2021年10月23日(土)

パンの小説の一覧を作りました

 

パンの小説の一覧を作りました。

ブログの表示が5つのお話までしか掲示されないので一覧をこちらに作りました。

よろしければ下にある一覧から好きな話を探して見てくださいね。

パンと愛の小説シリーズは様々なパンの世界について筆者が見たり聞いたりした事を元に、書いたり描いたりした挿し絵付き小説で、主にパン職人の修造という人物を通して見ていっています。

目力の強いパン職人の修造の話は今のところ6部まで出ています。結婚してパンマイスターになって世界大会に挑戦したり、もっともっといろんな事を体験して貰います。

江川と修造シリーズは修造が修行先のドイツから帰ってきて江川をパンロンドで面接したところから始まります。引きこもりで不登校だった江川は修造の弟子っこになり、やがて色々な経験を経てナイスなパン職人になっていきます。

イラスト付きでわかりやすく、電車の中ですぐ読める感じになっていますのでぜひお楽しみ下さい。どんどん更新していくのでたまに覗いて見てくださいね。

 

新作↓

江川と修造シリーズ フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thief

gloire.biz/all/4415

やっと職場に慣れてきた杉本。一緒に仕事している店員の風花に危険が迫る!その時杉本は、、、

 

江川と修造シリーズ 背の高い挑戦者 江川 Flapping to the futureはこちら

gloire.biz/all/4365

修造と江川の務めるパン屋パンロンドにNNテレビがやって来た!

みんな頑張って!その時修造は、、、

 

ハートフル短編小説 アルバイトの咲希ちゃんはこちら

gloire.biz/all/3705

東南駅と学校の間にあるパン屋のパンロンドでアルバイトをはじめた高校2年の咲希ちゃんでしたが、、、

 

江川と修造シリーズ 催事だよ!全員集合!江川Small progressはこちら

gloire.biz/all/4249

このお話は進め!パン王座決定戦!の続きです。催事を通じて少しずつ成長する若手の職人達のお話です。パンロンドにイケメンの仲間がやってきましたが実は、、、

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編はこちら

gloire.biz/all/4129

パン王座決定戦!前編の続きです。 修造はNNテレビのパン王座決定戦で強敵のシェフと戦う事になりましたが。。

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編はこちら

gloire.biz/all/4009

新人の杉本君の続きのお話です。親方が修造をパン王座決定戦に出てくれと言ってきました。その時修造は、、

 

 

江川と修造シリーズ 新人の杉本君Baker’s fightはこちら

gloire.biz/all/4056

江川To be smartの続きのお話です。パンロンドに新人の杉本君が入ってきましたが、、、

 

江川と修造シリーズ 江川To be smart はこちら

gloire.biz/all/3940

江川が15年前パンロンドの面接で修造と出会った時のお話です。

修造は一風変わった面接をします。。

 

製パンアンドロイドのリューべm3はこちら

gloire.biz/all/3877

30年後の未来、アンドロイドはとうとうパンも作ってくれる様になりました。利佳はアンドロイドと仕事をする決心をします、その理由とは。

 

パン職人の修造第1部 青春編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3032

パンロンドに就職した空手少年の修造は運命の人に出逢います。そして、、

 

パン職人の修造第2部 ドイツ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3063

修造はパンの技術を得るためにドイツに向かいますが、、、

 

パン職人の修造第3部 世界大会編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3065

江川と出会った修造は2人で世界大会を目指します。

 

パン職人の修造第4部 山の上のパン屋編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3073

律子と2人で念願のパン屋を開きますが、、

 

パン職人の修造第5部 コーチ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3088

江川の為に世界大会のコーチを引き受けますが、、

 

パン職人の修造第6部 再び世界大会編前半はこちら

http://www.gloire.biz/all/3100

世界大会の為にコーチとして江川や緑と色々と作戦を練りますが、、

 

サイドストーリー江川と修造シリーズ ペンショングロゼイユはこちら

http://www.gloire.biz/all/3748

世界大会前編の始めに東北のお祭りに行った後のサイドストーリーです。

世界大会のアイデアを練る為に江川と東北に行った帰り道、泊まったペンションで修造が会った夫婦は、、、

 

パン職人の修造第6部 再び世界大会編後編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3596

世界大会が終わった後修造は、、

この後もまだまだお話は続きます。

 

このお話を書いたきっかけ。

昔々グロワールの近所にパンマイスターのお店があって、うちの先代が「マイスターのお店があるから行ってみ。」と言いました。私はその時はマイスターって聞いたことあるけど何なのか知りませんでした。

お店に入るとご夫婦がお二人で経営されていて、ショーケースがありました。当時(今も)無知だった私はどれがドイツパンかもわかりませんでしたが、記憶では日本の菓子パンもあった様に思います。

入り口の横に燦然と輝くマイスターの証が飾ってありました。今はもうぼやけた思い出ですが、今にして思えばなんて勿体無い事をしたのでしょう。もっと行っとけば良かった!お店はいつのまにか無くなっていました。

推測ですが戦時中にドイツに渡り紆余曲折あってマイスターの資格を取り日本に戻ってこられたのではないかと。そして日本にドイツのパンを広めるはずだったのに、当時はやはり菓子パンや食パンが主流で、しかも「白くてフワフワ」というワードがもっとも信頼されていた頃です。

推測ですが、色々悩まれたのではないかと思っています。あぁ〜今やったらパン好きの人達に紹介して記事を書いて貰うのに。そしてそれを読ませて貰うのに!

当時はSNSも無かったし、私も価値が分からずにいたと思うと口惜しいです????

そんな気持ちがくすぶっていてマイスターについて色々調べ、今では価値のある存在って十分わかっております。

修行は長く、様々なお辛い事、そして楽しいこともあったと思います。

パン職人の修造第2部ドイツ編にはそんな思いが込められています

世界大会については、審査、選考会、世界大会の順に勝ち進んでいくのですが、調べていくにつれ、色んな選手の方が色々な事を調べて作ってらっしゃるのがよくわかります。時間内にタルティーヌやクロワッサン、バゲット、スペシャリテ、芸術作品などをを作らなければいけません。とても技術を要し、過酷なものと推測します。

大会で修造が作ったパンは調べあげた末、誰とも被らないようなものを作ったつもりですがもしもモチーフが被った場合はご容赦下さい。その他の一般でも販売可能なパンに関してはこんなに沢山の種類やパンがあるんだとわかって貰えるようになるべく色んなパンを紹介することもあるかもしれません。

世界大会には選手と助手(コミ)の2人が出ます。そして会場ではブースの外からコーチが色々指導したりします。素晴らしいコーチと助手と選手の熱い思いが燦然と輝くのです。

今後も修造の話は続きます。

応援お願いします。

 

ここに出てくるお話はフィクションです。

実在する人物、団体とは一切関係ありません。

パンと愛の小説

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2021年10月22日(金)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thief

パン職人の修造 江川と修造シリーズ

フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thief

 

 

