2021年03月20日(土)

小説 パン職人の修造 第1部 青春編

パン職人修造 第1部 青春編

1 はじまり

山育ちの田所修造は無口な子供だった。

山々に囲まれた集落は眺めがよく静かに育った。

幼い頃から近くの空手道場に通い、師範について空手の修行をしていた。

空手には形と組手があり、どちらも師範の教えに沿ってコツコツと自分のものにしていく。

頭の中は空手のことしか無かった。

鍛錬をして納得のいく形の習得が出来た時は生きがいを感じた。

やがて黒帯になり、師範代として子供たちの指導をすることもあった。

高3になった。とうとう里を離れ働かなくてはならなくなって、学校の壁に貼ってあった求人募集の適当な所を指差し、関東にあるパン屋「パンロンド」の面接試験を受ける。社長の柚木(ゆずき)は皆から親方と呼ばれていた。親方は身長が高く体つきのしっかりした修造を「力持ちそうだ。」と気に入った様だった。

「就職先が決まった」と師範に告げた時、師範はとても寂しそうで見ていると辛かった。

実家を出て、海を渡り1人高速バスに乗ってやってきたパンロンド。

パンロンドはパンの輪舞と言う意味らしく、親方曰く「パンが楽しそうに踊っているイメージ」だそうだ。

店は商店街の中にあり、お客の年齢は様々志向も様々なので、色々なアイテムを取り揃えていた。1番の人気は山食でハード系の「山の輝き」と言う名前だった。

街も仕事も初めてのことばかりだったが、空手時代は様々な空手の型を学び、礼儀正しく、絶えず師範の教えを守ったので、その甲斐もあって、仕事場でも礼節を守り、親方の仕事を学んで実践した。

真面目で吸収率の高い修造を親方と奥さんは可愛がり身内の様に大事にした。

2 運命の出来事

街の商店街のパン屋「パンロンド」で働き始めて2年が経った。

親方と職人3人。人も入れ替わり工場は自分が入ってきた頃とは違う配置になった。親方に仕込みから焼成など一通り教わって出来る事が増え、やり甲斐を感じてきた。

「パン屋の仕事って楽しいものだろ?」

「はい親方。」

本当に楽しいな、物作りって自分の作った物が結果として目に見えてわかる。

そんなある日、お店のレジ係に高梨律子が入ってきた。

お店の奥さんが「田所君、こちら高梨さんよ。」

「高梨です、よろしくお願いします。」

「、、、どうも。」

目が合った時、今まで全くなかった程ドキッとした。

なんて笑顔の美しい人なんだろう。姿だけではない、何か自分にピタッとはまる魂と言うか、この人しかいないと言うか、、、

とにかく気になって仕方がない。

これを運命の出会いとか言うのかな、、、

工場で仕事しながら気もそぞろで、親方にばれそうだった。

全く話しかける事ができないまま日々は過ぎていく。

それどころか挨拶も出来ないふがいなさだった。

ふぅ~!俺って駄目だな、、そんな風に思いながら工場で仕込みをしていると、お店から律子の悲鳴が聞こえた。

見るとナイフを持った痩せた男が入ってきて律子を突き飛ばした。

大変だ!

それを見た修造はなぜ入ってきたかもわからない男に素早く掴みかかった。

普段、空手で人を傷つけるなどと言うことは考えられないが、ナイフを振りかざして工場に入り、親方に何か怒鳴り出した男の腕を抑えようとした。

男は抵抗し、修造目掛けてナイフを振り降ろしたので、彼は咄嗟にナイフを掴んでしまった。ギリギリ親指と人差し指の間でグッと力を入れたが親指の付け根が切れ、血が滴り落ちた。

ナイフを掴んだまま、男の右脇腹に中段膝蹴りを入れた。

「グハッ」と言って倒れた男は、息ができないのか苦しそうに呻いている。

修造は男の背中に膝を乗せて動けなくした。

警察が来るまでなんとかしなくては。押さえつけながら両腕と両足を紐で縛ったので、あたりは血だらけになりどちらが流血したかも分からなくなった程だった。

「修造大丈夫か?」

親方は自分の代わりに修造が怪我したと思い慌てた。

タオルを修造の手に巻きつけながら

「ごめんよ修造。凄い怪我じゃないか。」

「大したことありません。」

犯人は以前遅刻と無欠勤を繰り返して退職に至った男だったと親方から聞いた。

親方をずっと恨んでいたそうだが、我が身を振り返って反省したらいいのにと修造は思った。

律子は修造の荷物を持ち病院に付き添った。

「大丈夫ですか?」普段は温厚で無口な修造が、律子をかばう為に頭に血が昇った所を見た。

きっと私の為なんだわ。と律子は修造を見て思った。

利き手を怪我して包帯が替えにくいだろうと、律子は毎日手当てをしに修造のアパートに行った。

自分の為に毎日包帯を替えてくれる律子を見て、修造は心から愛しいと思った。

 

