熱が加速していきました。流れ職人斡旋を生業としている人たちが、手の足りないパン屋さんに職人さんを紹介するのですが、短期の人も多く、しばらくするとまた次の職場へ行くパターンが多かったのです。

当時はスーパーもコンビニも無かったのでパン職人、特に父ちゃん母ちゃんの店は毎日が超多忙でした。バブル前、パン業界だけでは無かった事ですが、なるべく世界中の食べ物を紹介する業者や、時間短縮の為の食品を考え出す会社が増えて行きました。

バブル以降はリストラと言う言葉が横行して、その後皆さんもご存じの職業斡旋業がどんどん出てきて流れ職人もそれを斡旋する人も少なくなっていったのです。

このお話に出て来る背の高い男は、どちらかと言うとヘルプ的要素が強いですし、長くやっていくうちに先生として呼ばれて赴く感じです。世界中のパンが見てみたかったのでしょうね。

 


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