催事で頑張ってカレーパンを揚げた杉本は最近は親方に焼成を教わっていた。

成形後ホイロというパンを発酵させる機械の中から出てきたパンを焼く。

「タイマーが鳴ったら出すんじゃなくて、それは目安として焼成のパンの色をよく見てね」

「はい」

それを工場の奥から見ながら江川は「以前はあんなに反抗的だったのに杉本君すっかり変わりましたね。真面目になった感じでしょうか」

と先輩の修造に言った。

 

「だな」

修造は普段あまり話さない。

幼い頃は無口な修造と呼ばれていた様だ。しかし頭の中はもうすぐ行われる選考会へのチケットをゲットできる一次審査のことで頭がいっぱいだった。いつも集中すると他のことが目に入らない。その間何も話さない事が多くなる。

ところで江川と修造は世界大会を目標にして大木シェフに面倒見てもらえることになった。パンロンドの定休日に大木の都合が合えば来ても良いと言われている。

今日はパンロンドの近所の神社でお祭りがあるのでちょっとした余興の為に江川と2人でフォーチュンクッキーを作っていた。そして出来上がったフォーチュンクッキー用の薄いクッキー生地がのった天板を杉本に回した。

「杉本フォーチュンクッキーって知ってる?」と修造が聞いた。

あ!聞いたことあります!見たこと無いけど」

 

フォーチュンクッキーは中におみくじが入っている薄い小さいクッキーで、中の言葉は様々だ。格言や予言、恋占いなど。

アメリカのフォーチュンクッキーは粋なジョークが書いてあるものが多い。

「これだよ。瓦焼きみたいな薄いクッキーに占いやおまじないが書いてある紙を挟んで折るんだ。来たお客さんに配るから焦がさない様に軽く焼いてね」

「はい」

薄い生地を軽く焼いたあと直ぐに占いの書いてある紙を真ん中に挟んで容器のヘリで曲げる。

杉本は出来上がったフォーチュンクッキーをひとつ割ってみた。

中に細長い小さな紙が入っていて「恋する予感」と書いてある。

おー!恋する予感だって!誰かなあ?風花ちゃん?」と店で焼き菓子を包んでいた二つ歳上のパートの横山風花に言った

風花はすぐに

「違うと思う」とキッパリ言った。

「早く焼けたパンをトレーに入れて出してよね。何回言われたらわかるのよ」拒絶された上に厳しく言われて杉本は苦笑いして「はーい」と言われた通りに急いで品出しした。

焼成はパンを焼くのが仕事だが昔から「焼きが八割」と言われていて、失敗すると仕込みと成形の工程が無駄になる非常に大切なポジションだ。その焼き加減によって見た目は勿論中の水分量などが変わり食感に影響する。なので親方は杉本に温度やタイマーの設定を丁寧に教えていた。

杉本は高校を途中で辞めてボクシングジムに入ったが挫折してパンロンドに入った。

挫折したとはいえ、体力作りをしていただけあって力も強く持久力がある。

難点があるといえばガサツで軽率、この二つだろうか。

親方は自然に振る舞いながらパンを手荒く扱わない様に、良いタイミングを待たずに早急に焼かない様にコントロールしていた。

「風花ちゃんこれ、お客さんにひとつずつ渡してね」奥さんは焼けたフォーチュンクッキーを可愛いカゴに入れて、レジでパンを買ったお客さんに渡す様に言った。

フォーチュンクッキーを選んで受け取ったお客さん達は皆中を開けて「あ!夜道に注意だって!」とか「こっちは片想いが実るだって!」などおみくじクッキーの様々な文言を楽しんでいた。

風花は「奥さん、私もひとつ貰って良いですか?」と聞いた。

ええ良いわよ、なんて書いてあるの?」

 

「はい、盗難注意でした。私って色気ないからおみくじも色気なかったです」と笑って言った。

「色気なくなんてないわよ。こんなに可愛いのに。着物でも着てお祭りに行ってごらんよ。みんながついてくるかもよ」

奥さんの励ましの様な言葉を聞いて部屋の箪笥の中の秋浴衣を思い出した。

今日友達と久しぶりにお祭りに行くからお母さんに着せて貰おうかな。

風花は家に帰って母親に藍色の秋浴衣を着せて貰った。

浴衣より少し厚めの紺色の生地に桔梗が描いてある大人っぽい柄の着物に、淡い紅色の帯と髪留めをあしらった。黄色いバッグに白い足袋と赤い鼻緒の黒い下駄を履いて出かけた。

友達と神社の前で待ち合わせて四人で歩き、色々な屋台を見てお祭りを楽しんでいるうちにふと子供の頃の心に帰り少し楽しい。

お祭りの屋台の黄色い灯りが揺れている横をみんなで歩き、ヨーヨー釣りをした。

みんなでユラユラポンポンとヨーヨーを持ち歩いている時、仕事帰りに自転車を押してお祭りを見始めた杉本と藤岡に会う。

「あ!風花!」

いつもの自分に向けられる厳しい表情と違い、ゆったりとした笑顔で浴衣姿の風花を見て杉本はキュンとした。

杉本達は人混みの中押していた自転車を道の端に停めた。

が、風花は杉本を無視して「藤岡さんお疲れ様です」と挨拶した。

風花の友達も藤岡を取り囲んで「同じ職場なんですか?」とか「こんなイケメンのパン職人っているのね!」とか藤岡を質問攻めに合わせた。

何を聞かれても爽やかにしか答えない藤岡のソツのない言い方がちょっと羨ましい。

あーあ、、同じ人間なのになんでこうも違うんだ。

俺もなかなかのイケメンなのに。

そう思っていると「はい、これあげるわよ」と言って風花がヨーヨーを渡してきた」

 

「ヨーヨー、、久しぶりに見たな。大人になるとお祭りも中々来ないなあ」

「大人って誰の事よ」

「え?俺ですよ俺!」

その時辺りから屋台の焼き鳥の香ばしくて良い香りがしてきた。

「腹減ったな〜、焼き鳥食べようよ」

「良いわよ」

「藤岡さん、俺達あっちに行ってますね」

「うん」

と言いながら藤岡は風花の友達三人と反対側に歩き出した。

どうやら何かを見に行った様だ。

杉本はいい匂いのする焼き鳥を四本買った。

「ほらこれ」

「ありがとう」

二人は屋台と屋台の間の二メートルぐらいの隙間に立ち、祭りで行き交う人達を見ながら食べていた。

風花は着物を汚さない様にしながら片方の耳に髪の毛をかけて少し前のめりに焼き鳥を口に運んだ、その様子に少し見とれていたら

ちょっと口が開きっぱなしよ!」と叱られた。

「え!」

「もう、だらしないわねぇ!口元をキュッと結んで!」

「えへへ」と誤魔化しながら話を変えた。

「風花はなんでパンロンドに入ったの?」

「パンロンドって私が中学ぐらいの時にできて、それからは毎日パンロンドのパンを食べていたの」

「パンロンドって確か出来て十年目ぐらいだもんね」

「毎日沢山の人が店に来て、その人達はみんなパンロンドのパンを食べながら家族で話をしたり、急いで食べて仕事に行ったり、帰ってきて晩御飯の後でちょっと食べたりして、生活に溶け込んでる。」