でも

いつまで経っても何も言わない修造。

律子は修造を見つめながら言った。

「きっと自分からは何も言ってくれないのね。」

「え、、」

「正直に言って下さい」

「あの。」

「あの?」

「俺と、、」

「付き合って下さい。

「はい。」

一生涯で1番ドキドキした瞬間だった。

3 修造の毎日

律子も自分の事を好きでいてくれる。

修造は毎日が幸せだった。

律子が気になって仕事が手につかない。

「バカね修造。恥ずかしいじゃない。」

そんな修造を見て、彼女はお店の奥さんに事情を話して転職することを決め、その後修造と一緒に住み出した。

アパートと言っても小綺麗で清潔で明るい部屋で、窓からはお日様が燦々と差し込んでいた。

 

「今日どこ行く?」

2人ははいつも休みの日を合わせ、街に出てパン屋巡りをして楽しむことが多かった。

修造は色々な店の外観やパンの質、流行りの傾向、従業員の人数などを見て廻った。

街のパン屋のカフェでランチを楽しみながら、律子に「ねぇ、田舎のお母さんに野菜を送ってもらったでしょう? 何かお返しした方がいいわ。 一度も田舎に帰ってないし、たまには連絡したら?」と言われたが「うん。」とだけ答えて母親に何も連絡しなかった。

修造は無口で何も言わないので、律子はいつも修造の表情や雰囲気で全て察するしかなかった。

とは言っても修造の若々しくエネルギーに溢れ、青く透き通った瞳から本当なのか嘘なのかとか、どのぐらいの熱量が言ってることにあるのかとか判断するしかなかったし、律子はそれが人より得意だった。

たまに「修造。」と言ってこちらを向かせて律子への気持ちが真っ直ぐな事を律子も見ていた。なので他の恋人たちよりも幾分多く見つめあう回数が多かった。

打ち込む性格の修造は仕事で全力を出した。夜は疲れて眠る修造を横に、読みかけたままのパンの本を見たり、1人ゲームをしたりして過ごすことも多かった。

パン屋の仕事は4時からのため、律子を起こさない様に寝顔を眺めてからそっと出かける。

まだ外は暗く星が煌めいている。田舎に住んでいた頃は星が降りそうな程見えたが、都会ではそうはいかない。それでも朝の空気は澄んでいた。

一歩パン工場に入ると、まだ人々が寝静まってるとは信じられないほど皆忙しく働いている。

シャッターの閉まった表の通りからはとても想像できないが、開店前のパン屋の忙しさは凄まじい。

仕込みをする人、成型をする人、焼成をする人、品出しをする人、サンドイッチをする人、袋詰めなどをする人。皆、開店時間に向けて動いている。修造は仕込みを任されていた。

4修造の心配

生地を練ってミキサーの様子を見ていると、親方が「修造はいつ結婚するんだい?」と聞いた。

「考えてはいるんですが。」

「のんびりしてたら律子さんに逃げられちゃうぞ。」

親方は冗談っぽく言ったがそれはちょっと心配なところだった。

このまま何も言わないで律子と離れてしまうなんて考えられない。でもこの後もすれ違いの生活は続くだろう。

「律子いつもごめんね。時間も合わないし悪いと思ってる。でも今の仕事が好きなんだ。パン屋に勤めてて良かったと思ってる。」

「修造。私パンを作ってる時の修造を素敵だと思ってたわ。だから今のままでいて欲しい。」

近くに住んでいる律子の妹その子はたまに訪ねてくる。

「ねぇお姉ちゃん。修造さんと仲良くいってる?」

「自分から何も話さないけど、優しさの塊りみたいな人よ。大切にしてくれる。」

「優しさの!(笑)凄い、、」

「今度プチっとバースデーパーティーしてくれるのよ。その子も来てね。」

「お姉ちゃん誕生日おめでとう! これみんな修造さんが用意してくれたの? 羨ましー!」

この日修造は結構頑張って律子の為にパーティー料理を準備した。フルーツを盛ったケーキとお洒落に野菜を飾り付けたローストビーフ、薔薇の花の形のサーモンを施したタルティーヌが置かれている。

「修造ありがとう」

律子は修造の優しいまなざしなのに目力の強い瞳の、白目が青白く透き通って美しいところが好きだった。律子は修造にとても愛されていると感じてはいたが、、(きっと自分からは言ってくれないんだわ。)と悟ってもいた。