「うん」

「そういう存在ってとても大切なんだわと思って」

それで入ったの?」

「そう、自分もそれを提供する側に立ちたかったの」

「しっかりしてるなあ、俺なんかパンロンドに連れて来られたんだ。だから全然やる気なかったけど、修造さんに鍛えられてちょっとだけわかってきたかな〜」

「修造さんって怖くない?目つきが鋭いわ」

「始めはめっちゃ怖かったけど、あの人はパンに対して真剣なだけなんだよ。言ってる事当たってるし」

「江川さんと修造さんって世界大会に出るんでしょう?」

「なんか飛び抜け過ぎてて俺はついていけないなあ」

「そんな事言ってないで!明日も頑張るのよ!あんたがあの二人の穴埋めをしなきゃ」

「無理だろそれ」

杉本が笑って誤魔化していると藤岡達が楽しそうに戻ってきた。

「風花見てこれ、藤岡さんが全部とったのよ!凄ーい!」見ると袋にパンパンのスーパーボールが入っていた。

「凄い」

藤岡は「ほら、これあげるよ」と言って杉本に持たせた。

帰り際、ヨーヨーと袋いっぱいのスーパーボールを持ち自転車の前カゴに入れながら「俺が満喫したみたいだな」と呟いた。

次の日

杉本は親方にバゲットのカットを習っていた。

カミソリ刃ホルダーの先に両刃のカミソリをつけて、よく切れる刃先でフランスパンをカットする。それを窯に入れて蓋を閉め、スチームのボタンを押すと、ブシューっと音を立てて蒸気が出て、生地全体が蒸気に包まれる。パン生地はカットしたところから上に横に広がり膨らんでやがて色づいていく。

窯から焼けたバゲットを取り出すとき外の空気が触れた外皮が縮んで割れてパリパリと音がする。

「この工程楽しいですね」

「このパリパリいう音は天使の拍手とか言うんだよ」

「へぇ〜」

「はい、バゲットあがりましたよ」

風花に叱られないうちに縦長のカゴにバゲットを入れて持っていった。

「はい、風花ちゃん」

一瞬目があったが、風花は黙って受け取り店の真ん中のテーブルに置いた。杉本はその背中を少し見つめてまた戻ってきた。

それを見ていた親方が思い出話を始めた。

「修造はね、今は奥さんの律子さんがパンロンドに入ってきた瞬間から夢中になっちゃってね。それを俺にバレてないと思ってたみたいだけどあいつずっと店の方見てんだよ。」

「ハハ、バレバレですね」

「付き合い出した頃なんて、修造が律子さんにベタベタで仕事が手につかなくてね、律子さんがとうとう仕事変わった程だったんだ」

「信じられない!あの修造さんが、、」

あいつ俺が律子ちゃんって呼んだら本気で腹立ててたから律子さんって呼んだりしてたな。」

「親方にヤキモチを?」

「ドイツに行ってる間律子を頼みますって頭下げられて、これでもし何かあったら俺は殺されると思ったね」

「無事でよかったですね!」

暴れる修造を想像するとゾッとする。

「ま、全ては出会い、出会いはチャンスって事だよ、な!」親方が出会い系アプリのキャッチコピーみたいな事を言った。


一方その頃、店の外から様子を伺ってる男がいた。その男は30代前半ぐらいで黒いスニーカー、青いジーンズ、白いTシャツに黒いブルゾン、紺色のキャップを真深に被っていた。

その男は目立たない様にパンロンドに入って来た。

いらっしゃいませ」

焼き立てのパンを店内に並べながら風花が言った。

そしてまたパンを並べ始めた。

丁度フランスパンの出来立てが並ぶ時間で、沢山の種類のパンをカゴに盛り、値札をつけていた。

その男はいつの間にか帰り、しばらく店でパンを並べるのに集中していた風花を見て奥さんが叫んだ「わ!風花ちゃん!背中どうしたの?!」と言った。

 

「え?!」風花は背中の事なので気が付かなかったが、ジュースのストッカーに写った自分の背中を見て「あっ!」と叫んだ。

制服の白いTシャツの右の肩甲骨あたりから左斜めに向かって十五センチほど切れている。

「いつのまに!引っ掛けたんでしょうか?」

「そうなのかしら?代わりの服を持ってくるわね」

奥さんが倉庫から新しいユニフォームを持ってきて「ほらこれ着替えてきて」と言った。

「はい、すみません。気をつけます」

風花がTシャツを着替えて「これ、どうましょう?」と聞いてきたので「私が縫って使うわよ」と言った時、奥から騒ぎを聞いていた修造と杉本が「見せて」と言ってその服を見た。

「さっき見た時は切れてなかったなあ」

「随分鋭利なものでスッと切れてますね」

「何かに引っかかったならこんな切れ方しませんよね?切り口がギザギザしますもん」

店にそんな切れ方するところがないもんな」

誰か変な人は入ってこなかった?」

「それが全然見てなくて」と風花が言うと、奥さんが「何人かお客様がいらっしゃったけどそんな怪しい人いたかしらね」と首を傾げた。

修造は風花に「お店っていうのは不特定多数の人が入ってくるんだ。こちらは何も知らなくても向こうは何かしら思って入ってくる時もある。ほとんどの人が普通にパンを買いに来ている、でも、中には敵意を持ってきたりする人もいる。それが露わになってる時はわかりやすいが、隠し持ってる時は中々わからない。笑顔でお迎えして挨拶する瞬間にどんな表情か見ておくと良いよ」と忠告した。

「わかりました」風花は目つきが鋭い修造が怖かったが、アドバイスはなる程なと思った。

たしかにお店にいるとどんな人が来店するかは顔を見るまでわからない。

とは言え敵意を隠し持ってる人なんて分からないかも。

修造は切り口を見ながら「これって誰かが切ったとすると、ナイフって切る時は刃の腹の部分で切るか突き刺すかになる。カッターなら先でこんな風にスッと力を入れずに切ることができる。多分カッターですよね」

「え!怖い」

「しばらく店に出ないで中で働かせて貰ったら?それで何もなければ良いし。気をつけるに越した事は無いよ」修造は杉本の方を向いた。

「念の為帰りは家まで送ってってやれよ」

風花が自分の事を怖がってると薄々気がついていた修造は杉本に言った。

「はい、無事に送り届けます!」杉本が張り切って言った。

そしてその帰り道

二人で歩きながら

杉本は風花に聞いた。

「何か身に覚えのある事は無いの?」

「カッターの事?いいえ全然無いわ。でもカッターで切られたとはまだ決まってないわよ。私全然わからなかったの」

「店でなんかおかしな事があったらすぐ呼んでよ」

「私今日は店に出なかったから明日もそうなると思う」

「その方が良いよ、風花が可愛いから狙われたのかも」

「そんなわけないわよ可愛くないもん。私何かしたかしら恨まれるような事」

杉本は可愛くないもんと言う風花の言葉に何言ってんだという表情を浮かべながら「やばいやつなのかな?まあ店と工場の間で俺を手伝ってくれたらいいよ」と言った。

「厚かましいわねホントに」

笑い合う二人を離れた所からつけてくる男に杉本は全然気が付かなかった。


風花はしばらくの間、店と工場の間で働いていたが店も平和だし、別段何も起こらなかったので奥さんに言った。「あの、多分あれは何かに引っ掛けただけかもしれません。もう大丈夫と思うので、前みたいにお店で品出しします」

「わかったわ、でも気をつけてね。何かあったらすぐ呼んでね」

はい」

風花は顔は怖いが心の優しい修造の言葉を思い出して、笑顔でお迎えしながらお客様の表情をよく見ていた。

たしかに色々な気分でパンを買いに来る人達がいるんだわ。

イライラしていて急いでる人もいるし、逆にゆったりと買い物して店員と話がしたい人もいる。そうだわ、そんなお客様には自分から話しかけよう。

お昼頃、風花は以前のようにフランスパンの焼き立てを並べていた。

色んな種類のパンをカゴに入れて値札をつけていく。

「いらっしゃいませ」

入ってきたお客さんの表情を見た時「あっ」と思った。紺色の帽子を目深に被って風花を一瞬見た。

年齢は三十ぐらいで身長は百七十センチぐらいの男だ。

風花はこの人かも知れない!と思ったがまだわからないのでわざと背中を向けて意識を背後に集中してみた。

するとそのお客さんはトレーとトングを持って店をゆっくりと一周してから段々風花の背後に近づいて来た。

なんだか背中がピリっとする。

後ろに立ったわ!

そう思った時

カチッ

とカッターの刃を出す時の音がした。

 

 

 

振り向くと風花に向かって刃の出たカッターを向けていた

キャー助けて!」

不思議なものでこんな時は練習しなくても高い声が出る。

声を聞いて杉本が飛び出してきた。

「なんだー!」男は杉本の声に驚いて逃げようとした。

奥から出てきた杉本に慌ててトングとトレーを投げつけてきた

「うわ」杉本がそれを避けた隙に男は店から飛び出して行った。

「待てーーっ!」

商店街を駅と反対の方向に走っていく男を追いかけて行くと、三十メートル程離れた所に停めてあった自転車に急いで乗って逃げ出した。

「準備してたのか?」

自転車はグレーともグリーンとも言えないくすんだ色合いで、荷台は黒い。

荷台はサドルの後ろに取り付けられた薄い板の様な形で、一番後ろに赤いライトが付いている。

杉本はその荷台の赤い丸を目掛けて商店街の中を倍の速さで走り出した。

 

 

男は買い物客を避けながらグングン進んでいく。

あっ右に曲がったぞ!

杉本も右への道に走って行った。

道は徐々に住宅街に入りどんどん幅が狭くなっていく。

その先には小川があってザラザラしたコンクリートの橋を越える時もう少しで荷台に手が届きそうになったが手がちょっと触れただけで杉本は失速した。

はあはあと肩で息をしながら橋の一番盛り上がった所に膝をつき、遠ざかる自転車が行く先を見ていた。

自転車はその先の古びたパーマ屋を左に曲がった。

杉本はしばらく息が上がりそのまま立てなかった。

「疲れた」と呟きながらトボトボと店に戻ると警察が来ていた。

お巡りさんにどんな感じだったとかどこで曲がったとか伝えた。

風花はお巡りさんと警察署との連絡の無線で「マルガイ」と呼ばれていて、これって事件なんだと思って怖くなった。

お巡りさんは二人で来ていて、事情をみんなに聞いた後「何かあったらすぐ110番か最寄りの警察署に電話してきて下さい」と言って帰った。

風花は杉本に「ごめんね、お巡りさんとの話を聞いてたわ。相当走って追いかけてくれたのね」

「もうちょっとだったんだよ」

杉本は悔しがった。


家に帰ってから風花は今日の事を母親に報告した。

「あんた狙われてるんじゃない?パンロンドにはもう行かない方が良いわよ」

母親は心配してそう言ったが風花は杉本の事が頭に浮かんだ。

「いいの私パンロンドが好きだし、守ってくれるわ。きっと」

それに自分を守るのは自分なんだし、明日からも気をつけて生きよう。

今日の事に限らずこれからも色んなことがあると思うし、気をつけた方が良いに決まってる。


次の日

パンロンドは定休日なので杉本は自転車に乗り、あの古びたパーマ屋を曲がってしばらく道なりに走ってみた。

右に左に道が広がっている。

うーんどっちだろう?とにかくあの自転車を探さなきゃ。

パーマ屋から西に伸びていく道の周辺を隈なく見ていく作戦で自転車を走らせた。

グレーの様なグリーンの様な車体で荷台が黒で先に赤いライトが目立つ物がないかじっくり見ていった。

ふぅ、疲れたな。初めの道から随分遠くへ来た。

コンビニで飲み物を買おうと駐輪スペースに自転車を停めた。

ふとコンビニの横の空きスペースを見た時「あっ」この自転車だ!

杉本は探していた自転車を見つけた。

緊張が走る。

コンビニの中を見回した。が、それらしき人物はいない。店内の客はおばあさんが一人、四十くらいの太った男が一人、女の人が一人、店員もパートの女性が二人だ。

「いないな」

あ、ひょっとしてこないだみたいに逃げるために自転車をここに停めてるのかも。

杉本は水を買い、それを飲みながらコンビニから少し離れた所で見張る事にした。コンビニの前の道は坂になっていて、上には住宅街がある。

その坂に少し登り、そこから見張る事にした。

もしあいつが来たらダッシュで捕まえにいく!

そう思ってじっと見ていた。

すると

「何見てんだよ。俺にも見せろよ」と聞き覚えのある声がした。

「あ!修造さん」修造が顔を並べて杉本の見ている方を見た。

 

 