結婚したら生活が変わるのかしら、毎日修造を愛して。

それ以外に何かいるものがあるのかしら。

5 修造とコンテスト

ある時、親方にナッツを使ったコンテストにでる様に勧められた。

「これ、大会のパンフレットだよ。結構しっかりした大会なんで色んなパン職人やケーキ職人が応募してるよ。どんなものを作りたいか決まったら教えてくれよ。」

「はい。」

修造は帰ってからパンフレットを黙って渡した。

「これに修造も応募するの?まずレシピを送って選ばれたら作品を送るのね。」

どのような生地で、素朴なアイテムと食感で、どのような形のものを作ると良いかを、2人で話し合った。

「クルミとフルーツ、アーモンドも使いたい。」

「イチジクを洋酒につけてナッツと合わせたら?」

「生地にキャラメル風味のクリームチーズを塗ったら美味しいかもしれない。」

2人が持っているパンの知識を引き出し、修造はそれを元に何枚かデザイン画を描いてみた。

仕事中も修造は頭の中で色々想像を巡らせ、何度も試作をしてみた。

親方はブリオッシュの温度など細かく見てやり、材料の組み合わせをアドバイスした。段々と形になってきて、焼成までは、いい感じになってきていた。

修造は焼き上がったパンを持ち帰り、律子と試食をして意見を聞いた。

「うん! 美味しい! ねえ、このパンの上はキラキラさせられないの? もう少し甘みが欲しいわ」

「キラキラ」と言われて苦笑したが、無骨な自分と違い、律子の素直な感性を大事にしたいと、修造は色々考えてみた。

キラキラ、、、それは修造が苦手な世界観だった。

修造はクルミとアーモンドをグラッセし、トッピングしてから焼成することにした。その上にナパージュを塗ると、表面はキラキラと光沢を放ち、カリカリとした食感がリズムを生み、とても美味しく感じた。

 

 

書類とレシピを丁寧に書き、写真を添えて、コンテストに申請した。

親方と2人で結果を待っていると、一次審査を通過したとの知らせが店に届いた。

「おっ!修造!おめでとう!第一段階は突破したな!次は指定の日に出来たパンを作って持って行くんだ。頑張れよ!」親方は本当に喜んでくれた。


2人はよくソファーに横になり寄り添って話をするのが好きだった。

律子、パン職人としての考えや生き方を理解してくれてありがとう。

やっぱり運命の人なんだ。律子のいない毎日なんて想像できない。

仕事帰りに1人で街に出て、ジュエリーショップに入り、指輪を選んだ。

シャンデリアの輝く店に1人で入るのは恥ずかしく、とても勇気が必要だった。

ある日、母親から修造に電話が入った。

「一度帰ってこんね」

「うん。」

母親とはもう何年も会っていない。いつも一方的にものを送ってもらうのだが、返事もしていなかった。

いつか律子を連れて田舎に帰ろう。

6 意外な贈り物

修造は早く仕事が終わった日には、空手の技を忘れない様に近所の公園で練習した。形と言うのは、決められた順に技を繰り出す動きの連続で、練習を重ねると組手も上達する。形の全てに技が込められている。

その様子をしばらく見ていたおじさんが声をかけて来た。

「君、どこの道場の人? ここら辺の道場の形ではないよね?」

おじさんは近所の神社や小学校で子供達に空手を教えている田中師範だった。故郷から遠く離れて今は1人で練習している事を伝えると、師範は修造を神社に連れて行き、「今度から一緒に練習しよう。うちは古武道が主流で棒やヌンチャクの練習もしているんだ。」

修造は黙ってうなずいた。

仲間が増えた様な気がした。

それに田中師範は故郷の師範と雰囲気が似ている。

アパートに戻ってからシャワーを浴び、夕食の用意をしていたが、律子はまだ帰ってこない。電話にも出ないしメールも返事がない。

スーパーにも電話をかけたが、何時間も前に帰ったという。

過去にあったナイフ男の事件を思い出し、心配になって探しに出かけた。

人を探す時は中々わからないものだ、ひと筋違うだけでもすれ違ってしまう。

修造は駅の周りを見て座り込んだ。

「いない。」

ふと不安が過った。

親方に「逃げられちゃうぞ」と言われたことを思い出した。

何も言わず、煮え切らないのでとうとう愛想を尽かされたのか、、それとも危険な目に遭ってないのか。警察に相談するか、、

駅前のベンチに座って考えを巡らせていると、「修造」と律子が声をかけてきた。

「私、赤ちゃんができたの。でも修造がどんな顔をするかわからないから、今まで喫茶店にいたの。」

そう言いながら律子は彼の表情をつぶさに見ていた。

いつまでも何も言わない修造の事が不安だった。

自分が父親に?