「なんで?」

「俺の住んでるアパートすぐこの裏にあるんだよ。今から近所のスーパーに夕ご飯の材料を見にいくところ」

「そうだったんだ。修造さん、あの黒い荷台の自転車が風花を切りつけたやつの自転車です。俺捕まえようと思って。でないとまた風花が狙われる」

「ええ?よく見つけたなあ。分かったよ協力するよ。ここじゃ走って行きにくいからもっと近寄って挟み討ちにするぞ」

修造はコンビニの駐輪場の横の電信柱の影で携帯電話の画面を見るフリをして立っていた。

杉本はコンビニの中から自転車のよく見える雑誌コーナーの前に立ち見張っていた。

しばらく待ったが来ない。

杉本は修造にメッセージを送った。

『中々来ませんね』

『うん』

『焼成の仕事はどうだ』

『親方がいい感じに導いてくれているので大きな失敗はありません』

『ちょっとは上手くなってきてるな』

『そうですか!ヘヘヘ』

外でガチャンと音がした。

『来ました』

と打って杉本は店から飛び出した。男は杉本を見て素早く自転車に飛び乗りこぎだした。

「待て!」とっさに杉本はお祭りの時に入れっぱなしだった自転車の前カゴのスーパーボールを袋から出して走りながら次々に投げつけた。

そのうちのいくつかが自転車の前輪に乗り上げバランスを失ってグラグラしたすきに修造が走って行って自転車のハンドルを押さえた。

「捕まえたぞ」

コンビニ前の駐車場には派手な色合いのスーパーボールが散乱した。

そして二人で男が逃げない様に自転車から引き離し「お前だな!カッターで切りつけた奴は!」と言って男の腕を掴んだ。

男は急に杉本の手を振り払いポケットの中で握っていたカッターで切りつけてきた。

「あぶねえ!」避けた杉本に返す刀でもう一度切りつけた時、修造が男の足を右足で払った。本来なら足払いの後胸に一発正拳突きをお見舞いする所だがよく見るととても細くか弱い感じで、あばらを折ってはいけないのでやめた。

倒れた男から落ちたカッターを足で二メートルほど蹴り飛ばして手を後ろにねじりあげて「コンビニで紐を借りて警察に連絡して」と言った。するとそこへお巡りさんと女性が走ってきた「この男です!私のスカートをカッターで切った奴!この捕まってる方!」

お巡りさんが「十六時二十八分、銃刀法違反及び傷害容疑で逮捕する」と言って男に手錠をかけた。

男は後でやってきたパトカーに乗せられて行った。

その後、連絡を受けて自転車で来ていたお巡りさんに女性と杉本が事情を話した。

どうやらこの女性はカフェのスタッフで、コーヒーを運んでる時にそのスカートを店の中で犯人に切られたらしい。それを見ていたお客さんが教えてくれて、それでお巡りさんを呼んで一緒に探してたらここで見つかったそうだ。

「捕まって良かったなあ」

修造と杉本は顔を見合わせうなずいた。

 

 

3日後、店に私服の警察っぽい人が来て、親方と何か話していた。

杉本達は仕事をしながら気になってそれをチラチラ見ていた。

「親方、さっきの警察ですか?なんて言ってました?」と修造が聞いた。

「あのね。修造と杉本が捕まえた奴は、こないだの祭りに出てた焼き鳥の屋台で働いてた男でね、可愛い子をチェックしては服をカッターで傷つけて楽しむ変態野郎だったんだってさ。どうせすぐムショから出てくるだろうから、うちと風花の家には接近禁止命令を出してもらうよ」

「え!あの焼き鳥の屋台の?知らなかった!」

「怖いわね〜」と風花と奥さんもゾッとしていた。

修造が風花に「杉本が休みの日にあちこち探して自転車を探し当てたんだよ。こいつすげえなあ」と言った。ちょっと大袈裟で芝居がかっていた。

「そうなのね」

この時風花が初めて杉本を真っ直ぐ見たかもしれない、杉本は照れ臭そうな、嬉しそうな風花の顔を初めて見たからだ。

「ありがとう」

その時周りの誰もが杉本からズキューンという音がしてくるのを聞いた。

江川と藤岡が「ハート撃ち抜かれたね、ハハハ」と乾いた笑いを起こした。


ある日のお昼

「風花」

「何?」

「これ」

「フォーチュンクッキーじゃない。お店で配るの?」

「これ俺が家で練習で作ったおみくじクッキーだよ。どれか一つ選んで出た占いが必ず当たるから」と杉本がフフフと笑いながら渡した。

「あんたが作ったの?胡散臭いわ」と風花は笑って手に取らなかった。

「いいから一つ開けてみろって」

「わかったわよ。仕方ないわね」

風花は小さなカゴに十個ほど入った占いクッキーを一つ選んで開けてみた。

「何よこれ!」

【杉本が好きになるでしょう】

と書いてある!

「そんなわけないじゃない」と言ってもう一つ開けたらそれにも

【杉本が好きになるでしょう】

と書いてある

「ちょっと!」

風花は全部割ってみた。

どうやら全部に同じ言葉が書いてあるようだ。

それを一部始終見ていて「へへへーっバレたか」と笑った杉本に風花は顔を真っ赤にして背中を向けた。

「もうなってるわよ」

小さな声で呟いた。「え?」

「なんでもない、あ!いらっしゃいませ。ただいまブールが焼き立てでーす」

「おひとつですね、はい!」

 

風花は一際明るく言った。

おわり

 


2021年10月08日(金)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 背の高い挑戦者 江川Flapping to the future

パン職人の修造 江川と修造シリーズ

背の高い挑戦者 江川 Flapping to the future

はじめに

このお話はフイクションです。実在する人物、団体とはなんら関係ありません。


 

今日は修造の休みの日。

アパートの部屋のグリーンのソファに寝転んで修造は大あくびをした。

「ふぁーーーっ」

「律子と緑は友達の誕生日会に行ってるし、久しぶりにゴロゴロしてテレビでも見るか。」

修造はテレビをつけた。

バラエティ番組が流れている。

ボーッと見ていると子供が三皿の料理を順番に一口ずつ食べている

ママの作った料理はどれでしょう?おいおい、毎日食べてるんだからわかるだろ?えー!それは一流シェフの作ったヤツだ、それはコンビニの!やばいあの子コンビニのを選んだぞ!それがママの料理って、、あーほら。ママが泣き出した。

俺だったらどうかなあ。律子の料理だからわかるだろ。

そんな事を考えながらウトウトしていた。

ひまだな~

そうだ、これから鳥井シェフの所に寄ろうかな。

ドイツから帰って一回挨拶に行ったきりだし。

そうしよう。


一方パンロンドでは社長の柚木(通称親方)にまたしてもNNテレビの四角ディレクターから電話が掛かって来ていた。

「はい、あー四角さん。その節はうちの職人達がお世話になりました。え?撮影?うちでですか?何するんですか?パン職人の一日?何ですか?それ」

電話の向こうで四角が答えた。

「パン屋さんにお邪魔して、パン職人さんが普段何をしてるのか撮影して視聴者の皆さんに知ってもらうコーナーです。夕方のニュース番組の中程で三十分やります」

「撮影はいつですか?」

「次の水曜日です。放送はその次の日です」

とにかくでりゃあ良いんですね?はい了解〜」

「それで、どなたか職人さんの奥さんに持ってきて欲しいものがあるんですが」

「なにそれ?」親方は四角の説明を聞いてニヤッとした。

楽しみだなあ」


修造は電車に乗って鳥井シェフの店ベッカライVogelnest(鳥の巣)に来ていた。

鳥井シェフの所に来るといつも美味しいドイツパンを御馳走してくれる。それが楽しみの一つでもあった。今日はミッシュブロートにBlauschimmelkäse(青かびチーズ)にイチジクとナッツがのったパンとチーズプレッツエルを出してもらった。どちらも修造の好物で美味すぎてもうここに住みたいぐらいだ。

「ご無沙汰してすみません」

「久しぶりだね修造。あれからどうしてるの?」

「はい、これからパンロンドの親方に恩返しした後、国へ帰ってパン屋を開業しようと思ってます。それで今は自分が抜けた後困らない様に後輩を育てています」

開業!そうなんだ!それは楽しみだな!じゃあ俺がパンの機械や材料の展示会に連れてってやるよ。来週の水曜空けといてくれよ」

鳥井に大きなパン関連の展示会に連れて行ってもらう事になった。

「どんなのだろう!噂では聞いてたけど行ったこと無かったから楽しみだなあ!」

修造は帰り道、パンロンドの柚木に電話した。

「もしもし親方ですか?あの来週の水曜、、」

「おっ!修造丁度良かった!来週の水曜うちにテレビが来るんだよ」

「えっ⁉︎」

パン職人の1日とかいう放送をやるんだってさ」

「あの〜その水曜なんですが、俺用ができてどうしても行かなきゃならなくて。収録は何時なんですか?」

「十時からって言ってたよ。用が済んだら絶対来てよ」

「わかりました」

と言いながら、テレビが嫌な修造は収録が終わった頃を狙って店に帰る計画を立てていた。


そして水曜当日、修造は律子に「今日展示会に行ってくるよ」と言った。

パンロンドにテレビが来るんでしょう?それはどうするの?」

パンロンドに戻ったらもう終わってるかもね」

そう言って修造は律子と行ってきますのハグをした。

いつもの通り律子からフローラルなトリートメントの香りがする。


東南駅から展示会場迄は電車で二十分だ。

駅を降りると展示会場に行くっぽい人が何人か歩いているのでその人達について行った。

修造と鳥井は展示会の入り口で待ち合わせていた。

大きな会場ですね」

「ここは業界一の展示会なんだよ。なんでもあるだろ?まずオーブンから見ていこうか。」鳥井が会場見取り図を見ながら言った。

「はい」

その会場は1日では回り切れないほどのパンやお菓子関連の機械屋、袋屋、資材屋、大型店用、小売店用などの様々なものがそれぞれ会社ごとに展示してあって、どれもこれも珍しくてワクワクするものだった。

鳥井があの会社はこうでこの会社はこうでと色々説明してくれていた。

その時

会場の1番奥ではコンテストが行われている最中だった。

パン職人選抜選考会と看板に大きく書いてあり、かなり大きなコンテストの様だ。

「あれは?」

「今は二十五歳以上のシェフが世界大会に出る為の選考会が行われているんだよ。その横では若手コンテストと言って二十一歳以下の若い職人が競い合ってるんだ」

見ると、四メートル毎に四つに仕切られたブースの中にはパン作りに必要なミキサー、オーブン、ドウコン、パイローラーなどの機械がそれぞれ備えつけてあり、その中では選手と助手の二人が力を合わせて作品を作っている。更にその横では同じように四人の若い職人がブース毎に分かれてコンテストに挑戦していた。

鳥井は続けた。「そして二つの優勝者同士が一緒に世界大会に出るんだ。シェフと助手としてね」

修造が興味ありげにしているのを鳥井は見ていた。

「ここに並んでるのは優秀な選手達の作った作品だよ。芸術的で立体的だろ?」

そこには見たことも無いような勢いのある彫刻の様なパン生地でできた作品が並べられていた。

選手達の作った作品を見るために沢山の人達が十重二十重に取り囲んでいる。

「凄いな。パンで出来てるとは思えない」

そこへコックコートを着た大柄な男が近づいて来た。

鳥井がそれに気がつき「修造こっちへ来いよ」と呼んで、大木というコンテストの重鎮を紹介してくれた。

「ベッカライホルツのオーナーの大木シェフがこの大会を取り仕切ってるんだよ。俺と大木シェフは昔同じ職場で働いてたんだ」

パンロンドの田所修造と言います」

「よう!テレビで見てたよ」大木は気さくに挨拶してくれた。

そして選手が組み立てている途中の技術の高い飾りパンを見せてくれた。

選考会に選ばれる為に一流選手が自分の持つ技術の全てを注いだ作品を作っている。

修造は選手の技術の高さに衝撃を受け、釘付けになった。

凄い、こんな高い技術のパン職人が集まってるんだ!

どうやって作ってるんだこの飾りパンは?

パンの世界は奥が深い、追っても追ってもキリがないんだ。

目をキラキラさせて見ている修造の肩を大木が大きな手で掴んで言った。

「おい!1年後の選考会にお前も出ろよ! 俺が練習見てやるよ!

「はい」

俺もこの大会に!

修造は急に腹の底から何か熱いものが込み上げてきた。

「まずは1次審査に通ることだ!」

「あの〜うちの若いのも連れてきて良いですか?」

「勿論だよ」

修造は実演している選手の前に行って前のめりに見ていた。

それを後ろで見ていた鳥井と大木にそのまた後ろから声をかけてきたニ人の男がいた。

二人共コックコートを着ている。どうやら大会の関係者の様だ。

一人はパン王座決定戦に出ていた佐久間シェフで、もう一人は背が高く白毛混じりの短髪の男だ。

「頼んだぞ大木、鳥井もここまで連れてきて貰ってすまん」」

背の高い男は大木達に声をかけた。

四人は心安い関係らしい。

「なんだよ、自分がコーチをしてやったらいいじゃないか」

大木はその男に呆れながら笑っていった。

 