突然のことで、本当に驚いた。

まだ若く、二十歳の修造には自信もなく、不安がどっと押し寄せてきた。

しかし、それと同時に自分が父親に!

不思議なほど嬉しくて大きな感動があった。

律子はそんな移り変わる修造の表情を見て笑ってしまった。

照れながら律子の自転車を押して2人で帰った。

7 嬉しい毎日

今日はコンテストに出すパンを会場に持っていく日だ。

修造は何個か焼いたパンの中から、できの良いものを3個選び、箱に入れた。

上手くいってくれ! 修造は祈った。

そして帰ってから律子に指輪を渡した。

「結婚しよう。今まで言わなくてごめんね。」

 

修造のパンは素材の組み合わせの良さと、食感の良さ、見栄えの良さでコンテストの最優勝賞に輝いた。

「うわー!修造おめでとう!」

親方はとても喜んで、律子と3人で授賞式に出かけた。

トロフィーと額縁に入った賞状を貰い他の受賞者との写真撮影が行われた。

「律子、この賞状を持って出かけたいところがあるんだ。」

「分かった、修造。一緒に行っていい?」

「うん。気を付けて行こうね。」

「その前に役所に行こう。」

2人は親方夫婦に保証人になって貰い、役所で入籍を済ませた。

その後新幹線を乗り継ぎ、レンタカーで何時間も走って山奥の修造の実家にたどり着いた。

お嫁さんと孫ができる知らせと、コンテストで優勝した賞状が入った額縁を持って。

母親は修造がどこでどうしてるのか何も聞かされていなくて心配する毎日だったが、修造が額縁を壁に取り付けるのを見ながら、「こげんキレかお嫁さんば連れてくるとは修造もやるったい!」と、とても喜んだ。

お母さんは律子に「あの子はなんも言わんけんね。。大変やろう?母親ならよかばってんお嫁さんにはちゃんとせにゃ。」

「お母さん、私修造さんの表情を読み取るの結構得意なんです。私達きっと上手くやっていけます。」

そう言って2人で笑った。

修造は足元の悪い道を、細心の注意を払いながら律子を歩かせ、家の前に広がる眺めを見せた。

修造の実家は人里離れた山奥にぽつんとある集落の中の1番てっぺんにある一軒家で家の前からは広大な景色が広がっていた。

「凄いワイドビューだわ。」

律子はハイキングに来たような気分だった。

「今日は雲一つないから夜の眺めも凄いよ。」

夜になるのを待って、修造は律子をそっと抱きかかえて、空に輝く満天の星を見せた。

「クラクラするぐらいの星!」

律子は天の川を初めて見た。

「いつかここに帰って来て2人でパン屋をやりましょうよ。」

「うん。」

「修造と2人ならどこにいても大丈夫だわ。楽しみにしてるね。」

修造と2人なら辛い事も乗り越えていける。

律子は今日の事を忘れない様に胸にしまった。

パンロンドでは賞を取った修造のパンが有名になり沢山のお客さんが来店して、日ごとに忙しくなっていった。

毎日が目まぐるしく過ぎていく。

「お医者様が女の子って言ってたわ。」

2人は寄り添ってソファに座り、お腹の子供が大きくなるのを楽しみに毎日を過ごした。

「名前なんだけど、、俺の故郷の山々のイメージで緑(みどり)はどう?」「緑、可愛い名前ね。」

「楽しみだなあ〜。」

 

やがて無事に元気な女の子が産まれた。

「律子ありがとう。可愛いね。」

律子に似てる。肌や髪の色も同じだ。でかい俺に似なくて良かったよ。

律子は緑をいつも抱き、歌を歌って育てた。

それを見ながら、自分には家族が出来たんだ。

今までとは違うんだ、もっと頑張らなきゃ。

修造は決意を固めた。

 

第1部 おわり

あとがき

読んで頂いてありがとうございました。

このお話はフィクションです。筆者が見聞きしたパンの世界の様々な事を盛り込もうと考えて作りました。これから修造は勝手に動き出します。これを読んでパンの世界について楽しんで頂けたらと思います。

修造の体験しているパン屋さんの毎日。朝早く起きてパン作りをして、恋をして。不器用でいつも出遅れるけど、修造の毎日は充実しています。

迷いの多い青春ですが、パン職人として立派になって欲しいと思います。

修造は賞を取った事で運命がどんどん変わっていきます。さて、どうなるのでしょうか?

それは次号に続く。

文中に出てきたコンテストは、カリフォルニアレーズンコンテストを参考に書きました。

このコンテストの様に様々なパンのコンテストがあります。皆さんもパン作りをして、コンテストに参加してみてはいかがですか?

小説 パン職人の修造 第2部 ドイツ編

小説 パン職人の修造 第3部 世界大会編


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