「俺は他の子のコーチだからね」

そして修造を遠くから見ながら「俺は手抜きはしない。」とボソリと言った。


修造は一通り選手の作品を見た後会場を出た。

駅まで歩きながら「大木シェフって親切な方ですね」と鳥井に言った。

出来るだけ優秀な選手を育てて世界に勝たないとね。修造も出ると決めた以上は頑張れよ」

「はい。俺頑張ります」

修造の頭の中はもう自分の作る作品のことでいっぱいになっていた


「はい!みんな~!これ着て!」

その頃パンロンドでは、店の奥さんがみんなにお揃いの帽子を渡して新しいコックコートに着替えさせていた。

いつもTシャツの親方は着るのは嫌だと抵抗したが奥さんには逆らえない。

テレビが来るからみんな張り切ってね」

そろそろ時間なのに遅いですね」

「そうだな」

さっき電話があって前のロケが押してて遅れるそうよ」

今のうちに仕事片付けとこうよ」

みんなお揃いの帽子を被って仕事を片付けて待ち構えた。

杉本がワクワクして「テレビってどんなのかなあ〜」ピョンと跳ねた。

江川は「僕緊張するなあ。修造さんまだ帰ってこないの?」とガチガチになってきていた。

「ウフフ、大丈夫ですよ江川さん、リラックスしていきましょう」と藤岡が2人を見てニコニコしている。

そのうちにアシスタントディレクターが一人でやってきた。

「こんにちは、今日お世話になります。こちら本日のロケの台本ですのでお渡ししておきます」親方に台本を渡して「では後ほどよろしくお願いします」と言って去っていった。

親方は台本を開いて「なになに、、パン職人の一日。おいみんな!順番に特技を披露するみたいだぞ」

「何するんですか?」

えーと、、と全員が台本に食いついていた。

そして「あ、すぐあの人に連絡してあれ持ってきてもらわなくちゃ!」と親方が言った。

「ウフフ、楽しみですねこれ!」と江川がはしゃいだ。

「修造さん早く帰ってこないかなあ」


修造はわざとノロノロ帰っていた。

「もうそろそろ撮影終わったかなあ。店に戻ったら残った仕事があったら片付けて帰ろう」

その頃。パンロンドにやっとテレビ局の四角ディレクターとさっきのAD、カメラマンと音声の人が四人でやって来た。

その後でマウンテン山田が登場した。

江川が「あ!マウンテン山田さん!」と叫んだ。

「その節はどうも~今日はよろしくお願いします」

マウンテンはNNテレビのパン王座決定戦の時に審査員席に座っていたお笑い芸人だ。

「いや〜柚木社長!遅くなってすみません」四角が親方に話しかけた。

「早速撮影を始めたいと思います。まずはざっと一日の流れを社長からご説明して頂きたいと思います。マウンテン山田の質問に答えて、自由にお話し下さい。」

そしてみんなが緊張の面持ちの中、アシスタントディレクターが小型のマイクを付けていった。小さなマイクの先をコックコートの襟につけていく、そこから線を後ろに回してその先の本体は後ろからベルトに取り付けられた。

「タレントみたい」と杉本がワクワクして言った。

親方とマウンテンが二人でパン工房の入り口に立ち、カメラの方を向いた。ディレクターが無言で指を三、ニ、一と指示してカメラが回り出した。

「こんにちはー!マウンテン山田の1日何やってんの?のコーナーの時間がやってまいりました〜!柚木さん!初めまして!マウンテン山田でーす!」

「よろしくお願いします」

「早速ですが、パン屋さんって早起きのイメージがありますが、朝は何時から始まりますか?」

「そうですね、朝は交代制で四時から始めています。前はもっと早かったんですが、最近は遅くなりましたね」

「どんな事をするんですか?」

「奥では仕込み、そして真ん中の大きなテーブルで分割成形、そして店側の窯の所で焼成、そのあと店で販売の流れになります」

ところで社長はみんなから親方って呼ばれて親しまれてるらしいですね。何か由来はあるんですか?」

「ボクは昔から力持ちな事と、見た目もお相撲さんっぽいから親方ってあだ名だったんですよ」

「そうなんですね、では親方!どのぐらい力自慢か試して頂けますか?」

急にマウンテンがカメラに向かって「親方は力持ちでショー!」と言った。

後で編集して、お茶の間の視聴者にはわかりやすく画面に文字が出る事になっている。

「さあ!では親方にはこの粉袋を持ち上げて頂きましょう!」

藤岡と杉本が脚立に乗って粉袋を親方の右肩に乗せた。

「まずは右に二十五キロ、そしてもう片方の肩にも二十五キロ」

重っ!と親方は思ったが我慢して左肩にももう一つ乗っけた。

「すごーい親方!ひょっとしてもう一袋ずつ行けそうですね!」

う、ぐ、ぐぐ、、そうですね。。」

親方は内心持てる気がしなかったが仕方ない。

もう一袋を右に!明らかにバランスが悪い。

「では左も乗せましょう!」

「う、うおーっ」と雄叫びをあげて親方が満身の力で右肩に合計五十キロ、左肩に五十キロ乗せた。

「うわー!凄い!親方!まだいけますね!」

え?」

親方は声が出なくてあうあうと口を動かした後、歯を食いしばり、もう二十五キロずつ肩に乗せ、もし倒れて粉袋に穴が開くと勿体無いから耐えた。

「パン屋さんってこんなに力持ちなんですかあ?」とマウンテンが聞いたら周りのみんなが「んな訳ないない!」と言った。

やっと粉袋を下ろして貰って「はぁ〜っ」と床に手をついてぐったりした親方に、マウンテンが「大丈夫ですか?」と聞いた。

「気にしないで撮影を続けて下さい」と地面すれすれで四つん這いのまま言った。

「さあ!次は?」マウンテンはカンペを見た。

「ふんふん!はい!パン職人さんの日常!次はお二人で生地を分割して並べて頂きましょう!」

杉本がカッコつけてスケッパーで生地を分割している。

「普段と違いすぎるだろ」と言いながら藤岡が丸めて箱の中に並べていく。

なるほど~こうやって生地が丸まっていくんですね、もっと早く出来るんですか?」

「はいできますよ」

「凄い!お願いします」杉本は出来るだけ早く分割し始めた。

「さすが!凄い早いですね〜もっと早くできます?」

「はい!」

めちゃくちゃ早く分割し出した杉本に

「大きさがバラバラだよ」と藤岡が言った時、慌てすぎてスケッパーが親指の第一関節辺りににカン!と当たった。

「ウワオ!」杉本が叫んだ。

親指を押さえてる杉本にマウンテンが「大丈夫ですか?」と聞いた。

「大丈夫です。気にしないで撮影を続けて下さい」

藤岡は痛がる杉本の親指を調べた。

「良かった。骨折はしてないみたいだな、、ハハ」と苦笑いした。

マウンテンは「さあ次は?」とカンペを見た。

クイズ職人さんの知識〜!職人さんにパン屋さんならではの知識を披露して頂きましょう!では質問です」

マウンテンはADがスケッチブックに書いて見せたカンペを見ながら

「Roggenロッゲンとはなんの事でしょう?」と聞いた。

「ラ、ライ麦」

「さすが!正解です」江川はほっとした。

そしてゆるい問題が出る様に祈った。

「では次の問題は、小麦の粒の問題ですね!小麦の粒の表皮ってふすまって言うそうですね」

「はい」

それではその表皮の部分は小麦の粒の全体の何パーセントでしょう?」

え?えーとえーとふすまのパーセント、、たしかそんなに多くないんだ。。あー!わかった!十五パーセント!」

おー!さすがですね!それではこれが最後の問題です」

江川は緊張で頭がクラクラしてきた。修造に早く帰って来て欲しい。

「パン生地をこねる事をニーディングと言いますが、では生地の腰を出す為に台に叩きつける事をなんと言うでしょうか?」

「え?えーとえーと」ピーリングでもカーリングでもない、、ボーリングでもない、、

よく聞く言葉なので解っているのに、いざ答えるとなると江川は頭が真っ白になってしまった。

えーとえーと?江川は目を白黒させた。「アーリング、イーリング、ウーリング、、」アから順に思い出そうとしていた。

そこにやっと修造が帰ってきた。

店の奥のシューケースの陰で親方が寝転んでいる。「親方!何やってんですか?」

「おう、、修造おかえり、、」親方は力を使い果たして立てなくなっていた。

工場を覗くと「あ!まだやってるのか。でももう終盤かもしれないし。。」

そう思って撮影の真っ最中の江川を見た。

「もう一度聞きますよ〜あと一問ですよ~」と時間がかかったので撮り直すためにもう一度マウンテンが江川に問題を出した。

江川が顔面蒼白になり口をパクパクさせてあうあうとなってるので、修造がADのカンペを取り上げてマジックで答えを書いてみせた。

「あ!修造さん!」

江川は急に元気になり答えた。

「ビーディング!」

「さすが〜正解です!さあ、ここまでトントンときましたね。お次は最後の問題です。クイズ〜!私と仕事どっちが大事〜!」

「さあ、それではこちらの職人さんに目隠しをして頂きましょう」

「エッ?!」

修造はADに腕を掴まれて「こちらです」と言われて台の前に座らされ、アイマスクをさせられた。

何が始まるんだ?」

「さあ、それではこちらのクリームシチュー五皿の中から愛する奥様の手料理を当てて頂きます!」

修造の前に五皿のクリームシチューが置かれた。

マウンテンがクリームシチューの作り手を紹介した「一つは奥様の手料理です。そして名店【グリル篠沢】。コンビニのレトルト。スーパーの惣菜。そしてわざと奥様のお料理と味を似せた当番組のADが作ったものです」

「えっ!律子の料理が?もし外したら俺家に帰れないじゃないか」

修造はぞっとした。それに万が一間違えて律子を泣かせる訳にいかない。

何がなんでも当てなきゃ。

修造は集中してありとあらゆる感覚を解放した。

味覚に嗅覚、そして聴覚まで。アイマスクの中では目を爛々と輝かせていた。

 

律子のクリームシチューは可愛いハートの人参が入ってるんだ。

玉ねぎは大きめ、じゃがいもは普通かな?

そして仕上げに生クリームとバターを入れてる。当てるぞ絶対!

しかし決意に反してなかなか難しいものだった。

何せ味だけで決めるのは、、

「修造さん、アーンして下さい」江川は修造に一番手前のクリームシチューから順にスプーンですくって食べさせていった。

修造は心の中で真剣に味見した。それはこんな具合だった。

うーん、これが手作りな訳ないよな、レトルト特有の閉じ込められた味がする。これは違うな。

二番目は美味すぎる。プロの味だな。全ての具材が理想的な調和を生み出している。律子には悪いけどここまでの味は中々難しいだろう。

三番目はうーん、限りなく近い!これはキープだな。何となくハートの人参な気がする。

四番目はあれ?これもなんか正解っぽくないか?さっきのとどう違うんだろう?これもニンジンがどうやらハートっぽいぞ。3番目に食べたやつと似ているな。

残るは五番目、これは濃すぎないか?律子がわざと当てられないように濃くしたのでなければこれは違うな。。

「全部食べ終わりましたね!どうですか?田所シェフ!愛妻の料理はわかりましたか?」

「あの、、三番目と四番目をもう一度味見して良いですか?」

「おっ!パン王座決定戦で優勝した田所シェフが今度は三番と四番の二択に挑みます!僕その時審査員してたんですよ。」

「知ってますよ」修造はアイマスクをしたまま適当に答えた。マウンテンには悪いがそれどころではない。

律子はいつの間にかそっと修造の後ろに来ていた。両手を合わせて祈っていた。

修造なら絶対わかるよね。

修造、仕事と私どっちが大事なんて言わないわ。

だって両方大切にしなくちゃダメなんだもの。

それでこそ修造よ。

それにしてもADさんの作ったのってそんなに私のと味が似てるのね。。

いつも私が愛情込めて作ってるのにわからないものなのかしら?

外したらもうあなたの帰る家は無いからね。

律子はそんな風に思っていた。

修造はシチューを二種に絞り込んでもう一度味見した。

ハートの人参は両方に入っていてどちらも同じ大きさの人参だった。

ルーの感じもよく似てるんだな。うーん。

修造が悩んでいると辺りから律子の香りが修造に届いた。

律子そこにいるのか、近くに。」

俺が律子の事をわからないとでも思ってるのか?

修造は律子が作ってるところを思い出した。

そうなんだ!わかったよ。フライパンの味だ。

焼き目だよ!律子はいつも鉄のフライパンを使ってるんだ。

野菜の端が少し香ばしく焦げてる方!

「答えは3番だー!」修造は立ち上がってアイマスクを外した。

「正解です!田所シェフ!」マウンテンが叫んだ。

振り向くと律子がウルウルして抱きついて来た。

「修造ありがとう」

「律子俺やったよ」

 

抱き合う二人を見て「バ、、」

マウンテンはベタベタする夫婦を見て危うくバカップルと言いかけて口を閉じた。

馬鹿夫婦と言うとまた意味合いが違ってくる。

「いや~どうでしょうねベタベタして。これはほんまにごちそう様ですね、ウマウマウンテンですね~」と締めくくった。

これで全ての収録が終わった。

四角が「親方今日はご協力ありがとうございました。今から帰って編集します。明日の夕方のニュースを楽しみにしてて下さいね」

やっと復活した親方が言った。「はい、またね。ありがとう」

テレビ局の人達とと律子が帰って、明日の仕込みを始めた時、修造がユニフォームに着替えながら「あ!そうだった!」と走って来て作業中の江川に声をかけた。

「江川」

「はいなんですか?」

「世界大会に出よう。」

江川は世界大会と聞いて驚いた。

空手の世界大会?そして漫画に出てくる様な大きくていかつい空手家に自分がぺちゃんこにやられているところを想像した。

「せ、世界大会ですか?」足が震えた。

「な、何言ってるんですか?」ちょっと涙がでてきた。

「二年後に。」

「俺とお前は別々に選考会に出るんだ。それでどちらかが落ちたら二人では出られない。選ばれたらの話だけどな。」

「修造さんとぺ、、ペアで?」修造の後ろに隠れていたらひょっとしたら逃げ切れるかも知れないが捕まったら終わりだ。。。と想像して膝がガクガクする。

修造は江川を若手のコンクールに勝たせて、世界大会に助手として一緒に出ないかと持ち掛けた。二人で今から練習を重ねれば行けるかもしれないと思ったからだ。勿論修造が世界大会の代表選手に選ばれなければ無い話だ。

「僕、今から空手を習うんですか?ぼ、僕まだ死にたくないです。」世界大会に出る前にいかつい選手と戦って砕ける。そんな風に勘違いするぐらいパンの世界大会は江川にとって想像もできない遠い存在だった。

「何言ってるんだ、パンのだよ!」

「えっ!?パ、パンの?わかりました。修造さんが出るなら僕も出ます。」

藤岡はこのやりとりを聞きながら、もし俺や杉本を誘ってくれてたら江川さん許さないだろうなあと思っていた。

「江川さん、頑張って下さいね。」

「うん空手じゃなくて良かったよ。僕頑張るね。」江川から安堵の笑顔がこぼれた。

おわり


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